【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#11】
逃亡、そして潜伏へ
【あらすじ】
かつて魔王を倒した魔族の剣士レオルは、人間の少女ミレニムが率いるパーティーに加わり、
陽気な格闘家ジュラ、冷静な斥候ハクロ、優しきエルフの少女エルフィと共に、“冒険者”として穏やかな日々を送っていた。
かつた滅びた魔導文明が「ソール森林王国」で引き起こした異変。
拡大する雪雲、氷の魔獣の襲撃――
彼らは使命に縛られたホムンクルスの少女・グレイシャと出会い、命を賭して彼女を救い、家族として迎えた。
だが新たな脅威が迫る。
倉庫街では、海魔「深淵の姫」シンエンが妹を救うため現れ、
さらに暗躍するオルト商会の暗殺者カリナとノワールが襲い掛かる。
そして、神の造った対魔族兵器・天使人形ルミエルの介入――
レオルは「誰も見捨てない」という信念を貫き、命を賭して仲間と敵すらも救おうとする。
その過程で、半魔族の少女エレクチュアの心にも触れ、
天使人形ルミエルにも手を伸ばす。
だが、その優しさはさらなる異変を呼び水となった。
異界から現れた魔族ザイン――
彼は異常な力を持ち、エレクチュアを従え、レオルたちに新たな災厄をもたらそうとしていた。
【登場人物紹介】
【ミレニムのパーティーメンバー】
レオル(Leol)
魔族の剣士。冷静かつ仲間想いで、優しき意志を持つ。魔剣とスキル吸収を操る。ミレニム(Millenim)
人間の魔女。真面目なリーダーで仲間想い。レオルに想いを寄せている。ジュラ(Jura)
陽気な格闘家の少女。豪快だが仲間への情は人一倍強い。ハクロ(Hakuro)
獣人の斥候。理知的で冷静、パーティーの縁の下の力持ち。エルフィ(Elfi)
元エルフ族の少女。精霊術は使えないが、健気に補助をこなす。レオルに淡い想いを抱く。グレイシャ(Gresia)
ホムンクルスだった少女。使命から解き放たれ、レオルの養子となる。
【協力者・関係者】
カリウス(Carius)
「赤き砂」パーティーの知将リーダー。礼節を重んじる。ミィナ(Miina)
「赤き砂」の情報通でミレニムの旧友。エイラン(Eiran)
「赤き砂」の武闘派。レオルとは一時衝突するが後に和解。カレン(Karen)
ギルド事務員。レオルたちを支援する存在。リゼル(Lizel)
不思議な少女。鋭い直感と只者ではない力を秘める。
【敵・対立勢力】
カリナ(Karina)
電撃魔法の暗殺者。レオルに敗れる。ノワール(Noir)
異常な暗殺技能を持つ少女。ジュラと激戦を繰り広げる。オルト商会
裏で魔族・妖魔の捕獲と売買を行う組織。
【異種族・その他】
シンエン(Shinen)
海魔「深淵の姫」。人間に攫われた妹を探している。シロガネ(Shirogane)
シンエンの妹。優しく礼儀正しい海竜の少女。エレクチュア(Erekutua)
半魔族の少女。復讐のため改造された「トイ・ブレイカー」。ルミエル(Lumiel)
神が作った対魔族兵器。心に人間らしい情を宿し始めた天然な天使人形。?(懐中時計の少女)
レオルを時を止めて救った謎の存在。
彼を「応援している」と告げるが、正体は不明。ザイン(Zain)
異界から現れた魔族。恐るべき力を持ち、エレクチュアを支配している。
逃亡、そして潜伏へ
「レオル、ミレニム、聞かせてもらえないか?今回のことを……君たちが公にできず隠していることを……」
あの一夜が明けて、カリウス、エイラン、ミィナが、レオル達のギルドハウスに訪れていた。
あの後レオルは、シンエンがルミエルとの闘いで残した触手や竜頭の一部をカリウスに引き渡していた。
カリウスとレオルのパーティーが、倉庫街を襲った怪物を撃退した体にするためである。
まずは依頼を無事解決したことにしないと、カリウス達は倉庫街から引き上げることはできない。
表向きのことにしても、当分の間、依頼に縛られた状態になってしまう。
だが、今回の事件の中心にいるシンエンは、既に妹であるシロガネを助け出し、海に戻るばかりであった。
おまけにルミエルは眠ったままの状態で、どこにも持っていけず、ミレニムのギルドハウスで預かっている。
ルミエルのケープドレスが元の白色になっていることから、再びマナなどのエネルギーを外から取り入れる機構は回復しているようだ。だが、意識がいまだ戻っておらず、動かせる状況にはない。

