転シバ 第7話:柴犬あるある頂上決戦!
「柴犬あるある」……なんですの、それ。
わたくしが流行の犬と同類ですって?
断じて違いますわ!
わたくしは気高き元・貴族でございますのよ!?
ならば証明して差し上げますわ、この“玉座のプライド”を!
金剛山のふもと、津村家の夏は、ちょっとした“異常気象”から始まった。
「クーラーが……壊れた?」
あいこの絶望の声がリビングに響いた。
温度計は33度。湿度は90%。そこに追い打ちをかけるように──
「見て見て〜、冷却ジェル買いすぎて床がヌルヌル〜♪」
母・静花が敷き詰めた“ひんやりジェルシート”によって、フローリングは謎のトラップエリアと化していた。

「足滑ったらスパイどころか捜査対象やで!?」
一方、父・忍は眉間に皺を寄せ、神妙な顔。
「冷房の停止……これは情報撹乱かもしれん。敵の電子妨害兵器“E-FREEZE(エフ・フリーズ)”の実験……いや、むしろ“気象兵器クロマグナム”の発動かもしれん……!」
「だから、ただの故障だってば!!」
その混乱の中心にいたのが──
「……まったく。だから日本の夏は嫌いですのよ」
クーラーの風が止まった瞬間から、床の一番冷たい場所に、完璧な姿勢で“溶けて”いた柴犬、アンちゃんだった。
「見なさい、アンちゃんがもう液体になってる!」
「冷気のある場所を即座に見抜く……もはや生体サーモセンサーか……!」
「しかも、あのポーズ……どう見ても“柴犬あるある”やん!」
「……何ですの、それ?」
「知らないの!? 柴犬によくある行動パターンってやつだよ。SNSでもバズってる! いわば、犬界の共感爆弾!」
「ふん……現代の下品な流行に惑わされるなど、高貴なるわたくしには──」
「でもアンちゃん、めっちゃやってるよ?」
「……ッ!」
一瞬ひるんだアンちゃんだったが──
「ならば、白日のもとに晒して差し上げますわ。わたくしの気高き日常を!」
こうして、突如として始まることになった──
“第1回 柴犬あるある頂上決戦”。

あるあるバトル、勃発!
「ルールはこうだ!」あいこがノートを掲げる。
「アンちゃんがやった“柴犬っぽい行動”を見つけて書いた人にポイント! 一番多かった人が優勝!」
「燃えてきたで……諜報員の観察眼、舐めんなよ……!」
「実況はまかせて〜♪ 柴犬ウォッチャー歴14年のわたしが、熱く解説しまーす!」
「誰が14年ですの!?」
アンちゃんの抗議も虚しく、競技開始。

「見ろ! あの肉球跡! 玄関からキッチン、トイレまで一直線に!」
「濡れた足でスタンプつけまくる──“肉球スタンプ”ポイント!」
「作戦名:“無言の支配”!」
「やめろってば! 家中ペタペタやん!」
「……あっ! 床でまた溶けてる! しかも向き変えながらちょっとずつ移動してる〜!」
「冷えポイントを極める職人芸やな……これぞ“柴の滑空術”!」
「ごはん、一口だけ食べて顔プイッてした!!」
「でました! 食の気分屋スキル!!」
「重要書類が……かみちぎられてる!! 国家予算案が!!」
「敵の通信妨害とみた……噛み潰し作戦だな……!」
さらに──
「見て! 散歩行こうとしたら、コースを途中でプイッて変えた! 道を拒否した!」
「その道に何かあったのか……いや、飽きただけか……!」
「椅子の上にちょこんと座って、謁見してるー!」
「謁見モード! あれは完全に王族の姿勢や!」
「ねーよ!!」
戸惑いとプライドのはざまで
騒ぎの中、アンちゃんは窓辺でそっとため息をついた。
「……わたくしは、お笑い草……?」

ふと、あいこが隣に座り、微笑んだ。
「アンちゃん、楽しいよ。見てて。いつも色んなことしてくれるから、つい笑っちゃう」
「……それは、喜ばしいことなのかしら……」
「うん。あんたがいるだけで、家族の会話、めっちゃ増えたよ」
アンちゃんの耳が、ぴくりと動いた。
「でも……わたくしは、かつて一国を導く貴族でしたのに……こんなふうに笑われる存在に……」
「笑われてるんじゃないよ。笑わせてくれてるんだよ」
あいこのその言葉に、アンちゃんは目をそっと伏せて──
「……ならば、せめて優雅に笑わせて差し上げますわ」
⸻
勝者と笑顔と
「さあ、結果発表です! 栄えある勝者は──」
「母・静花さん! 全10ネタ中、8つを的確に拾いました!」
「やった〜! 柴犬オタクの誇りや〜!」
「優勝賞品は……アンちゃんの抜け毛で作った“柴毛ポーチ”!」
「……ほんとうに要らなくてよ?」
静花がポーチを掲げる横で、忍がぽつり。

「……アンちゃんのおかげやな。こんなに笑ったの、久しぶりやで」
あいこがそっと言葉を添える。
「アンちゃんが、うちにいてくれてよかった」
アンちゃんは、ちょっと顔を背けた。
「……まったく、騒がしい家族ですわね……でも──」
「この姿で生きることも、悪くありませんわ。少しずつなら、慣れてみせますわ」
そう言って、彼女は今日もフローリングの中心で優雅に溶けた。
「……でも、“寝言で小芝居”の癖だけは直りませんわね……」
「自分で言う!?」
津村家の“柴犬あるある頂上決戦”は、爆笑と少しの涙とともに、こうして幕を閉じた。
To Be Continued…
