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<植物画とは何か>(1):植物画鑑賞経験、日本絵画と植物、ヒルマ・アフ・クリントの衝撃

 本記事は、「植物画」を多面的に理解するための前準備です。かなり長文になります。


はじめに

 なぜ「植物画」の記事を書くのか、少し詳しくいきさつを述べます。

「線スケッチ」の特徴とは

 私の場合、noteの記事は、すべて「線スケッチ」に関係する記事に限定してきました。
 ここで「線スケッチ」の特徴を簡単にまとめると次のようになります。

線スケッチ」は「ペン画」のジャンルに分類される。しかし輪郭線肥痩を重視するために、その線は水墨画と同じ性質を持つ。
 一方、対象物立体形状および遠近関係、すなわち描写対象の三次元構造および三次元空間の描写は、遠近法による輪郭描写立体物表面模様線描、表面突起物の向き、対象物同士の配置(線遠近法含む)と相互の重なり、そして陰影法色遠近法による彩色によって表現する
 すなわち前者東洋(日本)絵画後者西洋絵画という二つの性格併せ持つ

 上に述べた中で、近距離の対象物の表面にある模様の線描、重なりや向きの変化による立体の描写の例として、ミカン、キュウリ、ヤマボウシおよびアジサイの花で示します(図1)。

図1 線描による立体の描写法(錯視の利用)

 ですから、必然的に東洋絵画および西洋絵画の両者を理解する必要が出てくるのです。

 しかしながら、おそらく戦後の米国(GHQ)統制下の教育行政方針の影響と思うのですが、私は永らく西洋絵画中心の教育しか受けませんでした。
 馴染みのある日本絵画といえば、江戸浮世絵版画、しかも歌川広重葛飾北斎の作品などごく一部にすぎず、肉筆画も含め、豊穣な江戸絵画の世界があるなど知る由もなかったのです。

 なお最近、戦後62年経って、ドラスティックにわが国の美術教科書が改定されたことを知りました。その内容についての驚きを下記に綴りましたので、よろしければお読みください。

日本絵画、特に「室町水墨画」から学び始める

 そのように日本絵画知識ゼロの私は、室町水墨画を基本から学ばなけらばならないと思い、数年前から展覧会での実物鑑賞一般読者向けの入門書を読むことを始めました。

 その結果、江戸絵画全体の理解が不可欠だということ、そして封建社会として括られてきた江戸時代が、実は世界に先駆けて商業資本主義的社会が到来し、権力者向けだけでなく、それがもたらした大衆文化芸術が世界的にも高い水準に到達していたのではとの思いが強くなったのです。

 さらに話を複雑にさせるのは、幕末から明治維新以後、大量の日本絵画(特に江戸絵画)が欧米に流出し、それが西欧絵画へ大きな影響をもたらしたこと、逆にわが国の絵画界が「洋画」と「日本画」に二分されることになったことです。

 その結果、皮肉なことに江戸絵画の影響を受けて生じた西欧絵画の新しい流れが次々に入り込み、「洋画」と「日本画」の二つの絵画が併立するという奇妙な状況が生まれて、現代まで続いています。
 さらには戦後「Manga」という新たな商業美術が、ルーブル美術館大英博物館など欧米から芸術として認められ、世界的にその影響を及ぼしていることも新たな視点として持たなければならない状況です。

 いわば「純粋絵画」と「商業美術」という切り口と、「東洋絵画」とは何か、その中でも「日本絵画」の特徴は何か、欧米の芸術観からはみ出す部分をどう理解するか、今振り返ると、「線スケッチ」の観点で物事をみるということは、結果的に以上で述べた二つの評価軸を交差させながら、この数年間記事を書いてきたと言えます。

分野をまたぐ視点の困難さ

 余談ですが、このような二つの軸を見渡しながら記事を書くために、専門家の裏付けをとろうとすると大変苦労します。

 なぜなら、近代から現代にかけて専門化があまりにも進み、分野横断的、すなわち絵画で言えば、東洋(日本)美術西洋美術それぞれの専門家がいても、両者をまたいで学術的に論じることができる専門家はいないからです。

 実は、今回テーマに取り上げた「植物画」を論じるには、「植物学イラストレーション」、すなわち「自然科学」と「アート」という二分野をまたぐ視点が必要です。
 加えて、私の立場で言えば、西洋発祥植物画を論じることは、東洋の「花鳥画」の特徴を浮き彫りにすることにもなるのです。

