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退職1ヶ月で失ったものと得たもの 〜サバティカル1ヶ月の実験

 こんにちは、クオリティアーツの池田です。いやー、早いもので、長崎の会社を退職してからもう1ヶ月。6月末、2つのクライアントの最終日が重なる日を経て、そのまま7月に突入。気が付けばあっという間の1ヶ月でした。

 蓋を開けてみたら、これがなかなかに楽しい1ヶ月。旅行、飲み会、コミュニティ、初めての挑戦、たくさんの再会、そして山ほどのアウトプット。書き出してみると自分でも驚くくらい、色々やっていました。

 少し背景の話を。5月、50歳の節目に2本の記事を書きました。1本は「50歳で人生は終わると思っていた ─新卒の手帳に書いた目標が、気づけば全部叶っていた話」(note)。これまでの25年間の総括です。もう1本は「足の裏で、地図を描く ─50歳から、もう一つの25年」(note)。次の25年をどう歩くかの宣言。「走る25年」から「歩く25年」へ。より伴走支援に重心を移し、軸も一本に絞らず、地図は足の裏で描いていく。そんな内容でした。

 今回の退職は、この宣言を実際にやってみる第一歩。というわけでこの記事では、退職後の1ヶ月で私の身に何が起きたかを、日記の延長のような気持ちで綴ってみます。先に結論めいたことを言ってしまうと、失ったものは給料1つ。戻ってきたのは時間と本来の自分のスタイル、そして何より「人と人とのつながり」でした。同じように独立や、働き方の見直しを考えている方に、何かしらのきっかけになれば嬉しいです。


1. ちょっと違う「退職」の話

 まずはひとつだけ、前置きを。今回のケースは、いわゆる一般的な退職とは、少し感覚が違います。

 私はコンサルタントの中でも「伴走」というスタイルを選んでいて、複数のクライアントを持っており、それぞれと契約の形が違いました。ある会社とは業務委託、ある会社とはスポット、そしてこの長崎の会社とは「入り方」として正社員所属(非常勤)というお付き合いをしていました。社長といっしょに走らせていただいた時間はとにかく貴重で、この年月ずっとお世話になりっぱなし。感謝しかありません。一緒に業務改善プロジェクトを走らせた、未来志向のメンバーとの日々も忘れがたい時間でした。

 この長崎の会社だけではなく、6月末で他のクライアントとの契約も一旦全て満了させ、伴走業そのものを一度休業状態にしました。「歩く25年」を実行するために、自分の時間を全て自分の手元に戻したかった、というのが理由です。欧米では「サバティカル」といって、数ヶ月から1年ほど仕事を離れて自分を整え直す慣習がありますが、今回の休業は私にとってのささやかなサバティカルでもあります。

 なので、今回のケースは、私の中では「伴走案件の1つが一区切り」というよりも、「伴走業としての現在のポートフォリオを一度リセット」という感覚に近い。退職の重さや不安感はほとんどなく、気分は軽やか。伴走業を辞めたわけではなく、一度休業して自分を整えるための選択ですし、8月以降には新しい引き合いも複数走り始めていますからね。

 今回の一区切りには、もう1つ意味がありました。5月に書いた「歩く25年」の宣言。あれを本気で実行に移すには、これまで自分で背負ってきた総量を一度整理し直す必要があった。1つが一区切りつくから、次が始まる余地ができる。退職日、そんなことを考えながら、気持ちよく荷物をおろした感じです。

 タイミング的な話を添えておきますと、少し前から続いていた自身の体調のこと、そして長崎の実家の介護がひと段落したこと、この2つもうまく重なりました。ライフステージ的なタイミングがちょうど揃った、という感覚です。良いタイミングだったなぁ、と。

 振り返ると、退職や独立という大きな意思決定は、単一の理由で決まることは、あまりない気がします。宣言(自分の意思)、体調、家族、機会。この複数要素がちょうど揃う瞬間を待って、初めて動ける、というのが今回の実感でした。

2. 失ったもの:給料、以上

 まずは「失ったもの」の話から。これはシンプルに1つ、給料です。以上。

 確かに毎月の定期入金は止まりました。長く会社勤めをしてきた方にとっては、あの安心感がなくなる、というのは想像すると重い話に聞こえるかもしれません。ただ、私の場合はこの年になると多少の貯蓄もあり、キャッシュフローが揺らぐ話ではありません。前章で書いた通り、伴走業を一度休業する選択でもあり、8月以降には新しい引き合いも複数走り始めています。失ったものとしてはクライアントのひとつつからの「給料という名の定期入金」というシンプルな1点、というくらいの温度感です。

