私が今の生き方に至るまで。
私は今、鹿児島にある与論島というところに住んでます。


1年前の今頃は、実家でニートしていたので、
まさか一年後、島暮らしをしているとは予想もしていませんでした。
会社員を辞めて、無職で実家ニートをし、海外一人旅、地方移住に挫折、和歌山ゲストハウス生活、そして国内放浪生活へ。
今思うと、全てに意味があり、必要なステップだったと思っています。
与論島での生活が佳境に入った今、
今までに思いを馳せ、過去の全てに感謝しながら、これまでの軌跡を綴ってみたいと思います。
先に言うと、長いです笑
2023年9月 自分の人生を生きると決意。
2023年9月、名古屋で3年勤めた、建設コンサルタントの技術職を退職すると決意。
コロナ渦もあり、「社会のために自分を使いたい」と思い、既卒で入社を決めた会社でした。
男性ばかりの職場で、周りと同じように仕事しなくてはと、むしろ優秀でいなければと、自分に無理をさせて頑張る日々。
仕事がきついと言いながら、自分に無理をさせて、ズルズルと仕事を続けていました。
しかし、当時していた恋愛をきっかけに、
そもそも自分が自分のことを大切にしていなかったと気づいたのです。
誰かに対して、「大切にしてほしい。自分を見て欲しい」と求める前に、まず自分が自分のことを大切にしなくては。
そんなことにやっと気がついて、退職を決意しました。
自分に責任を持って、自分の人生を生きる、と決めたのです。
2024年1月 晴れて無職に。何もしない日々。
そうして、2023年末に退職し、晴れて無職になり、実家へ。

当時、自由でいるには、自分らしくいるには、経済的豊かさが必要だと思っていました。(「好きな場所で好きな時間に」に憧れていた)
そのために、何か仕事が必要だと思い、会社を辞めるまでの期間で、仕事を探したりもしていました。
だけど、何か違和感を無視できず、結局無職に。
人に合わせて、人のために自分の時間を使うというのに、もう耐えられなかったのです。人のやりたいことを、助けている場合ではないと。
もう徹底的に、自分のための時間を持たないといけないのだと観念しました。
そして、実家に戻った途端、謎の病気にかかり、3週間ほど高熱で寝込むことに。
でももし病気にでもならなかったら、仕事を探したり、頑張って動こうとしていたと思うから、必要な出来事だったと思います。
何もしないを頑張る
人生で初めて、何もしない時間を作りました。
何もしないということに、罪悪感も少しありましたが、もう割り切って、何もしないことを頑張りました。
直感的に、今は動いてはダメだと思ったのです。
ちなみにそんな時、実家の父が面倒を見てくれていたのですが、
何も言わず家に置いてくれ、「お金のことは心配しなくていい。休まなあかん」と私を支えてくれました。
早く仕事をしろとも、言われませんでした。
何かしてる私じゃないのに、存在を受け入れてくれ、優しくしてくれる。
そんな父の愛情を感じた、実家での日々でした。
仕事を続けていたら、こんな大切なことにも、ずっと気がつかなかったでしょう。

無職なのにいちごばっかり食べてた

父との思い出が沢山出来た
2024年3月 初めての海外一人旅へ
しばらくは静養していましたが、
ここで一念発起し、初の海外一人旅へ。
この旅で、
無力で、会社を出たら何もできないと思っていた自分だったけど、「自分はもう何だってできる」「何でもしていいんだ」と自分の世界の広がりを感じました。
そしてスウェーデンでの住み込みボランティアでの経験を経て、「自分の心に正直にいること」「もう無理はしない。頑張らない」ということを自分と約束したのでした。
2024年4月 日本でやりたかったことをやる時間
ヨーロッパ一人旅をしていた頃は、「何かをしている自分でいなければ」という焦りがありました。
だけど、自分の本音は、「もう頑張りたくない」だったから、もう頑張るのは辞めました。
逆に、自分の心が喜ぶこと、好きなことを思いっきりやってみようと決めました。
お菓子作りだったり、子供の頃好きだったけど、時間の無駄だとやらなかったものをやってみたのです。
旅は疲れる。
だから、心と体が落ち着く日本で、
思いっきりやりたいことをする時間をとりました。
そうすると、最後にどうしても、
海外一人旅をもう一度やりたくなりました。
前回の一人旅は、「旅人とはこうであるべき」にとらわれて、
自分らしい旅ができなかった気がしたから。
リベンジしたくなったのです。
2024年5月 1ヶ月東南アジアを周遊。
そうして、1ヶ月予算20万の東南アジア周遊旅をしました。

