ジークアクスを振り返る⑥悪の勝利:シャリア・ブル(シロッコ)総括:のりかな突発250802
「戦後の地球を支配するのは、女だと思っている。」

というわけで今日はまず、この台詞について考えてみましょう。
これはもちろん、シャリア中佐のセリフではありません。
彼です!
↓

https://nlab.itmedia.co.jp/research/articles/370448/
木星帰りの男、パプテマス・シロッコ氏の有名なセリフですね!
シロッコ氏はフェミニストのいい奴なのでしょうか?
もちろん違います(笑)。
:
「戦後の地球を支配するのは、女だと思っている。」
:
女性ではなく、「オンナ」という言い方が侮蔑的ですし、
「支配」という言い方は冷笑的です。
冨野監督はシロッコの尊大な性格を、台詞一つで上手に表現していると
思います。
:
シロッコは「機動戦士ガンダム」の続編、「機動戦士Zガンダム」に
登場した、名悪役の一人です。
彼の企みは主人公、カミーユ少年の捨て身の特攻により潰えます。
「お前だ!いつもいつも、脇から見ているだけで、人を弄んで!」
(byカミーユ↓)

富野監督作品では、シロッコのような「事態に深く関与しておきながら、
自らは傍観者を決め込んで静観しようとする人物」を極めて否定的に描くことが多い
(ピクシブ百科事典「カミーユ・ビダン」の項より引用)。

最終回、カミーユの駆るZガンダムがウエイブライダーに変形して突撃、
機首がシロッコの乗機ジ・Oのコクピットを貫通します!
悪は滅びますが、カミーユ少年もまた、断末魔のシロッコに魂を
引っ張られ、精神を病んでしまいます。
勧善懲悪ですが、主人公も悲劇的な結末を迎える、Zガンダム。
初代ガンダムと違い、ややビターなエンドといえます。
:
さて、ジークアクスの話をしましょう。
僕は上のシロッコの説明で、「名悪役」とか「企み」といった価値判断を
あえて用いました。
というのも、シロッコはそんなに悪い奴じゃない!と考えるガノタが
けっこうおられるようなのです…。
彼の性格はともかく、シロッコがやろうとしたことは少なくとも、
主人公サイドの理念と実は、同じなのでは?
…といった具合に。
:
ガンダムシリーズに限らず、物語には「悪役を擁護したがるファン」
というのが一定数現れると、僕は思っています。
悪役を「本当はこう解釈するのが正しい!」と善玉にしたり、パッとしない
キャラを活躍させたりする、二次創作を作りがちというか…(笑)。
二次創作で原作の価値転倒を図り、それを「監督の本音」と主張する。
それはなぜなのか?
自分は他の有象無象のミーハーどもより詳しい、特別な「分かっている」
オタクだという自意識が生まれるからでしょうか?(笑)
:
…僕自身、そういう厄介オタの一人という自覚はありますし、
だからこそ「俺だけが本当のジークアクスを分かっている!」と
自負しているかのような厄介な文章をこうして、書いています(笑)。
鶴巻監督もガイナックスもカラーも、庵野監督も基本的には、
こういう厄介オタの一員と主張しても、異論は出ないと思います。
(厄介オタは、作品の解釈の幅を広げてくれる有益な存在だと思いますが、
権威化すると他の様々な解釈を抑圧するので有害になります。)
:
さて、そんな「分かっている」ガノタたちが創ったのが
ジークアクスという、二次創作アニメです。
機動戦士ガンダムの一年戦争終結から7年後の、宇宙歴0087年が
続編「Zガンダム」の舞台でした。
ジークアクスの本編の舞台は、宇宙歴0085年であることを考えると、
ジークアクスは初代だけでなく、Zガンダムの二次創作でもある、
と考えられそうです。
:
ジクワにはシロッコは登場しません。
鶴巻監督が映画のパンフレットで、わざわざ「シロッコ出禁」について
言及しています。↓

宇宙歴0085年にはまだ、シロッコは木星から帰ってきてません。
しかしパンフのインタビュー欄の限られた文字数の中で、鶴巻監督は
なぜシロッコに言及したのか?
別にシロッコだけでなく、ランバ・ラルもガルマも出てこないのに。
ハマーンもサラもジェリドも出てこないのに。
シロッコに特別な思い入れがあり、観客にそのことを気付いてもらいたい、
というサインだと僕は感じました。
「登場しないこと」に意味があるという意味では、第3回で言及した、
アムロやクスコ・アルと同じですね♪
↓
ジークアクスを振り返る③シイコ・スガイ(クスコ・アル)総括:のりかな突発250709|のりかな

