エリック・クラプトン 80歳 誕生日 記念 〜 クラプトンの歌, 「歌詞和訳」集
(2025年8月5日 更新)同年8月1日に note 投稿した, Derek and the Dominos "Layla and Other Assorted Love Songs" 収録の Jimi Hendrix "Little Wing" カヴァー歌詞和訳を追加。
(2025年8月21日 更新)クラプトンではなくボビー・ウィットロック作(リード・ヴォーカルもボビー)ながら, "Layla and Other Assorted Love Songs" の最後を飾る "Thorn Tree in the Garden" の 歌詞和訳 note を最終章に。
(2026年2月21日 更新)同日に note 投稿した, Pete Brown 作詞, Cream "Sunshine of Your Love" 歌詞和訳を追加。
(2026年6月24日 更新)同日 note 投稿したブルーズ歌詞和訳("Key to the Highway" by Big Bill Broonzy, Eric Capton, Derek and the Dominos, & more, ただし歌詞を和訳したのは Big Bill Broonzy のヴァージョン)を追加。
クラプトンのライヴを初めて観てから 半世紀
Eric Clapton は 1945年3月30日生まれ, 今日で 御年80歳。本 note のタイトル写真は, Derek and the Dominos 時代, ニューヨークのフィルモア・イーストでのライヴの時の Clapton, 1970年10月23日, 当時25歳。
Clapton 愛聴歴・ファン歴が既に半世紀を超え, もちろん今の彼の音楽も好きで, 来月の2年ぶりの武道館ライヴも楽しみにしている筆者(前回同様 カミさんと共に行く), ではどの時期の Clapton のプレイ・スタイル(和製英語かな, 英語では playing style)が一番好きかと問われるなら, その時の気分次第の面もあるけれど, Derek and the Dominos 時代がいいと答えることが多いと思う。というわけで, 冒頭 触れた フィルモアでのライヴの音源, 今日の最終章に載せておきます。
ところで 筆者が初めて Clapton のライヴを生観・生聴きしたのは 2回目の来日時, まだ彼が少なくとも日本では「ギターの神様」扱いされていた 1975年10月29日の静岡駿府会館。1960年911生まれの筆者, まだ生まれ故郷である静岡県西部地方の片田舎に住む中学3年生だった。
前年の初来日時のライヴは 東京(武道館)と大阪(厚生年金会館)の計5回だったのが, 翌年の2回目の来日時には計7回の公演の中で(いまだにこれが謎なのだが, というか理由など調べたこともないが), 「ギターの神様」がどういうわけか「首都」東京や「高度成長期 日本 第二の都市」大阪や「古都」京都だけでなく, 日本に数ある「地方都市」の一つに過ぎない静岡市にやって来る, そんなニュースが何処からか入り(遥か昔の話, 何処からだったかなんて忘れました, 雑誌「ミュージック・ライフ」辺りかな), 当時15歳のロック少年にとっても, そりゃもう嬉しい驚き。
その頃はもちろん 世に「チケぴ」(チケットぴあ!)など無く, ましてやオンライン予約などあり得ず(そもそもPCもスマホも無い時代, 笑), UDOの事務所は近くになく, 懐かしの青山チケットエージェンシーは田舎から遠く(いや静岡県の片田舎に住む中3, 東京の青山ナンタラなんて当時そもそも存在すら知らず), で,
生まれ故郷の町のレコード店にチケット入手を依頼(したような記憶がある!), 結果, 中学生には高価だった文字通り貴重なチケットを友人の分と合わせ 2枚, それぞれ "なけなし" の小遣い貯めて "はたいて" なんとか入手, そして,
その日が来ると, 高校受験が徐々に近づきつつあるなんて「そんなの関係ねぇ」(だいぶ後の時代の流行り言葉だな, そもそも高校受験だよ余裕余裕, 笑)とばかりに田舎を発ち, その友人と電車を乗り継いで 1時間余り, だったのかな, とにかくワクワクしながら会場に出かけ,
開演後は初っ端から Layla をやった(ステージ前の厳重な警備が無い平和な時代, 1曲目のイントロでいきなり会場後列の我々を含めファンが一気にステージ下に押し寄せたのは言うまでもない) Clapton のライヴを思う存分に楽しみ, (細かいことは忘れたが, おそらくは)終電に近いような電車で帰路に就いたのだった。
で, その時の Clapton は, 上で触れた Derek and the Dominos LIVE at the Fillmore East から 5年後, 歳は30歳。
そうなのだ, あれから早, 半世紀の歳月が.. まさに光陰矢の如し!
さて, 相変わらずの長い前口上の後にナンだけど(インドのパンのナンも長い場合が!), 本 note のメイン, 要するにナン題, 難題じゃなくて本題, 本題は次々章, 第3章の "クラプトンの歌, 「歌詞和訳」集" です。
その前, 次章, 第2章では ざくっと「昨今のクラプトン」「今のクラプトン」に関することを, そして「歌詞和訳」集の後の第4章では, 上記の通り, Derek and the Dominos LIVE at the Fillmore East 音源を少々 🎶
クラプトンの今
Eric Clapton 武道館公演 100回目 〜 2023年4月21日
一昨年の日本公演の際の記念すべき クラプトン武道館 100回目 ライヴ, カミさんと共に観てきた 🎶 (下掲リンク note, 第3章「Eric Clapton 来日公演を, 自分史とともに振り返る」と第4章「Me and Eric Clapton 音源てんこ盛り」では 自分の Clapton 愛聴歴・ファン歴を回顧)
そして 🎶
エリック・クラプトン "To Save a Child" ガザ 〜 パレスチナ 「抵抗の象徴」スイカ 収穫した日に, 我が家に着
音楽そのものも, もちろん, 素晴らしい出来 🎶 その上で 大義が伴うのは尚「素晴らしい」。
上掲リンクにあるライヴの件は, 以下の第6章でも言及。
