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【小説】冷凍みかん 第6話

たるみ小鉢

 ぢりぢり容赦なく日差しが襲い、蝉たちは、負けじと本腰を入れて鳴きはじめた。快適な温度を保たれた教室の中で、他人事のように窓の外へ目をやりながら、のんびりろくろを回す。

 涼しげな並木の続く川辺に面した、木造一戸建の陶芸教室。玄関への砂利道を挟んだ細長い庭には、花の見頃を終えた紫陽花やギボウシ、斑入りの石蕗など、山野草たちが雑多と生い茂る。その隙間からは、飾られているのか、放っておかれているのか、陶器の欠片や小さな植木鉢が、ちらほら見え隠れしている。木枠のガラス戸を引いて教室へ入ると、古びた木製のテーブルや椅子が並べられており、小学校の図工室にいるような懐かしさに包まれる。

 ラジオからは、馴染みのあるクラシカルなピアノの旋律が、控えめに流れている。音響はあまりよくないが、むしろそれが、室内のレトロな雰囲気を、より一層引き立てていた。朝一番の教室には、他の生徒は、せいぜい3〜4人程度。決まりごとがある訳ではないのだが、ピアノの音量に合わせて、何となくひっそりと言葉を交わしている。

 左利き用に切り替えた電動ろくろが、微かな機械音とともに、テラテラと濡れた土の塊を乗せて、時計と反対方向へ回転している。右手は、土の外側から、全体の形が歪まないように支える。左手は、5時〜6時あたりの内側に当てて、中指と人差し指で土を伸ばしていく。
 茶碗・平皿・花瓶など、どんな形を作るにも、まずは円柱形に、土の壁を真っ直ぐ上へ伸ばしていかなければならない。常に垂直を意識しなければ、ついせっかちに、完成形へ寄せていってしまう。手のひらの丸みに沿って伸ばすのが心地よいようで、気が緩むとすぐに、烏瓜のような丸っこいフォルムになる。口が広がったり、丸く屈んでしまったら、両手で包むように押さえ、優しく力を加えて垂直に整える。目的の高さまで伸ばせたら、そこでようやく、全体の形を作っていく。爪を短く切った指先を、土の表面に添え、慎重に力を加えて、少しずつ曲線を膨らませていく。

 水をなみなみ注いだコップを、お盆に乗せて運ぶとき、敢えて、お盆を支えている両手に意識を向けてみたことがあった。とたんに、どのように均衡を保っていたのか、左右の力の加減が分からなくなった。お盆はガタガタと震え、あっという間にずぶ濡れに。その感覚に似ているなと、気が逸れたとたん、せっかく整っていた土壁は、大きくへしゃげてしまった。


 ──先週のことだ。

「『からし』はあるかな」

 冷蔵庫がしゃべった。
 扉を開けると、また、ペンギンが座っていた。ちくわの真ん中に、オクラの浅漬けをまるまる1本、せっせと詰め込みながら。
 どうやら、わが家は、移動拠点として都合のよい位置にあるらしい。彼もまめな質ではなさそうなので、いちいち断っていないだけで、これまでも気づかないうちに、ちょくちょく居座っていたのかもしれない。

 醤油皿に、チューブの和がらしをちょんと絞ると、ちくわと奮闘している彼のそばに置いてやった。ついでに、6月に仕込んだ梅シロップを、炭酸水で割って振る舞った。今年は、りんごや苺、グレープフルーツなども、試しにそれぞれ、氷砂糖とお酢に漬けてみたが、やはり、香りも風味も、梅が抜群に優秀だった。

 夏休みのイベントとして、ほっかむり動物園の猿山で、子猿たちの『木のぼりデビュー』が話題になっている。今回は、その引率を任されたのだそうだ。差し入れには弁当を計画しており、おにぎりの具材を研究しているのだという。
 梅干し・鮭・おかか・昆布…。とりあえず定番をつらつらと挙げてみたが、眉間に皺を寄せて、露骨に不満を訴えている。どうやら、おにぎりに関しては、一家言あるらしい。
 古株鎮座によるマンネリ化。具材の革新的なひらめき。土鍋炊きごはんの魅力。サンドイッチの誘惑。梅干し克服の壁。『おにぎらず』はおにぎりにあらず。海苔の生産地へのこだわり。などなど。
 そして、自らがおにぎりと同じ配色、またフォルムであることを、誇らしく語っていた。

 先ほどから、うれしそうにちみりちみりと舐めている、琥珀色のソーダが、梅干しと同じ原料だと知ると、珍しく声をあげて動揺していた。裏切られた憤りはあるものの、この新たな出会いも捨て難いようで、心の内の葛藤を、くるくる変わるおもしろい表情でこぼしながら、しばらく黙っていた。
 結果、聞かなかったことにしたようだ。引き続き、ソーダを美味しくやりながら、具材談議で盛り上がった──


 土壁を丸く広げていく際、左手の、内側から押さえる力が甘かったようで、土の中の僅かなざらつきに引っかかり、大きく抉れてしまった。底から立ち上げた壁の厚さもそうだが、伸ばしていく過程で厚さに差ができても、途中で修正することはできない。この場合、抉れた所までカットして、予定よりも低い器に仕上げるしかない。
 せっかく丹念に作り上げてきた形を崩すのが惜しくて、切り離さないまま、極力、均等に平してみようと試みる。ある程度は整ってきたものの、抉れた部分に土の歪みが少し残っており、ろくろがひと回りするたび、「ぽくん…ぽくん…」と波打つのが、指先に感じられた。
 この、手で触れていなければ分からないような『こぶ』に愛着を感じ、一種の味と捉えて、これで完成とした。

 和え物や佃煮を取り分けられるような、いろいろな形の小鉢を作ろうと思っていたのだが、なぜだかどれも、同じような洋梨形に仕上がってしまう。よほど、あのフォルムがお気に入りなのだろう。
 開き直って、夢中でおしゃべりしているペンギンの姿を思い描きながら、思い出し笑いを誤魔化しつつ、煩悩まみれで粘土を捏ねた。
 理想的なたるみ。
 絶妙な腰のひねり。
 悩ましげに首を傾げた、愛らしい不格好な小鉢が、次から次へと出来上がった。



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