ふたり 1日目

あらすじ
大学2年生の田村京子は授業を終えて自宅に帰ると、家中が何者かに荒らされていた。冷静になって部屋を見ると、貴重品も下着類等も盗まれてはおらずただただものが散乱しているだけだった。部屋の中に入ると、突然声が聞こえた。その声の主は押入れの扉をすり抜けて、京子の近くへやってきた。20歳の誕生日を目前とした京子の前に突如現れた謎の幽霊。その幽霊と京子は実は不思議な縁があった・・・!?


 皆さん初めまして。東京都内の大学2年生田村京子と言います。現在19歳、あと1週間もすれば20歳のピチピチ女子大生です。
 突然ではありますが、皆さんにお聞きしたいことがあります。家に帰ってきた時、鍵も閉まっているし、窓も閉まっていてどこからも誰も侵入できないはずなのに家の中がめちゃくちゃになっていることってありますか。
『ないです』って言って欲しいです。『ある』って言われてしまうと、今私の目の前に広がっている光景を否定できなくなってしまうからです。もちろん、泥棒さんっていう可能性もあります。でもきっと違います。
 私の足元に通帳も印鑑も落ちています。そして、私の下着類も間違いなく部屋に散らかっています。つまり、犯人は泥棒さんでも変態さんでもないってことです。うん、私ってとっても頭良い。
 頭が良いのはもちろん褒めて欲しいですが、こんな部屋の惨状を見ても落ち着いている私をもっと褒めて欲しいなって思っちゃったりします。
 普段から控えめに、男性相手でも女性相手でも1歩半後ろを歩ける、大和撫子な私です。だからこそ、緊急事態でも声を上げることなく、部屋からも1歩半後ろに下がって観察が出来ているのだと思います。えっへん。私って凄い。
 そうは言いましても、流石に頭がこんがらがっていますのでちょっと時を戻して今の状態を説明させていただきますね。
■5月5日(金)
「京子ちゃーん」
 同じ文学サークルに所属している、菜緒ちゃんが私に声をかけてきました。
「菜緒ちゃん。どうしたの?」
「今日サークルに出ないの?」
「えっとね、明日お母さんがこっちに来る予定なの。だから今日はこのまま家に帰って部屋の片づけをしようかなーって」
 お母さんから『東京行くからよろしく。あ、明日あなたの家に泊まるからね』と連絡があったのはついさっき。今日のサークル活動はミステリ&サイコサスペンス作品について語らう事だったので絶対に参加したかったのに。
「あ、そうなんだ。京子ちゃん、ミステリとか好きだから参加するんだろうなって思っていて」
「もちろん参加するつもりだったよ!でもお母さん来るのはもう仕方ないのです。菜緒ちゃんはミステリとか苦手じゃなかったっけ」
「えへへ・・・そうなんだけど、折角だし京子ちゃんがいるなら一緒に参加してみようかなって思っていたの」
 俯きながら、ハニカミながら菜緒ちゃんは言いました。ちょっと頬っぺたが赤くなっているのがとてもキュートだなって思います。
「そうだったの。ごめんなさい。急に参加できなくなっちゃって」
「ううん大丈夫だよ~。でも、さすがに1人で参加する勇気はないから私も今日は帰ろうと思う。駅まで一緒に行こう?」
「うん、一緒に行こう」
 そうして、私は菜緒ちゃんと手を繋ぎながら一緒に駅まで向かいました。先に言っておきますと、私と菜緒ちゃんはお付き合いをしています。とっても清いお付き合いです。有子ちゃんと鳴海くんのような同棲はしていません。あ、有子ちゃんと鳴海くんって言うのは大学の同じ学科のお友達です。
 菜緒ちゃんとは電車の方面が逆のためホームで別れた後、電車に乗って最寄り駅まで移動し、帰り道でスーパーに寄りました。ちょうど飲み物や食材が無くなっていたので買い物をしました。
 スーパーを出た後に家に帰るのですが、道中に墓地があります。草木が乱雑に生い茂っており、おそらくもう誰も管理していない墓地です。本当はこういう所に住みたくはなかったのですが、家賃が安かったのです。それに墓地の中を歩くわけではなくそのわきの道を歩くだけなので気にしなければ問題ありません。実際、この1年間一切気にしていませんでした。
 今日もサーっといつも通り墓地のわき道を歩いていたら、いつも目に留まる墓石が少しだけ動いていました。最近雨が降ったりしたので少し地盤が緩くなったのだろうと推測されます。のぞき込んだりすることもなく、いつもと同じように素通りしました。