ディランもボノも最低だ, 文字通り。他の連中も, ビヨンセ, テイラー・スウィフト, ニック・ケイヴ, トム・ヨーク とかも 名指ししたいところだがね。
世間で色々とやかく言うところの要するに所謂「キャンセル・カルチャー」, "so-called cancel culture" とは一切関係ないぜ(それ「らしき」反応を見たことがあるので念の為), 俺が連中を嫌いだってこと, それには理由があるってことだよ。
ではでは 🎶
今年も行くぞ, クラプトン 武道館
今日 80歳, 去年の誕生日には数え年80歳, 既に日本で言うところの「傘寿」を過ぎながら, Clapton 翁は まだまだ元気。
既に 半年先, 今年9月の US TOUR もアナウンスされている。
先月, 2月4日には, 来月 4月の武道館ライヴの追加公演も アナウンス。
とにかく,
今回も カミさんと行くぞ, 来月の Eric Clapton 武道館ライヴ 🎶
ではでは。
クラプトンの歌, 「歌詞和訳」集
Sunshine of Your Love 〜 歌詞和訳
音源と歌詞和訳は下掲 note リンクの下。
Sunshine of Your Love from Cream's 1967 album Disraeli Gears
英語原詞 https://genius.com/Cream-sunshine-of-your-love-lyrics
Sunshine of Your Love Live at Winterland Ballroom, San Francisco, March 9, 1968, included on Live Cream Volume II released in 1972 after Cream's 1968 breakup
英語原詞 https://genius.com/Cream-sunshine-of-your-love-live-cream-ii-lyrics
夜明けが近づいてきた
光が疲れた眼を閉じさせる頃さ
僕はもうすぐ君のそばに行くんだ, 愛しい人よ
夜明けのサプライズを届けにね
君と一緒にいるんだ, ダーリン, もうすぐだよ
君のそばにいるのさ, 星が見えなくなる頃にはね
長い間ずっと待っていたんだ
いま向かってる場所に辿り着くのを
君の愛に満たされた陽の光に包まれるのさ (*1)
君と一緒にいるよ, 愛しい人よ
光が差し込み, 君を照らしてるね
そうさ, 君と一緒さ, 愛しい人よ
朝が来たんだ, 僕ら二人きりなんだよ
ずっと君と一緒にいるよ, ダーリン, さぁ
ずっと君と一緒にいるのさ, 僕の海が干上ってしまうまで (*2)
長い間ずっと待っていたんだ
いま向かってる場所に辿り着くのを
君の愛に満たされた陽の光に包まれるのさ (*1)
君と一緒にいるよ, 愛しい人よ
光が差し込み, 君を照らしてるね
そうさ, 君と一緒さ, 愛しい人よ
朝が来たんだ, 僕ら二人きりなんだよ
ずっと君と一緒にいるよ, ダーリン, さぁ
ずっと君と一緒にいるのさ, 僕の海が干上ってしまうまで (*2)
長い間ずっと待っていたんだ
長い間ずっと待っていたんだ
長い間ずっと待っていたんだ
いま向かってる場所に辿り着くのを
君の愛に満たされた陽の光に包まれるのさ (*1)
….. ♫ ….. ♫ ….. ♫
訳注
*1 In the sunshine of your love, 「君の愛に満たされた陽の光に包まれるのさ」。ここはまぁ意訳, 些か言葉が多過ぎだけど。
因みに英語の世界の中で sunshine は, それ自体, "Darling" や "Honey" や "Sweetheart" のように, 恋愛のパートナーへの愛称として使うことができる言葉ではあるようです。
*2 till my seas are dried up, 何となく「あっち」方面の意味合いも暗示しているようにも感じられるフレーズ。Maybe I think too much(笑)考え過ぎかな。
ではでは!
Let It Grow 〜 歌詞和訳
音源と歌詞和訳は下掲 note リンクの下。
Eric Clapton の "461 Ocean Boulevard" に収録されたこの曲 "Let It Grow" と "Give Me Strength" の 2曲が、筆者が初めて歌詞和訳を試みた歌だった(どっちを先にやったのか憶えていないが同じ日、2001年9月8日)。
というわけで、筆者の趣味シュミ「洋楽」歌詞和訳、文字通り「初心者」の時の和訳歌詞。上手いとはとても言えないが、歌詞和訳の結果というのはけっこうその時の気持ちが大切。当時のまま、そのままで、以下に掲載する。
Let It Grow from Eric Clapton's 1974 album 461 Ocean Boulevard (*2) 🎶
英語原詞 https://www.azlyrics.com/lyrics/ericclapton/letitgrow.html
十字路に立って標識を読んでみる (*3)
答をみつけるにはどっちに行くべきか、教えてくれるだろうか
だけど私にも、いつだってわかっていることがある
あなたの愛を植えよう、愛を育てよう
愛を育てよう、愛を育てよう
花を咲かせ、風になびかせよう
晴れの日も、雨が降っても、雪が降っても
愛らしく、美しく、愛を育てよう
私の心から出て行く理由を探してみる
頼りに出来る友達を、懸命になって探しているのに
与えるものは何も残っていない
愛を植えよう、愛を育てよう
愛を育てよう、愛を育てよう
花を咲かせ、風になびかせよう
晴れの日も、雨が降っても、雪が降っても
愛らしく、美しく、愛を育てよう
時間が短くなっていくけれど、あなたにはすべきことが沢山ある
心から願えば、きっと必要なものを手に入れられる
あとはあなた次第なんだ
愛を植えよう、愛を育てよう
愛を育てよう、愛を育てよう
花を咲かせ、風になびかせよう
晴れの日も、雨が降っても、雪が降っても
愛らしく、美しく、愛を育てよう
愛を育てよう、愛を育てよう
花を咲かせ、風になびかせよう
晴れの日も、雨が降っても、雪が降っても
愛らしく、美しく、愛を育てよう
.................. 🎶 ..................
