【山と温泉の物語】#06|山のコーヒーは、私のご褒美
稜線の景色がいいと、サエはつい、立ち止まる。
写真撮って。深呼吸して。
「もうちょいだけ」って言って。——そして、思う。
コーヒー淹れたい。
(山で思い立ったら、もうやる)
この連載について
九州の山と温泉が好きな、サエの小さな山旅。
くすっと笑って、最後にひとつ安全を持ち帰る連載です。♨️
サエの平日

平日は、工事現場のCADオペレーター。
図面を見て、段取りを組んで、現場の人たちとやりとりして——気づいたら、もう夕方。
コーヒーを一杯いれて、ひと息つく。
(うん、おいしい)
でも、心のどこかで思ってる。
「週末は、山で飲むやつの方がうまいんよな」
剣山へ——四国の百名山

今回やってきたのは、四国・徳島の”剣山”(1955m)。日本百名山のひとつ。
ガチの登山装備でなくても大丈夫。ハイキング感覚で登れる、懐の深い山。見ノ越の登山口からリフトを使えば、山頂まで1時間ほど。
ただし、登山口までが遠い。車でも2時間以上かかる、四国の秘境にある山だ。でも——それだけの価値は、ある。
リフトは、スキー場にあるような椅子型。
ザックを担いだまま乗ろうとして……あれ、重心が後ろに引っ張られる。
(あ、これ前に抱えないといかんやつや)
慌てて持ち直して、なんとか着席。ちょっと焦ったけど、それも含めて楽しかった。リフトの終点・西島駅を降りると、視界がぱっと広がった。

木道が伸びている。低い草が広がっている。
そしてその先に——四国の深い山々が、どこまでも続いている。
「うわ……ここ、めっちゃええやん」
思わず声が出た。
山頂で、ゆっくりする

西島駅からそのまま木道を歩いていく。

稜線はずっと開けていて、歩くたびに景色が変わる。

山頂のデッキはぐるっと回れるようになっていて、「剣山山頂」と刻まれた標識の前でバシャバシャ写真を撮った。一眼カメラ、最近やっと買ったやつ。(またいつか紹介するよ)

ただ、山頂デッキは景色を眺めて歩くのにいい場所で、腰を落ち着けるには少し狭い。そこで、少し離れたところにある”展望ウッドテラス”へ移動した。

広い。静か。四国の山並みが、ぐるりと見渡せる。
ここに座って、深呼吸して。ご飯を食べて、お腹も落ち着いた。
さてと。
ここでコーヒー、淹れよか。
山のコーヒータイム

バーナーを取り出して、クッカーをセットして。
お湯が沸くのを待ちながら、展望ウッドテラスの端っこに陣取る。
(今日は、ドリップでいく)
ドリップバッグをカップに引っ掛けて——そのとき。
風っ……!
ドリップの紙がぷるぷると揺れ始めた。カップがガタガタする。
(ちょ、待って待って!)
体で風を遮りながら、そろっとお湯を注ぐ。景色がいいと、こういうことが起きる。あせると手元が雑になる。山は容赦ない。
——でも、なんとかなった。
湯気が上がる。香りが広がる。一口飲んで、
「…………うま」
山でコーヒーがうまい理由
景色。風。土の匂い。歩いてきた疲れ。
それら全部が、味の"調味料"になっている。
いつものコーヒーなのに、一口目の感動が違う。
「今日の山も良かったなあ」
——たぶん、こういう時間が山の楽しみの核心なんやと思う。

ドリップ?粉末?——山での現実的な選び方

山で豆から挽くのは、ロマンがある。
でも道具が増えるし、ハードルがちょい高い。
現実的には、粉末かドリップバッグ。
私はドリップバッグ派。理由は、本格的で失敗しにくいから。
地味に大事なのが、グラム数。1袋あたり6g・7g・8g……と違う。しっかり味わいたい日は、8g以上を選ぶと満足度が上がる。
あと、カップは”ちょい深め”がいい。
ドリップバッグを引っ掛ける分、有効な深さが減るから——浅いと、ドリップがギリギリで緊張する。
☕ 山コーヒーを"うまく・安全に"するコツ
1)場所選びが9割

