【小説】冷凍みかん 第7話
大なまずの缶詰め
今年の梅は、2月に入ってもまだ、蕾さえ惜しんで、なかなか芽吹こうとしなかった。
冷え切った布団の中で、せっせと両足を摩りながら、少しずつ暖をとる。あっという間に朝になるのが辛くて、毎晩、1時間ごとにアラームを掛ける。寝ぼけ眼でスヌーズを切っては、あとどれくらい時間が残っているか確認し、また眠りにつく。身体のことを思えば、決してよい習慣でないのは明らかだが、今はまだ、内臓を傷めることよりも、気持ちが沈んで動けなくなることの方が、断然怖い。
──ようやく、うつらうつらし始めた頃、頭の上が、なにやら騒がしくなった。首を縮こませたまま、上目遣いに枕元を見やると、8ぴきの『いたち』が、熱心に飛んだり跳ねたりしている。それぞれ、違う柄や色かたちの、洒落たパジャマを着こなして。
夜中の乾燥に備えて、黒豆茶を淹れておいたティーカップ。そのソーサーのヘリに乗って円を作り、長い体をねじったり、短い手足をのばしたり。三角模様のワンピースのパジャマが、こちらへ向かって大きく仰向けに反り返り、逆さになった頭とパッチリ目が合った。
「今晩も、寝つきが悪いようだね」
他の7ひきは、気にせずテキパキと体操を続けている。
私の夢の中には、巨大な『なまず』が群生していて、それを獲りに行くところなのだそうだ。彼らが『なまず』と呼んでいる獲物は、どこに頭があるのか分からないほど、グブグブに太っているものの、脂の質はよく、クセになる味らしい。
正直、夢のことなど大して覚えていないが、眠りが浅いのは確かなので、狩猟場にはもってこいだろう。他人の夢の中なんて、どうやって入るのか尋ねると、企業秘密だという。ただ、何をするにも “かたち” が大事だと、レースの襟をパリッと整えながら、誇らしげに教えてくれた。そして、きちんと準備体操を再開。
この奇妙なおまじないに当てられて、真ん中のカップは、とろりとろりと夢見心地に撓んでしまっていた──
眠れない夜には、彼らとよく目が合うようになった。毎回、最初に気づいたパジャマが、少しの間、おしゃべりの相手をしてくれる。狩りが遅れるなどと文句を言うものは1ぴきもおらず、その分、より一層丹念に、身体をほぐしているようだった。
自分たちで食べるために狩りをしているのかと思っていたが、案外したたかなもので、『缶詰め』にして商売をしているらしい。缶詰めのラベルもお手製だそうで、手描きのイラストを見せてくれた。そこには、なまずの姿は欠片も載っておらず、パジャマ姿のいたちが3匹、軽やかにスキップしている様子が描かれていた。1つ譲ってくれるというので、たとえ缶詰めの中に封印されていようが、動き出さないとも限らない、得体の知れないものを持っておくのは…と、内心躊躇っていると、ラベルのみを1枚、もったいぶって手渡された。どうやら相当、ラベルの出来に満足しているようだ。(もしくは、大なまずがよほど貴重な肉なのだろう)
ふうと胸を撫で下ろし、心から喜んで、ラベルを頂戴した。
他にも、ときどき、夢の中からおみやげを拾ってきてくれるようになった。目の覚めるような美しいものから、掴みどころのない不気味なものまで。
例えば、トリケラトプスの皮膚。圧倒的なサイズ感と、無限のロマンの可能性にまんまとやられて、大雑把な憧れを抱いていた、恐竜たち。図鑑で見た情報もうろ覚えなものだから、夢の中の彼らは、ずいぶん奇妙な形をしているらしい。
『チカチカのしっぽ』だと言われて、ユニークな毛束を受け取ったこともある。ジグザグに連なるポンポン、光る石が散りばめられた綿毛、ふっくら三つ編みをこさえた癖っ毛など。さまざまな色と質感の毛が一緒くたになっており、一方の端はひとまとめにくっ付いていた。ネコ科のチカチカは、びっくりすると、しっぽが根元からちょん切れてしまう。生え変わるたび、もうひと回り、前衛的でボリューミィなしっぽになるのだそうだ。
何も知らないのをいいことに、でたらめなものまで押しつけられている気はするが。
おかげで、翌朝を迎えるまでの『猶予』でしかなかった睡眠を、少しは具合のよいものにしてあげようと思えるようになった。