さらには、レオルの懸念するところのアサシン達に顔を憶えられており、ノワールの属する組織がどうでてくるか、予断を許さない状況ではある。
レオル達にしてみれば、事情を望まずに知ってしまったカリウス達に、少しでも協力を願いたい事態ではあった。
シンエンは、冒険者に撃退された体にされることを相当に渋っていたものの、レオルやミレニムに頼み込まれては断りきれず、そのことを承諾して海に帰って行った……
「今回のこと、決して忘れません……」
「……今後私の力が必要な時がありましたら、言ってください……一度だけ、力をお貸しします」
……そう言い残して……
そして、依頼終了をギルドに報告して、今の状況となっている。
「……何処から、何から話したものか、だけど……」
ミレニムが相当に困った顔をしている。

レオルの事情だけでも、まともに話すと長すぎる。ラナーグ公国の聖女ナルデイアのことまで、話していいのかどうか……
それに洗いざらい全部を話すには、カリウス達のことを今更ながらに知らなさすぎた。
「お茶を淹れました。ひと息つかれてはどうですかい?」
ハクロと、その後ろでグレイシャがカップを運んできた。
カリウスが、礼を言って受け取る。

ハクロが作ってくれるこの間は、ひと心地つくことができる。
それを良いタイミングで運んでくる気遣いには、いつも助けられている。
「……では、こちらから質問する形でどうだろうか?ミレニムやレオルも、話したくないことは拒否してくれて構わない」
カリウスがこちらを気を使ってか、先に提案してくる。
「それは、助かる……気を使わせて、すまない」
レオルが、カリウスを見遣る。彼は、レオルが魔族と聞いていたはずだか、忌避する様子がない。
なかなかに、胆力のある男のようだ。噂以上かもしれない。
「では、まず君が魔族であることは、本当のことなのか?何故、冒険者をしている?」
「……本当のことだ……冒険者になったのは、戦闘経験があったことと、魔族でも角などを隠せば、何とか紛れ込めるかと思ったんだ……」
「……魔族も、生きていくためには金が必要だからな」
「なるほど……なかなかに、世知辛い」
カリウスが笑う。
なかなかに、その様が絵になっている……
ミィナが、おそるおそる手を挙げる。
「じゃ、ミィナ」
別にそんな取り決めはしていないが、ミレニムが当てる。
「ミレニム、あんたいつから知ってたの?ジュラもだけど、……その、こんなこと言ってはあれだけど、怖くなかったの?」
「僕は、全然……レオルの気、すごく大きくて、穏やかだった……」
「……一緒に冒険者ギルドに入った時から、知ってたよ」
ジュラが自分のことのように、嬉しそうに話す。
「私も、最初から……鑑定で分かってた。初めは騒ぎになるのが嫌で、黙ってた……」
「……でも、レオル、何というか、人間よりずっとまともだった……決して、見捨てない優しさと危うさを持ってたの……」
「……彼とジュラ、ハクロで冒険者をやるのがとても心地よかったの……」
自分の手もとを見て、その時のことにしばし思いを馳せる。
いつからレオルの傍で、一緒に歩いていきたいと思い始めたのか、もう分からなかった。
でも、もう、それでよい気がしていた……
「……あんた、最初のパーティーが良くなかったから……」
「……その後も、パーティーが不仲になるとか……あらぬ噂をたてられて、結構苦労したもんね……」
ミィナが頬をかきながら。嬉しそうにしている。