 私は、つい数年前までは、noteの記事に「植物画」を取り上げることになるとは思ってはいませんでした。しかし、今年に入ってから、いくつかの出来事が重なり、「植物画」には大変深い意味が重層的に含まれていることに気づきました。まずその出来事から記事を始めます。

「植物画」と私

「植物画」に出会う

 さて、「植物画」ですが、個人的には、以前から名前は知っていました。それは花を中心に植物を描いたきれいな細密画だなという程度の知識です。

 しかし大学の先輩Kさんが、定年後ある大学の成人学校に入られ、数多くのコースの中に「植物画」があり受講することになったのです。ですから、その後成人学校発表祭に招待され、Kさんの植物画の作品感想を述べる機会が増えました。そのためには「植物画」にきちんと向き合う必要があります。そこで私の頭に何が起こったか、正直に言うととまどい驚きです。

 私はKさんの作品だけでなく、他の生徒さんの作品と講師の先生の作品を、通常の美術展通りの鑑賞をしました。

 しかし、驚いたことにどの作品も同じように見えてしまうのです。さすがに講師の先生の作品と生徒さんの作品の巧拙は判断できますが、適切な感想の言葉が出てきません。

植物画の実際の例

 ここで「植物画」が初めての読者の方に、その絵がどのようなものか示したいと思います。
 フリーの画像が得られないので、最近終了(6月30日)した「Botanical Art Worldwide 世界に向けて日本の有用植物 -植物に感謝(練馬区立牧野記念庭園)のHPから引用して紹介します(図2)。

図2 左から:《縮緬いぼ瓢》 堀 口美貴、《ホオノ キ》 裏野洋子 、
《クチナシ》 牛 込敦子、《鹿 ケ谷カボチャ》 牧野 すぐり
出典:「Botanical Art Worldwide 世界に向けて日本の有用植物 -植物に感謝」展(練馬区立牧野記念庭園)のHPより
https://www.makinoteien.jp/exhibition/%E3%80%90%E4%BC%81%E7%94%BB%E5%B1%95%E3%80%91%E3%80%8Cbotanical-art-worldwide-%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB%E5%90%91%E3%81%91%E3%81%A6%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%9C%89%E7%94%A8%E6%A4%8D%E7%89%A9-2/

 見ての通り、大変緻密な描写で、写真に比べて細部がよりはっきりとわかります。外側だけでなく、実を半分に切った表面の様子や、成長過程、また土の中の根の様子を描くことも多く、その植物形態生態が克明に描かれていることが分かると思います。勿論、色彩実物の色を再現しています。
 そして、おそらくどなたもを感じると思います。ただし一見するだけでは、誰の作品が分からない程似ていて、個性を感じることはできません。

 さて、その後Kさんから植物画制作上の厳しい制約条件や、講師の先生のKさんの作品に対する批評の言葉を伺い、何となく「植物画」を鑑賞するポイントは分かってきましたが、その後もまだもやもやしたままなのです。

 その原因を考えるに、植物学的に厳密に描く以外「植物画」は、1)輪郭線で描く(薄い鉛筆線であり強調されない場合が多い)、2)透明水彩で彩色するという2点で、「線スケッチ」の描写法と共通していますが、後者の素描というラフで自由な描法リアルでなくてもよい彩色法が私の身体に染みついており、それが「植物画」の私の鑑賞を妨げているように思うのです。

 ですから、「植物画」については、「線スケッチ」とは全く別物と割り切ってこれ以上深く立ち入らなくてもよいのですが、もともと私は自然科学応用技術を専門にしてきたので、

『制作者は「学術」による制約と「アート」とをどのように折り合いをつけているんだろうか、アートとしての創作への衝動が湧いた時、どのように心の整理をつけているのだろうか?』

 以上に述べた学術的客観性個人の創造表現という相反する(と思われる)問題についての制作者の心理制作姿勢に関心を持ち、神代植物公園にスケッチのために訪れては、たまたま開催されていた「植物画展」に入ったり、牧野富太郎の書物の展示物を眺めたりしたのです( 図3、4)。

図3 牧野富太郎の植物画 神代植物公園にて(筆者撮影)
図4 牧野富太郎の植物画 神代植物公園にて(筆者撮影)

ドラッカーが指摘する日本の花鳥画の特徴

 ここで一旦「植物画」を離れて、東洋の「花鳥画」に話を転じます。

 すでに述べた様に、室町水墨画の実物鑑賞から始めた日本絵画の探求は、徐々に水墨画のジャンル、「山水画」「人物画」「花鳥画」の中でも「花鳥画」を根本から学ぶ必要があると思い始めたのです。