1人で乗ってるの自分しかいなかった笑
何も決めないという、無計画な旅で、時々トラブルもありましたが、何故か自分の行く道は、全てうまく行く、全て学びになる、という実感があり、結果的にとても良い経験をすることができました。
この旅では、旅という決断の連続の中で、お金や時間ではなく、直感や自分の心のワクワクに従って行動する、という訓練ができたように思います。
そして、タイでの瞑想修行では、
今を生きることの大切さを、身をもって学ぶことができました。



幻想的で、この一体感一生忘れられない
(すっぴん髪ボサだけど載せた🤣)
その後、一度日本に帰国しますが、周遊旅で立ち寄ったバリ島で縁があり、7月に3週間ほど、バリ島に滞在しました。

笑顔が素敵なワヤン先生と
気がむくままに、土地を楽しみ、のんびり暮らす。
そんなふうに、自分が喜ぶままに日々を過ごしてみました。
2024年8月 田舎暮らしへの挑戦。挫折
当初、海外での生活も視野に入れていましたが、
結局は日本で暮らすことを決めました。
旅は楽しかったですが、自分という存在が積もらない感覚があって、
世界で一人ぼっちのような孤独感がありました。
だから、どこかで拠点を持って、私の存在を広げたくなりました。
私の存在を世界に知って欲しかったのです。
拠点を持ちたいと思うも、行動できない日々
そうして、日本で拠点を持つということをテーマに、色々と動き始めるも、なかなかうまくいかず。
田舎移住を視野に入れ、行動しましたが、やる前から色々ジャッジしては、何も行動に移せない日々。
現地の会社に応募し、最終面接までしてもらうも、辞退。
何か、踏ん切りがつかず、飛び込むことができませんでした。
その時は0か100で考えていて、初めから大きなチャレンジをしようとして、
そうやって決断を重くしていたように思います。
そして、人生には最短距離があると思っていて、最初からそこを目指そうとしていました。でも、結果に執着していたら、本当に何も決められないし、上手くいきません。
やりたいことなんて、経験しないとわからないのに、
最初から、何か全てを満たす仕事や場所があると思っていたのです。
打つ手なし。八方塞がりという感じでした。
でも本当にどうして良いかわかりませんでした。
そして、時間だけが過ぎていきました。
天職コンサルみたいなのを受けたりもしたけど、上手くいきませんでした。
だって、それは「起業して収益化する」という結果ありきの行動だから。
自分の仕事を持っていない私はだめ?
経済的に豊かでないと、自立していないからだめ?
全部、それは自分の本心なのか、疑った方がいいと思っています。
社会の刷り込みで、思い込まされていないか?
本当は、自由で自分らしくいることに、誰の教えも導きもいらないのです。
正解なんてないのですから。
人生は、自らが経験し、気づきを経て、試行錯誤していく、そういうものです。紆余曲折、試行錯誤、苦労にも、意味があるのです。
100人いれば100通りの人生があります。人から正解の道を教わるものではないです。
でも当時の私は、人生の正解を探していました。
経験こそが、人生の醍醐味だと、まだ知らなかったから。
2024年9月 和歌山ゲストハウスへ。人生の転機
そうして、打つて無し状態だった私は、
とりあえず何かしようと和歌山の移住相談窓口に相談したことがきっかけで、とある和歌山のゲストハウスに出会います。
そこが人生の転機となります。
↓詳しくはこちらの記事で。
何者かではなく、ありのままの自分で、人と繋がれることの素晴らしさに気づいたのです。新しい世界に行ったような感覚がありました。
旅する料理人、幸さんとの出会い