「俺も、遠慮なく聞くけどさ……まず、あのザインとか言うのは何だったんだ?魔族だとしても、あそこまで人の形から離れたヤツもいるのか?……」
「……あと、エレクチュアというのも半魔族だって話だけど、なんで天使様に手を出すのを黙ってみてたんだ?……そこを説明してくれないと、レオル、あんたを信用していいか分からないんだよ」
エイランが言ったことは、まさにカリウスやミレニム達が、聞きたいことだった。
ミレニム達は、レオルが黙って見ていたことには、意味があったと信じている。
だか、カリウス達は、天使人形であるルミエルがエレクチュアに酷い扱いをされるのを見ている。
それを黙認したレオルを最後まで信じられないというのは、パーティーメンバーではないのなら至極当然のことだ。
レオルがミレニムに視線をやると、ミレニムはわずかに頷く。これは、やり過ごしてはならない話だ。
「ザインは、ギラ・ファンという全く別の世界からここエルサークにやってきた魔族だ。これは直感に過ぎないが、魔王クラスの力は持っている存在だ」
カリウス達の間に、緊張が奔る。
王国の中心に魔王クラスの魔族が出現した……それは、国の存亡に関わると言っていい。
ミレニム達との温度差があるのは、彼女達がレオルやシンエン、ルミエルなどを見て感覚が少し麻痺していることもあるだろう。
「……エレクチュアは、奴隷としてザインに使われていた。だが、俺達のことやルミエルのことで嘘の報告をしてくれた……庇ってくれたんだ……」
「……だから、彼女のことを信用した……もし下手な動きをすれば、俺達の中から犠牲が出ていた。そういった状況だったから、黙認したんだ」
「だけど、天使様は、あんな状態だぞ……わかるけど、スッキリしないな。一歩間違えれば、見殺しになっていたかも……」
エイランが、少しだけ疑念を残した目でレオルを見遣る。
「パパは、そんなこと絶対にしない……絶対に助けるよ!……酷いこと、言わないで!」

グレイシャが、珍しく怒っていた。
隅の方で、大人しく聞いていたのだが、我慢しきれなくなったらしい。
「グレイシャ、ありがとう……いいんだ。エイランの言うことは、正しい……」
「……正直に言えば、エレクチュアを信じていたとは言え、ルミエルと俺達の安全を天秤にかけたのは確かだ……あれは、ほめられた行為ではない」
「パパ……グレイシャ、余計なこと言った?」
グレイシャが、少しだけしゅんとする。
「……ごめんなさい……パパは、どんなヒトでも助けてくれる……強いパパだから……」
「いや、グレイシャがいると心強いよ……ここに、いてくれ」
いつものように撫でてやると、嬉しそうに笑ってレオルの横にすとんと座る。
「……ついでに、聞いていいか?」
「エイラン、グレイシャのことは、聞かないで……以上、それだけ」
ミレニムが膝に手を置いて、身を乗り出す。
「お、おう、わかった……」
「……悪かったな、レオルのこと別に非難したわけじゃない。念の為確認しただけだ……その、ゴメンな」
「いいよー、パパがいいって言うから、いいよー」
「グレイシャさん、話が進まなくなるので……レオルさん、続きがあるんですよね?」
エルフィが、流し場の仕事を終えて、レオルの横に座る。
最近、普通にレオルの近くにいることが多い。いつも、にこにこと静かに座っている。