 アパートについて、階段を上がって家の前に着いた時にまず違和感がありました。なんと言えばいいのでしょうか、部屋から”オーラ”のようなものが出ていました。でも、部屋に入らないという選択肢は流石にありませんので、覚悟を決めて扉を開けて部屋の中に入りました。

 そして扉を開けて、今の状況に戻ります。
「ええっと、この部屋の荒らされ方はなんでしょう」
 思わず、独り言が出てしまいました。家に居るときは特に独り言が多くなる私です。
『あーもう!イライラするわ!!』
「?」
 突然部屋の中から声が聞こえました。所謂、ハスキーボイスですがたぶん女性だろうなと感じ取れます。
「あ、あの~誰かいらっしゃいますか」
『・・・・え?』
 部屋の奥のクローゼットが空いています。そのクローゼットから女性がひょっこりと顔を出しました。
 綺麗な黒髪のボブヘアーで、ぱっちりの二重です。菜緒ちゃんという可愛い彼女がいる私ですが、一目ぼれしそうになりました。いやたぶん一目ぼれしています。
「えっと・・・ここ私の部屋なのですけども、お部屋間違えていませんか?」
 何とか声に出してボブヘアーの彼女に問いかけます。
『ちょっとまって。あなた私の事が見えているの?』
「そうですね、見えていますが・・・」
『まってまってまって!ちょまてよ!』
「木村拓哉さんですか?」
『木村拓哉って誰よ知らないわよ!』
 大きな声で反論をしてくるボブヘアーの彼女。木村拓哉さんを知らない女性なんているのでしょうか。
「とにかくですね、クローゼットから出てきていただけませんか」
『あー待ってって言ったのにめんどくさい女ね。わかっているわよ、ちょっとだけ待っていて』
 口を窄めてちょっと拗ねた感じでまたクローゼットの中に引っ込んでしまいました。なんでしょう、ドラえもんリスペクトな方でしょうか。でも、その場合はクローゼットではなくて押入れだと思うのですが、皆さんはどうでしょうか。
『よーし、おっけー。はいはい今出るわよー』
 ボブヘアーの彼女はクローゼットから出てきました。扉をすり抜けて出てきました。そして宙に浮いていますし足が透けています。足が透けているのはなんだかちょっとエッチだと思いませんか。
「エッチだ・・・」
『はぁ!?あなた、頭おかしいんじゃないの?』
「日本でもトップクラスの大学に通っておりますので頭はおかしくないと思いますよ」
『んもう!そういう意味じゃなくって!もっと!他に!言うべき言葉があるでしょ!!』
「そうですね、ボブヘアーがとてもお似合いです」
『ありがとございますね!!私もとってもお気に入りの髪型ですよ!』
「どうですか、ポニーテイルとかにしてみる気はありませんか?」
『なんでよ!できるけど!』
 そう言うと、ボブヘアーの彼女はくるりと優雅に一回りしました。するとあっという間にボブヘアーはちょっと高い位置でまとめたポニーテイルになりました。
「素晴らしいです。あわよくばもう少し低い位置でまとめていたらより扇情的でグッドでした」
『注文が多いね・・・』
 彼女は困惑していましたが、我に返ったのか先ほどと同じ言葉を私に向かって投げてきました。
『じゃなくて!!他に!!言うことが!!あるでしょ!!!』
「え・・・?」
『え・・・?じゃないわよ!ほら!壁すり抜けてきたとか、浮いているとか、足が透けているとか!!』
「すみません。真面目な話し、ちょっと受け止めきれないというか、信じられないというか、信じたくないので無視していました」
『急にテンション戻さないでよ!!さっきまで私の事からかっていたのは何だったのよ!!』
「それは、その気が動転していたと言いますか。やっぱり現実逃避の行動だったのです許してください」
『まあじゃあいいわ。許すけど。それで、改めて直視して聞くことあるんじゃないの?』
 いつの間にかボブヘアーに戻った彼女は宙に浮いたまま私に近づいてきました。いくら美女とは言え、宙に浮いた状態で近づかれると怖いですね。
「えっと。まさかですが幽霊さんですか?」
『やっと出てきたわね、その言葉。認めたくないけどたぶん幽霊よ私』
「でも待ってくださいね。人間が壁をすり抜ける可能性って決してゼロじゃないのですよ。壁にぶつかり続けることで粒子化してすり抜けるっていうことが全くないって否定できないですし。そして宙に浮いているのもまだ私が知らないだけで何か特別な機械を使用している可能性ありますよね?確か米国でステルス装置の開発が秘密裏にされているって話もありますし。足が透けているのは、光の入り具合と私の視覚の錯覚でそう見えているだけだと思いますし・・・」
