【小説】冷凍みかん はじめに/第1話
◆はじめに
本作に登場するペンギンは、学生時代、音楽サークルで組んでいたバンド「冷凍みかん」の、学祭ライブ用パンフレットから生まれました。

当バンドとペンギンとは、これといった繋がりがある訳ではなく、「冷凍みかん」→「冷凍庫」→「ペンギン」と連想して、私が勝手に描いたキャラクターでした。
そのフォルムがなかなか気に入って、座っているみかんもひっくるめて、粘土で貯金箱を作ったほどでした。

この貯金箱に添えた挿話を、少し膨らませたのが、本作の第1話です。
当初は、第1話のみで完結の超短編にする予定でしたが、いざ書き上げてみると、なんとなく物足りないような。。
そこで、コンセプトとしている“大人向けの童話”について、改めて考えてみることにしました。
「なぜ、前向きな気持ちで楽しめる作品にばかり拘るのか」
休みなく繰り返さなければならない、インプット・アウトプットに翻弄されながら、本能的な使命感をもって、律儀に時代を刻んでゆく人々。それでもなお、自我を失わないようもがく姿は、いち生物としての“生”への執着そのものだが、反面、絶対的な支配力を誇る“生”に対し、懐疑心も持ち合わせている。
複雑に拗れてしまった「人間」と、実直に“生”を全うする「植物」との、コントラスト。その魅力に焦点を当てることで、日頃、表に出すまいとしている「本音」と、真摯に向き合うことができました。

ちゃっかり本編に盛り込んで。
◆第1話
冷凍みかん
蒸し暑いのに、喉はカラカラで、薄暗いうちに目が覚めた。
冷凍庫を開けると、ペンギンがいた。
昨晩入れておいた温州みかんが、お尻の下にちらりと見えた。短い両足で挟み、お腹を被せるようにして、器用に座っている。ぷてんとして、なんともおさまりがよい。つきたての鏡もちを、まるごと逆さまにしたら、こんな具合にとろけるのではないだろうか。
懐っこく、首を伸び縮みさせて、まじまじとこちらを見ている。
「今年は、早いうちからずいぶん暑いね」
まるで、縁側に座っているご近所さんのように、ケロリと声をかけてきた。背丈の割に低音の、よく通る声をしている。
「お茶なら、下の扉だ。ほどよい濃さに出来上がっているよ」
冷蔵庫に半日漬け置いている、水出し緑茶のことだろう。お湯で淹れるよりも時間はかかるが、冷たい水でじっくり時間をかけて濾した方が、甘くまろやかに感じられる。茶葉の涼しげな青色も持ちがよいので、夏になると、ミネラルウォーターを箱買いしては、よく仕込んでいる。
とはいえ、初対面の彼を放っぽって、一旦扉を閉める気にもなれず、かといって、気のきいた返事も思いつかないので、ただただぽかんと佇んでいた。
固まっている私を覗き込みながら、特に慌てる様子もなく、みかんから降りようともせず、彼は、ポコポコおしゃべりを続けた。
勤め先は、銀杏の木にぐるりと囲まれた、よもぎ動物園。銀杏たちは、威厳の湧き立つ老齢の大木で、夏には、みずみずしく濃い緑をめいっぱい放つ。みんな、空にばかり見惚れて、小さな動物園のことを忘れてしまうほど。そこで、退屈な夏の間だけ、あちこちの動物園や公園をまわり、お手伝いをするのだそうだ。
ひりつくアスファルトを避け、道の木陰や庭先の茂みを辿って、手近な冷凍庫で休み休み。卓越した器用さと細やかな気配り(本人がそう言っているのだ)が評判を呼び、毎年、梅雨の終わり頃になると、頼みごとのお便りが、方々からたっぷり届くようになった。
──開けっぱなしの扉から、ふぬけた冷気が緩やかに波打って、床に広がっていく。抱えてテーブルの上に…とも思ったのだが、自立している彼を持ち上げるのは、品位を損ねてしまうことであり、ひどく失礼のような気がした。
ひとまず、立ちん坊のまま、聞き手におさまることに。
つむじかぜ動物園では、カワウソたちの鼓笛隊へ参加。音が欠けているリコーダーの代わりに、『ド』と 『ファ』の係をやってのけた。
「五線譜を高く飛び越えたところの 『ド』は、特に好評だったね」
裏声に頼ることのないスパンと爽快な響きは、他の演奏者たちが感動して、思わず、リズムがほんの少し躓いてしまうほどだったそうだ。
あんずあめ動物園では、ふれあいコーナーへの案内係を任された。毎年、黒ぶちのヤギが、百円のにんじんスティックコーナーへ、やたらとお客を連れて行きたがる。うさぎやアヒルたちのところへも平等に案内するには、道順の工夫や、ヤギの説得など、諸々のコツがいるのだ。
らくだ色公園では、フラミンゴの羽根をすいてやった。マーブル調に白や橙色も混じった、ふかふかの甘いサーモンピンク。その色が鮮やかであればあるほど、健康の証であり、仲間内でも風格を示すものなのだという。
「足も、すらっと優雅でね…」
うっかり、軽率な相槌を打ってしまい、彼の声が小さくなったことに気づいて、ハッとした。いや、その、決して短いのがいけないという訳ではなくて──
うつむいた鏡もちに、よくよく耳を寄せてみる。
「とある冷凍庫で失敬した、桜のジェラァトは絶品だった…」
彼の頬こそ、桜色に火照らんばかりに、うっとりと思い出に浸っていた。『サーモンピンク』のあたりから、話題は大きく逸れていたようだ。
それにしても、よくしゃべる。はじまりは何だったか。いや、何もなかったような。出合い拍子の衝撃を思えば、冷凍庫を開けたとたん、色とりどりのピンポン玉が、好き放題に跳ねてこぼれ出てきたようだった。
そういえば、まだ、彼の名前も知らない。
よもやま動物園では、リス小屋の飼育係の、お誕生日会の準備。リスたちの先生となって、おりがみを切ったり貼ったり。リス小屋は大所帯なので、作り方を覚えてくれれば、輪っか飾りなんて、あっという間に長く長く繋げることができた。主役には内緒のため、掃除やごはんの時間になると、木のうろや寝床に隠して、こっそり計画を進めていったのだそうだ。
昨年は、くす玉を仕掛けたそうで、「まんまと命中した」と得意げだったが、少々物騒な言いまわしに、くす玉の使い方を勘違いしていないか心配になった。また、毎年、当日まで気づかないふりをしておいてやる飼育係の様子を思い浮かべ、それもひっくるめて、こそばゆい愛おしさで満腹だった。
「──さて、そろそろ出ようかな」
ひとしきりおしゃべりを終えると、お尻に敷いていたみかんを、うやうやしく差し出してきた。こっそりもぐり込んだお詫びに、温めておいてくれたのだそうだ。どうやら、誤って冷凍庫に入れられたものと思っているらしい。
冷んやりシャリシャリになる予定だったみかんは、人肌ほどにぬくぬくしていた。
目指すは、ハッカ水公園。遊具の傍に置かれたベンチに、山葡萄の蔓で、日除けの傘を編むのだそうだ。外はまだ、東の空がうっすら白んできたところだが、公園までもう少し歩かなければならないので、涼しいうちに出発しようというのだろう。
慣れた手つきでいりこを一掴みしょいこむと、次の冷凍庫へ、颯爽とかけていった。