第三回は、四話感想というかシイコ総括!
「なぜアムロが登場しないのか?」→「実は登場(戦死)していた!」
ジークアクスを振り返る①第一話感想:のりかな突発250701|のりかな

ジークアクスを振り返る②三話までの感想:勧悪懲善:のりかな突発250703|のりかな

ジークアクスを振り返る④番外編:感想批評総括:白黒でなく虹色に:のりかな突発250712|のりかな

ジークアクスを振り返る⑤映画編:ジオンは連邦に勝てるのか?:のりかな突発250719|のりかな

そもそも国力30倍の連邦にジオンは勝てるの⁉
ジクワ映画版から最終話までの約半年、平均5千字×31記事=約15万5千字
(新書1.5冊分!)の感想記事の山を、表紙の解説に絞って要約した振り返り
記事を何度かに分けて投稿していきます!
:
ガンダムのテレビ版43話を、映画3つに要約するようなものですね(笑)
(テンプレ終わり☆)
:
さて、記事のテンプレ紹介はここまでにして、本題に戻りましょう(笑)。
なぜわざわざ、シロッコが登場しないことを、監督はパンフで強調した
のか?
「それは、ジークアクスの影の主役が、シロッコだからだ!」
by池田秀一

「ジクワ制作陣と、読者の方々には、突然の無礼を許していただきたい。」
話の前に、もう一つ知っておいてもらいたいことがあります。
ジクワには「木星帰りの男」シロッコは登場しないが、それは方便で、
もう一人の「木星帰りの男」シャリア・ブルは登場します!
そしてシャリアは、テレビ版の真面目で不器用な男ではなく、
シャアに感化され、シロッコ化した尊大な人物として、中立サイドの
イズマコロニーに軍艦で乗り付けます。
この人物が、シロッコのいわば名代として、最終話で裁きを受けるどころ
か、アルテイシアという女性を傀儡として、地球圏を支配するという、
シロッコの野望を実現してしまう、そのジクワの結末は、ザビ家のやり方
より悪質であると気付く!
:
クワトロ演説風の喋り(笑)はここまでにして、Zガンダムの結末と、
二次創作であるジクワの結末を比べてみましょう!
:
前述の通り、Zガンダムではシロッコは主人公に討たれますが、
注目すべきは悪党の最期らしい、断末魔の顔芸(笑)です。

悪役然とした絶叫(右)ののち、呪いの言葉を吐きながら絶命(左)するシロッコ。

ロード・ジブリールとかいう再評価がいまだされない男 : 機動戦士ガンダムとヒーローロボットが好き
少なくとも冨野監督は、「善の敗北」でなく、「悪の最期」という
演出意図を持っていたことが伺えますね。
にもかかわらず僕らは、「そんなはずはない!」と考えてしまう…。
悪の命がけの主張に、僕らが共感するからなのでしょうか…?
:
ジークアクスというアニメは、悪役に共感した鶴巻監督が、冨野監督の
原作に対して、以下のような価値転倒を図った二次創作アニメだと、
考えられないでしょうか?
①「連邦が勝ち、ジオンが負ける(べきではない!)」
②「シャアが死に、アムロが生き残る(べきではない!)」
①②は第5回までの記事で確認しましたね。
この監督の欲望を仮託されたのが眠り姫ララアであり、実際にジクワ世界
を、シャアとジオンに都合よくリライトする力を与えられていました。
そんなララアは、③「ララアはシャアとこそ、結ばれるべきだ」という
価値転倒の欲望を持っています。
鶴巻監督は、ジオン、シャアに加え、シロッコというヴィランにも惹かれて
いるのではないか?
ただ、アムロの死を伏せがちに表現したように、シロッコ本人を直接活躍
させるとアンチが炎上するので、同じ「木星帰りの男」をシロッコ化して
勝者にする。
シロッコと違い、「ですます調」で喋るシャリア中佐の方が、性格美人で
ぱっと見、悪党に見えないので角が立たない。
こういう意図があったと仮定すれば、シャリア勝利というジクワの結末の
謎だけでなく、そもそもシャリアの性格をテレビ版とは別人に豹変させた
謎についても、説明できるようになります。
④「シロッコは主役に懲悪される(べきではない!)」
といったところでしょうか?
この悪への傾倒、思い入れの強さはなんなのでしょうか?
:
果たせなかった恨みつらみを吐き出しながら絶命するのは、悪の華と
いえます。
ヴィランの叫びは、非難は、問題提起は、ときに視聴者の心を打ちます。
主人公サイドが本当に正しいのか?
この社会は間違っているのでは?
悪党の言い分こそ正しかったのでは?
デスノートの夜神月やゴジラは、命を代償に、爛れた社会を糾弾するから
こそ、私たちに愛されるのではないでしょうか?