『えっとちょっともう何言っているか私ついて行けないなんだけど、自分で頭が良いって言っていたのはあながち嘘じゃなさそうね』
 彼女は宙に浮くのを諦めて床に座っていました。
「ふう・・・。すみません。本当に幽霊さんなのですか?」
『だからそうだって言っているじゃない。あと幽霊さんって言い方止めて。私にはちゃんと名前があるんだから』
「それでは、お名前をお聞きしても良いですか?」
 名前を聞くと彼女は急に得意顔になって胸を張りました。小ぶりな胸ですがきちんと張りがありそうです。
『私は京華よ。京に華があると書いてでけいかって言うの』
「すみません。お胸に集中していたので聞き取れませんでしたのでもう一度お名前を言っていただいても良いですか?」
『あんた絶対バカにしているわよね・・・。京華!』
「京華さんですね。私は京子です」
 こうして私と幽霊さんこと京華さんは出会いました。お部屋の事とかも色々聞かないといけないですが自己紹介が終わったところでいったん落ち着くことにしましょう。

「すみません。ちょっと落ち着いたので改めていくつかお聞きしてもいいですか?」
 私は京華さんに尋ねました。京華さんはまた髪型を変えています。今度は腰までのストレートヘアです。それだけじゃなくて、白いワンピースに服装まで変わっています。
『うん。いいわよ。あと私も色々と整理したいし』
「っとその前に、ちょっと部屋を片付けて良いですかすみません」
『ああ・・・そのごめんなさい。散らかすつもりは全くなかったのよ。ただ、イライラみたいな感情が高まるとなんか勝手に色々なものが飛び散るのよ』
 京華さんはちょっとしゅんとしました。ポルターガイスト現象ってこうやって発生するのですね。まさかこんな風に学ぶことができるなんて思ってもみなかったですね。それはそれとして、しゅんとしている所を見ると中学生~高校生くらいにしか見えません。なんだか危険な香りがしますね。
「いいんです。なので楽にしていてください。幽霊に楽にしていてって言い方が正しいのか分かりませんが」
 私はその場から立ち上がり片付けを開始しました。
 そんなに広い部屋ではないので15分程度で散らかっていたものは粗方片付きました。ついでに、ちょっとだけ溜まっていたゴミを出して、京華さんに気を取られて放置してしまっていた買い物してきたものを冷蔵庫に入れたりしました。
「京華さん。お待たせしました」
『うん』
 京華さんはずいぶんと素直になってしまいました。抱きしめたい気持ちがあるのですが、幽霊って抱きしめることが物理的にできるのでしょうか。
「幽霊って抱きしめることができるのでしょうか」
『え!?』
 おっと思考がちょっと外に漏れてしまっていました。
「なんでもないです。まず、なんで私の部屋にいるのか教えていただけませんか」
『うん。ちょっとだけ長くなるかもしれないけど』
「構いません。お聞きしないと私も落ち着かないので」
 私が答えますと、少し安堵の表情と共にゆっくりと話出しました。
『まずね、私は幽霊よ。死んだのはもういつの事か忘れちゃったけど、たまーに現世に出ることができるの。これ、意味わからないよね。私も分からないんだけど、前回出た時は平成?とかいう時代だったかしら』
「凄い直近ですね。今は平成から令和に元号が変わって3年です」
『あらそうなのね。それでね、ちょっと話が戻るんだけど私のお墓、この家に帰ってくる途中にある墓地にあるのよね。たぶん唯一ちゃんと墓石が見えるやつが私のお墓なのだけど』
「ああ、分かりますよ。今日も横の道通ってきたのですが少し墓石がズレていた気がしました」
『うーん。その墓石がズレていたからまた私が現世に出てこられたのかは分からないけど・・・。それでね、現世に出てくると必ず最初はこのアパートのどこかの部屋に飛ばされるのよ』
 京華さんは困惑した顔で教えてくれた。
「それは固定ですか」
『うん固定。このアパートになる前は一軒家だったんだけどその時も一軒家に飛ばされた。たぶん現世でのスタート地点はここって決まっているみたいなの』
「なるほど・・・」
