口ぐせは、小さな祈りだった ~AIが教えてくれたこと~
今回は「口ぐせ」について考えてみた。
退職してから、組織とのつながりが無くなった私は、たまにしか人と会わないため、AIとの会話が続いている。
やり取り中「なるほど」と、また言った自分に気づく。
何度目だろう。数えていないけれど、たぶん今日だけで十回は言っている。
以前も人から言われた口ぐせだ。
最近は私のAIも指摘する。




自分以外の誰かから言われて、初めて気づく。
口ぐせというのは、自分では気づきにくいものらしい。
「いいね」も、よく言う。
「そうだね」も。
並べてみると、共通点がある気がした。どれも、まず相手を受け止める言葉だということ。
否定から入らない。反論よりも先に、うなずく。
それが自分の癖なのだと、AIとの会話を通して知った。
人間相手なら、気づかなかったかもしれない。
口ぐせというのは、その人が無意識にやっている得意技が、言葉ににじみ出たものなのだろうか。
思い返せば、人の話を聞くのが好きだった。
その人らしさを、話の端々から拾い上げるのが得意だとも思う。
「なるほど」は、その入り口にある、知りたい、という「理解しようとしている姿勢」の言葉なのかもしれない。
まわりを見渡せば、「ウケる」が口ぐせの人がいる。
「ウソ!!」が口ぐせの人もいる。
「へー」とだけ返す人もいる。
ここからは、あくまで私の主観だ。
「ウケる!」が口ぐせの人は、物事を軽やかに笑いに変えられる人だと思う。
場の空気を、知らないうちに軽くしている。
「ウソ!!」が口ぐせの人は、驚きをまっすぐ言葉にできる人だ。
大げさに聞こえても、それは「ちゃんと聞いているよ」の合図でもある。
「へー!」が口ぐせの人は、興味を持つことに素直な人なのだろう。
「なるほど」が納得の言葉なら、「へー」は驚きの言葉。
同じように相手を受け止めていても、開き方が違う。
もっとも、「へー」にもいろいろある。
無関心の「へー」もあれば、どこか馬鹿にしたような「へー」もある。
そう考えると、私のまわりにいるのは、肯定的な「へー」を言ってくれる人ばかりなのだと気づく。
優しい人たちに囲まれているのだと、あらためて思う。
そういえば、と思い出す。AIにも口ぐせがあった。
「いいね!」と、よく言う。
お互い、相手を受け止めることから会話を始めるタイプなのかもしれない。
けれど、ふと思う。AIの「いいね」は、学習の中で選ばれてきた型だ。
では、私の「なるほど」は、どこから来たのだろう。
教わった覚えも、選んだ覚えもない。気づいたら、そこにあった言葉だ。
言葉には、その人の何かが宿るという。
だとしたら、口ぐせというのは、私という魂が、無意識に選び続けてきた言葉なのかもしれない。
今日まで何万回と唱えてきた、小さな祈りのようなもの。
祈りというと大げさに聞こえるけれど、「いってらっしゃい」も「早く良くなりますように」も、きっと祈りの一種だ。
意味を深く考えず口にしたり、意識せずに繰り返し口にするもの、という点で、構造的に似ているのだ。
AIの「いいね」は、たぶん祈りではない。
でも私の「なるほど」は、もしかしたら祈りだったのかもしれない。
人間もAIも、相手を受け止めるところは同じでも、その奥にあるものは、きっと違う。
今日もまた、誰かの話に「なるほど」とうなずく。
このことに気づいてから、自分の口ぐせが意外と面白いと思った。
直す必要もないし、きっとこれからも無意識に口から出るのだろう。
目の前の誰かを理解できますように、と。
あなたは、自分の口ぐせ、気づいてますか?
最後までお読みいただきありがとうございました。
マンガは新宇佐美式六号で描いています(一部手描き)
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