 というのは、現代経営学(マネジメント)の父、ピーター・F・ドラッカーが、室町水墨画山水図だけでなく、《蘭石図》《翡翠図》など、花鳥図も加えて、中国にはない日本水墨画特徴を指摘しているからです(図5)。

図5 「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」千葉市美術館 美術出版(2015) 74頁より
出典:わたなべ・えいいち「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」千葉市美術館 美術出版(2015):西洋の知は日本美術の独自性をトポロジカル空間にあると見た!(その4)
https://note.com/wataei172/n/n6a7da28f4318?magazine_key=mee34de4141ba

すなわち、ドラッカーは:

これらの絵画は空間にある物を表しているのではない、ということです。そうではなく、物を構成し形作って空間を表しているのです。

ピーター・F・ドラッカー 講演録「私と室町水墨画」 74頁
松尾知子訳、太字部分は筆者

 と指摘し、これらの絵の分析(詳細は省きます)から次のように結論づけます。

 そして、空間を西洋画は遠近法中国は代数的(比率と関係)で表すのに対し、日本の画家は、「空間を、物の持つ形やフォルムを超えた実在として見ている」とし、現代の数学用語でいえば「トポロジー(位相幾何学)」だと持論を展開します。そして彼らは「真に”モダン”であり、400年も前にトポロジストであった」と。

わたなべ・えいいち「ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画」千葉市美術館 美術出版(2015):西洋の知は日本美術の独自性をトポロジカル空間にあると見た!(その4)
https://note.com/wataei172/n/n6a7da28f4318?magazine_key=mee34de4141ba

 なお分析の詳細については、下記を参照ください。

 以上のトポロジーによる見方は、日本美術専門家は誰も提案していませんし、興味深いことにドラッカーのこの見方を引用している日本美術専門家も一人もいません。
 日本美術ではなく、フラクタル理論日本美術デザイン性を解釈しているデザイン学専門三井秀樹氏が、唯一ドラッカートポロジー説引用しています。
 興味深いことに、日本美術専門家は、三井氏フラクタル理論引用していません。
 この点については、下記の記事で詳しく述べましたので興味のある方はご覧ください。

 さて、私はドラッカー山水画だけでなく、花鳥画を例としてトポロジー性を論じていることに考え直させられました(事実、ドラッカー花鳥画を幅広く収集しています)。
 それは特に江戸時代花鳥画についてです。

 というのは、江戸時代においては、室町以降の伝統的水墨画花鳥画狩野派)、尾形光琳および琳派花鳥画、そして、18世紀以降西洋画および沈南蘋影響を受けて以降の池大雅与謝蕪村伊藤若冲円山応挙そしてその弟子たち、呉春永沢蘆雪らの花鳥画、さらには浮世絵版画の花鳥画(喜多川歌麿葛飾北斎歌川広重)、最後に幕末花鳥画渡辺省亭河鍋暁斎等)、明治以降では、小原古邨橋口五葉小村雪岱杉浦非水らの花鳥図、そして日本画家花鳥図を、これまでの作家別ではなく日本美術史流れで見直す必要を感じたのです。

 実際、一昨年来、定期的に東京国立博物館本館皇居三の丸尚蔵館に通い、江戸期の絵画で花鳥図には特に気を付けて見るようにしました。

 例えば今年に訪れた常設展で展示されていた、室町から明治に至る花鳥画を下記に示します。
 画像が多く本記事のテーマ、「植物画」とは、直接関係ないと思われるでしょうが、日本花鳥画の植物描写と比較することにより、むしろ「植物画」とは何かを知る上で役に立つと考えます。
 次回の記事(2)で、日本絵画花鳥画も範囲に入れて検討したいので、事前に紹介いたします。

 以下、絵画として見ると、少ない訪問回数でも、司馬江漢らの西欧表現を除いて、ほぼ全ての植物表現が揃いました。

1)室町水墨画(伝雪舟)の写実的表現図6
2)若冲ならではの奇想表現、拓版画図7、8
2)琳派表現図91112、15
3)四条派表現図10)、
4)錦絵表現図1314)、
5)日本画表現図16

