一人で来たの? #1 巨大ショッピングモールへ【創作大賞2024ファンタジー小説部門】
【あらすじ】
タカハラサチ、春から小学校5年生。
姉、マユの中学受験合格祝いを買いに家族でショッピングモールに繰り出すが、相手にされずに拗ねてしまったサチは一人行動を始めてしまう。
そんな中、サチはジジ、トリ、グランマという人たちに出会う。彼らが見せてくれる、今とは似て非なる世界。現代とのあまりの違いにサチは打ちのめされてしまう。
それは人類の発展か、それとも傲慢か? 家族とは何か?
ジジ、トリ、グランマとは誰か。
少しだけ未来のお話。
#1 巨大ショッピングモールへ
「マユー? まだブローしてるのー? パパもう車で待ってるわよー?」
「はーい、今行く」
「サチももう乗ってて」
「分かった」
サチは、ショルダーバッグにハンカチとアルコールシートが入っているか確かめた。キッズパッドもスリープにしてバッグに入れたけど、もう一度取り出してバッテリー残量が100%なのを確かめてまたバッグに入れた。
靴を履いてバッグを斜めがけにしながらガレージに向かい、車の後部座席に乗り込む。運転席のパパはタブレットでチャートをチェックしている。パパはトレードの仕事をしていて、暇さえあればローソクっていうグラフを眺めている。何がそんなに面白いのかサチには分からないけど、ちょっとした待ち時間でもパパはそのローソクに夢中になるらしい。
サチがパパの真後ろの座席に座ると、ガイドがサチの胴体を斜めに囲み、シートベルトが自動的に締まった。サチがベルトの長さを調節していると、ママとマユの声が近づいてきた。
「入学式までに一回サロンに行ってちょっと短くしようね、これじゃ毎朝大変よ? 今より早く起きなきゃいけないのに。ママもう手伝わないからね」
「前髪だけいい感じにしてもらおうかな」
「ショートカットも可愛いわよ」
「ありえない」
そう言いながらママは助手席に、マユは後部座席のサチの隣に乗り込んだ。シートベルトが締まる音が続けて聞こえ、パパはタブレットのチャート画面をナビに切り替えて車とコネクトした。
「さあ、忘れ物ないな」
パパがナビの画面をタップすると『行き先はハイランド・ブリッジ、所要時間は約75分です。よろしければ決定を押してください』というナビの音声が聞こえた。パパがもう一度タップすると、ガレージの扉が静かに上に開き始め、床の方からだんだんと光が差し込んでくる。扉が開き切ってガレージが光で満ち溢れると、車はすうっと音もなく動き出した。ガレージを出て自ら左にハンドルを切り、緩やかな坂道を下り始める。
サチは座席で体を捻って後ろを振り返った。ガレージの照明が消えて扉が閉まるところを最後まで見届けたかったけど、やっぱり今日も見ることはできなかった。扉が閉まってしまう前に、泥棒や野良猫がガレージに入ってしまったらどうするのか、サチは前にママに聞いたことがあったけど、ママは笑いながら「サチは心配性ね」と言うだけだった。
坂道の両側に連なる街路樹の枝はほんのり紅く色づいて、たくさんの蕾が刻を待っていることをうかがわせる。
「入学式にちょうど満開になるといいわね」
ママが窓の外を見上げながらそう言った。
普段忙しく仕事をしているママは短く刈り上げたショートカットで、メイクといえば日焼け止めを塗って大きめのピアスをつけるだけ、髪の毛は手櫛で整えて終わり。そんなママでもサチはキレイだと思う。斜め後ろから見えるママの長いまつ毛に、サチはしばらく見惚れていた。
今日はハイランド・ブリッジに家族でお買い物に出かける日。
中学受験で第一志望に合格したマユの合格祝いは、キッズパッドを卒業して大人と同じフル機能を搭載した最新型のデバイスと、欲しいと思う洋服は全部買ってもらうという、破格のご褒美だった。
