【フェーズ1-2】 IT業界は、ひとつの軸では切れない。4つの軸で立体的に眺める 【ITエンジニアの卵に贈る、就活の書】
この記事は「ITエンジニアの卵に贈る、就活の書」シリーズの一本です。シリーズ全体の目次はこちら(扉記事)からご覧いただけます。
エンジニアを目指す学生のみなさん、こんにちは。クオリティアーツの池田です。
ITエンジニアの卵に贈る、就活の書・フェーズ1-2の記事です。前回のフェーズ1-1では、IT業界全体の現実と魅力をお話ししました。今回はその業界を、もう少しズームインします。ただ、いきなり結論をお伝えします。IT業界は、ひとつの軸では切れません。
「IT業界を4つに分けると、SIer・Web系・メーカー・スタートアップ」と紹介される場面をよく見ます。私も昔はそう説明していました。でも、25年業界を内側から見てきて、この分け方には根本的な問題があると気づきました。SIerはビジネスモデル、Web系は事業ドメイン、メーカーは業種、スタートアップは成長ステージ。軸がバラバラなものを並列に並べているだけなんです。
だから今回は、序章-1で語ったプロフェッションの視座を軸に、4つの軸で立体的に業界を眺める方法をお伝えします。
新卒の就活中の方はもちろん、第二新卒として他社の面接に臨む場面でも、同じ話が土台になります。
1. プロフェッションの側から見た意味
序章-1〜3で、私はエンジニアという職業をプロフェッション(高潔な高度専門職業)として位置づけました。技術士法、技術士倫理綱領、IEEE-CS/ACM、IEEE。4つの独立した声が、同じ方向を指していました。
プロフェッションの視座から会社を見るとき、いちばん大切な問いは、たった一つです。
その会社は、エンジニアをプロフェッションとして育つ環境を持っているか。
この一点が、シリーズ全体を貫く上位原則です。「SIerだから」「Web系だから」「大企業だから」で会社の良し悪しを語ることはできません。4つの軸のどこにあっても、プロフェッション育成環境の有無は別問題なのです。
2. その前に。単一軸で分類することの、限界
なぜ「4つの業界の形」の並列列挙がまずいのか。実例で見てみます。
大手SIerの中に、モダンな自社プロダクト部門を持つ会社がある
大手メーカーの中に、スタートアップ的な新規事業チームがある
Web系スタートアップが、公共案件を受託することがある
地方の中小SIerが、世界基準の技術を持っていることがある
こういう会社は、「SIer・Web系・メーカー・スタートアップ」の4分類では、どこにも収まりません。現実の会社は、複数の軸が交差する立体だからです。
序章-2でお話ししたように、世界基準のエンジニアはどこにいても Engineer です。国境も、業界の形も、ステージも越えます。私たちが会社を見るときも、単一軸で会社をラベリングしない視座が必要です。
3. IT業界を、4つの軸で立体的に眺める
会社の解像度を上げるために、以下の4つの軸を使います。
3-1. 軸A:ビジネスモデル
会社が、どんな構造で価値を届けているかを見る軸。
自社プロダクト型:自社でサービスやハードウェアを企画・開発・運営し、ユーザーに直接届ける
受託開発型:顧客企業の要望に応じて、システムやソフトウェアを開発する
社内IT型:事業会社の中で、自社の事業を支えるITシステムを作る
公共・インフラ型:行政・自治体・公共インフラを支えるシステムを作る
ここに、いわゆる「SIer」と「Web系」の違いが入ります。SIerは主に受託開発型、Web系は主に自社プロダクト型です。この軸だけで会社の良し悪しは決まりません。受託開発型の中にもプロフェッションを育てる優れた会社があります。育成環境の質は、ビジネスモデルとは独立に、会社ごとに確かめる必要があります。
3-2. 軸B:成長ステージ
会社がキャリアのどの段階にあるかを見る軸。
大企業:組織が確立され、育成・制度・キャリアパスが整備されている
中堅:一定の規模・実績を持ちつつ、変化する余地もある
スタートアップ:新しい価値を素早く世に問う成長段階の会社