図6 《四季花鳥図屏風》 伝雪舟(重要文化財) 筆者撮影(東博)
図7 伊藤若冲《動物綵絵》 左:薔薇小禽図 右:梅花小禽図 筆者撮影(皇居三の丸尚蔵館)
図8 伊藤若冲《玄圃瑤華のうち水葵(上段)・糸瓜(下段)》拓版画 筆者撮影(東博)
図9 左:尾形乾山《桜に春草図》 右:村越基栄《春草図》 全て筆者撮影(東博)
図10 脹月樵《花鳥図》 筆者撮影(東博)
図11 酒井抱一《流水四季草花図屏風》19世紀 筆者撮影
図12 酒井抱一《四季花鳥図巻(上)》部分 筆者撮影(東博)
図13 歌川広重:左から《冬椿に雀》、《雪中椿に雀》、《梅に小禽》、《桃花に燕》 錦絵
全て筆者撮影(東博)
図14 広重《江戸名所百景 堀切の花菖蒲》、渓斎英泉《杜若》 全て筆者撮影(東博)
図15 酒井道一《夏草図屏風》  明治26年 筆者撮影(東博)
図16 土田麦僊《罌粟》 筆者撮影(皇居三の丸尚蔵館)

 以上の日本花鳥画を描いた江戸時代以前の画家は、西洋的な意味の「芸術家」の意識はありませんから、西洋の芸術観で評するのは作者に対して失礼なのですが、後代の私たちは西洋の芸術観による日本美術史で評するしかすべがありません。

 そのようにしてみると、植物をモチーフとしながらも、「水墨画」「四条派」「琳派」「錦絵」「日本画」と写実性一つをとっても日本絵画の中でも絵画表現が多様であり、西洋由来の「植物画」と西洋絵画の中の植物の絵画表現と比較する意味がありそうです。

Kさんのグループ展、第25回日本植物画倶楽部展訪問

 さて「植物画」に話を戻します。
 年初になり、Kさんからグループ展の招待があり出かけました。
 Kさんの作品の前で制作に関する話を伺う中で、具体的な内容を忘れましたが、植物の姿勢配置に対し、どこまでアートとしての自由度が許容されるのかという話題になりました。

 Kさん自身迷いがあり、先生に相談しても納得できる回答は得られていないようです。植物画の知識のない私は、このような根本的な問題について何も意見を言えませんでした。

 しかし、この話題をきっかけに、絵画を考える上で、植物画歴史思想をきちんと理解する必要があるのではないかと考えました。

 すぐに植物画全国規模の展覧会はないかと探したところ、第25回日本植物画倶楽部展(2025年2月18日~23日 ギャラリーくぼた)が近く開催されることを知り、訪問することにしました。

 そこでは、全国から集まった植物画が三つのフロアに展示されていました。各階の入り口に受付の女性が座っていましたので、私は各フロアで浮かんだ疑問を受付の女性達にぶつけてみました。

 私が植物画素人だと断って話したためか、どなたも大変丁寧に答えてくれました。いくつか質問した中で、印象に残った回答を以下に示します。

1)アートとしての自由度について:
回答:植物画に描かれた植物は形態だけでなく生態も含めて植物学的な正しさが求められる。そのため、全ての作品は大学の植物学の先生の監査を受けている。とはいえ、自由度については決まったルールはなく、指導者の先生の考え方で違いが出てくる。
2)背景が漆黒の作品が展示されていたことに関して:
回答植物画の背景は原則として紙の白と決まっている。しかし、近年漆黒の背景を用いるケースも出て来た。
3)植物の花、実などの形態変化が異時同図的に描かれていることいついて
回答:植物学的な解説のために、実や花の形態変化を描くことがある。また、植物本体の絵とは別の場所に、説明したい構造並べて描くこともする。

意外に新しい我が国のアートとしての歴史

 もう一つ、今回の展覧会で分かったのは、主催者の「日本植物画倶楽部」の発足が意外に新しいことです(1991年発足)。もう少し古い「日本ボタニカルアート協会」でも1970年です。

 私は、牧野富太郎植物画が念頭にあるため、このような組織は戦前から存在していると思っていました。しかし、まさか(私の意識では)つい最近に発足したばかりだとは知らず驚きました。

 しかし、よく考えれば趣味として植物画を習う人が多くなり、書店マスメディアなどで眼に触れるようになったのは最近の事ですから、その時期と符合しているのは驚くことではありません。

 私は改めてweb上で新しい知識を入れながらゼロから学ぶことにしました。

 そこで得られた情報をもとに、第25回日本植物画倶楽部展訪問記事を書き始め、投稿しようとしていたその矢先、思いがけない展開が待っていました。

ヒルマ・アフ・クリント展の植物画に出会う

 さて前章末で述べた思いがけない展開とは、私がフォローしている薪さんヒルマ・アフ・クリント展の記事の中で、ヒルマ・アフ・クリントアカデミー時代植物を描いた作品(図17)を見たことがきっかけでヒルマ・アフ・クリント展を見ることになったことです。