 幽霊となって現世に出てくるという超常現象であっても、いくつかルールがあるみたいですね。神様(この場合は閻魔様でしょうか)も意外にメンドクサイ人ですね。
『大体の人はそもそも私の事が見えないから、テキトーにふらふらしていると意識が突然なくなるの。たぶん意識が無くなっている時がお墓の中に戻っている時だと思う。何度も現世に出てきているけど戻るためのルールはいまいち分からないのよね』
「それはまた難儀ですね。今まで京華さんの事見えた人っていないのですか」
『いないことはないけど、京子みたいに会話できるレベルの人は初めて。見えてるいみたいだけど、私とは話せないとか私が相手の声を聴きとれないとか』
 見えているのにコミュニケーションが取れないって正に幽霊ですよね。そもそも私と京華さんが会話出来ているのがたぶんおかしいのだと思います。そして一番大事なことを京華さんに伝え忘れていました。
「京華さん」
『な、なによ。急にあらたまって』
 京華さんは少し頬を赤らめています。キュートです。やはり抱きしめたいですね。
「そんな構えないでください。実は私生まれてこの方、霊感というものが全くと言っていいほどないんですよ」
『ええ・・・』
 期待通りの困惑の表情をしてくれる京華さんです。
「有名な心霊スポットに行っても何も感じなくて、後日霊感ある友達からなんか憑いているからお祓いに行った方がいいよと言われたりしました」
『うん・・・』
「あとはそうですね。お墓とか行くとたまに寒気がするとか嫌な感じがするとか言う方いますよね。そういうのもまったくないです」
『じゃあなんで私の事見えるし会話できているのよ!!』
「それが私にも分からないのです。とりあえず、ハグしませんか」
『いや意味分からないわよ!』
 どうやら、ここは理論的に説明しないといけないみたいですね。本音はただ可愛いので抱きしめたいだけなのですが。
「いくつか確認したい項目の一つです。そもそも本当に京華さんが幽霊なのかどうか。確かに壁をすり抜けたり、宙に浮いたり、服や髪型を自由に変えられていますが私が触れることができるのかどうかまだ検証していません」
『う、うん・・・』
「ただ触れるだけなら手でも良いのですが、体温があるかどうか、心音等の臓器の音を感じたり、呼吸を感じたりするにはハグが一番手っ取り早いんですよ」
『そ、そう言われると確かにそうね・・・』
 なんて言うか、京華さんはおバカな子ですね。実は幽霊って誰かに言われたのを信じているだけなんじゃないでしょうか。
「そういう訳ではでは、どうぞ」
 私は大きく腕を広げて京華さんを受け入れられる状態になりました。
『え?あ、うん』
 京華さんは少し躊躇いながらも私の胸の中に文字通り飛び込んできました。
「あれ・・・?」
『京子、どうしたの?』
「普通に抱きしめられているんですが」
『あ!本当だ!私も触れる!!』
 京華さんは確かに実感があります。ただ、菜緒ちゃんとハグするときとは全然違います。心音等は一切聞こえませんし、冷たいです。人肌という暖かさが無いです。それでも柔らかさはあるので人間っぽさはあります。
「うーん心音とは聞こえませんね」
『そっかー。私は京子の心音聞こえているよ。あー久しぶりに人を触ったけど、柔らかいね』
 さっきまでの硬い表情はどこへ行ったのか、京華さんは笑顔になっています。あ、ちなみに顔が近くにあるのに吐息とかも感じないですね。生きているっていう感覚が無いです。
「ありがとうございます。一つ目の検証は完了です。京華さん、今度はなんでもいいので物を持ち上げようとしてもらえますか」
『物?分かったわ』
 京華さんは床に置いてあったリモコンを持とうとしましたが見事にすり抜けていきました。
「すり抜けましたね」
『すり抜けたでしょ』
 そのあと色々な物を触ってもらったり扉をすり抜けたりしてもらいましたが、どうやら京華さんが触れられるのは私だけみたいでした。

「ちょっと疲れました。あとお腹減ったのでご飯食べてもいいですか」
『どうぞー私もちょっと疲れたから寝るわ』
「え!寝たら消えちゃうんじゃないんですか」
 先ほどの説明で意識を失ったら消えると言っていた。
『ちょっと説明不足だったね。消えるときは急に意識がなくなるよ。自分の意識で寝る分には大丈夫なの』
 京華さんはそう言うと押入れの中に入っていきました。やはりドラえもんリスペクトスタイル。
