英語学習のスキマ時間神話
※この記事の内容を解説する音声コンテンツも用意しています。音声派やながら聞き派の方はこちらをどうぞ:
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世の中で、英語学習、語学学習の時間がないとぼやく人にたいする処方箋(?)のように扱われているのが、「スキマ時間」です。日常の数分の空き時間の蓄積で語学学習をやっていこうという考えがスキマ時間であり、この言葉は英語のみならず受験などの勉強系全般の文脈でよく使用されます。また、スキマ時間系の話は、「忙しいわたし」の成功体験として美化されることが多いため、noteのネタとかにもよくなります。
ただ、そううまくはいかないですよね。スキマ時間のアプローチでうまくいかない、いかなかった人はしばしば、自分の意思の弱さみたいなものに問題の原因を帰結させてしまいがちですが、僕は、その問題の原因は個人の意思ややる気、モチベーションなんかではなく、構造の問題にあると考えています。今回は、「スキマ時間でコツコツ頑張る」という、多くの人が信じて疑わない学習のありかたに一石を投じるような記事を書いてみます。
なんかせわしなくないですか
まず、スキマ時間でなんかしていくことの限界については、過去の記事でも述べています:
上記記事で、スキマ時間で「作業」をすすめるのはいまいちである、スキマ時間には「空白」をつめて、のんびりしたほうが結果的にものごとは発展する、ということを話しているのですが、その話は今回の記事の内容にも効いてきます。
短い時間には短い時間の、まとまった時間にはまとまった時間の役割があります。短い時間というのはようするに、「なにか本格的な仕事と仕事との間にある空白」なわけですから、スキマ時間にある人はたいていの場合疲労しています。疲れているときになにか別の作業をつめてしまうのは、ありていに言ってしまえば労働に労働をかさねるようなものであり、それはシンプルにしんどいです。
人の認知は、その人がどのような立場にあるかでものすごいひずめられます。忙しそうにしている人に、「空いた時間でもっと別のこともやれ」と声がけするのはそうとう無礼というか、無神経になるはずですが、なぜか、それを自分自身がしようとすることの違和感に気づけません。「作業の合間に作業を詰め込むのはしんどい」というのは当然であり、それが自分自身にあてはまることもまた当然であるということです。
結局なにがしたいのか
時間は作れません。すべては「優先順位」の問題であり、あることをするのと、それとは別のことをするのとのどちらがよいかの「競合」で、時間がどちらのタスクを受け入れるかが決まります。数学チックに言うと、時間というのは定数であり、優先順位というランキングがダイナミックな変数です。
人はふつうスキマ時間に疲れている、という話はすでにしましたが、「休みたい、ぼーっとしたい」というエネルギーの回復のためのタスクが競合で勝ち上がるのは自然なことです。そこに人為的な操作で「作業」を詰め込むのは、やはりいまいちです。
僕がいつも言っていることなのですが、語学学習、英語学習では、「で、結局あなたは何をどうしたいのですか」という質問にクリアにこたえることは必須です。「英語力をのばしたいです」とか、「英会話ができるようになりたいです」という回答はまだフォーカスが甘く、その人の潜在的な意図にまで踏み込む必要があります。スキマ時間でいかに頑張るかは論点ではなく、「自分のなかの優先順位がどうなっているか」を把握してそこに対応するのが論点です。
スキマ時間になにか詰める、詰めようとするのは多くの場合で「手段の目的化」であり、それをすること自体が目的になってしまっています。それはしばしば、「挫折するのが怖い」とか、「努力していないように見えるのが怖い」とか、「ペースが乱れるのが怖い」のような、マイナスの感情から生まれる偽りの目的になります:
意味をつくる
僕からのサジェスチョンは、「意味をつくる」ことです。空き時間をつくるとか、スキマ時間でせわしなく頑張るとかではなく、「それをすること」の意味を自分でつくり、それを源泉にして優先順位を上げていくということをしたほうがいいのでは、ということです。すでに話したように、優先順位を上げれば、それが定まった時間枠としての受け皿に受け入れられるオッズが高まります。
「あなたは結局何をどうしたいのか」という質問にこたえることは、そのようにして意味をつくるための手段のひとつになります。極論ですが、そこで、「ほんとは英語学習なんかしたくない」という本音がぽろっと漏れるのであれば、その場合、英語学習をすることが間違いであるということであり、英語学習をしないことに意味がある、ことになります。意味は、その人が何にどう感じているかを検討することなく定めることはできません。
別にこのことは、そんなに珍しいことではないはずです。友達に紹介されたりオススメされた趣味の面白さに偶然気づいてそれにドはまりする、みたいなことは日常であるでしょうが、それも、意味を自分で見出した結果、そのアクティビティの優先順位がすごくあがった、というふうに説明できます。
われわれが「面白いもの」を鑑賞したり楽しんだりするときに、「満足して終了する」という結果になることはありません。映画好きな人が、「映画を100本鑑賞したら十分だから、それ以降の人生でもう映画鑑賞しなくてもいい」と結論づけることはないですし、収集癖のある人が、「100個集めたら終了しよう」と考えることはないはずです。人は意味を見出すとそれを内発的動機づけにして動くのですが、その動きは基本的に止まらず無限に動き続けます。
さいごに
冒頭で述べたように、「スキマ時間信仰」はふだん忙しくしている人に刺さりやすく、また、毎日継続とか毎日コツコツのような取り組みが好きな日本人にとって、美談として受け入れられやすいです。
ただ、ここまでで述べたように、そこには構造上の問題、つまり、優先順位にフォーカスをあわせることなく「エイエイオー」で無理しようとしてしまうことの限界があります。スキマ時間を活かせない、活かせなかったのはなにもその人の努力や意思が不足しているからではなく、どこかで破綻する運命にある構造であるからです。
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▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導をはじめとした語学指導もやっています。noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。詳しいプロフィールはこちらから。
ポッドキャストもやっています:
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主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
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さいごに
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