図17 ヒルマ・アフ・クリントのアカデミー時代の植物の作品:筆者撮影

 当初私はそれらの植物の絵は、単純に修業時代習作だと考えていました。

 しかし、若い日のスケッチや、卒業後の古典的、自然主義的風景画を見て、その後カンディンスキーらに先駆けて生み出した「抽象絵画」や晩年にかけての図像的抽象画の中に、多くの植物モティーフが現れること、残されたノートブックの膨大な記述などから、彼女の絵画制作の目的背景を理解することは一筋縄ではいかないことを悟ったのです。

 そこで、ヒルマ・アフ・クリントがなぜ突然「抽象画」を生み出したのか、西欧美術史だけでなく世紀末ヨーロッパで生きた一人の女性人生と当時の女性の位置社会的背景西欧思想史、西欧自然科学史、宗教史など、多面的に理解する必要があると考え、直接欧米の専門家発言を調べてみました。

 詳しい内容は省きますが、科学芸術科学宗教の間が未分化だった時代から、ダーウィンの「進化論」、放射線(レントゲン)、原子論などの出現などを背景とする世紀末にむけてのキリスト教の後退、神秘思想神智学人智学の興隆と新しい西欧哲学の出現、社会経済構造変化による女性解放運動などを念頭にヒルマ・アフ・クリントの絵画について議論されていることが分かりました。

 私は、カンディンスキーらが初期に神秘思想に影響されつつも、芸術家としての個人を中心において主体的に「抽象絵画」を生み出し、発展させたこととは異なり、ヒルマ・アフ・クリントの場合は、本人神秘思想(霊により導かれて描いた)に従ったと自ら述べていることが、西欧絵画史文脈の中では分かりにくくしている原因だと考えました。

 すなわち、彼女は芸術のために描いているのではなく、もっとひろく人類のため、人間の精神をよりよくするために神智学人智学思想を広めるために神殿を設計し、そこに飾るめの絵を強い使命感で描いていると考えれば理解できることを指摘しました。
 なぜなら、日本禅僧白隠慧鶴仙厓義梵がひたすら禅の教えを広めるために膨大な数の禅画を描いたことと同じ姿勢だからです。白隠仙厓も、自分たちは画家とも芸術家だとも思っていません。ところが、今日私たちは禅画を芸術的絵画として鑑賞しているのと同じとみなせるからです。

 詳しく知りたい方は、以下の記事をご参照ください。

 しかし、ヒルマ・アフ・クリントの若き日に描いた「植物画」が、後年の抽象画の中に、植物モティーフに描いたものがあったり、植物の具象表現抽象図形とを組み合わせた作品と、どのように結びつき、どのような意味をもっているのか、上記記事を書いた時点では理解していなかったのです。

 しかし、それは意外なところから明らかになります。

ヒルマ・アフ・クリントの植物画について:「ヒルマ・アフ・クリント」展補遺:造形作家、岡崎乾二郎氏の講演より

 さて、ヒルマ・アフ・クリント植物画神殿に飾る抽象画について、補足させてください。

 上記3つの記事を投稿したあと、ほどなくして突然You Tube動画に次の動画がおすすめにあがってきました。

 それは、「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」と題する岡崎乾二郎氏の講演です。

 演者の岡崎乾二郎氏については、ヒルマ・アフ・クリント展の記事を書く前はまったく知りませんでした。
 知ったのは、前述の記事を書くために下調べをしていた時に、2018年に、日本ではほとんど誰も言及していなかったヒルマ・アフ・クリントについて著書、『抽象の力 近代芸術の解析』亜紀書房, 2018の脚注の中で詳しく言及していることを見つけた時です。

 しかも、本の内容から岡崎氏近代西洋絵画の優れた批評家としか見ていませんでした。
 ところが、今年ヒルマ・アフ・クリント展と同時期岡崎氏の大規模展覧会、「岡﨑乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」が開催され関連記事や番組で著名な造形作家でもあることを最近知りました。すなわち、実作者でもあったのです。

図18 岡﨑乾二郎「而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」展ポスター 

 講演会では、実作者ならではの視点批評家としての深い分析が掛け合わさった内容で、私が指摘した制作目的動機や、ジェンダーに対する踏み込んだ発言もありました。いずれ、別の記事で詳しく紹介いたします。
 ここでは「植物画」に関連する部分に絞って紹介することにします。