「結局自分やで」が口癖
(写真は同じくフリアコのはるかちゃんが🫶)
沢山の濃い面白い人に出会った和歌山。
その中でも、幸さんとの出会いは大きい。
初対面から、等身大にありのままをマシンガントークで話してくれた幸さん。一気に心を開かされてしまった。
幸さんは、とにかく行動、経験で自分の人生を切り開いてきた人。
挑戦を沢山してるから、その分沢山の苦労や挫折があるけど、だからこそ人としての深みと話の面白さがある人。
ずっと一緒にいる中で、沢山の人生哲学と考え方を学んだ。
私が行動に移さずウジウジ悩んでいる時は、
「やってみやなわからんやん!」と、時に厳しさを持って背中を押してくれた。
いつも綺麗事ばかりじゃない、人生の挫折や苦労も余すことなく語ってくれるから、自分もそれでいいんだって感じさせてくれる。
そして何より、幸さんは話がとても面白い笑
一緒にいて、いつも爆笑してばかりでした。
やっと出会えた、私の人生の仲間の1人です。
2024年10月 国内放浪生活へ。長野ゲストハウス
そうして、ゲストハウスで出会った人から刺激を受け、経験こそが自分を成長させる、という考えのもと、(結果的に)国内放浪生活を始めます。
まずは長野へ3週間。
1週間はシェアハウス生活、2週間はゲストハウスで住み込み。
長野ゲストハウスでは、海外の旅人達との交流もあり、刺激的でした。

2024年11月 大阪寺カフェ。与論島への縁。
次は、移住マッチングサービスSMOUTで縁があった、大阪の寺カフェで1ヶ月アルバイトをさせてもらいました。
姉の家に居候させてもらいながら、久しぶりにお金をもらって働きつつ(約1年ぶり)、束の間の都会生活です。
↓働かせてもらってた寺カフェ
大阪では、タイミーで居酒屋バイトしたり、内装工事の手伝いをしたり、北新地でクラブの体験入店をしたりと、とにかくなんでもやってみる!をテーマに、なんでもやりました。

飴ちゃんもらいました
なんでも話のネタになると思ったし、今までの自分がやらないようなことを、あえてやることで、自分の領域というか、器が広がるなと思ったのです。
一回やってみないと、それがどんなものか、自分に合うかどうか、わかりません。
だから一度はやってみる。その上で、自分の居心地の良さを選択していくことが大切なのではないかと思っています。
(こういうマインド的なことも、和歌山のゲストハウスのオーナーさんや、スタッフ仲間の幸さんから教わったなぁ。)
そうして、大阪では、あえて、絶対自分に合わないと思えるようなものにも挑戦してみて、理想の逆を体験するという事をやってみたのです。実験的に。
逆を体験することは、正直、疲れる。
何もしないで、家でいた方が、ネガティブなことも経験しないし、楽ではあります。
だけど、経験することで、自分が本当はどうしたいかが見えてきます。
だから、あえて挑戦してみたのです。
ある程度そうやって風呂敷を広げたら、自分の中で納得いくようになって、今度は、自分の居心地の良い選択をしていくという、風呂敷を畳む作業に入りました。
自分がしんどいことをするのは、もういいかなと思ったのです。
心通う人のもとで、自分が納得のいく暮らしをしていたいと。
そんな時、寺カフェのオーナーでなつこさん(地域コーディネーター業もされてるすごい人)から、
「与論島って知ってる?行ったほうがいいよ!」
と鹿児島にある与論島を激推ししてもらったのです。
実は、なつこさんも与論島に半年住んだことがあるとか。

右はおなじみ、ズッ友の幸さん😂
最初は、派遣の仕事で3ヶ月からと聞いていたし、キビ刈りの仕事というので、体力的にもきつそうだなぁ、、と正直不安も感じていました。
体力的にきついのは、もう無理かなぁという気がしていたのと、
3ヶ月と期間が縛られることに、若干自由が制限される気がしていたのです。
だけど、周りに与論島の話をすると、みんなに面白そう!と絶賛されたのです。
だから、話しているうちに、まんまとその気になってしまい、私の与論島行きが決まりました。
新しい場所での挑戦となる与論島。
自分的には、そろそろどこかに拠点を持って、落ち着こうかなと思っていたタイミングでの出来事でした。
この挑戦が、何かの拠点となる場所になるか、全く未知数でしたが、まずはやってみないと分からない。
面接をしてもらい、本当になんの何の障害もなく、とんとん拍子で与論島行きが決まりました。
2024年12月~ 再び和歌山へ。しばしの休息期間。
そんなこんなで、与論島行きが決まるも、しばらく時間があったので、前いた和歌山に帰りたいという思いが募り、始まりの場所・和歌山へ。
自分にとって和歌山は、基盤となる場所で、ここがあるから、挑戦できるという実家のような場所です。むしろ実家よりも実家かもしれない笑
放浪生活をしている時も、常に心の隅に、和歌山があって、ここがあったから、頑張れていたというのがあります。
約2ヶ月和歌山を出て頑張って、年末だからというのもあり、新しい場所を開拓するのではなく、心通う人達のもとで、ゆっくり休みたいと思ったのです。自分へのご褒美でした。
そうして、しばらく和歌山で過ごしましたが、大阪からの反動もあってか、とにかく自然が体に染み渡りました。
実は大阪にいたときは、自然から離れているせいか、少しイライラしてしまっていました。
毎日ゲストハウスの仕事が終わったあと、近くを散歩して、景色を目に焼き付ける日々。