「エルフィ、ありがとう……エレクチュアは、あの瞬間、念話で情報を渡してくれた……」
「……ルミエルに約束通り力は戻したこと、ザインから守るために敢えて気を失うようにしたこと……」 「……そして、ロロス王国を数日もしないうちに滅ぼすために来たということ……」
「レオル、それは……!」
カリウスが椅子から立ち上がるが、レオルが片手を挙げて、その先を封じる。
「カリウス、まず最後まできいてくれ……」
「あの、ザイン達は、闇帝……魔族でいうところの創造主だが、それに『収穫』された世界からこちらに渡ってきた、恐るべき相手ということだ……」
「ギラ・ファンという世界で人間を滅ぼした歴戦の魔族ということになる」
カリウスの表情が、より深刻なものになる。
「……少し整理をしたい……ギルドへの報告もある」
「……今後の事を考えて、警戒や防衛をマスター・ステラと詰めなければ……」
カリウスが目を閉じて、椅子に身を預ける。
少しだけ、間が空く……
ハクロが、お茶を淹れ直しましょう、と立ち上がりかけたその時……
……階段の上の方で微かに音が転がり落ちてきた。
「……レオル、レオル……ああ、お前があの、聖女ナルディア公女と共に、魔王ザナグルを倒したという魂喰らいのレオルですか……」
「……光の子らが、少し前に報告してきた魔族……どこかで聞いた名前だと思ったのですよ……」

「……あと、グレイシャにエルフィ、なるほどこんなところにソール森林王国の関係者までいるのです……灯台もと暗しといえ、これは、私の職務怠慢なのですよ……」
ルミエルが、階段の手すりに気怠げに体重を預けて、こちらを見下ろしていた。
「ルミエル、起きたのか?身体の調子はどうだ?」
「なんか、いつからお前のとこのムスメになったんだ的な声掛けですね……」
「……あと、今、おまえの悪口を言ったんですよ?なんで怒んないんですか?」
「……どうかな、それこそ、お前に悪意がないからだろ?」
レオルにしては意地の悪い目で、彼女を見遣る。
ルミエルが、うっと何か飲み込んだような顔をして目を逸らした。
「ま、まあ……身体の方は、雷王がいないことを除けば、前よりいいぐらいですよ……」
「……お前らにコテンパンにされたり、転がされたりしたことでペッチャンコになったプライドを別にすればですが……」
かなりご機嫌は斜めらしい。
いろいろと消化しきれないものがあるのだから、当然だろうが。
「天使ルミエル様……お初にお目にかかります。私『赤き砂』の……」
カリウスが膝をついて、ルミエルに礼をとる。
レオル達は出会いからしてイレギュラーなので、ルミエルに対する態度があんまりなところがある。
だが、貴族との付き合いのあるカリウスにしてみれば、天使に対する態度はこれが普通であり、この世界一般の対応であろう。
「Aランクのカリウスですね。聞き及んでおります。この前のダンジョン攻略はお見事でした」
「また、今回の件で願わくば貴方の力をお借りしたいと思っております」
ルミエルが、いきなりすっと背筋を伸ばし、穏やかな笑みを浮かべてカリウスに綺麗な対応をする。
「……なんか、さっきまで垂れてたのが、干した海藻みたいにピンとしても、微妙というか……」

「……ありがたみが薄いなぁ」
ジュラにしみじみとそんなことを言われて、眉のあたりがピクピクしていたが……
「ジュラさん、本当のことを言うと傷つく人だっているんですから、やめてあげてください」
ハクロがいつの間にか階段を登り、ルミエルが先ほどまで垂れていた手すりに器用にお茶と菓子を置く。
「天使さん、でしたか?……これ、粗茶とお菓子ですが、どうぞ」
「……この家の者は、全員、天使に対する敬いとか気遣いとか、何処に置いてきたんです?あと、姓が天使みたいに言わないでくれですよ……」
「変わったクッキーですね……味はどうなんですか?」
エルサーク世界の生き物を象ったクッキーをひとつまみ、口に放りこむ。

最近ハクロやエルフィが、台所で自分の考えた料理やお菓子を作り始めていることは聞いている。
「……む、このクッキー、クリームか何か練り込まれて、なかなかに美味しいですね……もう少しないのですか?」

