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<植物画とは何か>(5)ー1:時代区分と分類、「花の絵(フラワー ペインティング)」から見えること、女性植物画家とジェンダー

 長文になります。一貫性を保つため分割しておりません。時間の余裕を見てお読みください。(初めてでない方は第2章「花の絵(flower painting)」の作品例から見えてくるもの」から読み始めていただいても大丈夫です)


はじめに

 昨年7月20日に、第1回の記事(下記)を投稿して以来、当初このシリーズはすぐに終えるつもりでしたが、予想外に手間取ってしまいました。

 このシリーズを書く前は、「線スケッチ」が内包する「西洋絵画」と「東洋絵画」の特徴をそれぞれの実作品を鑑賞して明らかにしようとしてきたのを、あらたに「科学」と「芸術」を内包する「植物画」にも注目し、両者の違いや特徴を明らかにしようとしました。

 ところが、昨年「ヒルマ・アフ・クリント」展を見て、通常表には出てこない西洋思想史の中の神秘主義と19世紀のジェンダーの問題もかかわってくることが分かってきて、目的に2)を付け加えたのです。

1)植物画を通して、西洋絵画と東洋絵画の違いを考える
2)植物画を通して、産業革命前後の西欧のジェンダーを考える

 幸いなことに、1)については、下記の資料を参照して、記事にすることができました。

(1)資料:
1)荒俣宏著「花の図譜ワンダーランド」八坂書房(1999)
2)源豊宗、北村四郎監修・執筆、今橋理子解説「花木真寫: 植物画の至宝」淡交社(2005)
3)今橋理子著「江戸の花鳥画 博物学をめぐる文化とその表象」㈱スカイドア(1995)

 今回は、ルドゥーテ以後現代の植物画作家までを、欧米の専門家資料を用いて把握し、19世紀後半から20世紀前半欧米女性達のおかれた状況と植物画のその後に焦点をあてることにします。

 用いた資料は、以下の通りです。

(2)欧米の専門家による講演動画
1)What is botanical art?
:イギリス、キューガーデン制作
2)Botanical Briefing: A Brief History of Botanical Art:Olivia Braida氏( Director of The Academy of Botanical Art at Selby Gardens)講演。米フロリダ、マリー・セルビー・ボタニカル・ガーデンズ制作
3)Lunchtime Lecture: Botanical Art: From classic to contemporary:Dr. Denis Benjamin講演。米テキサス州フォートワース・ボタニック・ガーデン制作
4)Accomplished: Female Botanical Artists of the Nineteenth century:Dr.David Berry講演。米フロリダ州マリー・セルビー・ボタニカル・ガーデンズ制作
5)MBT - Botanical Illustrator:Catherine Wardrop氏出演(豪・シドニー、ロイヤル・ボタニック・ガーデンのbotanical illusutrator)

 記事、<植物画とは何か>(2)の最後に、以上の欧米の専門家の資料を使うことで何が言えそうか、期待を述べました。
 5か月も前の事なので、改めて下記にその期待を要約します。

1)講演動画の制作機関をみれば分かるように、イギリスキューガーデンをはじめ、米国豪州植物園植物学研究機関として植物画と深くかかわっている現状がありそうだ。
 すなわち、欧米の植物園植物学研究者だけでなく、専任ボタニカル・イラストレーター雇用して、研究者密接な連携をとりながら研究活動に寄与している状況である。
2)4番目の講演のタイトル:Accomplished: Female Botanical Artists of the Nineteenth centuryの、”accomplished" は、「完成する」「達成する」という意味ではなく、19世紀におけるヨーロッパの上流階級の女性”たしなみ” を意味する言葉である。
 産業革命前後欧州女性の位置など、植物画の歴史を通してジェンダーについて、一つの時代状況が浮かびあがるのではないか。

記事<植物画とは何か>(2):資料探しから見えてきた「植物画」の位置、江戸の図譜、荒俣宏著書(ルドゥーテまで)、欧米専門家の講演(19世紀~、女性画家、ジェンダー、RHS公募展の各国作品他)の最終章:<さいごに>の要約
https://note.com/wataei172/n/n4a9aa3715c29#caf1086a-7626-41f4-ab66-c6e76d15da1e