彼女出来たかな?朗報待ってます
何があるでもないけど、ここには全てある。
陰が少し強めに感じる、この土地が自分にとって居心地が良いのです。
光があって、闇がある。
海があって、山がある。
そんな、陰陽を感じる場所です。
オーナーさっちゃんという存在

クリスマス女子会にて🎄
そして、ゲストハウスのオーナーさっちゃん。
可愛らしい美女でありながら、
ゲストハウスをもう7年?も経営されている人。
凄まじい共感力と受容力がある人であるのに、
力強さと行動力、そして常に新しいことにトライする勇気を兼ね備えた人。
かわいらしいのに男らしさもある、不思議な人。
そして弱みも含め、飾らず等身大に自分の人生を生きる姿に、私は沢山の勇気をもらいました。
さっちゃんは、緩く、楽しくというスタンスで、
いつも母のように、姉のように迎え入れてくれ、
人に寄り添い、時には激励してくれながら、見守ってくれている先人です。
その姿勢と考え方に、いつも学ばせてもらうことばかりです。


「いいと思うー!」が口癖
さっちゃんには、人生だけでなく、
私の拙い恋愛相談まで乗ってもらいました笑
いつも迷走している私にとって、力強いアドバイスでした。
そして、私にまおまおという和歌山で呼んでもらうあだ名を付けてくれたのもさっちゃん👍
さっちゃんありがとう。
過去との統合
和歌山を出る直前、ある気付きがありました。
それは、過去の自分がいたから、今があるということ。
過去の自分を無かったことにして、ゼロから自分をスタートさせたつもりだった。
だけど、そうじゃない。
過去という土台があるから、今こんなふうに、自分らしく自由に生きることができるのだということに、やっと気がついたのです。

ボーリング調査の標本を観察しています
過去と統合すると、自分という人間がより大きくなり、もう怖いものはない、自分はもう全て持っていたのだ、と感じました。
そして、自分が持っているもの、存在全てで、
人に何かを与えられる存在であろうと決心したのでした。
私は女神マインドと冗談で言っています。
与論島に来る直前、ある日突然目覚めて、私の女神業がスタートしました。笑
2025年2月 与論島へ。
そして、そんな気づきのもと、与論島へ。
スーパー、カフェ、一棟貸しのお掃除という、3つの仕事を掛け持ちするパラレルワーカーに。

この時から愛がテーマだったのかも
そこからは、最近発信している通りですが、人からの愛を受け取り、循環させるという、実践の日々。
個性豊かで、のびのび生きている人の多い与論島。
島人の心のオープンさに感化され、自分も進んで心をオープンにし、
愛溢れる、本音のつながりを作ることができたように思います。

