カメラはだませない―アルゼンチンチームはなぜ批判されるのか?
私の余白ノートより: 2026.07.24
ワールドカップはスペインが優勝で閉幕した。
1930年の第1回大会から第23回まで、ワールドカップの優勝国は、ブラジル5回、イタリア4回、ドイツ4回、アルゼンチン3回、スペイン2回、フランス2回、ウルグアイ1回、イングランド1回、の8か国しかない。
ブラジルは卓越した個人技、イタリアはカテナチオと呼ばれる堅い守備、ドイツはゲルマン魂と、代表チームにはそれぞれ特徴があった。
南米の選手にあって、日本の選手にないといわれたのが「マリーシア」。
サッカーなどで勝つためにルールの範囲内外で相手や審判を巧みに欺く「ずる賢さ」や試合運びの駆け引きを指す言葉だ。
今のようにVARが普及していなかった時代、あの広いピッチの中には、審判はたった三人しかいない。主審は一人だから、すべてのプレーを見ているわけにはいかない。そもそもスピードがあり、一瞬で決まることも多いから、マラドーナのような「神の手」ゴールも生まれた。
でも、今はVARがあり、カメラが何台もあって、選手のプレーはすべて記録され、必要があればすぐにリプレイされて、観客の前にむき出しにされてしまう。
後ろから蹴った、ひじ打ちをした、シャツをつかんで引き倒した。
何でも可視化されてしまう。
これでは勝つために相手や審判を巧みに欺くといっても以前のように簡単ではない。
南米の選手が「マリーシア」に長けているとはいっても、今大会ではブラジルはノルウェーに敗れ、アルゼンチン以外の南米勢もベスト8まで勝ち進めなかった。そのため、「マリーシア」自体が大きな話題になることはなかった。
これまでの大会なら見逃されていたプレーまで可視化された結果、アルゼンチンのプレーがより際立って見えたのかもしれない。
各国の戦術にも大きな違いは見られなくなり、チームの総合力がベースになった上での卓越した選手のパフォーマンス次第という感じになった。
アルゼンチンのメッシは時間と空間を支配してゲームを作ったし、フランスのエムバペやノルウェーのハーランド、イングランドのべリンガムなどは圧倒的な個人技を見せた。
今はもう、相手や審判を欺くことはできても、カメラを騙すことはできない。ボールがワイヤーにあたったことまで観客は知るようになった。
試合中に起こったことは、審判よりも観客の方が詳しくなった。
サッカーはもう、「見つからなければいい」という時代から、「すべて見られている」時代へと入ったのである。
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