(1)植物画の歴史:概観

 すでに、<植物画とは何か>(3)、および<植物画とは何か>(4)ー1において、荒俣宏著「花の図譜ワンダーランド」八坂書房(1999)を用いて、ルドゥーテ以前の植物画歴史西洋絵画東洋絵画との違いについて記事にしました。
 ただし、内容は博物画絵画との違い西洋絵画東洋絵画との違いについての議論が主で、植物画歴史についてはあまり触れませんでした。

 本記事の狙いである、ルドゥーテ以後、現代の植物画の状況について述べる前に、下記のDr. Denis Benjamin氏の講演をもとにまず植物画歴史を概観します。

Dr. Denis Benjamin, ”Lunchtime Lecture: Botanical Art: From classic to contemporary” (米テキサス州フォートワース・ボタニック・ガーデン制作)(なお、字幕を「英語(自動生成)」⇒「自動翻訳」⇒「日本語」を選択すると、日本語の字幕で見ることが出来ます)

 講演者のデニス・ベンジャミン氏の経歴は以下の通りです。

 南アフリカで育ち、1970年米国に移住し、シアトルとテキサス州フォートワースの小児病院で医療に従事しました。さらに渡米後アマチュア菌類学者となり、リタイア後フォートワースのテキサス植物研究所の研究員を7年務めた。菌類と植物画を専門とする水彩画家でもある。

https://lamushrooms.org/people/denis_benjamin.htmlより要約

 南アフリカで医学教育を受けていることは、欧州学問伝統を受けついていることであり、移住後は米国先端研究臨床現場にも触れて、同時に米国植物画の最新の状況も経験していること、さらに、医師をリタイアした後は、菌類植物画の分野でもプロフェッショナルとして活動しており、荒俣氏とは別の意味で領域をまたいで議論が出来る最適な人物だと私は考えます。

 まずデニス・ベンジャミン氏は、古代から現代植物画までの時代区分を概観しています(図1

図1 古代から現代までの植物画の時代区分

 以上の時代区分は、多くの植物画の研究者が合意している時代区分だと思われます。

植物画とは何か(三つの分類)

 次にデニス・ベンジャミン氏は、西洋の植物画に対して、次の質問を投げかけます。

What is Botanical Art? (植物アートとは何か?)

 この問いに対して、デニス・ベンジャミン氏は、以下の三種類に分類を示し、それぞれの特徴を述べます(講演で用いたスライドをgoogle 翻訳で日本語に訳しました)(図2図3図4)。

1)Scientific Illustration(google 翻訳では、「科学図版」との訳ですが、「科学イラスト」の方がよいかも)

図2 科学図版(Scientific Illustrationの訳)

2)Botanical Art(植物画)

図3 植物画(Botanical Art)

3)Flower Painting(Google 翻訳では「花絵」ですが、「花の絵」に修正します)

図4 花の絵(Flower Painting)

 以上の分類と定義は、昨年日本植物画のwebサイトの解説を読んだときもほゞ同じ内容なので、おそらく万国共通の認識だと思われます。

 特に、植物画馴染みのない、一般の西洋絵画しか知らない人は、下記のようなルールがあることを知ると驚かれると思います。事実、私がそうでした。

1)科学図版(科学イラスト)」は、定規を用いて正確に測定して同じ大きさで描く。また、モノクロームの線画のみで彩色はしない。
2)植物画(ボタニカル・アート)」は、ほぼ科学的に正確に描写(彩色も)するが、背景は単色(主に白色)である。絵の具は透明水彩またはガッシュを用い、油絵具を使わない。

(2)「花の絵(flower painting)」の作品例から見えてくるもの

 デニス・ベンジャミン氏は、代表例を用いてそれぞれの種類について、説明します。ルドゥーテ以前の三種類の植物画は以前の記事で紹介しましたので、ここでは「花の絵(Flower Painting)」だけに絞り、デニス・ベンジャミン氏が選んだ例示作品が、以下の点で個人的に興味深かったのでそれらを紹介します。

1)近代西洋絵画の代表的作家のマネモネゴッホマティスの作品が並べられているのを見ると、「科学イラスト」、「植物画」との対比により近代西洋絵画特徴があきらかになる。また背後に「ジャポニスム」の影響を感じる。
2)ジョージア・オキーフピエト・モンドリアン現代絵画の例からは、絵画の潮流が欧州からアメリカへ移ったことを意識させる(同じことが植物画についても)。
3)Soon WarrenLaurin McCrackenという米国の著名な水彩画家作風アメリカを感じさせる。

 上記に対応する講演の画像をお見せしたいのですが、フリー画像がないので、wikimedelia commonsからそれぞれの作家の「花の絵」の画像を検索した結果を紹介して私の意見を紹介します。