シン・ゴジラでも、東京の真ん中でゴジラこと牧博士は思いの丈を
(文字通り)吐き出します。妻を見殺しにした日本人と日本政府への怒り…。
その恨みのエネルギーは視聴者の心を打ちますが、出し切ってスッキリした後の
ゴジラは魅力を失い、実際に弱くなります(笑)。
赤穂四十七士は、切腹して散るからこそ華なのであって、
江戸幕府を打倒してしまったら、新たな権力者になるだけです。
僕のようなオタクは大体、社会不適合者なので(笑)、悪党の主張に
共感してしまうと思います。
でも冨野監督は、自己批判の刃を悪党自身にも向けるので、
悪党「こそ」正しいのだ、という単純な一元論にはしない、バランス感覚と
倫理観があると思います。
機動戦士ガンダムの小説版はしかし、集団制作のアニメと違い、富野監督が
一人で執筆したものなので、そのタガが外れてしまったように思います。
「アムロが死に、シャアが勝つ話」。
そしてそれを、「小説版を知っているオタク」は冨野氏の本音と受け止め、
選ばれた俺だけが知っている「真のガンダム」だと思ってしまう。
:
「隕石を落として旧人類どもを滅ぼしたい」というのは、鬱屈したオタク
自身の本音であって、「富野監督もそう言っていた!」と自分の欲望を
権威付けしたいから、冨野オタはテレビ版でなく、小説版ガンダムこそ
聖典と仰ぐのではないでしょうか?
小説版や冨野メモで、「冨野監督もこう言っていた!」と権威を借り理論
武装し、子供の頃に否定された鬱屈した価値観を、社会に認めさせようと
する、その創作のエネルギーが、シン・ゴジラやシン・シリーズを
生み出したのではないか?と僕は思います。
そしてシン・ガンダムも…。
:
ミーハーはテレビ版(大乗仏教)を、しかし俺たち「分かっている」オタは
小説版(小乗仏教)こそを、富野監督の本音、本物と考える。
でもそれは、「そうであってほしい」という彼ら自身の欲求が、
そうさせるのではないでしょうか?
(そして冨野氏の「もう一方の本音」は無視してしまう。
アムロやカミーユを消してしまう…。)
:
「天才の足を引っ張ることしかできなかった俗人どもに何ができた⁉
常に世の中を動かしてきたのは、一握りの天才だ!!」
というシロッコのセリフ。
僕のような厄介オタはこういうセリフが大好きです、スカッとします!
よくぞ言ってくれた冨野監督!
俺を理解しない俗人ども滅びろ!(笑)
…でもそれを、「いかんいかん!」と自制するのもまた、富野監督の
本音ではないでしょうか?
だからこそ、富野ガンダムは信頼が置け、作品は多声的になる。
善と悪が互いを批判し合うからこそ、お互いの価値観が際立つ。

作者と読者が悪党(主役)と同一化し、彼の主張が向かうところ敵なしで
実現していくのであれば、異世界チートになってしまいます。
この自制が外れたジークアクスを例えば、現代アートの巨匠、村上隆氏が
激賞しているのも、僕的には理解できる気がします。
↓
超豪華ゲストと語るジークアクス大総括!〜純愛?オカルト?日本神話?ジークアクス、俺はこう見たスペシャル!!【山田玲司-503】 - YouTube

まさに彼らの頭上に隕石を落としたい思いだったろうし、改革者シャリアが
勝利する結末は、自身の成功と重ねられるものだったのでは…と思います。
ジークアクスを褒めるということは、言い換えるとなんだかんだで
悪党に制裁を課してきた、これまでの冨野ガンダムには不満があった、ということでしょう。
ジークアクスではアムロの死やカバスの館、キケロガといった用語選びに、
小説版や冨野メモへの制作陣の偏愛が感じられます。
しかし「隕石を落としたい」というのが冨野監督の本音だとして、
「それを阻止しなければならない」というのも監督の本音でしょう。
その拮抗こそガンダムの魅力だと、僕は思うのですが…。