「スタートアップ」は業界の形ではなくステージです。スタートアップの中に、自社プロダクト型もあれば、受託開発型もあり、Webも組込みもAIもあります。ステージが違えば、エンジニアが担う責任の範囲・裁量・スピード感が変わる。この軸を、ビジネスモデルとは独立に見立てます。
3-3. 軸C:技術ドメイン
エンジニアが日々向き合う技術領域を見る軸。
Web/SaaS:ブラウザやモバイルで動くWebサービス
組込み・制御:ハードウェアと一体になったソフトウェア(自動車、家電、産業機械、医療機器)
AI・機械学習:機械学習モデルの開発・運用
インフラ・SRE:クラウド・オンプレのインフラ、信頼性の設計
データ基盤:データウェアハウス、ETL、分析基盤
いわゆる「メーカー」の多くは組込み・制御が中心の業種です。でも、大手メーカーの中にWeb・AI・SREを担う組織もありますし、Web系スタートアップの中に組込みを扱う会社もあります。技術ドメインは業種名では捉えきれないので、独立した軸として扱います。
3-4. 軸D:地理・組織文化
会社がどこにあり、どんな文化で動いているかを見る軸。
都市部(東京・関西):情報密度が高く、人材の流動性も高い
地方:地元密着型、生活とのバランス、独自の技術文化
リモート中心:地理から解き放たれた働き方
海外接続:グローバル案件、英語での業務、国際カンファレンスへの参加
序章-2で語った世界基準のエンジニアの視座は、この軸で色濃く出ます。海外接続がある会社は、Engineerという呼称の重みを身体で理解する機会が多く、プロフェッションとして育ちやすい環境になりやすい。地方の中小企業でも、海外に接続している会社は、世界基準の育成環境を持っていることがあります。
4. 4軸のどこにあっても、プロフェッション育成環境の有無は「別問題」
ここが、この記事でいちばんお伝えしたいことです。
軸Aで受託開発型でも、プロフェッションとして育つ会社はある
軸Bで大企業でも、育成の質は会社ごとにまったく違う
軸Cで組込みでも、世界基準の技術力を持つ会社はある
軸Dで地方でも、プロフェッションのネットワークを持つ会社はある
逆もまた同じです。自社プロダクト型・スタートアップ・Web・都市部という華やかなラベルと、プロフェッション育成環境の質は、別のものです。若手が技術選定に加われるか。コードレビューが対話として機能しているか。失敗が仕組みで受け止められているか。この日常運用の質は、4軸のどの座標にいる会社についても、ラベルとは別に確かめる必要があります。
そして、この質の違いは、募集要項の中でエンジニアをどう呼んでいるか、経営層や部課長がエンジニアとして今も実践し、その証拠を持っているかどうかに、いちばん正直に表れます。軸のラベルは会社案内の見出しですが、経営層・部課長の実践は、その会社の日常そのものです。
軸のどこにいるかと、プロフェッション育成環境の質は、独立した2つの問いです。これがこのシリーズ全体を貫く見立てになります。
5. 4軸のどこにいても、育つ環境の質は別問題の具体例
「軸のどこにいるか」と「育成環境の質」は独立、という話をもう少し具体的にします。実例をいくつか並べます。実在の会社名は避け、業態と特徴のパターンで示します。
5-1. 事例1:地方の中小SIerなのに、世界基準の技術文化を持つ会社
地方都市に本社を置き、社員100名前後の中小SIer。表面的なラベルだけ見れば「地方・中小・受託開発型」で、就活情報サイトの検索順位も低い。しかし内側に入ると、社員の半数近くがOSSに何らかの貢献をしており、社内勉強会が週2回開かれ、GitHub Enterpriseでの開発、CI/CD、コードレビュー文化が定着している。CTOは技術書の共著者で、社員の登壇費用と書籍購入を会社が全額負担。表面のラベルからは読み取れない育成環境の質が、内側には確かに存在する。
5-2. 事例2:有名大手Web系なのに、部署によって育成環境の質が大きく違う会社
誰もが名前を知る大手Web系企業。就活生の憧れの就職先の1つ。ただし、この会社は組織が大きく、部署によって育成環境の質が大きく違う。ある部署では、若手が技術選定に加われ、コードレビューが日常の対話として機能している。別の部署では、業務がひたすら保守運用に寄り、技術的な裁量が少なく、若手のモチベーションが下がっていく。会社全体の有名度と、配属先の育成環境の質は、別問題。