*1 今から 24年近く前, 2001年夏に「完成までたったの 3日間 ゼロからのホームページ作り」(成美堂出版)という本を買って html を独学し, (当時 激務の仕事をしていたし, 実際には)「3日間」ならぬ 5日間ほどで立ち上げ, その後, 仕様をずっと旧態依然とした体裁のままにしている(そして軽く10年以上 放置中, おそらくこれからも)自前のホームページ上。
*2 461 Ocean Boulevard の「レヴュー」もどきを書いたことがある。これも上記の自前のホームページ上。
*3 Standing at the crossroads, trying to read the signs
Crossroads (Robert Johnson, arr. Eric Clapton), Cream LIVE at Winterland, San Francisco, California, March 10, 1968 〜 from Cream's 1968 album Wheels of Fire (*4) 🎶
I went down to the crossroads, fell down on my knees
Down to the crossroads, fell down on my knees
Asked the Lord above for mercy, "Save me if you please" .. 🎶
*4 坂上二郎「飛びます, 飛びます」世代, 話が飛びます。
インド, カルカッタ 「火の車」 1984 〜 イギリス, クリーム Wheels of Fire 1968
ネタニヤフとイスラエルをディスる Cream のアルバム 2枚 〜 それは "DisIsraeli Gears", nope, "Disraeli Gears" と Wheels of Fire 🎶
上掲 note タイトル写真は, もちろん "Disraeli Gears" の カヴァー。
ではでは 🎶
Give Me Strength 〜 歌詞和訳
Give Me Strength from Eric Clapton's 1974 album 461 Ocean Boulevard (*2) 🎶
英語原詞 https://genius.com/Eric-clapton-give-me-strength-lyrics
神様、私に続けていく強さを与えてください
ああ神様、私に生き続ける強さを与えてください
私の家はハイウェイの彼方に
神様、私はあまりに多くの過ちを犯してきました
だけどお願いです、どうか私に生き続ける強さを与えてください
神様、私に続けていく強さを与えてください
ああ神様、私に生き続ける強さを与えてください
私の家はハイウェイの彼方に
神様、私はあまりに多くの過ちを犯してきました
だけどお願いです、どうか私に生き続ける強さを与えてください
…… 以下, 訳注(のようなもの) …… 🎶
下掲リンク note (*3)第3章より
「人生のポケット」に嵌まり込んでいた時期も含めて、2001年からの数年間、けっこうな数の英語の歌の歌詞を、日本語に訳していた。「人生のポケット」から脱け出て以降も、時折やることがあるが、昔ほど頻繁ではない。
プロの翻訳家なんかではないから(「なんか」とは失礼な、いえいえ、そんな大それたものではないのです拙者は、という意味です、しかし以前謙り表現していた「拙訳」ではありません、まぁまぁの「良訳」、「良薬口に苦し」ですぞ、長い括弧)、それは要するに、趣味シュミ人の趣味シュミ翻訳。
今日の投稿の最初の方で、マイケル・J・フォックスの著書「ラッキーマン」は、気になってから9年も経った2012年に読んだけれど、当時、出口が一向に見えない暗くて長いトンネル、つまり暗くて深い「人生のポケット」の中にいた自分にとって、自分の心身を支えることに力を貸してくれた幾つかのもののうちの一つだった、というようなことを書いたけれど、あれはつまり、英語で言うと、"Give me strength to carry on" だったんだと思う。
自分は「神」なるものの存在を信じていない。まぁ宇宙の何処かに、あるいはこの地球上、そして身の回りを含む其処彼処に、物理的というか科学的な意味で、しかしある意味、哲学的な意味でも、何か絶対的な存在があるような考え方はするが、それは巷の、ユダヤ・キリスト・イスラムといったアブラハムの宗教をはじめとしたいわゆる「宗教」でいうところの「神」、なるものとは、全く違う。
この歌の歌詞の中の "Lord" とは、強いて言えば、アブラハムの宗教における「神」を指すことになると思うが、自分はそういうわけで、そんな「神」なるものを、全く信じていない。ただ、この歌自体は、数多ある好きな歌のうちの一つ。
歌詞は、2001年9月8日に訳した。訳した時に併せて日記を書くことが多かったが、その日は日記というものを書いていない。
*1 今から 24年近く前, 2001年夏に「完成までたったの 3日間 ゼロからのホームページ作り」(成美堂出版)という本を買って html を独学し, (当時 激務の仕事をしていたし, 実際には)「3日間」ならぬ 5日間ほどで立ち上げ, その後, 仕様をずっと旧態依然とした体裁のままにしている(そして軽く10年以上 放置中, おそらくこれからも)自前のホームページ上。
*2 461 Ocean Boulevard の「レヴュー」もどきを書いたことがある。これも上記の自前のホームページ上。
*3 Give Me Strength, 以下の第3章などに載せていた。
(上掲リンク note 目次)
自分では変えられないことを受け入れる、これはかなり難しい。
人生のポケットから出る方法はどこかにある ー そのかわりと神は言った。「おまえたちに空っぽをあげよう」
Give Me Strength (Eric Clapton) ー 歌詞和訳
Can't Find My Way Home
付録1: Facebook の脳味噌がない検閲当局が投稿させない Can't Find My Way Home
付録2: 長崎原爆投下の犠牲者の写真をヌードだとして削除する Facebook の検閲プログラムの愚劣さ
…………
ではでは, 次は 🎶
Tears in Heaven 〜 歌詞和訳
以下の第1章。下掲リンクの下に, 「前口上」と共に転載(「前口上」の 注釈 *1~3 は 転載に際して付したもの)。
この歌は 1991年のレコーディング。作曲はエリック・クラプトン本人、歌詞はクラプトンとウィル・ジェニングスの共作。若い頃はギターの腕前ばかりに注目が集まり、後年になってヴォーカルも高く評価されるようになったクラプトン、作曲の方もそのヒット曲の大半は自身の手によるものだから合わせ評価されて然るべきと思うが、歌詞の方もなかなかにいいものを書いていると思う。しかし、この歌の歌詞については、おそらくは自分の手だけでは文字通り手に負えなかったということかもしれない。
この歌が作られる時期の直前のクラプトン自身もしくは彼の身の回りに起きた悲劇を振り返っておくと、1990年8月26日、アメリカ合州国ウィスコンシン州で開催されたブルース・フェスティバルにクラプトン、バディ・ガイ、ロバート・クレイ、ジミー・ヴォーンらと共演したスティーヴィー・レイ・ヴォーンが終演後に次のライヴ会場(クラプトンとツアー中だった)を目指しシカゴ行きのヘリコプターに乗ったところそのヘリが濃霧のなか墜落してしまい、クラプトンのスタッフ3人を含む乗員と共に他界(共演の翌日、1990年8月27日未明)、そしてこのヘリに乗り合わせなかったため、クラプトンは生き残るかたちに。さらに翌1991年3月には、こちらはより多くの人々に知られている悲劇だが、自身の当時4歳の息子がニューヨークのマンションの53階の窓から落ちて死去。
さすがに息子の死まで重なると、世界の多くのクラプトン ・ファンが、クラプトンがまた過去あったようにドラッグもしくはアルコール依存の世界を生きる日々に戻ってしまうのではないかと心配した(一ファンである筆者もそういう懸念を感じてかなり気を揉んだ)。
結果、クラプトンは長らく自宅に引き籠ったが、不幸中の幸いでファンの心配は外れ、ある意味、彼はこの歌を作り、そして歌うことで、その悲劇と自身の深い悲しみを乗り越えていくことになった。
この歌はまず、"Rush" というタイトルの1991年に公開されたアメリカ映画にその主題歌として使われたが、筆者自身、当時 VHS でその映画を観たところ、映画自体の出来はいまいちだった。ただ一方で、クラプトンが担当した同映画のサウンドトラックの内容はかなり良く(CD を買った)、聴き応えがあるものだった。