近代西洋絵画の画家達の花の絵

 なお、講演では作家一人に対して作品一つが例示されています。しかしここでは「花の絵」の描写の変遷を示すために、一人の作家が画業を通じて描いた複数の花の絵を示します。キャプションに記述した私の感想コメントは、デニス・ベンジャミン氏の講演発言とは直接関係はありません、近代西洋絵画画家達花の絵に対して感じた自身の見解です。

1)マネの「花の絵」

図1 マネの「花の絵」
出典:いずれもwikimedeia commons, public domain
コメント(わたなべ):花の静物画を多く描いていることに驚いた。マネの筆のタッチはどこまでもマネのタッチである。教科書に出てくる大作も素晴らしいが、このような小ぶりの作品でもマネの魅力は同じ程度に伝わってくる。下段左の背景は、西洋絵画の伝統的な黒い背景ではあるが、マネが好む「マネの黒」にも見える。
今回wikimedeia commons検索結果で驚いたのは、扇面構図の絵を初めて見たことである。マネが日本の絵に興味を持っていたことは、一般に「笛を吹く少年」の彩色法や「エミール・ゾラの肖像」の背景から間接的に言及されるが、扇面構図を用いた、日本の絵画に直接つながるこれらの作品を引用している例を見たことがないのは何故なのか。西洋絵画の中の「花の絵」の地位の低さなのか?

 なお、マネ花の絵を検索していたところ、偶然ベルト・モリゾの花瓶と花の絵が何枚も同時に上がってきました(図2)。

図2 モリゾの花の絵
出典:いずれもwikimedeia commons, public domain
コメント(わたなべ):ベルトはマネの弟子なので、筆にタッチが似るのは当然だが、表面的な技術的な類似ではなく、マネの絵画の画意や本質までも迫っていると感じる。ベルト自身が持つ絵画的資質の高さによることは勿論だが、マネに対する敬愛(あるいはそれ以上?)を持って接していることが、風景画や人物画よりも花を主題にすることで際立たせているように思う。

 なお、印象派の本格的な女性画家エヴァ・ゴンザレスメアリー・カサットベルト・モリゾらは、本記事のもう一つのテーマ「19世紀末から20世紀初頭の欧米のジェンダー」で改めて取り上げます。

2)モネの花の絵

図3 モネの花の絵
出典:いずれもwikimedia commons, pbulic domain
コメント(わたなべ):講演で例示されているのはジヴェルニーの日本庭園の睡蓮の絵である。ここでは、それ以外の花の絵を集めた。モネらしく、戸外で描いた例が多い。生きた植物を描く東洋の花鳥画の伝統と同じともいえる。横長の花をクローズアップした構図は、日本の巻物形式の琳派の絵を連想させる。さらに、花瓶に花の縦長の構図に注目したい。東洋の掛軸の縦長の影響であろう。さらに、花瓶の位置が中央から外れている非対称構図を採用し、花の一部は描き切れずに途中で切れた状態で描かれている。これらは、明らかに浮世絵版画の影響を受けている。モネが大量の浮世絵版画を所蔵し家の内部を飾っていること、日本庭園を作庭したこと、ジヴェルニーの池、睡蓮、太鼓橋を描いたことなどジャポニスムの影響を間接的に紹介するのが一般的なように思うが、なぜこれらの明らかなジャポニスムの影響を受けた絵を紹介しないのか?

3)ゴッホの花の絵

図4 ゴッホの花の絵
出典:いずれもwikimedia commons, public domain
コメント(わたなべ):ゴッホの花の絵は「ひまわり」に代表される形で、一般にもよく知られているが、今回検索でわかったのは、左から右に示すように年代順に大きく変わっていった点である。背景が暗い伝統的な西洋絵画の花瓶の花の絵から、徐々に筆のタッチがゴッホ風になり「ひまわり」に到達する。一方、右端の絵に代表される地平線は上部で地植えの花畑を描いた風景画も浮世絵に影響された絵である。このように花の絵だけを取り上げても、オランダ絵画風の絵から、最後の浮世絵版画の構図まで変化するのが見てとれる。今回特にゴッホが、オランダ絵画風の花瓶の花を多く描いていることを初めて知った。何度もこれまで記事にしたように、ゴッホは「炎の人」からイメージする情熱的、熱血的、最後には精神的にも狂ってしまう気性の激しい人ではなく、きわめて絵に対して真面目に取り組む思索的、研究者的人物であることがこれらの絵からも分かる。