 というわけで、失ったものの話はこれで終わり。ここから先は、戻ってきたもの、やったこと、そして気づいたこと。こちらの方が、この1ヶ月の実態をよく表しています。

3. 得たもの:時間と、本来の生活スタイル

 さて、失ったのが給料1つだった一方、得たものはたくさんありました。強く実感したのは、「私はこの数年、自分の時間をどんな配分で組んでいたのか」ということ。手が空いてみると、これまで詰め込んでいた設計が客観的に見えてくる。得たものを、まずは「時間」と「本来の生活スタイル」の2つに整理してみます。

時間:月4日の移動と、遠隔ゆえの想像力

 まずは時間の話から。長崎の案件は、複数のクライアントの中でも現地に足を運ぶタイプ。1回の出張で移動日が前後2日、月に2回で合計4日。出張自体、物理的にはやっぱり大変ですね。そこに現地滞在中の業務、他のクライアント、そして講演活動が乗ってきます。それなりの厚みの日々でした。

 時間の話は、物理量だけではありません。遠隔でお付き合いする案件は、「現地の空気感を、離れた場所からどう捉えるか」という頭の使い方が要ります。日々どんな空気で、誰が何に困っていて、どの数字が動いているのか。現地に行って初めて解像度が上がる情報も多く、行っていない期間はどうしても想像力で補いながらの判断になる。

 「たぶんこうなっているだろう」「あの人はこう感じているはずだ」。この想像を毎日走らせるというのは、それ自体が頭の帯域を占め続けるお仕事です。案件の性質から自然に発生するもので、良し悪しの話ではありません。認知心理学に「Attention Residue(注意の残留)」という概念があって、前のタスクから頭を完全に切り離せないと、次の作業の質が下がる、と言われています。遠隔案件を複数抱えていた私の頭では、この残留が常時起きていたわけです。離れる前から課題感として持ってはいましたが、その大きさが数字と体感の両方ではっきりしたのは、実際に離れてみてから、というのが正直なところ。

 こうした一連の負荷が、退職でまとめて外れました。移動、その前後の疲労回復、そして頭の中でずっと走っていた想像。単純な時間の合計以上のインパクトがあります。朝、Slackを開かなくていい。開いても、確認と返信だけで済む。それだけで、朝の起動の質が全然違う。この軽やかさ、久しぶりです。

本来の生活スタイル

 そして、もう1つ戻ってきたのが、本来のスタイル。

 ひとくちに「スタイル」と言っても、複数の側面があります。時間の使い方や暮らし方といった生活スタイル。趣味や遊びや人との付き合い方といったライフスタイル。身なりや服装や髪型といったファッションスタイル。そして話し方や振る舞いに至るまで。これらが束になって、その人らしさを作っている。私はそう考えています。

 地方に軸足を置いていた時期は、その土地の空気に合わせて、それぞれのスタイルを少しずつ調整していました。身なりは控えめに。平日夜の予定は極力入れず。遠出は業務日程を最優先に組む、といった具合。社会心理学に「セルフ・モニタリング」という言葉があって、周囲に合わせて自分の表現を調整する傾向のこと。必要な社会性ではあるのですが、これを長く高い状態で走らせていると、じわりと疲れてくるのだそうです。1つひとつは自分で選んだ調整。でも束になると、本来の自分のスタイルからは少しずつ離れていく。

 その調整が一区切りついて、それぞれのスタイルの重心が「自分側」に戻ってきました。次の章で書きますが、この1ヶ月は「あぁ、本来こうやって暮らしたかったのだな」という日々の連続。旅行、飲み会、コミュニティへの顔出し、新しいチャレンジ、そして久々の瞑想。全部やっても余白がある、というのが率直な感覚。こんなに動いているのに余白がある、というのは不思議で、気持ちの良いものです。

 この節でひとつだけ手元に残しておきたいのは、時間は物理量(何時間拘束されているか)だけでなく、精神的な帯域まで数えると、疲労の正体が見えてくる、ということ。今回の1ヶ月で私の頭の中で起きたのは、まさにこの帯域の解放でした。

4. やったこと:7月を週単位で振り返る

 言葉だけだと分かりにくいので、この1ヶ月に実際にやったことを、日曜始まりの週単位で並べてみます。5月の宣言「歩く25年」の実行、という視点で読んでいただけると、いくつかの行動の意味が見えてくるはず。書き出してみて気づいたのですが、この1ヶ月は「人と人とのつながり」がひたすら濃かった1ヶ月でもありました。旧交あり、新しいご縁あり、コミュニティでの再会あり。並べながら、読んでみてください。

第1週(6/28日〜7/4土):解放されて、まず遊ぶ!