 さて、彼女の事を気にしてばかりではいられません。流石にお腹が減りましたので簡単な物を作りましょう。買ってきた野菜とお肉を炒めて、ご飯を解凍して簡単な野菜炒め定食です。
「では、いただきます」
 ご飯を食べて洗い物を終えて、冷静になりました。
「うーん、説明がつかないことが多すぎますね。とりあえず明日お母さん来るし、静かにしてもらおうかな」
 そうです。明日お母さんが来るのです。ついさっきまで忘れていたのですが、洗い物をしている時に思い出しました。明日の対応を考えている時、スマートフォンから通知音が鳴りました。
【京子ちゃん。京子ちゃんのお誕生日久しぶりに京子ちゃんのお家に行っても良いかな。】
 菜緒ちゃんからの連絡でした。
【もちろんいいよ。何しようか】
【映画見て、ゲームして、ご飯食べる!あとお祝いでケーキ食べようね!】
【あはは、菜緒ちゃん欲張りだね。でも全部やろうね。お祝いしてもらえるの、めちゃくちゃ楽しみ】
【うん!プレゼント、期待していてね。じゃあ明日お母さん来るの大変だと思うけど頑張ってね!お休み~~】
【ありがとうおやすみ~】
 菜緒ちゃんから家に来たいと言われて舞い上がっていいよと返事をしてしまったけど、京華さんのことどうしよう。そんなことを考えていたらいつの間にか京華さんが後ろにいた。
「うわ!京華さんいたならせめて声かけてくださいよ」
『ねえ、その四角いやつなに?』
「これですか?スマートフォンですよ」
『すまーとふぉん?』
 京華さんが前回現世に出てきたのは平成と言っていたがスマートフォンを知らないということは平成初期か中期でしょうか。
「携帯電話は分かりますか」
『うんそれは分かるよ。前回出てきたときにテレビとかで沢山やっていたのを見ていたから』
「それなら良かったです。スマートフォンは携帯電話の進化版です」
『えーー!これ、けいたいでんわなの?』
 明らかに携帯電話がひらがなの言い方なのが凄く可愛いですね。
「そうですよ」
『私も触ってみたいーーー!』
 京華さんは言いながら私の背中に引っ付き、スマートフォンに触れました。触れました?
『え・・?』
「ええ・・・?」
 二人で困惑してしまいました。そして思わず私が立ち上がって京華さんが離れると京華さんの手がスマートフォンを通り抜けました。
『ねえ京子、これもしかして』
「もしかしてかもしれないですね。色々と試してみましょうか」
 京華さんが私に触れいてる状態だと、普通の人間と同じように物に触れることができるようです。ただし、他の人には見えないと予測されます。試しに一緒に自撮りをしてみたところ京華さんが写らなかったからですね。
『おおーこれは新しい発見だよ京子!私、物に触れるよ!』
「どうやらそうみたいですね。条件付きではありますが」
『やったよー!!なんでもすり抜けちゃうの結構ショックだったんだけど何かに触れるってすごい嬉しいね!』
 満面の笑みで京華さんは私に言います。見ているこちらが恥ずかしくなってしまうくらい素敵な笑顔です。
「でも、今まではこんなこと無かったんですよね?」
『うん無かったよ。というかさっきも言ったけど私と会話ができるのは京子が初めてだからね!実はこうやって会話出来ているのも凄く嬉しいのだ』
 えっへんという効果音が付きそうな言い方でした。思わず抱きしめて頭を撫でました。
『えっと京子どうしたの急に』
「いえ。なんと言ったらいいでしょうか。きっと凄く寂しかったのではと思いました。そう考えたら勝手に身体が動いて京華さんを抱きしめていました」
『・・・・うわーーーん!!』
 今まできっと色々と我慢というか、必死だったのでしょう。見た目に反してちょっと格好の良い女性感を出していましたがそれも無理をしていたのでしょうね。京華さんは大きな声を上げて泣き出しました。
さて、凄く可愛いので抱きしめたまま頭を撫でていますが私の頭の中には一抹の不安があります。京華さんは私に触れている間半実体化しているわけです。声に関しては検証をまだしていなかったのです。つまり、この大きな泣き声が外に漏れている可能性を否定する材料が何一つありません。そして私が住んでいるアパートはそこそこ壁が薄いのです。さて皆さん、お分かりいただけますね。(凄い若い)女の子の大きな泣き声+ちょっと古いアパート。事案です。
「京華さん、とりあえず落ち着きましょう」
『ふぇーーん!!きょ、きょうこぉ・・・』
 アカン!