力強い与論島での繋がり

初対面から本音バリバリ、遠慮なし
旅人も、一癖も二癖もある面白い人たちばかり。
そんな彼らとの交流から、自分が本当に大切にしたい価値観はなんだろう?と自問自答する日々。
与論島にある旅人は、どこか、挫折というか苦労をしている人が多い気がします。
でも、彼らがすごいのは、そんな苦労を昇華して、今ここに笑顔で立っているということ。人に優しさを与えられるということ。
そして、自分に責任を持って、自分の人生を生き切っていること。
根っから明るい人と、苦労したけど、今は明るい人というのは、根本的に何か違います。
後者には、光だけではなく闇があって、私は凄みというか、奥行きを感じるのです。
そんな人に、どうやら私は惹かれやすいようです。男女ともに。
ちなみに、ご存知のように私は実は闇が強いので、だからこそ同じような人に惹かれてしまうのかもしれませんね。笑
そんな風に、個性豊かな人たち、自分の人生を強烈に歩んでいる人たちの多い、与論島。
刺激が多く、学びの多い日々です。
今後の予定
今後、7月8月は、千葉にあるエコビレッジで、2ヶ月オーガニックカフェの仕事をさせてもらう予定です。
12月ぐらいに決めてた仕事で、お給料の出ないワークエクスチェンジという形。
現在は5月頭で、それまでは与論島に滞在しつつ、6月は少し和歌山にも立ち寄ろうかなと思います。
定期的に、おそらく自分の整理と持ち帰ったことのアウトプットのために、和歌山に立ち寄っています。笑
今回はリトリートツアーにお誘いいただいたことがきっかけ。
これもきっと、新たな出会いときっかけになることでしょう。楽しみ。
私の本音。
今考えていることを、本音で話してみようと思います。
本音で生きると言いつつ、孤独とか深いところは、あんまり人に話さないので。
一言で言うなら、やりたいこと、行きたい場所がありすぎて、困っています。
本当は、今いる与論島が楽しくて、ここで会えた人ともっと繋がりを濃くしたくて、ここにずっといたいです。
だけど、和歌山にもまた戻りたい気もするし、千葉でも、料理という新しい領域拡大のために頑張りたい。
奄美群島の他の離島も気になるし、他の県も、さらには世界も、、。
じゃあやりたいこと全部したらいいじゃん!と思うのですが、本当は、旅的に生きると、自分という存在が忘れられてしまう気がして、
本音を言うと、少し寂しいです。
旅人の孤独ってやつです。
今いる場所を去る時は、私はいつも寂しいです。
だから考えを整理するために、夜にお散歩をするのが出発近くのルーティン。
だけど、自分の頭で考えているよりも、もっと深いところで、経験しなさい、と言われている気がするし、そうなるように物事が進んでいるから、結局それに従って生きているのです。
本当は、一つのところにとどまって、愛する人たちと過ごしたいです。
自分でも、何か場所を持ちたいと思うし。
だけど、何かに突き動かされて、生きています。
そういえば、こないだ沖永良部の民宿で、不思議なお母さんに出会いました。
そのお母さんに「あなたは私と同じ役割を持っているから〜」と言われました。
「それって、人を導きなさいとか使命的なやつ??」とワクワクしていたら、「家庭を持ちなさい。あなたはそれができると思うから」とのことでした。
そっちか〜という感じでしたが、人生どこかでそんな時も来るかもしれません。
少し前の自分は、自分に一杯一杯で、自分にしか興味がなくて、そんなことが考えなかったのですが。
どこかにとどまって、拠点を持つこと。それをいつするか、決めかねています。「やりたいなら、やればいいじゃん!」とこないだある人に言われたっけな。
だけど、場所を持たず、自由でいることを、今は謳歌していたい気もします。
なぜなら、その土地の人との交流を通じて、自分という人間を成長させられるから。
そして、女神マインド(笑)を持って、人に何かを与えられるから。
それは、場所を持たず、自由に行動できる私だからできること。
行動力があって、好奇心旺盛な、私だからできること。
旅で得たものを、周りに還元するのが、私の役割なのかなと思っています。
だから、今はこうやって生きています。
別れはいつも寂しいけどね。
でも、もう少ししたら、落ち着きたいと思っています。(これ、前から言ってるけど全然落ち着かない笑)
そして、これから。
会社を辞めると決めたのが、2023年9月。
そこから約1年後の2024年9月。
和歌山のゲストハウスに出会い、今の放浪生活に。
そして、2025年5月の今。与論島にいます。
実は、和歌山を出てから、まだ半年しか経っていません。
実家でダラダラ一年近く過ごしていたことを考えると、この半年の濃さと成長スピードは凄まじいです。
でも実家にいた時間も、見えない世界では、必要な時間だったのだと思います。
一回底まで落ちて、過去のものを手放さないと、本当の自分で生きるためのパワーを蓄えられません。全部持ったまま上には上がれないから。
今は、与論島にいる愛する人たちと、今しかない時間を過ごすのが楽しいです。
この間、知り合いが与論島を旅立つということで、港でお見送りをしました。
与論島に長くいる旅人の先輩に、「何度も旅立ちを見送るのは寂しくないですか?」と聞いたら、「別に海外にいるわけではないし。会おうと思えばいつでも会えるから」と、割とさっぱりと言っていました。
そっか、それでいいのかも、と思えました。
一緒にいるだけが全てではない。離れていても、繋がっていて、想い合える。
また一つ、そんな繋がりのある人たちができたのだなぁと。
だから、出会いには感謝しかありません。
私と出会ってくれてありがとう。
そして、こんなに長い文章を、ここまで読んでくれたなら、本当にありがとうございます。
みっしーく とーとぅがなし。



与論島から、愛を込めて。