その後、クラプトンは 1992年の大ヒット "MTV Unplugged" のライヴでもこれを歌い、後年は後者のパフォーマンスの方がより多くの人々の耳に届いているかもしれない。
この歌は 1993年のグラミー賞最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀ポップ男性歌手賞の受賞作となったが("Unplugged" ライヴのアルバムの方もグラミー賞3部門獲得)、最優秀レコード賞だったか、最優秀楽曲賞だったか、いずれにしても受賞スピーチの際、受賞の喜びを語る一方でクラプトンが同時に「罪を感じる」と言ったのを、筆者は今でもよく記憶している(生だったと思うが、当時筆者は WOWOW でテレビ中継された授賞式を観ていた)。
自らの息子である一人の人間の実際の死を受け、その悲劇と自身の悲しみを乗り越えていく過程で作った歌が晴れやかな舞台で脚光を浴びたことへの、ある種の罪悪感を語ったのだろうと思う。
この歌の歌詞は、2003年4月20日に和訳した(*1)。当時その和訳歌詞を掲載した自分のホームページの記録によれば翌4月21日に一部修正しているのだけれど、どの部分を直したのか、現時点で思い出せてない。
以下に、スタジオ・レコーディングの音源と歌詞、合わせて筆者による和訳歌詞、それから "Unplugged" ライヴ・ヴァージョンの音源と歌詞、筆者による和訳歌詞、最後に "Unplugged" アルバムの筆者による「レヴュー」もどきへのリンク(*2)、そしてこの歌の歌詞を訳した当時の極私的日記(日記だから私的なのは当然か、でもまぁ自分のホームページに掲載した日記からの転載)(*3) などを掲載する。
本章の最後に載せる当時の日記にある通り、一部意訳を含んでいると思う(ほぼ毎度のことながら)。
Tears in Heaven 〜 a 1991 song by Eric Clapton and Will Jennings, written about the death of Clapton's four-year-old son, Conor
英語原詞 https://genius.com/Eric-clapton-tears-in-heaven-lyrics
僕の名を憶えていてくれるかい
天国で再会したなら
同じでいてくれるかい
天国で会う時に
僕は強くあらなくちゃいけない
生き続けなくちゃならない
なぜって僕はわかっているからさ
僕は天国にいるんじゃないってことを
僕の手を握りしめてくれるかい
天国で再会したなら
僕に手を差し延べてくれるかい
天国で会った時も
いつか僕は自分の道をみつけるだろう
幾度もの夜と昼を乗り越えて
なぜって僕はわかってはいるからさ
今は天国にいられないってことを
打ちのめされる時がある
あきらめてしまいたくなる時がある
悲嘆にくれる時もある
お願いですからと神に請いたくもなる
そのドアの向こうに
きっと平安があると確信してるんだ
僕はわかってるよ
天国ではこれ以上涙にくれることもないのさ
僕の名を憶えていてくれるかい
天国で再会したなら
同じでいてくれるかい
天国で会う時に
僕は強くあらなくちゃいけない
生き続けなくちゃならない
なぜって僕はわかっているからさ
僕は天国にいるんじゃないってことを
…… ♫ …… ♫ …….
*1 前節でも触れた自前のホームページ上
*2 Unplugged 「レヴュー」もどき(自前のホームページ上)。
*3 歌詞を訳した日(2003年4月20日)の, 自前のホームページ上(*4)に掲載した日記
しばらく前に、甥っ子がメールをくれて、訳詞のリクエストをもらいました。そういうわけで、大事な甥っ子のリスエクトに応え、今日はクラプトンの TEARS IN HEAVEN を訳しました。例によって意訳ですが、この歌、意外と難しかった。
タイトルの TEARS IN HEAVEN が出てくるのは1箇所だけで、And I know there'll be no more tears in heaven という部分。この肝腎な tears in heaven だって、深く考えようとすると、わりと単純なレベルでよくわからなくなる。まぁ英語表現の理解が完璧な人なら、容易にわかる類のことでもあるかもしれないんだけど。
事故で息子を亡くしたクラプトンが立ち直る過程で作った曲、と簡単に言ってしまうのは気がひけるが、これはあまりに有名な話。このことからすれば、喪失した悲しみが天国に向けて涙を流させる、しかし強くあらなくちゃいけない、もう涙を流すこともないだろう・・・なんて読めたりもする。だけど、そういう訳にはしませんでした。そういう意味じゃ、タイトルの訳し方からへんかもしれないけどなぁ。
結局、これは自分の意訳なんです。あくまで自分の気分で訳しています。僕は名曲を借りて、自分の気持ちをところどころに織り込みながら、訳詞という表現をしているんだから。こんな訳し方があってもいいじゃん。アートは、鑑賞の瞬間から鑑賞する側のものにカタチを変えていくんです(笑)。
喪失する悲しみ、残される者の悲しみって、これほどの悲しみはないかもしれない。一方で、喪失の当事者はどうなんだろう。事故や病気で死ぬ時もあれば、自殺したり失踪したりって場合もある。もっと違う種類の喪失もあるだろう。消えてしまったら終りかい。花実は咲かないな。
天国があるかどうかって、そりゃありません、死んだら終りですって言った方が冷静なんだけど、否定してしまうのもやめときましょう。ただ、確かに、人間はいつか死ぬ。それで人生は終りだ。だからこそ、よけいに愛する者を愛しく感じるのだろう。永遠じゃないと思うからこそ、胸が痛むのだろう。
幻想的なことを言うけれど、もしも天国で再会するのなら、憶えておいてほしいね。同じであってほしいね。遭うけれども知らないなんて、考えれば辛い話だ。天国で再会しても、いっしょでいたいもんです。そういうことがあるのなら是非ともね。
*4 自前のホームページ上
ではでは 🎶
River of Tears 〜 歌詞和訳
以下の第4~6章。
River of Tears (Eric Clapton/Simon Climie) from Eric Clapton's 1998 album Pilgrim (*2) 🎶
英語原詞 https://genius.com/Eric-clapton-river-of-tears-lyrics
その河まで3マイル
私を運び去ってしまう河
埃だらけのその通りまで2マイル
今日あなたを見た場所
私のひとりぼっちの部屋まで4マイル
そこは私がひっそりと身を隠す場所
ダウンタウンのバーまで 0.5 マイル
そこは私が恥辱から逃れた場所
神よ、私はどれだけ走り続けなければならないのか
7時間? 7日間? それとも7年間?
あなたがいなくなってしまってから
私に判るのはただ一つだけ
私はまるで河で溺れているみたいだ
そうさ、涙の河で溺れている
河で溺れている
まるで溺れているみたいなものさ
河で溺れているんだ
あと3日のうちに私はこの街を出て行くだろう
足跡すら残さず消え去るつもりだ
そして1年後、おそらくどこかに落ち着くことになる
私のことなど誰も知らない場所に
あなたのことをもう一度抱きしめることが出来れば
この苦しみを和らげることが出来るはずなのに
だけど行かなくちゃ
私にはもう時間が残されていないんだ
また走り去るほかないのさ
それでも私は、今もある考えにとらわれている
いつか私はここに戻る方法をみつけることになる
あなたは溺れている私を救い出してくれるだろう
河で溺れている
涙の河で溺れているんだ
河で溺れているんだ
まるで溺れているみたいだ
一人でもがいても逃げられない
神よ、この苦しみはあとどれだけ続くのか
私は魂の居場所を探している
私は涙の河で溺れている
.................. 🎶 ..................
*1 前節でも触れた自前のホームページ上
*2 Pilgrim の「レヴュー」もどきを書いたことがある。これも上記の自前のホームページ上。
ではでは 🎶
Running on Faith 〜 歌詞和訳
以下の第1章。
Running on Faith from Eric Clapton's 1989 album Journeyman 🎶
英語原詞 https://genius.com/Eric-clapton-running-on-faith-lyrics
このところずっと 私は 信じることで 生きている (*1)
哀れな男に 他に何ができる?