 失礼しました。思わず心の声が関西弁になってしまいました。今まで一度も関西に住んだことない人間でもこういう時って関西弁になりますよね。それにしてもちょっと京華さん、いえ京華ちゃん凄く可愛いのでちょっと私どうにかなってしまいそうです。
「ぐっ・・・京華さん大丈夫ですよ。とりあえず、私は側にいますので」
『ぐすっ・・・うん・・・』
「どうですか。少しは落ち着きましたか」
『うん・・・少しだけ落ち着いた。ありがとう京子』
 にへらあとはにかむ京華さんでした。とりあえず落ち着いていただけたようで何よりですね。さて、落ち着いた所で今後の事を話さない訳にはいかないですね。

「落ち着きましたね良かったです」
『ごめんね。急に取り乱したりして』
「いえ、いいんですごちそうさまでした」
『?』
「気にしないでください」
 所々私の心の声が漏れていますね。普段はこんなこと全くないのですが、家という落ち着く場所のせいだと思いたいですね。
「改めて・・・お聞きしたいのですが年齢っていくつなんですか」
『うーん覚えてないのよ。たぶんだけど京子と同じくらいだと思うのよ』
「そうですか。それで、いつ頃亡くなってしまったのかも分からないと」
『うん』
「さっき聞き忘れたのですけど、現世に出てくるのは何回目になるのですか」
『うーんそれも分からないのよね。そもそも本当に現世に出ていたのかですら怪しい気がしてきたもん。さっきも言ったけど他の人と会話できたのは京子が初めてだからね』
「それは・・・そうですね。それでお墓に戻る方法と言いますか条件も良く分かっていないのですね」
『うん!全く分からない!いつも突然だったから!』
「そうですか・・・まあこればっかりは仕方ないですね。ちなみにですが、お腹が減ったり生理現象が発生したりとかはあるのですか?」
『うーん今まではそんなこと無かったけれど、京子に触れている間は実体化?しているわけだしもしかしたら今後ありえるかも』
 京華さんは少し思案顔をしながら言いました。確かに私に触れている間は物に触ることができるので食事もできるでしょう。幽霊なのでたぶん排泄とかはないと思いますが。いえ、無いと思いたいですね。
「確かにそうですね。とりあえず、その辺りは今後追々検証していくとして、直近で大きな問題があります」
『何があるの?』
 きょとん顔と首をかしげるしぐさはずるいですね。可愛い女の子(幽霊とはいえ)がやると破壊力抜群です。
「実はですね、明日私の母が家に来るのです」
『それの何が問題なの?』
「最初にお伝えしましたけど、私自身は霊感が無いのですが母は地元が青森の方でイタコの家系なんですよ」
『たこ・・?』
 くっそう!!ああ、なんでこう一つ一つの仕草がこんなに可愛いのでしょうね。ところで皆さん知っていますか。女の子特有の甘いあの香り、某製薬メーカーさんが調べに調べて科学的に特定しているのですよね。何となくその女の子特有の甘い香りが京華さんからしている気がするのですよ。これ、テストに出ますからね。あと、大泣きしてから幼児化しましたよね。いやこれが素なんでしょうね可愛い。
「イタコです。分かりやすくざっくりとお伝えしますと凄く霊感が強い人です」
『ええ!!』
「本当かどうかは分かりませんが、私の母は昔から霊感が強いと自分で言っていました。なので、引っ越しとかする際も変なのがいるとか言ったりしていて信憑性が高いのです」
『でもでも、京子はここに引っ越してきたんだよね?』
「・・・母の反対を押し切って引っ越してきたのです。だからってわけじゃないのですが母は定期的に家と私の様子を見に来るのですよ」
 東京の大学に進学することですら母は反対だった。でも私はどうしても家を出たかったし自分で出来る範囲で生活をしてみたかった。だから勝手に部屋探しをして勝手に契約をしたのです。別に母と折り合いがつかないとか仲が悪いとかっていう訳ではなく子供の親離れってやつですね。
『そうだったんだー』
「京華さんずいぶんとのんきですけど、母が家に来て色々と感じるとしたらあなたのことですよ?」
『そっかー。でもお祓いとかはできないんでしょ?』
「そうですね。そういうことは出来ないのできっと母から引っ越しを勧められるくらいだと思います。でももう一つの可能性があるんです」
『??』
「それはですね、母が幽霊を見ることができるかもしれない」
『わあ!確かに京子が見えるならお母さんも見えてもおかしくないね!』
 相変わらずのんきというか元気というか、可愛いです。こういう妹が欲しいですね。ほら妹なら急に抱きしめても合法ですよね。
『むぎゅう・・・京子、ちょっと苦しい』
 既に抱きしめていました。相手は妹ではありませんが幽霊なのでセーフです。ここは治外法権です。
「苦しい?」
『実際に苦しいってわけじゃないけど、なんかこうぎゅって感じがしているの』
 また一つ新しい発見ですね。
「分かりました。母の事はもう明日になってみないと分からないのでとりあえず考えるのを諦めます」