4)マティスの花の絵

図5 マティスの花の絵(1) 花瓶に花タイプ
出典:いずれもwikimedia commons, public domain
コメント(わたなべ):花瓶と花の部分がメインの作品を示す。マティスは部屋のインテリアや人物がモティーフの大半だと思っていたので、西洋絵画の花の絵の定番の花瓶に花の静物画を意外に多く描いていることに驚いた。初期の点描描写からマティスらしい色使いの絵に変化していくのがよく分かる。
図6 マティスの花の絵(2) 部屋の内部を描く中で花瓶に花が大きく描かれるタイプ
出典:すべてwikimedia commons. 下段中、Francesco Bini, CC BY-SA 4.0、
それ以外はpublic domain.
コメント(わたなべ):代表的なモティーフの「室内の絵」の作品群と言えるが、なぜか花瓶の花の存在で、他の「室内の絵」とかなり異なる印象である。ある種、独特の魅力を感じる。「マネの黒」と同じく、図5,図6の中の黒ベタが気になる。以前、記事にしたようにフォーヴィズムに与えたジャポニスムの影響の一つと考えたい。

現代絵画の花の絵

 デニス・ベンジャミン氏は、近代絵画の次に、アメリカになじみの深い二人の画家、ジョージア・オキーフピエト・モンドリアンの花の絵を示します。後者は抽象絵画創始者の一人で後半生アメリカに移住しました。

1)ジョージア・オキーフの花の絵

図7 オキーフの花の絵
出典:すべてwikimedia commons, pbulic domain
コメント(わたなべ):ジョージア・オキーフは、エドワード・ホッパーやアンドリュー・ワイエスと並んで、私が好きな米国の作家の一人である。言葉では言い表せないが、旧大陸のヨーロッパの古い文化、歴史とは切り離された情緒的ではない、乾いた美しさが共通しているように感じる。ホッパーの場合は、アメリカ都市文明の、オキーフの場合はアメリカの砂漠の乾いた美を。

2)ピエト・モンドリアンの花の絵

図8 モンドリアンの花の絵(1)
出典:すべてwikimedia commons, pbulic domain
コメント(わたなべ):モンドリアンと言えば、神秘思想、神智学の会員だったことを、抽象絵画を始めて描いたとされるスウェーデンの女性画家、ヒルマ・アフクリントの記事の中で紹介した。図8では、モンドリアンが描いた「花の絵」を制作年順に示すが、1900年頃から1910年にかけて、大量の花の絵を描き始め(Wikimedia commonsの”Piet Mondrian catalogue raisonné, 2018”による)、最終的には形態のメタモルフォーゼまで試行している。丁度、神智学に傾倒する頃で、ヒルマ・アフ・クリントが同じく神智学、人智学に傾倒し、植物の形態に触発された抽象形態に行きつくことと共通なものを感じる。
図9 モンドリアンの花の絵(2)
出典:共にwikimedia commons,public domain
コメント(わたなべ):共に制作年代は不明だが、Wikimedia commonsの”Piet Mondrian catalogue raisonné, 2018”の作品番号からは、1906~1910年代の制作と思われる。花弁の輪郭線による描写に注目した。これらの花の習作を経て、1911年以降、抽象化に向かい、最終的には縦横のコンポジションにたどり着く。ヒルマ・アフ・クリントの抽象絵画から逆に、植物画、神智学・人智学の19世紀の神秘思想に関心を持ったが、あの縦横構図(コンポジション)の抽象絵画が、神智学と花の絵に繋がっていることが分かり大きな収穫であった。

米国を代表する現在の水彩画家の「花の絵」

 実際の講演では、デニス・ベンジャミン氏は、冒頭で世界的にも活躍している米国の二人の水彩画家花の絵を示してから、上で示した油彩の花の絵(近代西洋絵画、現代絵画)を紹介します。
 その米国の水彩画家とは、Soon Warren氏Laurin McCracken氏のお二人です。具体的に絵を示します(講演で示した絵ではなくインスタグラムでそれに替えます)。

1)Soon Warren氏

 上は、講演でデニス・ベンジャミン氏が示した作品に近い絵です。

 Soon Warren氏の作風は、1)透明のガラス植物の組み合わせ、2)はみ出すほど大きく描く花や野菜・果物にあります。花、葉、植物の形態は、大きさは不明ですが、科学的に正確に描いているように見えます。ただし、彩色は現代的で、米国らしい華やかさが強いように思います。