それでも 私の世界はうまくいくだろう
愛が あなたに届きさえすれば
このところずっと 私は 寝言ばかり言っている
いったい何を言わなくちゃいけないというのか
私の世界がうまくいくということ以外に
愛が あなたに戻りさえすれば
私は いつも 一日一日を大事にしてきた
今ごろには 私を大切に思ってくれる人をみつけているはずだった
それで 私たちは 信じ続けるんだ (*1)
夢が全て叶うだろうことを
それで 私たちの世界はうまくいくだろう
愛が 私とあなたに 届きさえすれば
私は いつも 一日一日を大事にしてきた
今ごろには 私を大切に思ってくれる人をみつけているはずだった
だから 私たちは 信じ続けるんだ
夢は全て叶うはずだってことを
それで 私たちの世界はうまくいくだろう
愛が 私とあなたに 届きさえすれば
愛が あなたに届きさえすれば
愛が あなたに届きさえすればね
愛は あなたに届く
愛は あなたに伝わる
私たちの夢は全て叶うだろう
愛は あなたに届く
愛は あなたに伝わる
私たちの夢は全て叶うだろう
愛が あなたに届きさえすればね
私たちの夢は
私たちの夢は 全て 叶うだろう
愛が あなたに届きさえすれば
私たちの夢は全て叶うだろう
愛は あなたに届く
愛は あなたに伝わる
愛が あなたを包み込む
…… 🎶 …… 🎶 ……
訳注
*1 run on は「〜 で走る」「(切れ目なく)〜 を続ける」「(心が)~に捕らわれる」など。この歌のタイトルや歌詞の中にある run on faith は, 信念で生きる, 信じることで 生きる, 信じ続ける, 信じることを頼りにして生きる, そんなニュアンスで解釈すればよいかと。
Running on Faith 〜 Eric Clapton LIVE at Budokan, Tokyo, 2009 🎶
勿論この時のライヴも観た(カミさんと当時 高1の息子と共に), しっかし実にいい曲だなぁ。
だから 私たちは 信じ続けるんだ
夢は全て叶うはずだってことを
それで 私たちの世界はうまくいくだろう
愛が 私とあなたに 届きさえすれば 🎶
…….. ♫ …… ♫ …… ♫
Presence of the Lord 〜 歌詞和訳
音源と歌詞和訳は下掲 note リンクの下。
さて, この Presence of the Lord, 作詞作曲は前述の通り Clapton, しかしこの曲で ヴォーカルをとったのは "Can't Find My Way Home" 同様に Winwood だった。Cream 時代にもヴォーカル経験がある Clapton, しかしこの頃はまだ歌うことにそれほど自信はなかったのかもしれない。
正直, "Can't Find My Way Home" の Winwood のヴォーカルは好きだけれど, アルバム "Blind Faith" 収録のオリジナル・ヴァージョン Presence of the Lord における Winwood のヴォーカルは, 個人的にはあまり好きではない。
Presence of the Lord に関しては, 後年のライヴ・ヴァージョンにおける Clapton のヴォーカルの方がずっといいと思う。とりわけ Derek and the Dominos のライヴ・ヴァージョンにおける Clapton は, ヴォーカルもギターも共に素晴らしい(次章に音源あり)。
しかし(と書くのもなんだが), とりあえず(と言うのもなんだが.. しつこいね), 本章では Blind Faith オリジナル・ヴァージョンの Presence of the Lord の音源と筆者による歌詞の和訳を掲載しようと思う。
*以下の YouTube 上のクリップの画像は, 此処では些か分かりにくいだろうけれども, リリース当時 物議を醸したアルバムのカヴァー(ジャケット)に「物議を避けるべく」なのか 加工がされている。その更に下は, 加工がされていない, アルバムのジャケットそのままを使用した, YouTube 上の Blind Faith のアカウントによるクリップへのリンク(ジャケット写真は他の方の note でも掲載されているくらいで, かつ以下は Blind Faith アカウントによるクリップへのリンク)。
続けて, 筆者による歌詞の和訳を掲載する。
Presence of the Lord from Blind Faith's 1969 self-titled album Blind Faith 🎶
英語原詞 https://genius.com/Blind-faith-presence-of-the-lord-lyrics
俺はついに生きる道を見つけた (*1)
以前には決して出来なかったようなことだ
与えるものを多く持ってないってことは分かってる
だけど俺はどんな扉も開けられるのさ
誰もが 秘密を知っている
誰もが 真実を知っている (*2)
俺はついに生きる道を見つけた
神の色で (*3)
俺はついに生きる場所を見つけた
以前には決して出来なかったようなことだ
与えるものを多く持ってないってことは分かってる
しかし 間もなく 俺はどんな扉も開けるようになるだろう
誰もが 秘密を知っている
誰もが 真実を知っている (*2)
俺はついに生きる場所を見つけた
神の御前で (*4)
神の御前で
俺はついに生きる道を見つけた
以前には決して出来なかったようなことだ
与えるものを多く持ってないってことは分かってる
だけど俺はどんな扉も開けられるのさ
誰もが 秘密を知っている
そうさ, 誰もが 真実を知っているんだ (*2)
俺はついに生きる道を見つけた
神の色で (*3)
神の色で
…… 🎶 …… 🎶 ……
訳注
*1 英語では I (だけ)でも, 日本語に訳すとなるとしばしば迷うのは, 「私」, 「僕」, 「俺」.. などの どれにするのか, ということ。
この歌を書いた時の Eric Clapton は, まだ 23歳 程度。その後の彼の「波乱の人生」を踏まえれば, 壮年あるいは高齢の人間の「人生観」からくるものに対比できるような類の, 若さゆえの「観念」の表明, とも言えるかもしれない。そんなことを考えながら, 「俺」を選んだ。
Blind Faith オリジナル・ヴァージョンを歌った時の Steve Winwood (born May 12, 1948) は まだ 20歳か21歳, この歌の作詞作曲者で リード・ギターを弾いた Clapton (born March 30, 1945) は 23歳 か 24歳。
後年の Clapton, 少なくとも今の年齢の Clapton が歌う Presence of the Lord の歌詞に日本語訳を付けるのなら, I は「私」の方が相応しいだろうと思う。
というわけで, これは実は一例に過ぎず, 歌の歌詞(に限らないけれども)を 外国語に訳し 全く同じ意味で表現することは 不可能。歌詞の和訳は, それはそれで 訳者の解釈を踏まえた(訳者の)「表現行為」。
*2 Everybody knows the score, 「誰もが 真実を知っている」。score ("the score") は「(事の)真相」「真実」といった意味でも使われる言葉。
*3 In the colour of the Lord, この colour (color) は 難解(に見える, 思える)。複数形 "colors" なら「(ただし?『人の』)本性, 内面」という意味で使われることもあるようだが, それでしっくりくるのかどうか微妙だし, そもそもこの歌詞の中では複数形ではなく単数形。とりあえず(何か今後 気づけば 修正, 編集・校正する), あるいはこのままになるかもしれないが, 今は直訳で「神の色で」。
これはもしかしたら, 日本語で言うところの, 例えば「あの人の色に染まる」, などの場合の「色」に近いのかもしれない。