『それがいいよきっと!』
「さてと。私は銭湯に行きますが京華さんは待っていますか?」
『銭湯!?』
 凄く目がきらきらしています。これは連れて行った方がよさそうですね。

  私が住んでいるアパートはトイレこそ部屋にありますが、お風呂が無い古い建物です。女子大生1人が住むにはあまり良い環境とは言えないかもしれないのですが、すぐ隣に大家さんが住んでいるので安心です。その大家さんがとても屈強な男性なのです(でも凄く優しいので安心です)。そのため、基本的に毎日家の近くの銭湯に通っているわけです。
『そうなんだ~。私、銭湯って生きている時も行ったことないから凄く楽しみかも!』
「いつの時代に生きていたのかも分からないってことですし、そもそも銭湯があったのかも分からないですね」
『そうなの!ねえ、京子にくっついてれば私もお湯を感じられるかな?』
「それはやってみないと分からないですね。私に触れている間、他の人に見えているのかどうかもまだ分かりませんし」
 とりあえず、京華さんを銭湯に連れていくと決めたのは良いものの、問題はまだまだあります。でもあんなキラキラした顔をされてしまうと家に置いていくなんてできませんからね。
 徒歩10分程度のところにある銭湯はシンプルイズベストなごくごく普通の銭湯です。サウナも無ければ水風呂もありません。
『なんかおばあちゃんの家みたいな建物だね』
「そうですね。昔からある、ザ・日本家屋って感じですね」
『早く早く入ろうよ!!京子!』
 番台でお金を払って中に入ります。お客さんがまばらですので、脱衣所にいるタイミングで京華さんに声を書けます。
「京華さん」
 周りに人が全くいない訳ではないのでできる限り小さな声です。
『どうしたの京子?』
「とりあえず、今私に触れてみてもらっていいですか」
『わかったーえい!』
 京華さんは私の腕にしがみついてきました。触られているという実感があるので今実体化(仮)しているはずです。恐る恐る鏡を見てみると京華さんは写っていません。これはカメラと同じですね。
 さて、周りの反応を見てみると特に誰も何も反応していません。つまり、私に触れていても京華さんは実体を得るわけではなさそうです。科学的な証明は出来ませんが、京華さんが私にしか見えない状況は変わらないようです。
『あー誰も何も反応しないからきっと見えてないね』
「そうですね」
『じゃあずっと京子にくっついて私もお風呂入ろ~』
 京華さんはそう言うと一度私から離れてくるりと回りました。すると、あっという間にタオル姿になりました。服を着ている時には気が付きませんでしたが出ている所はしっかり出て、引き締まるべきところはしっかり引き締まっていてつまり良いスタイルです。
「うっ・・・」
『京子どうしたの?』
「なんでもありません。ちょっと私には刺激が強かっただけです」
『刺激?』
「気にしないでください」
 私もそそくさと服を脱いで浴室に入りました。シャワーを浴びて、身体を洗って湯船に入ります。その時に京華さんもタオルを取って(解いての方が正しいですかね)、私に触れながら湯船に入りました。
「どうですか。暖かいって感覚ありますか」
 私が声をかけた瞬間に京華さんの良い声が聞こえました。
『ああああ~~気持ち良い~~~お風呂なんていつ振りだろう~~』
 結構大きな声でしたが、誰も反応していないのでやっぱり京華さんが見えているのは私だけですね。
「気持ちよさそうで何よりですが、どうですか」
『ああ~暖かいなぁって感じるよ。ちゃんと感じる~~~』
 完全に身体がだらけきっています。よくよく京華さんを見てみると髪の毛が濡れています。まあ今私の手に触れているので実体化(仮)しているのですが髪の毛まで濡れるものでしょうか。
『京子どうしたのお?』
 久しぶりのお風呂が気持ち良すぎて語尾が伸びています。益々、子供っぽいというか犯罪スレスレ臭が漂いますね。
「いえ、なんでもありませんよ。京華さんが久しぶりのお風呂を楽しんでいるようでなによりです」
『えへへーーー!』
 満面の笑顔を向けられました。こうやって見ていると本当に幽霊には見えないです。なんというか、妹が出来たようなそんな気持ちになりますね。見惚れてのぼせてしまってもよくないので、ほどほどの所で上がることにしました。
 本当であれば、お風呂上りにそのままフルーツ牛乳を飲むのが日課なのですが、今日は京華さんもいるのでその場では飲まず家に持ち帰ることにしました。いつも1本しか買わないのに今日は2本しかも持ち帰りということで、ご主人から話しかけられてしまいました。
「お姉ちゃん珍しいね。2本も買うなんて」
「えっと、そうですね。今日はお家でのんびり飲もうかなって」
「たまにゃそれもいいな。ほいよ、280円な」
 お金を渡してフルーツ牛乳2本を持って銭湯を後にします。京華さんはこの間ずいぶんと静かにしていました。逆に怖くなりますね。
「京華さんどうかしたのですか」