  • 7/1(火)退職慰労飲み会

  • 7/2(水)美容院で全ブリーチ&青染め

  • 7/3(金)気になっていた地元のバーが周年記念、常連さんと初対面

  • 7/4(金)〜佐渡旅行スタート

 退職翌日は気のおけない友人と焼肉三昧。たらふく食べて、たらふく笑いました。いやー、この解放感、久しぶりです。翌7/2は朝から美容院で全ブリーチ、髪は青に! 社員という立場では身だしなみもその役割に合わせていたので、しばらく髪で遊ぶことはできず。復帰戦としての青、気に入っています。次はメッシュも入れてみようかな、と画策中。

 小さな話に見えて、これも5月の宣言「軸を一本に絞らない」の実行のひとつ。「1つの役割」に自分を合わせるのではなく、複数の顔を同時に持てる状態に戻す。青い髪は、その宣言の目に見える形。

 7/3、たまたま入った地元のバーがなんと周年記念。常連の楽しい方々と意気投合し、振る舞い酒も2杯いただいて、ついつい長居。翌日からの2泊3日、佐渡旅行への良い助走となりました。

第2週(7/5日〜7/11土):初佐渡!そして懐かしい顔ぶれと

  • 7/5〜7/6 佐渡旅行(トキ、奇岩、たらい船、金山、そして三浦さんとの再会)

  • 7/7(月)最初の会社の上長らと昼飲み

 人生初の佐渡、これがまた楽しかった! 本物のトキを見られた感動。海岸沿いの奇岩の迫力。たらい船のあの独特の乗り心地。そして金山の歴史の重み。どれも印象に残っています。そして一番良かったのは、宿泊のホテルをこっそり抜け出して、技術者コミュニティの大先輩である三浦さんと居酒屋で夜遅くまで語り合った時間。話が尽きず、あっという間の夜でした。

 「行ったことがない場所に行ってみる」も、5月宣言の実行の1つ。「歩く25年」は、これまでの25年で行けなかった場所や、会えなかった人に会いに行く時間でもある。佐渡はその最初の1つでした。

 翌7/7は、最初の会社の上長らと昼飲み。シニアの方や引退された方々。20年、30年単位のお付き合いのある方々と、真昼間からゆっくり話せる。退職直後だからこそいただけた贅沢な時間でした。

第3週(7/12日〜7/18土):ロードバイクという新しい相棒

  • 7/12(日)技術者コミュニティにて長年お付き合いいただいている松岡さんから、長年の約束であるロードバイクをいただく

  • 7/13(月)前々職の部下らと懇親会

  • 7/17(金)半日技術討論会

 技術者コミュニティにて長年お付き合いいただいている松岡さんから、長年の約束だったロードバイクを譲っていただきました! 完全に新規のチャレンジ。ロードバイクに乗るのは初めてで、これから少しずつ乗り出していきます。50歳を過ぎてから、これまで一度もやったことのない趣味を始める。ワクワクします。いい歳の始め方だなぁと。これも「歩く25年」の実行の1つ。

 翌13日の夜は前々職の部下らとの懇親会。金曜には半日の技術討論会も1本挟み、この週は「昔の縁」と「新しいこと」が交互に来る、良いリズムの週でした。

第4週(7/19日〜7/25土):北海道1週間、登壇3本と食い倒れ!

 この週は北海道に1週間まるごと滞在登壇3本、コミュニティ訪問、食い倒れ、そして毎晩のビールとウニ。これを1週間の中に全部詰め込めるとは、我ながら贅沢な週。北海道、最高でした。