*4 第1章でも書いた通りで, presence of the Lord は, 直訳するなら「神の面前」「神の存在」「(キリスト教における)神の臨在」(そもそも "God" が一神教だけでなく多神教における「神」にも使えるのに対し "Lord" を「神」の意で使う場合は キリスト教などのアブラハムの宗教における「神」を意味し, 「臨在」はキリスト教において [神は不可視ではあるが常に其処に存在している] ということを意味する), そして最初に記した「神の面前」を やや かしこまって言えば(かしこまる, 畏まる, 多少なりとも畏敬・畏怖の念を込めれば)「神の御前」。
ところで,
クラプトン・ファン歴 優に半世紀を超える筆者。好きなクラプトンの曲は当然ながらかなり多いけれど, Presence of the Lord はもしかしたらトップ10 にランクインするかもしれない。ただしそれは Blind Faith のオリジナル・ヴァージョンではなく, 作詞作曲者であるクラプトンが 自ら歌う後年のヴァージョン。
なかでも Derek and the Dominos 時代のライヴ・ヴァージョンは最高で, Dominos 解散後にリリースされたアルバム "In Concert" の Presence of the Lord, あのクラプトンのヴォーカルは素晴らしく, ギターも極上。
思い出もあって, 自分の高校時代, 学園祭でバンドで演奏した曲だし(Blind Faith のスタジオ・ヴァージョン, なんとヴォーカルとリード・ギターを共に担当, しかし歌は褒められたものの自分のギターソロは思い切り下手だったことをよく覚えている), その前には 後に職業音楽家になる 3歳年上の自分の兄貴がやはり同じ高校で学園祭の時にバンドで演奏した曲でもある(第4章で音源を載せる Derek and the Dominos のライヴ・アルバム "In Concert" 収録ヴァージョン, 兄はそのヴァージョンのリード・ギターを完コピで弾いていた)。
上記の, 1973年1月リリース "In Concert" 収録, 後に 1994年2月リリース "Live at the Fillmore" にも収録されたライヴ・ヴァージョンは, 今日は 本 note 最終章にて。で, 本章では,
Dominos の後なら, 例えば 1975年リリースの クラプトンのライヴ・アルバム "E. C. Was Here" のヴァージョン, もちろん クラプトンのギター・ヴォーカル共にいいけれど, 一緒に歌う Yvonne Elliman のヴォーカルは「素晴らし過ぎ」, 泣ける。
Presence of the Lord 〜 Eric Clapton LIVE at Long Beach Arena, Long Beach, California, July 20, 1974; from his 1975 live album E. C. Was Here 🎶
Yvonne Elliman は上のイメージの人ではありません(笑)。しっかし彼女のヴォーカル, ほんと最高。
次,
以下のクリップ, 日本でのライヴじゃないけど, Steve Winwood との共演ライヴなら, 妻子と共に 家族3人で観たよ(2011年, 以下のクリップの下)🎶
Presence of the Lord 〜 Eric Clapton and Steve Winwood LIVE at the Crossroads Guitar Festival 2007, with Derek Trucks and Doyle Bramhall II 🎶
我が家の居間の壁に, 今も貼ってある 🎶

ではでは。
"Little Wing" (Jimi Hendrix) by Derek and the Dominos 〜 歌詞和訳
これは勿論, カヴァー。下掲 note 第1章が オリジナルの Jimi Hendrix による Little Wing の音源および歌詞和訳で, 第2章が Derek and the Dominos "Layla and Other Assorted Love Songs" 収録のカヴァー・ヴァージョン音源および歌詞和訳(歌詞はオリジナルとほんの少しだけ違う)。後者を以下の note リンクの下に掲載 🎶
Little Wing (Jimi Hendrix) 〜 from Derek and the Dominos' 1970 album "Layla and Other Assorted Love Songs", Eric Clapton & Duane Allman (Nov 20, 1946 – Oct 29, 1971) on guitar
英語原詞 https://genius.com/Derek-and-the-dominos-little-wing-lyrics
そうさ, 彼女は雲の中を歩いているんだ
そこら辺りを駆け巡る, サーカスのような心持ちでね (*1)
蝶やシマウマ, そして おとぎ話
彼女が考えているのはそれだけなんだ
俺が悲しくて沈んでる時, 彼女は俺のところに来てくれるんだ (*2)
溢れる笑顔, そうさ, 千もの微笑みを, 彼女は俺に無償で与えてくれるのさ (*3)
彼女は言ったんだよ, 大丈夫よって
私から, 欲しいものを何でも持って行っていいのよ って
(さぁ何でも)(何でも)
そうさ, 彼女は雲の中を歩いているんだ
そこら辺りを駆け巡る, サーカスのような心持ちでね (*1)
蝶やシマウマ, そして おとぎ話
彼女が考えているのはそれだけなんだ
俺が悲しくて沈んでる時, 彼女は俺のところに来てくれるんだ (*2)
溢れる笑顔, そうさ, 千もの微笑みを, 彼女は俺に無償で与えてくれるのさ (*3)
彼女は言ったんだよ, 大丈夫よって
私から, 欲しいものを何でも持って行っていいのよ って
(さぁ何でも)(何でも)
ああ
飛んでみて, 小さな翼で (*4)
そう, そう
飛んでみて (*5)
…… 🎶 …… 🎶 ……
*訳注は 上掲 note の中で。
Blues カヴァー "Nobody Knows You When You're Down and Out" 〜 歌詞和訳
ブルーズ歌詞和訳 〜 ベッシー・スミス, エリック・クラプトン: "Nobody Knows You When You're Down and Out" ♫
以下の第3章, 第4章。下掲リンクに続き, 音源, 歌詞和訳を転載。
Nobody Knows You When You're Down and Out (Jimmy Cox) from Derek and the Dominos' 1970 double album "Layla and Other Assorted Love Songs" 🎶
Eric Clapton – vocals, guitar
Bobby Whitlock – keyboards
Carl Radle – bass
Jim Gordon – drums
Duane Allman (Allman Brothers Band) – slide guitar
Albhy Galuten (additional player only on this tune) – piano
(クラプトンが日本語で語ってるんじゃなくて、俺の 意訳 だからね)
英語原詞 https://genius.com/Derek-and-the-dominos-nobody-knows-you-when-youre-down-and-out-lyrics
昔は俺も羽振りが良かったんだ
銭 使い果たそうが何しようが気にならなかったさ
ダチを引き連れちゃ桁外れに遊んだし
密造酒だって、ウィスキーだシャンペンだワインだって飲みまくったさ
だけどそのうち身銭も切れてきたってわけ
そうなるとダチは消えるわ行く当てはないわ ..
