コーチングの考え方を利用して、いかにマネジメント能力を開発していくのか(シン・マネジメントの教科書)
「河童の目線で人世を読み解く」市井カッパ(仮名)です。
「すべての組織と人間関係の悩みを祓い癒し、自然態で生きる人を増やす」をミッションに社会学的視点から文章を書いております。
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noteのできるだけ毎日更新を実践しています。現在の曜日ごとのテーマはこちら。火曜は「シン・マネジメント論(連載)/リーダーシップ・経営」のテーマとなります。このテーマは新しいマネジメントの教科書を作るつもりで、じっくりと書き続けたいと思っています。
なお、この連載では、マネジメントの定義について、下記のように定義しています。
マネジメントとは、自然状態で放置しておくと手に入れられない理想的な成果を得るために、人が意志を持って働きかけを行うことである。
前回の記事はこちらです。
前回は、マネジメントとは具体的な行動の意思決定をすることですから、そのためには先んじて、「理想的な成果をイメージする」ことが大事なんだ、というお話でした。
また、このことから、コーチングについても、誰かのマネジメントの支援である、ということから、下記のように再定義できる、というお話をしました。
コーチングとは、自然状態で放置しておくと手に入れられない理想的な成果を得るために、人が意志を持って働きかけを行うことを支援するものである。
今回はコーチングの話として語ってきたものが実はマネジメントを支援する話になっているという話から、コーチングの考え方を利用して、いかにマネジメント能力を開発していくのか、という話に進めていきたいと思います。また、それがそのまま、エグゼクティブ・コーチとしてのドラッカーという話にもつながっていく予定です。
さて、前回までで「理想的な姿」を描くことが最初、ということを説明しました。マネジメント用語として整理しておくと、この「理想的な姿」を意思決定するレベルの意思決定のことを、戦略レベルの意思決定と呼びます。
戦略というのはもともと軍事用語ですが、これをマネジメント用語に最初に使ったのがドラッカーのようです。ドラッカーは『非営利組織の経営』の中で、下記のように書いています。
かつて私は、戦略という言葉を使うことをためらった。軍事の匂いが強すぎるといわれたからだ。だが考えは変わった。プランが知的な遊びに終わっていることが多いことに気づいたのだ。(中略)プランはつくっても、実際に行動しないかぎり何も変わらない。これに対し戦略は行動志向である。こうしたことから私は戦略という言葉を使い始めた。戦略であれば、期待するものではなく働くためのものであることがはっきりしている。
ここでドラッカーは、「プラン=計画」という言葉と「戦略」という言葉の意味の違いについて語ってくれています。「戦略」と言う言葉には「実行」という意味を含んでいる、ということになります。このことから、さらに下記の引用を読んでみます。
戦略的な意思決定では、範囲、複雑さ、重要さがどうあろうとも、初めから答えを得ようとしてはならない。重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを探すことである。間違った問いに対する答えほど、危険とはいえないまでも役に立たないものはない。しかも正しい答えを見つけたとしても、それで十分なわけではない。決定した行動に成果をあげさせることのほうが、さらに重要であり困難である。マネジメントは、知識のための知識に関心をもってはならない。成果をあげることに関心をもたなければならない。ファイルされるだけの正しい答えや、実行にあたるべき人間に冷たく扱われる正しい解決策ほど役に立たないものはない。
ここでドラッカーは非常に大切なことを言っていますが、その前にもうひとつ引用しておきます。
戦略的な意思決定には五つの段階がある。問題の理解、問題の分析、解決策の作成、解決策の選定、効果的な実行である。
前回の記事を読まれた方であれば、ああ、これはサイモンの意思決定論をベースにしているな、とお気づきになられたのではないかと思います。ということは、上で「正しい答え」に懐疑的なのは、サイモンの「満足度原理」をベースに考えているからなのだ、ということが類推できるかと思います。
コーチングの有名なモデルに、GROWモデルというのがあります。下記の記事で紹介した『パフォーマンスのためのコーチング』の日本語訳から引用します。
私は、頭文字をとると覚えやすい見出しになる四つの段階の順序に従って質問することを提案したい。
GOAL 短期的および長期的な「目標」およびセッションの「目標」を設定する。
REALITY 「現実」を探り出すために現在の状況をチェックする。
OPTIONS 「選択肢」と代替戦略案または行動案。
WHAT、WHEN、WILL 「何」を「いつ」「だれが」するのか。そしてそれを実行する「意志」。
この最初のGOALを先に設定する、ということが、先に述べた「理想的な姿を描く」ということですし、ドラッカーの言う「正しい問いを探す」ということです。では、なぜ、「正しい答え」が最初ではないのか、同じ本から引用します。
「現実」を検証する前に「目標」を設定するというのは奇異に思えるかもしれない。表面的な理屈では逆に、どんな目標を設定するときでも、その前に現実を知る必要がある、ということになるだろう。だが、それは違う。現実だけに基づいて目標を立てると、単に問題が起きたからこうしようという消極的な対応策になりがちだ。また、過去の業績が枠になり、現実から単純に推し測るため、独創性に欠けたものになり、ずっと大きなことを達成できるかもしれないのに、控えめで、非生産的になることさえある。当面の目標を固定すると、長期的な目標からも遠のいてしまうことがある。(中略)
理想的な長期目標を確定して目標を立て、それからその理想に向かって現実的なステップを決定していくほうが、普通、はるかに意欲がかき立てられ、独創的で、やる気が起きる。
賢明な読者の方であれば、ジョン・ウィットモアの言う最後のところ「はるかに意欲がかき立てられ、独創的で、やる気が起きる。」という話と、ドラッカーの言う「実行にあたるべき人間に冷たく扱われる正しい解決策ほど役に立たないものはない。」という話が、逆のアプローチでまさに同じことを言っている、ということにお気づきかと思います。