ウニ丼に追いウニと追いイクラ

 登壇3本の中身も、これまでとは少し違う軸で組めました。TEF道は水野昇幸さんと「CQO(Chief Quality Officer)って結局何をする人?」を双方向で。TOC/TOCfE Hokkaidoでは中江さんとご一緒させていただき、「それぞれの立場からの「変化」の起こし方 ~現場での新しい取り組みから組織変革まで~」というテーマで「小さなチーム/中規模のコミュニティ/大きな組織」という3つのスケールで変化の起こし方を扱いました。JaSST'26 Hokkaidoでは「Who Tests AI? ~試される大地、試すのは我々だ~」というテーマのもと、特別講演として「AIとひとりで働く」。加えてトークセッションの登壇、情報交換会での相談員と、半日ほぼ動きっぱなしの役回り。当日の一般参加のお申し込みは82名で、盛況のうちに幕を閉じました。たくさんの方とつながれて、嬉しい1日でした。

JaSST'26 Hokkaido にて

 この3本を1週間で連続して回せたのは、時間の余裕があってこそ。そして、信頼できる仲間たちと同じテーマで議論する時間というのは、私にとって「生きている」という感覚に直結する時間でもあります。5月の宣言で言えば、より伴走支援に重心を移していく、その実行でもある。組織の中で意思決定するというより、コミュニティの中で問いを共に育てる。エティエンヌ・ウェンガーが「実践共同体(Community of Practice)」と呼んだように、専門家の成長は共同体の中で起きるもの。私にとってTEF道、TOC/TOCfE、JaSST、そして長崎のNaITEといった場は、まさにこの実践共同体そのもの。そういう場に、そういう仲間たちのそばに、以前より深く関われるようになりました。

 7/22の日中に訪ねたホットファクトリーさんのオフィスは、なんとエスコンフィールドの中! 仕事場としても、球場としても、両方の顔を持つ空間で、1度は行ってみる価値ありです。今回ご対応いただいたのはCTOの福岡さん。最初にお会いしたのは昨年、長崎で開催したNaITEの勉強会。福岡さんは昨年、長崎で「つなぐ」というジョイントベンチャーのCTOも務めておられ、そこからずっとお付き合いが続いています。今回の訪問は、私の札幌滞在と福岡さんの札幌滞在期間がうまく重なったから実現したもの。しかも、7/20のTEF道勉強会にも足を運んでくださいました。長崎で始まったご縁が、札幌のエスコンフィールドの中でまたつながる。やはり「人」ですね。

エスコンフィールドにて

 7/23の積丹・余市方面は、ウニと海鮮とウイスキーの1日。食い倒れという言葉がこれほど似合う日もない。積丹のウニ、あれはもう反則の美味しさですよ。

第5週(7/26日〜8/1土):ニート祝いの連夜

  • 7/27(月)コミュニティ仲間らと懇親会

  • 7/28(火)コミュニティ仲間らと懇親会

 北海道から戻ってからの1週間は、月曜と火曜に連日でコミュニティ仲間との懇親会。「ニート祝い」と称してたくさん誘っていただきました。誘ってくれた皆さん、本当にありがとうございます。次は私の番。

この裏で走っていたアウトプット

 週単位のイベントとは別に、この1ヶ月の裏でずっと走っていたアウトプットもいくつか。並べてみます。

 noteをまじめに書き始めたのも、5月宣言の実行。これまでも書いてはいましたが、退職後は連載として腰を据えて取り組んでいきます。「歩く25年」でより伴走支援に重心を移すなら、これまでの経験を若い世代に届く形で言語化することが柱の1本。就活シリーズはその第1弾です。

 インプットのほうも同じくらい、静かに大量に進めています。長年積んでいた本、後回しにしていた分野の学び、久々の瞑想。「アウトプットのためのインプット」ではない、純粋な読書や思索の時間が持てるのは、久しぶりの感覚。

 ここまで並べると遊んでばかりに見えるかもしれませんが、実は日常の活動量は6月以前より増えています。朝7時くらいから夕方まで、大量のインプットとアウトプット、エンジニアとしての本来のあれこれに、まとまった時間を使いました。全体の活動量としては、6月以前の倍くらい。遊びも仕事もどちらも、密度高く並行して回せた。これが今月の実態です。トム・デマルコが『ゆとりの法則』で説いた「スラック(余裕)」の概念は、組織だけでなく個人にも当てはまる。余白がないと新しいことは始まらない。今回の密度は、余白があったからこそ生まれたもの、というのが実感です。