 まず岡崎氏は、ヒルマ・アフ・クリントの絵画の解釈に核心部分見逃されていると言います。そしてその原因は、バラ十字という神秘主義秘密結社的存在に対する理解不足だとします。

 彼は、バラ十字に加わったコメニウスが著した「世界図会」(オビスセンシアピクトゥス)(図19)を示し、実は題名は直訳すると「感覚に入ってくる世界の図鑑」であって、現代幼児教育のもとになっていると指摘します。

図19 コメニウス「世界図会」(オビスセンシアピクトゥス)
出典:wikipedia

 そして、それは我が国も例外ではなく、バラ十字が我が国の現代の幼児教育にも繋がっているというのです。

 コメニウスなしには児童教育は今なかった。だから今でも日本の保育士とかを取る時にはコメニュースを知らなかったら試験に落ちちゃうぐらい重要な人ですね。なぜ ならばコメニウスという人は、知識がなくても物に触っ たり匂いを嗅いだり触ったりいじったり感覚してする実感、あの直感教育とかも実物教育とかも言われます

岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」
https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

 次に岡崎氏は、日本人がどこか胡散臭いと考えて避けて通りがちな西欧社会神秘思想秘密結社について、説得力のある見方を展開します(下記)。

 じゃあなんでこのコメニウスみたいな考え方が神秘主義だとか、そういう風に言われたのかって言うと、当時のキリスト教の社会を考えれば、感覚的なこういうもの(注:直感、実感教育)は 余分なものとしてあまり重要じゃないものとして抑圧されてきたっていうことだ。
 それから自然科学者たちがこういう実験科学的な実験でいろんなものを実験して そこから帰能的にボトムアップで新しいセオリーを作ったりすると、その結果、あの天道説が覆えるわけですね。地動説っていう仮説ができる。そういうプロセス自体がこの事態は抑圧されてたわけです。そうするとこの科学者だったとか自然するっていうことは異端的なことだ。 その時にその人たちが結社を作ったのがバラ十字だったと考えています。

岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」
https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

 私は、岡崎氏の説明でこれまで西洋の文化、歴史で不思議に思っていた謎がはじめてわかった気がしました。なぜ現代に至る西洋の歴史の中で、著名歴史的人物の背後に、バラ十字フリーメーソンなどの秘密思想秘密結社の影がちらつくのかが。
 まさにキリスト教から見ると「異端」だからなのです。秘密にせざるを得ない。

 この感覚は、やおろずの神の神道や排他性の弱い仏教の教えが沁み込んだ日本人には、分かりにくい部分です。西洋思想本質的な部分日本人理解できないのはこのゆえだと思います。
 現代、私たちが何事もなく普通に受けている教育システム科学教育が、このような西欧カルト的背景を背負っていたことは、私たちには中々実感できないことではないでしょうか?

 さて、以上述べたコメニウスに端を発した実物教育直感教育がいろんな形で工夫され発展して世界中に広まったのですが、その一つが英語では「エデュケーショナルゴールチャート」、スエーデン語では「スコロシ」という教育手法であり、日本では「教育架図」として明治時代に導入されたことを岡崎氏は述べます。
  そしてバラ十字の影響を受けた教育プログラム実装したスウェーデンの女子師範学校でヒルマ・アフ・クリント自身もそれらを見て学んだことを示唆します(図202122)。

図20 オタカル・ゼイブルリク 《教育用掛図[チューリップ、花]》1938年
出典;ヒルマ・アフ・クリント展、筆者撮影
図21 オタカル・ゼイブルリク 《教育用掛図[チューリップ、花]》1938年
出典;ヒルマ・アフ・クリント展、筆者撮影
図22 スウェーデン、ハーニンゲ市にある
スヴァルト別件学校博物館のスコルプランシェ(教育用掛図)
出典:ヒルマ・アフ・クリント展、筆者撮影

 以上を受けてヒルマ・アフ・クリント神殿を飾る大型の抽象絵画本質にせまる興味深い議論を展開するのですが、ここではその部分は省き、ヒルマ・アフ・クリント人生後半植物図像を描いた作品(図23)についての考察を紹介します。

 興味深いことに、一般的に人気が高い上記大型作品とは別に、岡崎氏は、むしろ人生後年にアフ・クリントが力を注いだ植物の具象抽象的な図像組合わせたこのような作品こそが大変面白いと考えるのです。そして、大変な熱意でその作品の制作プロセス意味について語ります。