 なお女性画家、Soon Warren氏の経歴ですが、韓国生まれで1987年米国に移住、1998年から本格的に絵画活動とあります。絵画教育米国で受けていると思われます。

2)Laurin McCracken氏

図10 左:《Three Magnolias with Silver》、右:《Fruit, Crystal & Chinese Porcelain》
出典:Laurin McCracken, CC BY-SA 4.0
<https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

 Soon Warren氏と同様に、ガラス陶器果物、花との組み合わせです。彩色も、彼女と同様写実を徹底しており、乾いた(情緒を排した)現代的な印象を受ける。

 Laurin McCracken氏は本業は建築士でエンジニアリング会社のマーケティング責任者を務めてきました。一方水彩画USA名誉協会元会長でもあり芸術団体や水彩画コンクールの展示審査員を務め、作品は各国の美術館に収蔵され、著名な雑誌にも掲載されているとのこと(https://en.wikipedia.org/wiki/Laurin_McCracken)。

 私は、ジョージア・オキーフエドワード・ホッパーアンドリュー・ワイエスの絵から、具象画系米国現代作家に共通する「アメリカ」をどことなく感じるのですが、二人の米国水彩画家にも同じ「アメリカ」を感じます。

 それでは、デニス・ベンジャミン氏がなぜこれらの米国人作家を冒頭で紹介したのでしょうか?

 一つの理由は、近代以前の水彩で描かれた「植物画(Botanical Art)」の作品例の次に示すことで、現代水彩画植物描写の違いを示したかったことでしょう。
 二つ目は、現段階では私の予想に過ぎないのですが、第二次大戦後、科学技術や芸術、政治経済が欧州から米国覇権が移ったように、植物画の世界アメリカの地位が現在かなり大きい位置を占めるのではないか、それを示したかったのではないかという理由です。このことは今後記事を書き進めながら確かめていきたいと思います。

(3)女性植物画家とジェンダー

 さて、本講演の題名をここでもう一度確認します(下記)。

Lunchtime Lecture: Botanical Art: From classic to contemporary

 このタイトルを見る限り、植物画古代から現代までの歴史の解説であり、事実そのものずばりの内容です。

 ところが、女性の画家を説明するときに演者の語りに、ところどころジェンダー問題に関係する内容が出てくるのです。本章では、その部分について注目します。

 個別女性画家ごとにジェンダー問題に関係するデニス・ベンジャミン氏の発言内容を下記に抜き出します。

1)マリア・シビラ・メリアン(1647-1717)
 ・ギルド制度女性であるため彼女は油絵を描くことを許されず水彩画ガッシュのみ許されていた
2)マドレーヌ・フランソワーズ・バスポルト(1701-1780)
 ・フランス人。王室庭
園兼内閣王室画家。当時の女性芸術家としては前例のない職であり、40年間その地位を保った。また王の子供のためのアート・インストラクターインテリア・デザイナーを務め、国王ルイ15世の王妃、マルキ・ド・ポンパドール夫人絵の描き方を教えた。
3)マリアンヌ・ノース(1830-1890)
 ・19世紀女性旅行家(最も旅行した人物の一人)であり植物画家。旅先で見つけた植物を描きそれらを収蔵するためキューガーデンズギャラリーを設立した。鮮やかな色彩で描き、油絵具のみを使用。同時に背景や生育環境も描く18カ国以上を訪問。彼女は英国で唯一の女性芸術家による恒久コレクションキューガーデンで常設展示)を有し、彼女の名を冠した植物のが複数存在する。
4)ビアトリクス・ポター(1866-1943)
 ・ビアトリクス・ポター、ほとんどの人が植物画家とは考えない人物である。彼女は自然史(博物学)強い関心を抱き、8歳になる頃には、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館で、それらの知識を描いた最初の小冊子を制作した。
・私がビアトリクスに惹かれる理由は二つある。一つは彼女の自然史画もう一つは彼女が菌学に傾倒し、驚くべきキノコの図版を描いたことだ。まさに傑作である。当時彼女は菌類の胞子発芽に関する論文を執筆し、ロンドンのリンネ協会に提出したが、女性であるという理由で発表を認められなかった。さらに数か月後、標本の一部が汚染されていたことに気づき、自ら論文を撤回した。
リンネ協会が彼女への扱いを謝罪したのは、1997年になってからのことでした。