それほどにパパとママはマユの合格に大喜びした。まるで期待してなかった宝くじが当たったかのように喜んだものだから、「これでもちゃんと勝算考えながら勉強したんだけどな」と、合格を果たした当のマユですら少し機嫌を損ねてしまうほどだった。マユは何事にも物怖じせず好奇心旺盛で、考えるより先に行動する性格がしばしば両親をヒヤリとさせたが、合格を勝ち得たことでマユは自慢の娘に大昇格した。
そんなわけでマユは今サチの隣で、新調してもらったデバイスを使ってさかんに洋服を検索している。お気に入りをつけては消し、消してはつけての繰り返しだ。オンラインで注文することもできたけど、全部買うからこそ無駄買いをしないように、実際に手に取ってみるべきだというパパの演説が功を奏し、家族総出でお出かけすることになったのだ。
ハイランド・ブリッジまでは1時間あまり。
マユはアイテム検索に忙しいし、ママは紙の資料を読みながら何かチェックを入れている。
「車の運転が好き」と言うパパだけど、手はハンドルに軽く添えるだけ、あとは自動運転で車が勝手に連れて行ってくれる。パパが言うには、唯一頭を空っぽにできるのが車の運転中らしい。
運転席の窓が少し開いていて、車の中は春の空気でいっぱいになる。家から遠ざかるに連れ、空気の匂いが移り変わる。最初は土の匂いが鼻をかすめ、萌え始めた草の匂い、新緑が芽吹く木々の匂い、大きな橋を渡るときの微かな潮の匂いがサチの鼻を順番にくすぐった。開店と同時に行くために、春休みなのに少し早起きをしなければいけなかったサチは、春の匂いを行ったり来たりしながらいつの間にか眠っていた。
『まもなく目的地に到着です』ナビからアナウンスが流れる。
「だそうですよ」とパパが後部座席の二人に向けて言う。ママが資料をガサガサとカバンにしまう音が聞こえた。
『目的地、ハイランド・ブリッジ中央口に到着しました』
ハイランド・ブリッジは廃業したレジャー地跡に開発された東日本最大のショッピングモールで、ここに来れば手に入らない物は無いと言ってもいい。家族でここに来るのは二度目だが、一度目の時はあまりの広さに回りきれず、何の収穫も無しにご飯だけ食べて帰るのがやっとだったという苦い思い出がある。今日は一家にとってのリベンジでもあるのだ。
ママ、マユ、サチが車から降りたのを確認してからパパが降り、デバイスから指示を送ると、車はドアをロックして自動運転で駐車場へ向かって行った。しばらくしてパパのデバイスに駐車番号とパスワードが送信されてきた。
「さ、行こっか」
「まずはノースウィングの方なのよね?」
「そう、今日はマユが作ったプラン通りに行動するからパパもママもよろしくね」
「はいはい」
「今日はたくさん歩くけどサッちゃんもはぐれないでついて来てね、サッちゃんも何か欲しいのがあったら買ったげる。サチだって5年に進級するんだもんね」
「サチにはちょっと合わない店かもよ、だってもう私中学生だし」
「二つ違いの差が縮まるわけじゃないでしょう、サチもおんなじように大きくなってるの」
こういう時、サチはいつもなぜか黙ってしまう。サチだって、サチだって、と思う気持ちがないではないが、今ここでわがままを言ったところで仕方がない。今日の主役はマユ。丸一日を費やすであろう買い物に付き合うのはさぞかし疲れるだろうけど、もうグズる歳でもない。それよりいつもはパパの方が先にが音を上げるんだ、「もう本屋で時間潰すのは飽きたよー」って。なら今日はパパとサチでタッグを組んでいろいろ寄り道をしながら楽しむことにしよう。
中央口からカートに乗って5分ほど、やっとノースウィング棟が見えて来た。ポートにカートを乗り捨てて家族4人が入口に立つ。
「まずここから攻めます、2階の『Cutie Brave』から」とマユが指揮官のように指をさす。
「なんだ『Cutie Brave』って」
「そういうブランドなのよ、いちいちチャチャ入れないでパパ」とママが早めの牽制をした。