図23 ヒルマ・アフ・クリントの植物と抽象図像を描いた作品
出典:岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

 岡崎氏の論旨はかなり思弁的で、私には正直正確に理解できたとは思えません。しかし私が理解して読み取った範囲内で、岡崎氏が云いたい内容を紹介します。

 まず、具象的な植物の絵と抽象的な 図が組み合わされた図23の絵ですが、植物抽象図像との相互関係について様々な見方を解説した後、次のように言います。

 そうすると極めて植物学者的でもありながら、文学者的というか万葉集とか分析するのを兼ね合わせてるってことですかね。つまり複数の知識っていうか、認識別々におかれたもの同士の呼応関係が試されている、繋がるように。そうするとその繋がりで見えてくるものの何か、その間で重なっているとこに見えてくるのは何かっていうとこが次元、霊的な次元、とりあえずは言ってきたその水平面では別の事柄だと思ってるものが重りあった時にそれをつなげている上の次元のものが見えてくるみたいなことをやってんではないかなと僕が思った。

出典:岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

 以上を述べた後、実は、彼女のやり方は70年代の美術家達がやっていることであり、今でもやっている表現システムで、岡崎氏によれば「すっごい驚くべきというかこの辺がま僕は一番驚いたところです。」と述べているのです。

 さらに、図24植物の図像リンネの系統図を対比させて、上に述べた言葉を再例示しています。

図24 左:ヒルマ・アフ・クリント《無題シリーズIII、 スミレの花とガイドライン》1919年
右:カール·フォン·リンネ『自然体系における有 性植物の記述方法』1736年(リンネの性分類体 系24綱のゲオルク·エーレットによる模式図)
出典;ヒルマ・アフ・クリント展、筆者撮影

 以上、長々と引用してきましたが、若き日の「植物画」は、その後「植物」にインスパイアされた抽象画、「植物」と図像組み合わせた絵画へとつながっており、その姿勢は一貫して変わっていないのです。

 岡崎氏は、ヒルマ・アフ・クリントに対して、人々は「作家にとってこれは何を表現してるんですかっていうような(質問をして)、意図だとか意味が先にある と思ってる」が、それは間違いだと言います。

 むしろ、「自然界からの花とかそういう観察性で出てきたデータが先にあってそのデータ同士の対応関係から意味を見つけてくるってやり方」であり、それは前述した「実物教育」とか「直感教育」と同じプロセスだというのです。

 以下、講演の文字起こしをそのまま引用するので、大変わかりにくいと思いますが、実作者ならではの作品制作の秘密を語っているので是非お読みください。

つまりこれは、先ほど言ったような最初に知識とか概念があるのではなくて、実物教育とか直感教育の時に行ったみたいに、感覚が先にあって、感覚のデータがあって、難しく言うと感性から得た情報を、いわゆるボトムアップでこれはこうかなこれはこうかなって、その重なり合うところ見つけていって、そこに概念を見つけていくと、新しい場合に、そこで新しい概念が見つかったりするかもしれない。
 で、これは言葉で表現する場合も同じで、ある概念を使ってるようですが、その概念言葉を組み合わせていく時になぜそれを組み合わせていくか、その言葉を組み合わせの中から今まで言葉ではいい当てられなかったことがそこに現れてくるってことを狙って表現するわけですね。

出典:岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g
太文字は筆者による

 話し言葉である上に、もともと絵画表現など言語化できない内容を無理に言語表現しているのでますますわかりにくいですが、岡崎氏は結論として、文学や絵画など上に述べた芸術表現プロセスは、神秘主義のプロセスと同じだと核心を突く指摘をします。

つまり神秘主義と言われてきたのは、先ほどのバラ十字とか同じように、世の中ではまだ認知されて名指しされているものがあると仮にでも信じていることです。それを探ろうと思う。で、今までの知識を、自分の持ってる概念を置き換えていこうとか、否定して自分が社会的に男性だとか、女性だとかされているっていう概念、もしくは何々だって言われてるようなアイデンティティとかを否定する、それを一度捨てていく別の概念に置き換えていくと、自分自身に対しては、その概念の置き換えみたいな、あのジャンプしていくか、プロセスみたいの神秘主義みたいな言い方で言ってるわけですね。