風が当たらない場所——岩陰、木の陰、風下。足元が平らな場所。こぼしても慌てない場所(ギリギリの崖際はやめる)。これだけで、かなり変わる。
2)お湯の温度

目安は90〜96℃。
沸騰直後は熱すぎることがあるから、沸いたら30秒〜1分待つだけでいい。
3)"美味しい淹れ方"の基本

最初に少量注いで蒸らす(30秒前後)
→ 2〜3回に分けてゆっくり注ぐ
→ 最後まで落ちきったら完成。
これで香りと甘みが出やすくなる。
4)山コーヒー基本セット

バーナー+ガス(#02の教訓:残量チェック)、チャッカマン、クッカー、深めのカップ、ドリップバッグ(8g以上のやつ)、小さい布、ゴミ袋。
これがあれば、山コーヒーが楽しめる。
コーヒーのお供

気持ち的に、おやつもあるととても楽しい。
一口羊羹・チョコ・バタークッキー、どれも山向き。
私の推しは”羊羹+コーヒー”。
軽いのに、満足感とスタミナがちゃんと戻る。

——そういえば、山頂ヒュッテに泊まったあの夜も。
ランタンの灯りの下で、一人コーヒーを飲んだ。

静かで、寒くて、でもなぜかとても満たされていた。
山のコーヒーって、場所と時間が味になるんやなと思う。
コーヒーの次は、お湯
見ノ越への道途中にある新祖谷温泉 ホテルかずら橋「天空の露天風呂」へ。
下山して、温泉の灯りが見えた時。あれはもう、反則級。

温かみのある秘境の宿といった趣。
新祖谷温泉は祖谷渓谷のほとり、日本三大秘境のひとつに佇む温泉。ホテルの中庭から専用ケーブルカーに乗って頂へ登ると——視界が開けて、祖谷の山里と渓谷が一望できる露天風呂が待っている。

露天風呂は、独特の青みがかった色合いで、地元産・阿波青石で作られている。
泉質は”単純硫黄泉”。
疲労回復や、筋肉痛・関節痛・神経痛・冷え性など、山歩きで使った体にうれしい効能が揃っている。肌にも優しく、美肌効果も期待できるそうだ。
肩まで浸かったとき、息がほどける。
「あ〜……生き返ったぁ…..」♨️
💡安全メモ(今回の持ち帰り)
風の日は、場所選びが最優先(岩陰・風下)
お湯はこぼれる前提で:平らな場所・安定した姿勢
点火手段は、二重に(チャッカマン+予備)
ガス残量チェック(第2話の教訓)
ゴミは必ず持ち帰る(ドリップバッグも)
休憩で冷えないように:羽織れる一枚を(第4話の教訓)
山でコーヒー飲んでて、思ったんです。
なんでこんなにうまいんやろ、と。
景色が調味料。疲れが調味料。風が調味料。
羊羹まで調味料——調味料だらけやないですか。
、ということはですよ。
このカップの中に、山で楽しめるものが、
全部入っちゃってるんちゃいますか。
一口飲むたびに、山も一緒に飲んでいる。
ご褒美って何ですか。コーヒー? 温泉?
……それだけじゃ、なかったんですね。
山ごと飲んでしまう、
その一杯が——私へのご褒美やったんです。
山のコーヒーは、私のご褒美。
——そういうことやったんか。
読んでくださった方へ
#01から#06まで、お付き合いしてくれてありがとうございます。ここにきてサエのイラスト作るのが楽しくなって、記事よりイラストのほうを作ってて、なかなか進まなかったりして。—— 気づけば、キャラクターと一緒に山を歩いている気持ちです。
これからもつたない経験から、 山の魅力やコツを、楽しくお伝えできたらいいな—— そう思いながら、続けていきたいと思います。
またどこかの山で、お会いしましょう。♨️