5. 伴走業の本丸「考える時間」

 この裏で最も大きく戻ってきたものを、1つだけ独立して書かせてもらいます。それが「考える時間」。

 伴走の仕事の質を決めるのは、資料でもプレゼンでもなく、その手前にある「考える時間」の総量と密度。目の前のタスクを処理している時間は作業であって、伴走の仕事ではありません。作業だけなら、いまはAIがかなりのところまでやってくれますからね。私がクライアントに提供している価値は、その手前で問いを立て、構造を捉え、選択肢を並べる、という「考える」ところ。しかも考える時間は量より質。連続した1時間と、5分×12本では、生まれるものが全く違う。カル・ニューポートが「Deep Work」と呼んだ深い集中の時間は、まとまった連続時間なしには成立しません。複数役割を並行していると、この「まとまった連続時間」を確保することがどんどん難しくなっていく。

 退職してからの1ヶ月、この余白が戻ってきました。朝、コーヒーを飲みながら、目の前の案件のことだけを1時間考える。移動の合間ではなく、ちゃんと机の前で考える。それだけで、出てくるアウトプットの質が違ってきます。前章で挙げたnote連載も小説も講演資料も、全ての土台にはこの「考える時間」があります。JaSST'26 Hokkaidoの特別講演「AIとひとりで働く」でもお話ししたのですが、「何をAIに任せ、何を任せないか」を判断するには、そもそも自分が深く考えられる状態でないと始まらない。生成AIが答えを出すコストを大きく下げた今、価値の源泉は「どんな問いを立てるか」に移っている。考える時間を取り戻すことは、この「問いを立てる」力を鍛え直すことでもある。AI時代の伴走業にとって本丸なのだと、改めて感じた1ヶ月でした。

6. その結果:体力と健康の回復

 時間と考える余白が戻ってきた結果、もう1つ、予想以上の変化がありました。体力と健康。いまはかなり元気になりました!

数値の改善と「楽しさ」

 実は退職前の半年ほど、いくつかの数値が芳しくない時期がありました。ちょっと心配な項目もあって、経過観察をしてもらっていたのですが、この1ヶ月でかなり改善。医師には「疲労の蓄積もあったのでは」と言われました。私自身の感覚としては、単純に「楽しさ」が身体に良い影響を与えたのだと思っています。定期健診でも「この調子なら、あと何回かの経過観察で問題なし」という太鼓判もいただきました。身体は正直だなぁ、というのが1ヶ月の実感。ありがたいことです。

 面白いのは、退職後の1ヶ月に何をしていたかを冷静に見ると、全然「健康的な生活」を送っていないということ。連日の飲み会、佐渡でのお酒、北海道での毎晩のビールとウニ、積丹・余市の食い倒れ。むしろ暴飲暴食の側です。それでも数値が改善したというのは、体調に効いているのは食事や運動の内容そのものではなく、その手前の「精神的な状態」と「時間の余裕」だったのでしょう。世界の長寿地域を調べた「ブルーゾーン」の研究でも、長生きの決め手は食事内容だけでなく、社会的なつながりや目的意識、ストレスの低さといった生活の質そのものだと言われています。今回の私の身体の反応も、この線で説明できそう。医師の言う「疲労の蓄積」と、私の言う「楽しさが効いた」は、同じことを別の角度から言っているだけなのだと思います。

「まだ大丈夫」の罠

 もう1つ感じたのは、渦中では自分の状態が見えない、ということ。「これくらい普通」と思ってしまう。総量を落として初めて、「あ、これは自分の身体にはちょっと多かったんだな」と分かる。組織論では「まだ大丈夫」と言い続けている組織はすでに危機に入っている、と言われますが、個人の身体もまさに同じ構造。体調は本来、自分の全体の量を見直すためのシグナルのはずが、そのシグナルは限界を超えないと明瞭にならない。今回身体が教えてくれたことは、次の走らせ方の目安にしていきます。

7. まとめ:「歩く25年」の第1章として

 というわけで、明日から8月。さすがに7月は走りすぎたので、少しペースを落とします。それでも、楽しんで行きたいものですね。

1ヶ月の収支

 振り返ると、一区切りついたのは伴走契約1本。戻ってきたのは時間と本来の生活スタイル、そしてその結果としての考える余白と体力と健康、何より「人と人とのつながり」。1ヶ月時点の結論としては、なかなか良い節目でした。

 この1ヶ月は、5月に書いた「歩く25年」の実行第1章でもありました。青い髪も、ロードバイクも、佐渡旅行も、note連載も、全部が「これまでやってこなかったこと」への一歩。全てが計画的だったわけではなく、その日その場で「行ってみようかな」で決まった動きも多い。それを気軽に選び取れる状態にいる、ということ自体が「歩く25年」の入り口だったのだなぁ、と。

 新しいチャレンジと並んで、エンジニアとしての活動もたくさんできたことも良かった。北海道での登壇3本、コミュニティ仲間との議論、note連載での言語化、小説の執筆、そして講演資料の公開。手を動かして、話して、書いて、また話して。エンジニアであることを久しぶりにたっぷり満喫できた1ヶ月でした。これがまた楽しかった!

