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「基本的矛盾」国民への増税は、社会を貧しくする。人が良いものを食べ、良いものを持ち、良いものを体験する、当たり前の国民の人生が会って国家は繁栄する。

渡る世間は嘘つき、隠蔽ばかり。

CIAと自民党、テレビメディアとアイドル、反社会勢力とインフルエンサー

どこもかしこも、『共謀罪』を取り締まる側が『共謀罪』のような組織ぐるみの家族ぐるみの結社によって、富と権力と法制を結託して動かしてきた。

社会共生と個人の人生。

本質の探究を各々が求めていく以外に、それがどんなにエゴや欲望を駆り立てて暴力や支配によって取り締まろうとしても、

この宇宙の、地球自然界にホモ・サピエンスとして生きる役割が優先的に与えられている物理科学的事実。

最後にはその本質から逃れることは不可能だ。

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皆さん、こんにちは。

宙唄(Sorauta)

です。

いつもお立ち寄りありがとうございます。

また

初めての方、『ようこそ!』

あなたがここを見つけて「触れた事」はとても幸福な事。

その意識から連鎖することを、これから人生の中で実感する事になるでしょう。

私はいつも『徒然なるまま』に、完全オリジナルの独自の視点で「note」しております。

前回まではこちらの『note』しました。

アメリカ合衆国、ドナルド・トランプ大統領は、ただその責務、役割として当たり前の事をしようとしている。

グローバリストは論点が逸れていることに気づいていない。

彼はアメリカ合衆国の大統領であって、更に彼は戦争を起こそうとはしていない。むしろ紛争解決のためにあらゆる手を尽くしている。

物事には優先順位が存在する。

食べ物が貧しくなれば、それだけ栄養が減り、活力免疫力が下がり、病気が増える。

それを因果と言う。

正義や主義、理論に長けた方々が陥る最大の問題点は、その知識や知恵、思考と思考の掛け合わせによって、自分の事も他人の事も騙している自覚がなくなる事。

俗にその状態を「サイコパス」と呼ぶ。

サイコパス状態にある人物が官僚や行政に入ると「凡庸な悪」が増殖していく。

つまり、国家の試験制度に必要なことは「サイコパス」「凡庸な悪」にこそフィルターをかける必要があったのだが、

残念ながら事実としては真逆であって、

以前から話している通り、日本社会全体がシロアリ状態でGDPの100を超える支出を一般、特別会計を通じて年間国家予算として計上し、更に地方の予算92兆円を合わせると、GDPを遥かに超えた額が、国家行政によって消費されている。

それなのに日本人は中古の大衆車に乗るために高い税金を払い、主食の米を作る農家には雀の涙ほどの報酬しか入らず、更に国民は自国の米より輸入米を食べろと言う。

貧困率はG7、国際社会においてダントツワーストを突っ走りながら、
少子化は止まるところを知らない、崖へフルスロットルでアクセルを踏んだ状態。

これが最高の行政を果たしたと、

国家民族を預かる役割である公僕達は、

祖先達に、また子孫達に『自分達は最高の仕事をした』と胸を張って言えるのだろうか?


向き合う人が、対峙すべき事が間違っていないと、本当に言えるのか?

これだけ増税の話が出ているのにも関わらず、

公務員の削減や、減税、予算カットの話は一切出てこなない。

本来は予算を減らして減税して、国民生活を豊かにする循環こそ、

経済対策であり、財政健全化は、ただの省庁の方法論であり『目的』を果たしていない。

国際支援も同様。

日本国民の支援がまず先であり、その国民経済が十分に豊かになっている時に初めて国際支援を行うからバランスが取れる。

国庫から海外の支援をしていたら、相対的に自国民の経済が衰退し、貧しくなるのは、目に見えていて、

更に安い日本を体験してもらうためのインバウンドのためのばら撒きだとしたら、もうそれを語るのも嫌なくらいなので、

皆さんも、もう気づいているだろう。

それでも今の政府を支援している人々は、その一味、仲間だという事だろう。

最後は日本が崩壊したら、資産を抱えて海外に逃げる輩、あるいは最後まで搾取し続ける側にいる人なのだろう。

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カールマルクスはある意味、日本国家の、資本主義が行き着いた先を予言していた。

