どんぐり農家を続けるべきか・・・#1 どんぐりと備長炭
【概略】
”樫椎”という地域を覚えていますか?
小中学校の社会の授業で一度ぐらい、その名を聞いてはいないだろうか?
県内どころか郡内でも高い山と深い森に隔絶され忘れ去られている”郡北地方”。
かつて罪人、敗戦の将などが流れ着いた『敗北者の都』。まず県民が「聞いたことあるけど、行き方は分からない」と言い放ち、研究者をして『二~四世紀ほど遅れた日本』、旅の芸術家は「ギスギスしてて、もう二度と来たくないんだなぁ……」と言い作品も置いていかなかったという地域だ。
他地域から隔絶された状況から樫椎は長い間、独自の社会、文化を育み、地域に適応した性質の人達が「何故、県央に生まれなかったのだ!」「いつかアーバンライフというのをしてみたい」と歯を食いしばりながらも、色々な意味でマイナスの空気で満ちた樫椎であり得ないほど高いプライドを持って、生を育んでいる。樫椎の人々の日常を描いています。
樫椎観光協会と共に東京にも大阪にも京都にも北海道にも沖縄にも県央にも負けない樫椎の魅力をnoteで発信しています。
※どんぐり農家を続けるべきか#0がこの物語のトップです。
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どんぐり農家を続けるべきか・・・。
ずっと考えている。10年毎日毎日ずっと考えている。
うちのどんぐりはアクが強いので食用には適していない。リスも投げ出す渋いどんぐりだ。
炒ってナッツの様に食べられるシイ属のアクの無いどんぐりを生産すればよいのだが、この辺りはアクが強く青臭いと大不評なウバメガシのどんぐりなのだ。
木をすべて植え替えることなど不可能なのでこのアクが強く青臭いどんぐり作りを生業とするか、辞めるかの選択肢しかないから悩んでいるのだ。
高校を卒業してこの土臭い山を降りて都会で一旗揚げて故郷に錦を飾ってやるのだと地元を飛び出した。
しかし、アスファルトのジャングルで擦り切れて、泣きながら逃げ出して山へ帰って来た自分がいまさら他のことなどできるものだろうか。
やはり自分はどんぐり農家を続けるしかないのだろうという結論にたどり着く頃に眠りに落ちる日々だ。
『一度きりの人生いろいろなことにチャレンジするべきだ』というのはチャレンジして成功したごく一握りの人の言うことで、都会でチャレンジしてみたが挫折した後はどんぐり農家一筋で生きて来た自分にとっては切ない言葉だ。

どれだけ欲しい物が欠けていても自分として生きていくしかない人生の縮図の様に感じる
もっと若いうちにシイの木に植え替えておけば、どんな人生だっただろうかとも考えてしまう夜もある。
ウバメガシは味も悪いがどんぐりの帽子も取れやすく観賞用としても今一つのどんぐりだ。
しかし、どんぐりはダメだがウバメガシは「備長炭」としても使われる立派な木だ。
昔、都会から来たスーツを着た男に
「今時代は備長炭っしょ?焼き鳥?焼肉?毎日バンバン燃やして消費してるわけ!どんぐり農家なんてとっとと辞めちゃって、備長炭農家になったらベンツに乗れちゃうっしょ!」
毎日毎日、何度も何度も魅力的な勧誘を受けた。
「いいじゃん!いいじゃん!押しちゃおうよ!ノリで!」
肩を抱かれて印鑑を押そうかとも思ったことも何度もあったが、本当にどんぐり農家を辞めるべきか悩み先送りしているうちに地蔵下の富樫の竜也が青い顔でフラフラとやって来た。
「備長炭農家になったらウバメガシ全部伐られて、もう備長炭もどんぐりも取れねえっちから小作人として使っちくれ」
とガックリと肩を落として頼み込んできたきた。
本当に危なかった。
先送り人生万歳だ!本当に良かった。
都会者に騙されて備長炭農家になっていたらウバメガシを全部伐られて捨てられるところだった。
竜也は自己中でカッコつけで、
「備長炭で儲けたらお前を毎日100円で朝から晩までベンツを洗車させてやるっち」
葉巻を咥える真似をしながら、生意気なことを言う様な奴だから、
「うちは小作人なんち持てねーぞ!バ山菜農家か小魚漁師にでもなるっちな!」
塩を撒いて追い返してやったのだが、秋になり事件が起きた。

その年は天候も悪くはなかったし原因が分からないのだが、どんぐりがほとんど落ちていない。
稀にみる大凶作で皆天を見上げ途方に暮れていた。
そんな時、寄合の時に坂の上の吉野の幸次が
「地蔵下の富樫の竜也が夜中にうちのどんぐり拾いやがった!」
顔を真っ赤にして癇癪を起していた。
元々、被害妄想が強め、かつ、短気で夏休みに都会のクワガタをとりに来た子供に顔を真っ赤にして
「オレっちのだぞ!」
子供の胸倉まで掴む幸次だ。
しかし、さすがにどんぐりを盗まれたら癇癪を起すのも当然だ。どんぐり農家にとって死活問題なのだ。
「かっくらかしたる!」
「竜也をつねっちゃる!」
「スネ蹴っちゃる!」
みんなが怒り出して、みんなで地蔵下に押しかけると癇癪のままに幸次が顔を真っ赤にして竜也の胸倉を掴み
「このどんぐり泥棒が!」
声を荒げた。
竜也は宙に浮き足をバタつかせながらすっかり青褪めた顔でみんなを見ていたが、地面に足が着いた瞬間にゴンと音がして幸次の頭に頭突きを入れると
「今年はリスが多かろうが!リスが悪さするの見とろうが!俺がやった証拠なかろうが!」
と喚き散らした。

「あっちの家に行けー!」と追い回す男衆がこの団栗地区の秋の風物詩である
幸次も竜也も双方頭を押さえ跪いたまま
「証拠並べんとどうにも許せんからな!」
竜也が怒鳴り、気圧された一同は気まずそうに下を向いてしまった。
竜也は昔から手癖の悪い男で、街に行った時にスーパーマーケットに行き
「俺はビニール袋を30枚巻き取っち来たぞ!」
「コーヒーフレッシュを1年で80個溜めたぞ!」
「割りばしを沢山持ち帰ってきたから売っちやろうぞ!」
とを手癖自慢するような男なので、みんなが疑うのは仕方ないことだったが
今回ばかりはどんぐりを拾った証拠はない。
幸次は幸次で
「都会の奴らがウチの家のクワガタを狙ってるから自警団を組んで夜通し見張ろうぞ!」
「隣の村の奴らが夜中にうちの村にリスを放しているに違いないっち!」
などと被害妄想の強い男なので、みんな竜也も幸次も信用しきれなかったのだ。
あの大事件をきっかけに村はぎくしゃくしてしまった。
こんな地区いつもいつも怒鳴りあい、喚いていて嫌になる。自分は都会でもっとスマートボーイとしてお洒落人生を生きられないものだろうか・・・