1階ホールを入ると、着ぐるみを来たたくさんのロボットに出迎えられた。春休みの時期に合わせて子供が喜びそうな演出がされている。ウサギとウマがサチに向かって手を振ってきたけど、サチは何だか恥ずかしくてママの後ろに隠れてしまった。ホールの大きな吹き抜けにあるエスカレーターを登り、真正面に見えて来た『Cutie Brave』にいち早く突撃したマユは、ネットで候補に挙げていた洋服の現物チェックに取り掛かる。獲物を狙う野獣のようだとサチは思った。パパはぐるっと店内を見回して、どんな雰囲気の店かを探ろうとしている。
「……あれ、こんなだっけ?」デバイスに表示された画像とハンガーにかかったカットソーを交互に見比べてマユが首を傾げた。
「うーん、ちょっとこれは一旦保留」
次にマユが手に取ったのはモスグリーンのマイクロミニスカート。
「おいおいなんだその短いスカートは、こんな」パパがすかさず取り上げる。
「大丈夫、インパンついてるから」
「インナーパンツのことね。ほらここ」ママがスカートをめくってみせた。「見えてもいいように共布の短いパンツが最初からついてるのよ」
「だからなんで見える前提なんだよっ」
「見えちゃうからそれを防いでるだけでしょ」
「見えない長さにすりゃいいだろ」
「それじゃ可愛くないじゃない。ファッションなんだから」
「見えちゃうというより見せたいんじゃないだろうな、まさか」
「パパそれは言いがかり。ほら、マユちゃんはどんどん決めていって、これじゃいつになっても終わらないわよ。パパもいい加減にして、あと何件回ると思ってるの」
いつもは娘たちの洋服にあまり関心を示さないパパなのに、今日は何故かマユの買い物に首を突っ込んでいる。マユは余計な事を言わないのが一番だと十分承知しているので、必要最低限に自分の意見を言った後はママにバトンタッチして任せることにしている。
「ちょっ、黒のキャミソール?」
「ダメ?」
「そんなので外歩かれたらパパ気が狂っちゃうんだけど」
「これだけで着るんじゃなくて、ね、マユ。ほら、シャツとかニットの中に着て、胸元にちょっとだけ黒のレースをのぞかせるのよね」ママが慌てて解説を加える。
マユは黙ったままだ。
「でもこんなの、いつものジュニクロにも同じようなのがあるんじゃないか?」
「ジュニクロじゃせいぜいタンクトップくらいでしょ、ここでトータルコーディネートして買うのが楽しいんじゃない。背伸びがしたいのよ、分かるでしょ?」
ママも呆れ気味だ。
サチはそんな家族のやり取りをしばらくは眺めていたが、ここの洋服に興味は無いし、パパと寄り道するあても外れたみたいなので、店の外に出てベンチに座って待つことにした。開店同時に入店した時はまばらだった客の数も徐々に増え、人々のざわめきが吹き抜けにこだまする。
2階のベンチから1階の様子が見える。1階はレストランやベーカリーやパティスリーが入っている。海外にしかないハンバーガーチェーン店や、日本ではあまり見かけないカラフルなキャンディーのお店、何十種類もフレーバーがあるジェラート屋さんが軒を連ねている。実際に買って食べなくても、見て回るだけでも十分楽しめるほどだ。
サチは『Cutie Brave』をちらっとのぞいてみた。相変わらずパパとママとマユと、お店の人まで加わって、あれがいいこれはダメだと議論が白熱している。サチが店の外に出たのには誰も気づいていないようだ。
でもサチは、家族がサチを心配していないことを知っている。サチは無茶や無謀なことはしないと思っていることも知っている。そしてサチ自身もそうありたいと思っているし、ずっとそのように振る舞ってきた。何も不満は無い。
不満は無いけど。
サチはキッズパッドを取り出して見た。ホーム画面の右上に小さくて丸い緑の表示がある。両親のデバイスがサチのキッズパッドの位置情報を追っている証拠だ。
サチはキッズパッドをバッグにしまいベンチから立ち上がると、下りのエスカレーターに乗った。