5-3. 事例3:スタートアップなのに、育成の設計が薄い会社
資金調達に成功した勢いのあるスタートアップ。若手の裁量が大きく、事業成長のスピード感があり、就活生に人気。ただし、事業拡大を最優先するあまり、新卒の育成カリキュラム、メンター制度、コードレビュー文化の整備が後回しになっている。若手は「見て学ぶ」で放り込まれ、伸びる人は伸びるが、伸びない人はケアが薄い。スタートアップのラベルと、育成の設計の質は、独立した2つの問い。
5-4. 事例4:組込み系の伝統企業なのに、社内で世界基準の道具立てを推進している会社
自動車、産業機械、医療機器などを扱う伝統的なメーカー系。表面的には「大企業・組込み・保守的」というイメージを持たれがち。ただし、社内で新規事業として世界基準の道具立て(GitHub Enterprise、GitHub Actions、Kubernetes、モダンな監視ツール)を積極的に導入し、既存の組込みチームにもその文化を広げようとしている。古いスタックの保守が主業務でも、新しい道具立てへの投資を経営として行っている会社は、確かに存在する。
これらの事例が示しているのは、表面のラベル(ビジネスモデル・成長ステージ・技術ドメイン・地理)だけでは、その会社が「エンジニアをプロフェッションとして育つ環境を持っているか」は判定できないということです。判定するためには、フェーズ3以降で扱う具体的な確認方法(募集要項の読み解き、技術発信の読み込み、カジュアル面談、面接での対話)が必要になります。
6. 軸のどこにも位置しない、新しい業態
4軸で整理すると、伝統的なIT業界の姿は捉えやすくなります。ただ、いま急速に育っている新しい業態のなかには、4軸のどこにも収まりにくいものがあります。少しだけ紹介しておきます。
6-1. AIスタートアップ
OpenAI、Anthropic、Perplexity といった生成AIの中核企業と、それを応用するアプリケーション層のスタートアップが、2022年以降急速に育っています。技術ドメインとしては「AI」ですが、扱う技術の幅がフルスタックに近い(バックエンド・フロントエンド・インフラ・機械学習のすべて)。ステージはシード〜ユニコーンまで広い。AI領域だけを見るなら、独立した業態として捉える必要がある時期に入っています。
6-2. DevRel(Developer Relations)
DevRel とは、開発者向けの製品を持つ会社が、開発者コミュニティとの関係構築を担う役割・部門のこと。Cloudflare、Vercel、Datadog、GitHub、Stripe といった開発者向けサービスの会社では、DevRel部門が独立した組織として存在し、エンジニアと発信の両方をやる人材が集まっています。エンジニアと発信者の中間、という新しいキャリアの形。
6-3. DPO(Data Protection Officer)
EUのGDPR施行以降、データ保護の専任責任者(DPO)を置く企業が増えています。日本でも改正個人情報保護法により、データ保護の専門家の需要が高まっています。エンジニアとしての技術理解と、法務・コンプライアンスの理解の両方を持つ、新しい専門職。
6-4. Platform Engineering
インフラエンジニアともSREとも違う、「社内の開発者向けにプラットフォームを提供する」役割。開発者体験(DX、Developer Experience)を上げるための内部ツール・基盤の設計運用を担う。近年、大手テックカンパニーで独立した組織として設けられることが増えている。
6-5. AI Engineer / MLOps Engineer
機械学習モデルの研究者(Data Scientist)とも、Webエンジニアとも違う、「機械学習モデルを本番運用する」ためのエンジニア。モデルのデプロイ、監視、A/Bテスト、リトレーニングの仕組みを設計運用する。生成AIの本格運用時代に、需要が急拡大している役割。
