我が家の「教育パパ」は、友達であり父である。英才教育ゼロの我が家が医学部現役合格へ辿り着くまでの家族の足跡
夫は教育パパ。
夫自身はそれを認めたがらないけれど
子どもと私からしたら【お父さんは教育パパ】だ。
厳しくて優しい。
小学生の時に悪さをした(友だちへの悪ふざけと点の悪かったテストの答案が返ってきていないと嘘をついた)子どもは、父親から2度も坊主頭にされた。
ある日、悪さ(友だちへの悪ふざけ)をし、学校から私に報告された日は、平日だった。
それにも関わらず翌日には、坊主頭で登校した我が子を見て、
先生に「親御さんの素早い対応すごいですね」と言われた。
けれど、子どもを坊主頭にしたのは私ではなく夫だ。
その先生の言葉に私は、とても居心地の悪い想いだった。
私は、心の中でそっと呟いた。
「子どもを坊主頭にしたのは、私ではなくて夫です!」
以前、夫が書いた「水恐怖症だった子どもが15年泳ぎ続けて得たもの」
記事の後に一緒に子どもが小さかった時に初めて川に行った時の録画した動画を見た。
今では、私よりも背が高くなり大きくなった子どもが、まだ小さくて川の水が怖くて激しく泣いているものだった。
その動画を見て夫と二人で笑ったけれど、泣いていた当時の子どもは、きっと必死だったに違いない。
「ここ(川の中)にいたくない!置いていかないで!」と心の中でも絶望感でいっぱいだったと思う。
あのものすごい泣き方は⋯多分、死を感じるような恐怖だっただろう。
子どもが家に帰ってきたら見せてあげたいけれど、多分本人は拒否して見ないだろうと思うと全く残念でしかない。
スイミングスクールへは子ども自ら喜んで通ったけれど、週1のスクールでのテストは隔月のこともあり、なかなか進級することが出来ずにいたので、「週2のスクールにしろ」と夫に言われたことを想い出す。
そのうちに、スイミングの進級テスト前には「緊張する」と子どもが言い出した。
小さな子どもでもそんなふうに思うんだ。と思ったけれど、テストで不合格だと不機嫌になる夫を前にすると仕方がないのかも知れないと笑える。
夫は、流行りの歌やゲームを子どもと一緒に楽しみ、日々の送り迎え、学校の進路選択や受験前のサポートなど本当によく面倒をみてくれた。
妖怪ウォッチが全盛の頃、子どもの友達が遊びに来た時に
私 「そんなことしたら、激おこプンプン丸だよ」
子どもの友達 「そんなことをうちの親は言わない」
と子どもの友達がビックリしていたことがあった。
そうか⋯
よその家の親は子どもとそんなこと言わないのだと逆に私も驚いた。
子どもを医学部に入れようと思っていた訳ではなかった。
先取り教育も英才教育もしていない。
オムツさえ保育園でとってもらった。
子どもが「あの私立中学校に行きたい」と言って、勉強や宿題を見てくれて、夫が子どもと一緒になって、進路の選択肢を考えて選んでいたらそうなっただけだった。
私は子どもの勉強から完全に身を引いた時から、子どもの勉強、進路に関する一切の口出しをやめた。
子どもが高校1年生の時「私大専願にする」と決めた時も、学費や受験費用がかさむことについて不満や口出しは一切しなかった。
「子どもの心境や状況は、いつか変わるかもしれない」とただ黙っていた。
「いつか変わる」「いつか変わる」と願うと言うよりも、お経のように心で唱えていた。
我が家の教育パパは友達であり父である。
沢山の方にお読みいただきありがとうございます。