「戦略」を絵に描いた餅にしないために必要なものは「行動」であり、「行動」のために必要なものは「やる気=モチベーション」であり、そのために必要なものが「正しい問い」であり、これすなわち「理想的な姿」である。
「理想的」と言っているのだからそれは望みをかなえる話であり、逆に、現実から考えていてはとても達成できない目標でもあります。このように考えると、なぜかコーチングのジョン・ウィットモアと、マネジメントのドラッカーの言っていることはぴたりとハマるのです。
日本の近現代のマネジメントの歴史で問題だな、と思っていることは、戦後、様々なマネジメント理論をアメリカから学び、敗戦後の焼け野原から頑張って復興して高度成長まで行くわけですが、そこで学ばれたマネジメント理論が階層別で軍事的なものだった、ということです。その辺の経緯は下記にまとめています。
CCS経営者講座自体はオリジナルで開発されたものでしたが、ミドルマネジメント以下のものは、もともとが軍が調達する会社に指導していたマネジメントスタイルですから、「理想的な姿を描く」とか「実行にあたるべき人間のモチベーション」という話はあまり重要視されなかったわけです。この話は、下記の記事で、「「前例主義」的な組織文化や官僚主義に基づいたマネジメント観」と書いたものの温床になっている気もします。
アメリカなどでは、リーダーシップやモチベーションに関する研究は第二次世界大戦後、ナチスドイツの悪魔的な支配の謎を解こうというところくらいの時代からスタートしていますが、日本でモチベーションについて話題になったのはおそらくバブル崩壊以降。右肩上がりの時代が終わってから、じゃあ、どうやって社員のモチベーションをマネジメントしていくのか、という文脈であったかと思います。終戦が1945年頃、バブル崩壊が1990年頃ですから、50年以上も遅れていた、ということになります。当然のように日本の組織のシステムは出来上がってしまっていますから、そこからどう組織文化を変えていけるのか、ということになると、それはもう、古い企業を潰して新しい企業が活躍できるようになっていればいいのですが、しかし、なかなか歴史ある大企業を潰さないのが日本ですから、そりゃ生産性も下がって苦しくなるよな、と思っています。
さらには、組織文化は変えずに人を入れ替えよう、なんて話が出てきて、これがいかにめちゃめちゃなことなのか、という話は下記の短期連載記事で書きました。最終的には官僚制組織に居る人のマネジメントへの理解不足が原因ではないか、という話になっています。
さて、話を戻しまして、こうして見てきますと、いかにマネジメントを実践できるようになるか、ということは、実はコーチングの理論を理解することによって可能になるのではないか、という気がしてきます。実際、コーチンぎをきちんと学ばれた人は、人に対する認知が変わって強引なマネジメントスタイルではなく、人を動かすマネジメントができるようになる、という印象を持っています。下記の記事はご参考に。
もちろんだからと言って、高いお金を投資してコーチングスクールに通いなさい、とは言いませんが、いわゆるビジネススクールで知識を学んでケーススタディをしたところで、根本的な人に対する認知が変わらないとマネジメントもできるようにはならないのかと思います。むしろ麻雀をやった方がその辺のところが学べるんじゃない?というのはどこかで記事に書こうかな、とは思っています。下記では競争戦略だけの話をしていますが、最近、麻雀ってもっと奥が深いなーと感じています。
さて、ドラッカーのマネジメントについての整理を、下記の記事から再掲載します。
・マネジメントの前提は、組織を使って成果を得ようとする意志である。
・マネジメントの効果は成果でのみ測られる。
・組織を使って成果を得ようとすれば、人と仕事をマネジメントすることが必要になる。
・そのためには、マネージャーのマネジメントが必要である。
これを言い換えると、
マネージャーの①セルフマネジメント
↓
②人と仕事のマネジメント
↓
③組織のマネジメント
↓
組織の成果=「理想的な姿」
という流れになるかと思います。コーチングでもビジネススクールでもそうですが、この最初の「セルフマネジメント」が実践できていないのに以降のマネジメントをなんとかしよう、という人は割と多いし、だいたいにおいてうまくいっていない気がします。
コーチングの世界で「過去と他人は変えられない。変えられるものは未来と自分。」という言葉があります。調べると、これは交流分析の創始者、エリック・バーンの言葉のようです。私は大学一年の時に授業でこの交流分析を知り、それまで捉われていたものから開放される経験をしましたが、彼の考え方は基本的に「人は誰しも自分の人生の勝者となるために生まれてきた」という考えです。しかし、様々な要因によってそうなっていない人たちがいる。それを救いたい、という考えです。
交流分析がコーチングに影響を与えている、という歴史的な話は下記に書きました。
この書籍でも書かれているように、コーチングというのはもともと学問ではありませんので、様々な学問や思想から使えそうなものを集めてきて体系化したものです。いわゆる経済学や経営学、組織論や心理学などでは、偉い先生の理論は覆せないとか、日本で研究している先生がいないから学問的に正当とは認められない、などの理由で思考停止に陥っているところも、軽々と越境しているのが魅力です。であれば、このコーチングで言われていることを組み合わせることで、マネジメントの実践力を高めていくことができるのではないか、というのがこのシン・マネジメント理論になっています。これが冒頭で言っていた、コーチングの考え方を利用して、いかにマネジメント能力を開発していくのか、ということについての説明となります。
ここまでで一応の序章、前書き的な部分はおしまいです。次回からは具体的に、「①セルフマネジメント ②人と仕事のマネジメント ③組織のマネジメント」について書いていこうと思っています。
現場からは以上です。お読みいただき、ありがとうございました。面白かった、参考になった、という方は是非、高評価いただけると嬉しいです。フォローも大歓迎です。
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