これらの新しい業態は、4軸の座標に無理に押し込むより、新しい業態として独立に捉える方が実態に合います。就活で自分の志望領域を考えるとき、伝統的な4軸の外にも、こうした新しい選択肢が広がっていることを頭に置いておいてください。
7. だから、就活で問うべきは「軸のどこか」ではなく「育成環境の質」
4つの軸を使って会社を眺めるのは、あくまであなたの好みを整理する道具です。
私はどんなビジネスモデルの会社で働きたいか(軸A)
どんな成長ステージの会社で、どんな裁量を持ちたいか(軸B)
どんな技術ドメインに、自分の時間を注ぎたいか(軸C)
どこに住み、どんな組織文化で働きたいか(軸D)
これらの好みを整理したうえで、その4軸のどこにいる会社であっても、プロフェッションとして育つ環境があるかを確かめる。これが、序章-1〜3から下ろした、このシリーズの見立てです。
プロフェッション育成環境の質を、具体的にどう見分けるか。それはフェーズ1-3、そしてフェーズ3で詳しくお話しします。
8. 補助線:4軸を使った、あなた自身の位置取り
「4軸で立体的に眺めるのはわかった。でも、どこから考えればいいの?」という学生さんに、位置取りの補助線を3つお伝えします。
8-1. 補助線1:軸Cから始める
自分がいちばん興味を持つ技術ドメイン(Web/組込み/AI/インフラ/データ)を1つ選んでみます。技術ドメインは、日々の仕事の中身を決める、いちばん身近な軸です。
8-2. 補助線2:次に軸Aで絞る
その技術ドメインを、自社プロダクト型で扱いたいか、受託開発型で扱いたいか、社内IT型で扱いたいか。ビジネスモデルによって、あなたと技術との距離感が変わります。
8-3. 補助線3:最後に軸B・軸Dで位置取り
大企業の中で腰を据えて育ちたいか、スタートアップで早く裁量を持ちたいか。都市部で情報密度に触れたいか、地方で生活とのバランスを取りたいか。
この3ステップで、あなたの位置取りが立体的に見えてきます。位置取りが決まったら、その位置の会社の中から「プロフェッション育成環境の質」で選ぶ。それが、フェーズ3以降のお話です。
まとめ
本記事では、IT業界を4つの軸で立体的に眺める方法をお話ししました。
上位原則は、その会社が、エンジニアをプロフェッションとして育つ環境を持っているかどうかです。IT業界を眺める4つの軸は、軸A「ビジネスモデル」(自社プロダクト/受託開発/社内IT/公共・インフラ)、軸B「成長ステージ」(大企業/中堅/スタートアップ)、軸C「技術ドメイン」(Web/組込み/AI/インフラ/データ)、軸D「地理・組織文化」(都市部/地方/リモート/海外接続)の4つです。
4軸のどこに位置していても、プロフェッション育成環境の有無は別問題であることに変わりありません。位置取りの補助線としては、軸Cから始め、軸Aで絞り、軸B・軸Dで整えるという順序をおすすめします。
「4つの業界の形」と単純化してしまうと、この立体構造が見えなくなります。業界の形ラベルではなく、4軸の座標で会社を眺める。この視座が、次のフェーズ1-3、そしてフェーズ3で活きてきます。
次のフェーズ1-3では、この4軸の視座を持ったうえで、有名な会社と良い会社の違いをお話しします。有名度でも、業界の形ラベルでもない、プロフェッションとして育つ場所としての良さをどう見分けるか、というテーマです。
エンジニアの卵のみなさんへ、エール
「4つの業界の形で単純に分けるのが便利」と、私も昔は思っていました。でも、その簡単な分類が、みなさんの目を曇らせてしまうこともある。4軸で立体的に眺めるという少し手間のかかる方法を、あえてお伝えしました。
今週、気になる会社を1社選んで、4軸のどこに位置しているかを紙に書き出してみてください。軸A・B・C・Dのそれぞれで、その会社がどこにいるか。1社を4軸で立体的に眺められると、次の会社を見るときも、同じ立体地図が使えるようになります。
一緒に歩きましょう。ボン・ボヤージュ。素敵な旅を。
次の記事はフェーズ1-3「「有名な会社」と「良い会社」は違う。そして「安定」を求めて選ぶ会社ほど、あなたの未来を不安定にする」です。
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