また今度 銭 手に入れた日にゃ
今度こそずっと握ったまま離さないぜ(*1)
なぜって 落ちぶれちまったらみんな知らん顔だってことだよ
あんたのポケットに 1ペニーもなかったら
それはダチだって一人もいないってことなんだよ
また今度、ようやくあんたが元気になったら
どいつもこいつもまた昔馴染みだってツラして寄ってくるんだけどな
ひどく変に思えるかもしれないが よく聞きな、間違いないからさ
なに、落ちぶれちまったら, みんな知らん顔だってことだよ
また今度、ようやくあんたが元気になったら
どいつもこいつもまた昔馴染みの親友だってツラして寄ってくるんだ
ひどく奇妙な話だろうが、なぁ ..
みんな知らん顔するんだよ
知らん顔さ
なに、落ちぶれちまったら, みんな知らん顔だってことだよ
.................. 🎶 ..................
*1 "(If) I get my hands on a dollar again, I'm gonna hang on to it till that eagle grins", 「また今度 銭 手に入れた日にゃ, 今度こそ ずっと 握ったまま離さないぜ」
"eagle" はアメリカの 1ドル紙幣の裏に描かれている eagle (つまり鷲, 厳密に言うと bald eagle すなわち白頭鷲), まずこれでカネ絡みの連想が浮かぶ。
そして "grin" というのは自動詞だと「歯を見せてニヤッと笑う」、名詞だと「(歯を見せて笑う)にこやかな笑顔」(あるいは苦痛や怒りなどで歯を剥き出しにすること)、そこで、
"(If) I get my hands on a dollar again, I'm gonna hang on to it till that eagle grins" というのは、いかめしい表情をした白頭鷲がニヤリと笑うことなどあり得ないことから、ここには "forever" という含意、「永遠に」という意味が隠されていることになって、「また今度 銭 手に入れた日にゃ, 今度こそ ずっと 握ったまま離さないぜ」ということになる。
4年半ほど前にこの歌の歌詞を訳した時、"eagle", "grin" の箇所を疑問に思い、ググって以下リンク先を見つけ参考にした。
もう一つ, アンプラグドのカヴァーを ♫
Nobody Knows You When You're Down and Out (Jimmy Cox) from Eric Clapton's 1992 LIVE album Unplugged 🎶
Eric Clapton – lead vocals, acoustic guitar
Andy Fairweather Low – acoustic guitar
Chuck Leavell – acoustic piano
Nathan East – acoustic bass, backing vocals
Steve Ferrone – drums
Ray Cooper – percussion
Katie Kissoon – backing vocals
Tessa Niles – backing vocals
Chuck Leavell の ピアノも 素晴らしい。
さて, ここで, 大胆にも,
唐突に, 我が家の話題へ!
うちのカミさん の ピアノも 素晴らしい, 息子のコーラスやタンバリンやハーモニカも上手い, 拙者のギターは下手だけどね, "San Francisco Bay Blues" ♫ と "Nobody Knows You When You're Down and Out" ♫
"San Francisco Bay Blues" ♫
拙者 – lead vocals, acoustic guitar
うちのカミさん(当時29歳「かもしれない」) – piano
我々の息子(当時 9歳, 小学3年) – harmonica, tambourine, backing vocals
"Nobody Knows You When You're Down and Out" ♫
拙者 – lead vocals, acoustic guitar
うちのカミさん(当時29歳「かもしれない」) – piano
我々の息子(当時 9歳, 小学3年) – tambourine, backing vocals
ではでは,
次へ。
Blues カヴァー "Further On Up the Road" 〜 歌詞和訳
音源, 歌詞和訳は 以下の第2章 以降。下掲リンクの下には, 第4章に載せた "Just One Night" 収録の Clapton LIVE ヴァージョンを 🎶
Further On Up the Road (Joe Veasey, Don Robey / Bobby Bland) from Eric Clapton's 1980 double live album Just One Night (recorded LIVE at 日本武道館 in December 1979) 🎶
この道のずっと先で
誰かがおまえを傷つけるぜ、おまえが俺を傷つけたようにな
この道のずっと先で
誰かがおまえを傷つけるぜ、おまえが俺を傷つけたようにな
いつか見てろよ
ベイビー、それまでただ首を洗って待ってるんだな
おまえは自分が蒔いた種を刈り入れることになるんだ
昔からの言い伝えは本当なのさ、因果応報ってことさ
おまえがやったことしか返って来ないんだ
言い伝えは本当だぜ
おまえが誰かに酷いことをしたように
いつか誰かがおまえを酷い目に遭わせるのさ
ベイビー、おまえはずっと笑っているが
いつかおまえにも泣く日がやってくるんだ
ベイビー、おまえはずっと笑っているが
泣きを見るのはおまえだ、いつかおまえは泣き喚くことになる
見てろよ
俺が言ってることが嘘じゃなかったってわかるぜ
いつか見てろよ
誰かがおまえを傷つけるぜ、おまえが俺を傷つけたようにな
この道のずっと先で
誰かがおまえを傷つけるんだ、おまえが俺を傷つけたようにな
いつか見てろよ
ベイビー、それまでただ首を長くして待ってるんだな
ベイビー、おまえはずっと笑っているが
いつかおまえにも泣く日がやってくるんだ
ベイビー、おまえはずっと笑っているが
泣きを見るのはおまえだ、いつかおまえは泣き喚くことになる
見てろよ
俺が言ってることが嘘じゃなかったってわかるぜ
.................. 🎶 ..................
ではでは 🎶
Blues カヴァー "Key to the Highway" 〜 歌詞和訳
Key to the Highway (Big Bill Broonzy, Eric Capton, Derek and the Dominos, & more), ただし歌詞和訳は Big Bill Broonzy のヴァージョン(第1章)。
第2章に, Derek and the Dominos や Eric Capton(ソロ)などによるカヴァーの音源リンク。
ではでは!
私的な "おまけ" 〜 「人生のポケット」を覗いたら, "River of Tears" と "Running on Faith" が 聞こえて来た
時計の針を戻して, 過去の自分が嵌まり込んでいた「人生のポケット」の中を覗いたら, クラプトンの "River of Tears" と "Running on Faith" が 流れていた。
(上掲リンク note 目次)
「人生のポケット」 とは
「人生のポケット」の中を覗いたら, あの2曲が流れていた 〜 そう思ったのは ..
そう思ったのは, このとき
人生のポケットから出る方法はどこかにある
River of Tears 〜 歌詞和訳
Running on Faith 〜 歌詞和訳
音楽は人を癒すか 〜 本当に 「音楽は人を癒す」 か?