そう言って皿を出してくる。
「……レオルの兄さんの悪口を二度と言わないのでしたら、おかわりをお出ししますが?」
ハクロの目が笑っていなかった。さっき天使さん、という言い方もわざとそう言ったのだろう。
「……わ、わかったのです……もう、言わないから、おかわり、お願いするのですよ」
ちょっとだけ涙目で、ルミエルがハクロに皿を差し出してくる。
ハクロがよくできました、といわんばかりに、にっこり皿を受けとって台所に引き上げていった。
「……ここの家の連中は、天使の当たりがキツイのですよ……」
ルミエルが深々と溜め息を吐き出した。
「……レオル、もうそう呼ばせてもらうですが、確かに『星落とし』と言ったのですか?……相当まずいですね」
ルミエルが、一階の削り出しのテーブルのところに降りてきて、先ほどまでエルフィが座っていた椅子に座る。
エルフィは、奥の方でハクロと何か喋りながら家事をしているようだ。
「天使ルミエル様……私達、『赤き砂』のメンバーにも、お教え願いたいのですが、闇帝、収穫、星落とし、この単語の意味を教えて頂けませんか……」
「今後の活動を滞りなく行いたいので……」
「Bランク・スカウト、ミィナですか……その単語を拾うセンスは、流石ですが……」
「……こちらも全て教える訳には、いきません……混乱を呼び込むことになりますから……」
ミィナに対して、居住まいを正して喋るルミエルは、確かに天使の名に相応しい威厳を保っている。
「ルミエル、なら俺からの情報提供するのは構わないだろう……」
「……カリウス達の協力は、俺達にはこの先必要になる。伏せていて、良いことはないだろう」
「ルミエル、私からも頼むわ……ミィナ達は、絶対頼りになるから……」
「……あの魔族が襲撃をかけてくるのなら、私達だけは手に余るから……もしかしなくても、王国軍でも手に負えないのでしょう?」
レオルとミレニムから、同時に押し込まれるように説得されると、ルミエルは何とも言えない顔になる。
シンエン達の援護があったにせよ、彼等に一度敗北していることも加わり、いつもの天使の威厳も彼等の前では、紙切れ以下になっている。
「あー、もう、お前たちはー!揃いもそろって……」
「……カリウス達にいいカッコしても、すぐにお前達に崩されては、こっちの立場がないのですよー!」
「……もう、いいのです。カリウス、ルミエル呼びでいいです!知ってること、洗いざらい教えてやるですよ!」
ついに、ルミエルが切れて、やけくそ気味に叫び出した。
カリウスも苦笑した後、少しだけ頭をさげる。
「あなたに感謝を、ルミエル」
ルミエル曰く、
「闇帝」は、魔族達の創造主は、魔族達がその世界を支配下に置き、繁栄を極めた時に、その世界を吸収する存在であること。
その吸収こそが、「収穫」と呼ばれる現象であり、魔族をも含めた世界を、自分の存在をより強大するために行っていること。
「星落とし」は、収穫された世界から逃れた魔族が、他の世界に侵攻し、支配下におくことをいい、
比較的その世界の魔族の勢力が衰退しているときに、複数の魔族が競い合うように割り込みをかけてくることを指すということ。
「……魔王ザナグルが消滅し、次代の魔王が勢力を立て直す隙を狙われた、ということです……」
「……レオル、お前がザナグルを倒したことが、今回の事態を呼び込んだと言えるです……ザインだけでなく、おそらく他の魔族も既にこのエルサークに入り込んでいるはず……お前達が出会った、異界湿原の女もそうかもしれないです」
ルミエルは、この世界の情報のほとんどを把握している。それは、先ほど言っていた「光の子ら」と関係している。
「ストラス・システムか……確かレーネが、前にそんなことを言っていたな」
「この世界の記録を、世界中に散った何十億もの、目に見えない極小のエネルギー発生器が、情報を集め、天使や勇者に届けていると」
「そして人間の術というのは、そのストラス粒子がその術の詠唱を読み取ってエネルギーを変換、行使しているだったか……それを『光の子ら』と天使は呼ぶ、と聞いている」
天使と魔族、本来は話し合いすら持たない二つの存在がこうして、顔を突き合わせて人間が本来知り得ないことを、話している。
まず、起こり得ない不思議な光景といえる。
「ルミエル、率直に言ってザインと戦闘になった場合、勝てる見込みはどのぐらいですか?」
カリウスが、最初に重要な問題点を挙げてくる。
「……この際、はっきりと言うですが、勝率は1割か2割あれば良い方なのです……」
「雷王が向こう持ってかれていますし、それでなくても、一度は別の世界を手中に収めた魔族、人間の軍で立ち向かえるのか、です……それに、レオル、お前協力してくれるのですか?」
ルミエルが、珍しく真正面に聞いてくる。
「ザナグルのことは、俺の責任だ……だから……」
「違います、レオルさんの責任ではありません。ザナグルは、誰かが止めねば世界は終わっていました……」
「それを、ルミエルさんや神様ではなく、レオルさんやナルディアさん達が代わりにやってくれたんです……」
「……だから、そういうふうにレオルさんを利用することは、やめてください」