You tubeの日本語翻訳字幕を筆者が抜き出し修正した。

 以上の内容で、デニス・ベンジャミン氏が、マリアンヌ・ノースビアトリクス・ポターにとりわけ力を込めていることが言及の長さでおわかりになると思います。

 前者に対しては、ビクトリア朝時代女性不利な環境の中で驚異的な逞しさで生き抜いた人生に、後者に対しては、自身もキノコの研究者であることから、菌類研究者としての人生阻ばまれたことについてデニス・ベンジャミン氏は特別な思いを持ったのでしょう。

 マリアンヌ・ノースについては、機会があれば、また別の記事にしたいと思います。世界各地の花の作品例を参考までに示します(図11)。

図11 マリアンヌ・ノースの世界各地の作品例
上段左から、《Flowers of a West Australian》、《Foliage, Flowers and Fruit of an African Tree, Painted in India》、《Foliage and Flowers of a Forest Tree of Java》、《Californian Flowers》
右端:《The Talipot Palm in Flower and Fruit, and Wine Palm in Flower at Buitenzorg, Java
下段左から、《Flowers of Datura and Humming Birds, Brazil》、《Foliage and Fruit of the Wampee and American Passion Flowe》、《Japanese Flowers, Painted from Plants Cultivated in This Country》
出典:すべてwikimedia commons, public domain.

 ”油絵具のみを使用背景や生育環境も描く”という点で植物画としては異色だということが分かります。

  また近年良質なドキュメンタリーフィルムBBCで放映されましたた。興味を持たれた方はご覧ください(自動翻訳機能の日本語字幕で見ることが出来ます)。

 本記事では、ビアトリクス・ポターについて補足いたします。

図12 ビアトリクス・ポターの写真と「ピーターラビット物語」の自主出版本(右上)と初出版本(右下)
出典:wikimedia commons, public domain.

 実はビアトリクス・ポターについては、以前記事を書いたことがあります。

 それは、ピーターラビット展訪問記ですが、取り上げた理由は、ビアトリクス・ポターが描いた背景水彩による風景描写が「線スケッチ」に役に立つからです(下記、空気遠近法、線遠近法の例、図13)。

図13 左図(大小関係)、右図(線遠近法) 共に空気遠近法
共にBeatrix Potter, Public domain, via Wikimedia Commons

 当時、記事を書くにあたってビアトリクス・ポター伝記をいくつか読みましたが、彼女が博物学に興味があり、キノコの研究をしていて、女性という理由だけで、学会発表を断られたというようなことはどこにも書かれていませんでした。今回、植物画の講演にポターの名前が出て驚きました。

 彼女のキノコを描いた植物画のフリー画像がないので、下記に間接的に示します。まさに典型的な植物画です。

 リンネ協会ビアトリクス・ポターの学会発表申請を許可しなかったために世界的な絵本作家が生まれたことは幸いとも言えますが、デニス・ベンジャミン氏が、あきれたような笑いともつかぬ口ぶりで、「リンネ協会が彼女への扱いを謝罪したのは、1997年になってからのことでした。」と付け加えた時に、苦笑いとも何とも形容しがたい聴衆の声が会場に響きました。戦後半世紀経ったにもかかわらず、英国の科学アカデミーの男性社会としての既得権の強さを表しているからです。

 丁度、これと同じような光景を、ヒルマ・アフ・クリント展の記事の中で書きました。

 すなわち、グッゲンハイム講演会の演者ダニエル・バーンハイム氏が、戦後半世紀ほどたつ1990年代ヒルマ・アフ・クリント初めての大規模展が公開された時の著名な美術批評家ヒルトン・クレーマーの言葉、「彼女が女性でなければこのような過大評価を受けることはなかったであろう」を発した時に「会場全体に悲鳴とも落胆とも、あるいは苦笑いともつかない、何とも形容しがたい聴衆の声が広がった」と同じ光景です。

 ビアトリクス・ポターの事例も含め、19世紀から20世紀初頭にかけての西欧社会ジェンダーの問題抜きには物事が語れないと予想したことは間違いありませんでした。

次回に続く
(次回は、上記ビアトリクス・ポターに関連して、ビクトリア朝時代のジェンダーの社会状況と植物画の位置について見ていきます。さらに、戦後から現代にかけての植物画の動き、状況について見ることにします)

 前回の記事は、下記をご覧ください。


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