【小説】冷凍みかん 最終話(全8話)
焼きみかん
「ごきげんだね」
あまりにも的外れな言葉が、頭の上から投げかけられたものだから、自分が何をしていたのかさえ吹っ飛んでしまった。
厳しい暑さも和らいで、待ちに待った秋の気候なのに、何をする気も起きず、連日庭に出ては、草木をいじっている。夏には刺すような日差し、冬になれば凍てつく霜に焼かれながらも、直向きに成長していく植物たちは、本当に勇ましい。
陶芸教室から持ち帰ってきた小鉢たちは、庭を囲む腰ほどの高さの石塀に、何に使うでもなく並べてあった。そのうちのいくつかには、合わせて作った陶製の花留を沈めており、気まぐれに水を注いでは、剪定した枝や花を挿したりしている。時折、わが家の庭では見かけない種類の植物が、ちゃっかり挿さっていることも。見知らぬ誰かとの、交換日記のような風情を感じ、萎れるまでそのまま飾っておいた。
声がした方へ目をやると、石塀の上に、絶妙なたるみの小鉢が1つ増えていた。およそ1ヶ月ぶりに現れたペンギンは、少々ふっくらしたように見えた。
「『シオマネキ』が、まだ飛んでいるじゃないか」
でたらめなことを、ペロンと言ってのける。植木鉢の縁では、銀色のシオカラトンボが、夏を乗り越えた身体を労って、ひと休みしていた。気分がよいと、どうにもムズムズして、何でも構わないから、つい言葉を発したくなるものだ。実際のところ、それが正しいかどうかなど、わざわざ取り立てて騒ぐほどのことではない。
「ね」
投げやりな気持ちのまま、いいかげんな相槌を打った。あまりにも無責任で、ただ、これまでのどんな心配りよりも気の利いた1文字に、ストンッと肩の力を抜くことができた。
やけに声がモグモグしていると思ったら、台所に食べ残していた、チキンナゲットをかじっているようだ(むやみに倫理観を押しつけるのは野暮というものだろうから、これも敢えて掘り下げはしなかった)。
ごきげんなおにぎりは、隣に並んでいる初対面の小鉢たちを、おざなりの言葉でつるつると褒めまわしている。素直に称賛を受け取ってから、誰がモデルかを伝えると、とたんに気難しい顔つきになり、口をつぐんでしまった。かしこまった面持ちで、小鉢を1つずつ手に取り、匠の眼で、真剣にくるくる転がし始めた。
「…彼らには、まだまだ『伸びしろ』があるね」
隅から隅までじっくり鑑定し、ようやく口を開いてくれた。気を悪くしたのかと思ったが、すっかり元の涼しい顔に戻っていた。
そろそろ、よもぎ動物園へ帰る頃かと尋ねると、ちょうど今、帰路の途中だという。風が涼しくなってきたので、草っ原や屋根の上で、気ままに寝泊まりしながら。
この時期は、動物園を囲む銀杏の葉が金色に瞬いて、それはそれは見事なのだそうだ。葉が落ちれば、みんなで集めて火を焚き、さつまいもやみかんを焼いて食べる。(『焼きみかん』を知っているのは意外だった)食べ物のことになると、恍惚と至福の表情を浮かべ、美味しい記憶に包まれながら活き活きと話す姿が、心底羨ましかった。
来年の夏は、みかんを3個、冷凍しておこう。手のひらや頬の熱を冷まし、ほどよく溶けたシャリシャリのみかん。残り1個に座りながら、ぜひとも堪能してもらおう。
──あと2ヶ月もすれば、また冬がくる。