エルフィがいつの間にか、レオルの横に立っていた。
静かに、それでいて真剣な表情でルミエルを正面から見据えている。
「エルフィ……」
「レオルさん、貴方を想ってくれたアナスタシアさんや、ここにいる、ミレニムさんやジュラさん、ハクロさんやグレイシャさんのことを考えてください……」
「……その上で、戦うというのでしたら、私が言うことはなにもありません……私は最後のその時まで傍にいますよ」
このエルフィの想いを、何と呼べばよいのか……
レオルは、その名を知っている……
だが、彼は自分にその想いを受け止める資格があるのか、とエルフィの真摯な瞳を見る。
かつての恋人を死なせてしまった自分が、この想いを受け取ってしまってよいのか、とも。
「レオルさん、これは私が貴方に対して勝手に抱いているもの……答えは、求めてはいません……
その気になったら、教えて下さい。エルフはのんびり長生きなんですから、いつまでも待ってますよ」
彼の顔を見て、優しく草原に渡る風のように微笑みかけてくる。彼女にはお見通しらしい。
「ありがとう、エルフィ……」
レオルの手が、初めて自分からエルフィの手に重なっていった……
扉の向こう側で微かに足音がした。
微かだが、わざと分からせるように二回、そして三回小さく足踏みをする。
その後、すっと玄関の扉の下から、折りたたまれた紙が差し込まれた。
ハクロが駆け寄って紙の面をみると、レオル宛になっている。
「兄さん……妙な手紙が……」
「貸してくれ……」
ミィナが、窓から既に外を見ていた。

「アイツ、どっかで……確か、黄昏……ダスク」
「……ロロス王国一の情報屋」
「レオル……アイツ、誰ともつるまないことで有名なのに……どこで知り合ったの?」
ミィナが、レオルに何か言いたげな目を向ける。
彼女にとっては、レオルは不思議なところがまだまだ多すぎるのだ。
「ちょっと、頼まれ事を何とかしてやった縁で付き合いがあるんだ……」
レオルが手紙にざっと目を通す。
「カリウス、ヴァルトラム伯爵というのは、今回の依頼人か?」
「ああ……何かあったのか?」
「ギルドの方に私兵を寄越したらしい……天使誘拐及び傷害の容疑とある……こっちにも、兵が来ている」
ミレニムに手紙を渡す。
「……レオル、どうするの?……これ、その伯爵とアサシンギルドが繫がっているって……」
「……ルミエルを引き渡して済む話ではない、と思うけど……この、例の場所って、何?」
「それは、後で話す……皆、荷物を最低限纏めてくれ……」
「……一旦ここを離れて身を隠す。ここで捕まっても、冤罪で投獄、そこで暗殺ということだろう……カリウス、ルミエルを頼めるか?」
「お前、大丈夫なのですか?」
ルミエルが少しだけ心配そうな声をあげる。
これは、明らかにレオル達に罪を被せようとしている。
彼女にとっても不本意で気分の良いものではない。
「ありがとう、ルミエル……こんな時のために、用意はしてある。心配しないでくれ」
「別に大して心配などしていないのですよ!」
ルミエルが盛大にそっぽを向く。
レオルが僅かに苦笑する。
カリウスも状況だけ見て理解したらしく、了解してくれる。
「何処に行くかは、聞かないでおくとしよう……無事を祈る、レオル」
「頼んだ……エルフィ、台所の右端の床板が外れる。そこから下へ3メートル、南へ2キロ、例の指輪で掘れるか?」
エルフィがいつもの感じで、慌てて台所に走り込む。
「ホントにいきなりですね……でも、やってみます!」