『・・・あのね京子』
「はい」
 結構深刻な空気が漂っています。何か重大なことにでも気が付いたのでしょうか。
『ありがとうね』
「え・・?」
 突然の感謝に私が目を白黒させてしまいました。
「どうしたのですか急に」
『えっとね。今までずっと1人で、まあ死んじゃっているから当たり前なんだけど。それでも、人が目の前にいるのに話したり触れたりすることができないのってすっごい辛かったの。さっさと成仏させてくれーー!!って毎回思っていたし』
「・・・」
『でもね、今回は京子のおかげで色々なものに触れることができるし、お風呂にも入れたしなによりこうやって会話できるしね!』
「それは、そのですね」
『えへへ。京子があれこれ言わなくていいの!私がありがとうって言いたかっただけだから』
 そう言うと、京華さんは私の前に出てきてくるりと1回転しました。また服装が変わるのかと思ったらそうではなく、ただただ嬉しい楽しい幸せという気持ちを表しただけだったようです。京華さんの気持ちを聞いて、なんだか私はとても、とてもこそばゆくなってしまいました。

 アパートに帰ってきてから寝る前にどうしても試しておきたいことがあり、フルーツ牛乳を飲み終えた後に京華さんに話しました。
「京華さん。一つ寝る前に試しておきたいことがあるんです」
『試しておきたいこと?』
「その前に、口周りに牛乳の髭が出来ていますよ」
『えへへ~京子拭いて~』
「はいはい」
 妹というよりも娘みたいな感覚ですねこれは。京華さんの口周りを拭いて改めます。本当に、最初に出会った時のあの仕事が出来そうな感じの雰囲気はどこに飛んで行ったのでしょうね。涙と共に流れていったんでしょうか。
「試したいことって言うのはテレパシー的なものです」
『てれぱしー?』
「はい。今、こうやって私は声に出して京華さんに話しかけていますが、頭の中だけでも話しかけることができるんじゃないかと思いまして」
『うーん良く分からないよ』
「要するにですね、声に出さなくても京華さんと会話できるんじゃないかなってことです」
 私が要点を伝えるとなるほどという効果音が付きそうな顔をしました。
『そういうことね!それが出来たら凄いね!』
「でしょう。では早速ちょっと話しかけてみますね」
『うん!!』
 私はどうするかなと考えながら頭の中をなるべく京華さんに集中します。
『京華さん、聞こえていますか』
『わー!なんか変な感じだけど聞こえてるよ京子は聞こえている?』
『ええ、聞こえていますよ』
『あははーー!変な感じ!ねえ京子、私の事京華って呼び捨てでいいよ?』
『・・・では京華。これで人前でもこうやって会話できますね』
『やったー!それはとってもとっても嬉しいよ京子』
 京華はそう言うと、私の頭の上をくるくる回ります。踊っているようにも見えます。夕方に出会った時はちょっと格好つけていたというか大人な女性感を出していたのにすっかり素の可愛い女の子ですね。
「ええ、私としてもこれで色々と都合が良いので助かりました」
『京子にとって私は都合の良い女なの?』
「ちょ、言い方に気を付けてください!!」
 思わず普通に声が出てしまいました。
『あはは!今日初めて京子がツッコんだね!』
「もしかしてそれを狙っていたのですか」
『うん。狙い通りですよ』
 キリっとした表情です。悔しい気持ちより可愛いって気持ちの方が先走りますね。
「食べちゃいたいですね」
『もう死んじゃっているから食べられないよ!!』
「じゃあ抱きたいですね」
『エッチなのは禁止だよ!!』
「抱きたいの意味は分かるのですね幽霊なのに」
『それは分かるよ!!あ、分からないよ!とにかくエッチなのはダメ!』
 ほら見てください。やっぱり京華はツッコミ役ですね。さて、何をしているのでしょうか私たちは。
「っと。本題に戻ります。声に出さなくても会話ができることが確認できましたのでこれで明日も何とか乗り越えられるでしょう」
『京子のお母さん?』
「そうです。何かあったとしても、私が京華に話しかけられるでしょう?」
『そうだね!それは私も凄く安心!』
「私も一安心です。今日はもう疲れたので寝ましょう」
 そう言って部屋に布団を敷いて布団に入り込みます。すると京華が布団に入り込んできて私にしがみつきます。
『えへへ。一緒に寝ても良い?』
「ドラえもんリスペクトじゃないのですか?」
『押入れでは寝ないよ!』
「あ、ドラえもんは分かるのですね」
『分かるよ!』
「まあいいです。では、おやすみなさい」
『うん、京子おやすみ。久しぶりに誰かにおやすみって言ったなぁ』
 京華の呟きに反応するかしないか迷いましたが、ここで何か言うのも野暮な気がして、寝ることに集中することにしました。夕方以降、色々なことがあり身体だけではなく脳も疲れていたようで、すぐに寝てしまいました。

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