今の日本国こそ「資本論」に書かれている「基本的矛盾」状態にある。

そして、最後は「住居」「生存権」までが取り上げられる。

日本社会が貧困になっている最大の理由は、

本当は増税減税のこと以上に、

土地と住まいという、食べること、安全、生活、全てに関係することこそ、国家が立法府としてグローバリズムや国際金融資本から守る必要がある。

それが出来ていないことに、普通にまともに日本人をしている人は違和感を感じる。

ただ、要はそれを取り締まれない理由は、即ち日本国家が、国際金融資本と結託して他国で同じ事をしている事を暗に認めていることに他ならない。

1945年、日本国は軍事力による、戦争では負けた。

そして、その因果を継承している国家は、軍事力以外の方法で戦おうとしてきた。

ただ、それは他国も同様であって、日本国がそうしてくることなど100も承知だった。

資本主義の、グローバリズムの罠に、日本国の陰謀は見抜かれていた。

そして日本が「少子化」によって衰退する未来を、小さなジャブを打ち続けて放置していった。

まるでユニバース25の実験結果のようだ。

田中角栄氏は、官僚にはなれなかっただろう。学歴がない。

ただ、彼が首相ではなく官僚だったら、この国は力強く今の地球人類の中心に日本文化は存在していたかもしれない。

石原慎太郎氏も首相にはなれなかった。彼が都知事ではなく首相になっていたならば、

都政を健全化したように、日本経済と社会や国体を健全化させたかもしれない。

何故、適材適所とは真逆の理論がこの国では働くのか?

その因果の根源に、99%洗脳社会で意識を持っていかれそうになるところをぎりぎりで堪えて、そのさらに深淵を覗かない限り、

まともな思考は得られない国だ。

だから、私は放擲を重ねながら、日々を明日へと進める。

孤独と絶望は常に己と一緒にある。


ただ、共謀罪や外患誘致罪などになることは無い。

人類に、子孫に対する生命そのものを冒涜した罪になることなく、生涯を終えればいい。

トクリュウやCIA、カルトと結託して集団暴力、いじめや詐欺、搾取をすることに加担するくらいならば、

私はただ放擲と、放蕩の日々でいい。

私の生きた、20世紀から21世紀は、そんなグローバリズムや国際金融資本によって日本は自滅消滅に向かった時代だった。

暴力でも、犯罪でもなく、ホモ・サピエンスらしい在り方として生命を、人生を生きた結果として、

孤独や絶望であり、それが精神疾患と呼ばれるものであるのならば、それは社会環境病であり、私の一存ではどうにもならぬこと。

もうこの両親からの遺伝子と生育環境、時代、社会環境に、人生は依存している事を、

個人主義、自己責任論で全てを無責任に押し付ける国家社会を、主権者であって弱者を含む、むしろ大半の弱者に対して奉仕する崇高な職種である公僕達は、

一体どんな意識で、日々を、その責務を果たしているのだろう?

自分の家族や個人の資産を蓄えたり、未来への資産計画などしていたりしないだろうか?

思う事がある。

公務員の土地や金融資産への投資は、インサイダー取引になるのでは無いだろうか?

何故なら、それは国民の資産から、公僕の生存のために分配されているものであって、

それを私利私欲への運用に回すことは許されない。

個人の住居まで。それ以外を保有する事があったとしたら?

それは私的流用だろう。

そんなそもそもの道徳や倫理を、彼らは有しているのだろうか?

「基本的矛盾」


そもそもを本質を見つめる事から、未来の変容や幸福の創造は始まる。

主体的に疑問を、問いを、自然界と共に体験し続けていくことが、

気づき、本質へ、真我と生きるためにただ必要な無償の価値だと、

私は感じている。


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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。