…………
ではでは, 次は 🎶
Derek and the Dominos LIVE at the Fillmore East 1970 🎶
前説
Eric Clapton は 1945年3月30日生まれ, 今日で 御年80歳。本 note のタイトル写真は, Derek and the Dominos 時代, ニューヨークのフィルモア・イーストでのライヴの時の Clapton, 1970年10月23日, 当時25歳。
Clapton 愛聴歴・ファン歴が既に半世紀を超え, もちろん今の彼の音楽も好きで, 来月の2年ぶりの武道館ライヴも楽しみにしている筆者(前回同様 カミさんと共に行く), ではどの時期の Clapton のプレイ・スタイル(和製英語かな, 英語では playing style)が一番好きかと問われるなら, その時の気分次第の面もあるけれど, Derek and the Dominos 時代がいいと答えることが多いと思う。というわけで, 冒頭 触れた フィルモアでのライヴの音源, 今日の最終章に載せておきます。
Why Does Love Got to Be So Sad?
解散後リリースのライヴ・アルバムからの音源。
まずは, 後に職業音楽家になる 3歳年上の自分の兄貴が, 高校の学園祭で自身のバンドでカヴァー, そのリード・ギターを完コピで弾いていたヴァージョン(もちろん EC には及びません, 「そりゃそうよ」岡田監督)。
Derek and the Dominos LIVE at the Fillmore East, October 24(?), 1970, included on their live double album In Concert released January 1973 🎶
もう一つ, 次のは テンポ速いうえに長尺, こっちも素晴らしい ♫
Derek and the Dominos LIVE at the Fillmore East, October 23, 1970, included on their live double album Live at the Fillmore released February 1994 🎶
いや, たまりませんなぁ。
そして,
Presence of the Lord
あらかじめ, "もちろん EC には及びません"(「そりゃそうよ」岡田監督)。
クラプトン・ファン歴 優に半世紀を超える筆者。好きなクラプトンの曲は当然ながらかなり多いけれど, Presence of the Lord はもしかしたらトップ10 にランクインするかもしれない。ただしそれは Blind Faith のオリジナル・ヴァージョンではなく, 作詞作曲者であるクラプトンが 自ら歌う後年のヴァージョン。
なかでも Derek and the Dominos 時代のライヴ・ヴァージョンは最高で, Dominos 解散後にリリースされたアルバム "In Concert" の Presence of the Lord, あのクラプトンのヴォーカルは素晴らしく, ギターも極上。Dominos の後なら, 例えば 1975年リリースの クラプトンのライヴ・アルバム "E. C. Was Here" のヴァージョン, もちろん クラプトンのギター・ヴォーカル共にいいけれど, 一緒に歌う Yvonne Elliman のヴォーカルは「素晴らし過ぎ」, 泣ける。
思い出もあって, 自分の高校時代, 学園祭でバンドで演奏した曲だし(Blind Faith のスタジオ・ヴァージョン, なんとヴォーカルとリード・ギターを共に担当, しかし歌は褒められたものの自分のギターソロは思い切り下手だったことをよく覚えている), その前には 後に職業音楽家になる 3歳年上の自分の兄貴がやはり同じ高校で学園祭の時にバンドで演奏した曲でもある(第4章で音源を載せる Derek and the Dominos のライヴ・アルバム "In Concert" 収録ヴァージョン, 兄はそのヴァージョンのリード・ギターを完コピで弾いていた)。
Derek and the Dominos LIVE at the Fillmore East, October 24, 1970; included on a 1973 album In Concert and a 1994 album Live at the Fillmore 🎶
I have finally found a way to live
Just like I never could before
And I know that I don't have much to give
But I can open any door
Everybody knows the secret
Everybody knows the score
Oh, yeah
I have finally found a way to live
In the presence of the Lord .. 🎶
*この曲の歌詞の和訳は, 今日の前章に掲載してます(オリジナル・ヴァージョンの方, もちろん歌詞全体の大意は変わらないが, ライヴでは表現上 一部異なる箇所がある)。
Thorn Tree in the Garden 歌詞和訳 〜 ボビー・ウィットロック / Derek and the Dominos
(2025年8月21日 投稿)
Bobby Whitlock が 今月10日に亡くなった。ガキの頃から半世紀以上聴き続けてきた Derek and the Dominos (Eric Clapton, Bobby Whitlock, Carl Radle, Jim Gordon) のメンバーで, 今も生きているのは Clapton ただ一人になってしまった。時が経つのは速いのか, 実際のところどうなのか, しかしあのアルバム, あの 2枚組 LP を聴き始めた中1の頃, レコードに針を落とし, A面からB面に反し, 1枚目から 2枚目に代え, 何度も何度も繰り返し聴いた中学時代, 高校時代を想えば, やはり Time flies, 光陰矢の如し(なんで Time flies なんて英語のフレーズを, いやあのアルバムにはジミヘンの曲のカヴァーである "Little Wing" が収録されていて, "Fly on" って叫んでるよね Bobby も, 意味は違うけど!)。
今日は, Bobby が 作詞作曲し, 歌い(リード・ヴォーカル), Dominos では主にキーボード奏者だった彼がアクースティック・ギターも弾き, Derek and the Dominos の Layla and Other Assorted Love Songs において タイトル曲 "Layla" の次の曲として, あの名作アルバムの最後を静かに飾った佳曲 Thorn Tree in the Garden の歌詞の日本語訳を。
Thorn Tree in the Garden from Derek and the Dominos' 1970 album Layla and Other Assorted Love Songs 〜 songwriting, lead vocals & acoustic guitar by Bobby Whitlock (March 18, 1948 – August 10, 2025)
英語原詞 https://genius.com/Derek-and-the-dominos-thorn-tree-in-the-garden-lyrics
庭に棘のある木がある
僕の言いたいこと, わかるよね (*1)
君の気持ちを傷つけたくないけど
それは見える感じと違うよ, 彼女が恋しいんだ
彼女は僕が愛した唯一人の女性で (*2)
僕が本当に知った唯一の女性なんだ
彼女ほど愛を分かち合った人はいないよ
そうさ, まだ彼女を恋しく思ってるのさ
だけど 全てが不思議に思えるんだ, わかるだろ
なぜって, 彼女は僕を見捨てるようなことはしないはずだからさ (*3)
最後の別れも言わずに去るなんて, そんなことはしないはずだからさ
もし彼女が街を歩き回って 結局 (*4)
出会う男たち皆を愛したのなら
いったい誰がその理由を答えられるんだい?
ああ神様, それは僕じゃないですよね, 僕じゃないですよね
もしも彼女の顔を二度と見ることがなくても
彼女の手を二度と握ることがなくても
そして もしも彼女が他の男の腕の中にいたとしても
僕は理解すると思う, でもやっぱり彼女を恋しく思うのさ
ああ神様, 僕はまだ彼女を恋しく思ってるんです
たぶん いつか近いうちに, 何とかして .. (*5)
…… 🎶 …… 🎶 ……
訳注 は 上掲リンク先 note にて。