 この1ヶ月で大きく進んだのは、「作業的な活動から、価値を生む仕事的な活動への転換」。移動、待ち時間、割り込み対応、そのすべてが作業。それらに使っていた時間が、深く考える、書く、話す、コミュニティで議論する、といった仕事に振り向けられた。同じ「時間」でも、作業に消えるのと、仕事に投入されるのとでは、生み出す価値も、自分の消耗度も全く違います。時間の総量ではなく、時間の質の話、なんですよね。

エンジニアとして生き続ける土台

 今回取り戻した時間と、本来の自分のスタイル。この2つは、これから先「エンジニアとして生きていく」ための土台そのもの。時間があるから、深く考えて、手を動かして、大事な仲間たちのいるコミュニティに顔を出して、書いて、話せる。本来のスタイルに戻ったから、無理なく、自分の声で、自分のリズムで、それができる。リンダ・グラットンが『LIFE SHIFT』で描いた通り、人生100年時代に単線のキャリア設計は成り立たない。50歳は折り返しではなく、次のステージへの結節点。「歩く25年」というのは、私にとっては「エンジニアとして生き続ける25年」でもある、ということ。今回の1ヶ月で、そのことを体感として感じられました。

 アンディ・ハントが『達人プログラマー』で説いた「知識ポートフォリオ」の話にひきつけると、エンジニアは自分の知識ポートフォリオを絶えず育てる必要があり、そのためには時間という投資原資が要る。私が取り戻したのは、まさにこの投資原資でした。5月の『50代の最初の一冊に、「人文知は武器になる」を選んだ話』でも触れましたが、人文知は数十年かけて回収する長期投資。「歩く25年」は、エンジニアとしての実践と、人文知への学び、この2つを並行してやっていくつもりです。

「誰と」働くか、そして「つなぐ」

 この1ヶ月を通じて改めて感じたのは、「どこで働くか」より「誰と働くか」がいかに大切か、ということ。今回の退職という選択も、その1つの実践だったのかもしれません。仕事の場に限らず、飲み会でも、コミュニティでも、旅先で会う人でも、「誰と」が良ければ時間の密度は全く変わる。7月に楽しかった時間はどれも、そこに「誰」がいたか、で成り立っていました。

 人と人とを、そして過去と未来を「つなぐ」。この動詞は、私にとって次の25年のキーワードの1つになりそう。長崎で始まった福岡さんとのご縁が札幌でつながり、コミュニティの登壇が新しい仲間との出会いにつながり、退職という一区切りが次の引き合いにつながっていく。7月の1ヶ月はまさに「つなぐ」で成り立っていた1ヶ月でした。

 社会学に「弱い紐帯の強さ(The Strength of Weak Ties)」というグラノヴェッターの古典的な考えがあります。強い関係よりも、緩やかで広い関係のほうが新しい機会を運んでくる、という指摘。今回の1ヶ月で動いたご縁も、そのほとんどが「時々会う仲間」「久しぶりの再会」「コミュニティで知り合った人」といった緩やかな関係の側から来ました。目の前の濃い関係だけでなく、緩やかで広い関係の網を、長い時間をかけて育てておく。10年、20年経ってから効いてくる話です。

 6月末、2つのクライアント最終日が重なった日に、私は「別れがあるから出会いもある。それが面白いものであれば、面白いものに出会う」と書きました。長崎の会社で得た経験も、そこでご縁のあった皆さんも、私にとってはこれからも大切なもの。契約は一区切りしても、人との縁は続いていく。そのことを実感できた、良い7月でした。8月以降も、こういう縁を大事に、楽しんでいきます。

 さて、まずは久々のゴルフの打ちっぱなしにでも行ってきますか。もちろん、気温が低い日を選んで!


リンク集

5月に書いた関連記事(本記事の背景)

7月の登壇イベント

講演資料(docswell)

7月開始のnote連載

小説「新卒エンジニア、観察ノートを開く」(『小説家になろう』にて)

コミュニティ

訪問先


#退職 #独立 #働き方 #伴走 #コンサルタント #セカンドキャリア #50代

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