「レオル、いろいろと聞きたいけど、後で聞くわ……みんな、急いで!」
それから用意が終わった2分も経たないうちに、扉が乱暴に叩かれる。
「魔族レオル及び魔女ミレニム、天使ルミエル様の誘拐容疑で、捕縛する!ここを開けろ!」
「レオル、急げよ、20人はいるぞ、そうは持たない!」
エイランが、扉に背中を押しつけるように取りつく。窓が割られ、扉も剣の柄で穴を開けられる。
ギルドハウスの中に声なき声が、レオルの影から響き渡る。
『……許せぬ。ただの欲にまみれた貴族のやらせておることだろう……』
『……吾やグレイシャの安息の場所をよくも……狗共は余程報いが欲しいようだな……』
それは怒り……底から湧き上がる怒り……
かつて、ソール森林王国を蹂躙した、力ある魔族の怒りだ……

『レオル、先に行け……』
地を這うような声が、床を舐めてゆく……
『……ここは、吾が引き受けよう。あやつらは、吾の獲物ぞ』
「ゾラ、殺すなよ!」
レオルの影の一部が切り離されて、扉の下から外へ滑り出してゆく。
「人間ども、吾の住処を荒らした報い……安くはないぞ!」
ゾラが、扉の下から影となって外に現界する。

完全武装した兵士が、二十一、二人はいるか。
人間相手ならば、過剰といえるその数。
レオルが魔族ということから、用心して数を出してきたらしい。
「女……貴様も、魔族か?!」
槍や剣が、彼女に向けられる。
「ああ、お前らが生まれるずっと前から生きてきた魔族さ……」
その瞳が、紅に染まり輝く。
「……レオルの奴の情けに感謝するがいい。殺さずにおいてやる……但し、当分意識が戻らぬと覚悟せよ!」
「奈黒」
ゾラの影が、兵士達の地面に広がってゆく……
彼らの身体が、自分の意志とは関係なく痙攣したように震えだす。
「……黒い恐怖の海に、溺れるがいい」
相手の魂に干渉するゾラの、ソウルスパイダーの能力が、兵士達の心を恐怖で縛り付ける。
次々と、白目を剥き倒れ込む兵士達。
白昼街中にあって、異様な光景がに生まれていた。
「なんで、ゾラがここにいるんだい?」
ジュラが穴の中に身体を半ば入れながら、レオルに聞く。
「え、ゾラさん……夜中によく作業してましたよ、この台所で。水飲みに来た時にびっくりし声を掛けたら、黙っててくれって……」
エルフィがとんでもないことを、さらっと言いだした。
「……レオル、後で説明と説教、セットね」
ミレニムがジトッとした目で、レオルを睨んでくる。
「お手柔らかに、頼む」
レオルが優しく苦笑する。
穴を抜けた先は、いつかレオルが来た路地裏だった。
そこには、一人の少女が壁に背を預けて待っていた。

「待ってたよ、レオル……これでようやく、恩が返せるね」
そう言って、少女はにっこり笑い、レオル達に手を差し出した……