出典:岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

  以上のプロセスに対して、18世紀以降哲学美学芸術のかかわりについて以下のように述べます。

 だから、哲学者はカントも含めて、そのボトムアップ的な総合的判断は、うまく位置づけられない。言語的な方にそれがあることは認められるが、言語に置き換えられない。(中略)
 言語だとか今までの表現には置き換えられない何らかのもの、にも関わらず知覚されて感覚されてしまうもの排除しないで、それをなんとか取り扱おうとすることは、哲学史において美学、そこから 発生して芸術という概念が18世紀以降特に必要とされるようになってきたのは、こういうことに関わっていた

出典:岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

として、

 そして最後には、

 (私が)何が言いたいかっていうのは、要約すると分からないから芸術ですって言っているわけです。

出典:岡崎乾二郎「ヒルマ・アフ・クリントに驚くこと、知ること」https://www.youtube.com/watch?v=2NBcAQkCl7g

 もはや「禅問答」です。しかし、岡崎氏としてもこのようにしか表現できないのでしょう。

 以上、ヒルマ・アフ・クリントの若き日の「植物画」から、話の内容が大きくかけ離れてしまいました。

 しかし私がここまで長く引用したのは、その内容そのものを紹介したかったからではありません。
 彼女が若き日に描いた「植物画」が、生涯にわたって描いた絵画に一貫して影響を与えていることが、日本人には理解できない西洋思想の本質にかかわっているのではないかと思ったことを伝えたかったからです。

 私は「植物画」展覧会の記事を、以上の本質を把握しないで記事を書くことはできないと思いました。ですから「植物画」について、もう一度私は西欧人の立場に立って、学び直してみようと思うのです。

 次回の記事では、ヒルマ・アフ・クリント展の記事と同様に、「植物画」に関する欧米の専門家意見把握して、「植物画」とは何かについて探ってみたいと思います。

さいごに

 最後に、現代の「植物画」に関する一つの疑問を述べて本記事を終えたいと思います。
 その疑問は、「植物画」の展覧会が、いわゆる「美術館」では開催されている例がほとんどないように見えることです。実際、植物園や庭園が有名な場所などに偏っています。また主催者共催団体には絵画団体が含まれないていないようです。

 一体これは何を意味をしているのでしょうか? 

 たまたま、日本のサイトではなく、欧米で著名なサイトで関連する記事を見つけました。以下に引用します(google 翻訳付き)

What is Botanical Art? - BOTANICAL ART & ARTISTS

For years, art pundits have tried to deny botanical art a status as “real art”. I think they believe it is only “copying”. Most of them have as little idea of the exquisite variations in, say, violas or irises as do the curators of most modern picture galleries, people who are clueless about the flowers in their pictures. It has not helped that botanical art is closely related to science. I also think male pundits look on “flower painting” as the hobby of frustrated housewives or Women’s Institute members. London’s Kew celebrates the plants and botanical artists of Japan by Robin Lane Fox | Financial Times
 長年、美術評論家たちは植物画を「真の芸術」と認めようとしなかった。彼らはそれを単なる「模倣(copying)」だと信じているのだろう。彼らのほとんどは、例えばスミレや​​アヤメの繊細な変化について、現代の絵画館のキュレーターたちと同じくらい理解していない。彼らは絵画に描かれた花について何も知らないのだ。植物画が科学と密接に関連していることも、事態を悪化させている。また、男性評論家たちは「花の絵画」を、欲求不満の主婦や女性協会会員の趣味と見なしているようにも思える。 ロンドンのキュー植物園が日本の植物と植物画家を称える ロビン・レーン・フォックス|フィナンシャル・タイムズ

What is Botanical Art? - BOTANICAL ART & ARTISTS
和約はgoogle翻訳による
太字は筆者による

 それは、フィナンシャル・タイムズ記者が書いた記事で、専門家ではなく一般読者向けなので、イギリスの(おそらく欧米の)現在の植物画の状況を表していると思われます。

 この記事で太字にした部分、「長年、美術評論家たちは植物画を「真の芸術」と認めようとしなかった。」「男性評論家たちは「花の絵画」を、欲求不満の主婦や女性協会会員の趣味と見なしている」はひどい内容ですが、特に後者は「植物画」をやっている女性に対して侮辱的です。

 女性解放が進んでいると思われる欧米でもこのありさまですから、はたして日本の状況符合しているのかどうか気になりますが、現時点では私にはわかりません。
 次の記事で、欧米専門家の意見をもとに「植物画」とは何か、ひいては絵画とは何かについて迫れたらと思います。

 記事(2)に続く

 前回の記事は、下記をご覧ください。


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