「シャア!なんでこんなものを地球に堕とす!これでは、
地球が寒くなって人が住めなくなる!核の冬が来るぞ…!」
「逆襲のシャア」のアムロのセリフです。
ネオジオン総帥となったシャアの周りには、彼の崇拝者や、権威を
利用しようとする輩しかいないエコーチェンバー状態となっています。
そこではシャアもまた、ファンに期待される役割、
総帥という仮面を身につけざるを得ない。
「地球に住む人たちは、自分たちのことしか考えていない!」
シャアの本音は、自分を全否定するアムロにぶつけられます。
アムロがいてこそ、シャアはシャアになれるのだと僕は思います。
スタジオカラーでは、「シャアこそ冨野監督の本音だ!」という意見に
反駁する意見は出なかったのでしょうか?
(それこそ庵野や鶴巻といった権威(=シャア)に反論するアムロ的人物が
スタジオからミュートされてしまったのか…?)
:
:
「本音」というキーワードが出てきたので、少し脱線して、ジクワ5話
感想記事の振り返りをしましょう!

ニャアンに荷物を持たせるマチュの画像と、Gガンのバーサーカーモードの画像を使いました。
5話はマチュとニャアンの内心、二人のシュウジに対する張り合い、
競争心が暴露された回でした。
でも二人の友情が「建前」つまり嘘で、シュウジを巡る敵がい心が「本音」
つまり真実、なのでしょうか?
オメガサイコミュのキラキラが、Gガンダムのバーサーカーシステムの
ように、良い子ニャアンの黒い感情をスキャンダラスに暴露し、彼女を
人殺しにしました。
「ほらこんな良い子だって、うわべだけで、本心は人殺しなんだよ?」
…なるほどシロッコなら、鶴巻監督なら、俗人の本音など醜いものだ、
と考えるのかもしれません。
(だから天才が管理してやらないといけない!)
マチュはニャアンに荷物を運ばせたり、ちょっと兄貴分というか姉貴分
みたいな感じに振る舞っていたのかもしれません。
でもその振る舞いにカチンときても、その本音をぶつけるよりは、マチュと
仲良くしたいという「本心」が強かったから、口に出さなかった。
その本心を踏みにじられ、本音を強制的にカミングアウトさせられた
ニャアンは不幸だと感じましたし、5話もむしろそういう演出意図なの
だろうと考え、当時この記事を書いたと思います。
「友情のために、本音を隠したい」というニャアンの本心が尊重されず、
暴露により踏みにじられた悲劇。
黒い二連星の電撃バリバリ攻撃に腹が立ったからといって、オメガ
サイコミュに暴露を強制されなければ、二連星を殺害まではしてなかった
はずです。
:
カミングアウトを強制することをアウティングと言うらしいです。
最終話まで観終わった今では、鶴巻監督はシロッコやシャリア的な
心性で、ニャアンをアウティングしたのでは?と勘繰ってしまいます。
「君の本音を晒しなさい。君だって本当は悪党なのだろう?」と。
:
「シュウジを巡る、マチュに対する嫉妬」と、「友情のためにそれを抑え
なきゃ」という感情は、拮抗する本音どうしのはず。
二連星に対する殺意も同様でしょう。
なのにオメガサイコミュは、鶴巻監督は、前者を本音認定し、増幅し、
抑制を嘘、建前と認定してミュートしてしまう。
結果、ニャアンは殺人狂となり、監督は「これが君の正体だよ」と囁く。
冨野監督の機動戦士ガンダムから、「これが冨野氏の本心だ!」と
シャアを増幅し、アムロをゼクノヴァしたのと同じことですね。

:
ジークアクスという物語において、或いはオメガサイコミュによって
増幅されるのは、本音認定された欲望であり、それを抑制する良心は嘘、
建前と認定され、ミュートされてしまう。
だからアムロは最初から戦死扱いとなるのですね。
そして、自分の後ろ暗い感情を見せつけられたニャアンは、「これが私
なんだ…」と自分への自信を無くし、「どうせ自分は悪党なんだ」と
抑制のタガが外れ、自暴自棄になっていきます。

彼の裏切りを見ても、既に自己嫌悪と
人間不信に陥ったニャアンは驚きもしません。
ジフレドのパイロットの座を巡る、学友への嫉妬を自分の本心の
全てと思い込み、増幅させ、学友への友情を、こんなの偽りだとミュート
してしまうミゲル青年。
そのうちに、後ろ暗い欲望を実現するために、本当に友情を偽るように
なる。
ジクワ世界では、誰もが心に仮面をつけ、シャア化し、他人を、自分をも
偽るようになる。
繰り返すようですが、ジクワ世界にはアムロはいないのです。
シャアに都合が悪いからと、ララアによってミュートされてしまった。
シャアを食い止める「良心」だったアムロを、「良心なんて子供向けの
ロボットアニメにするための建前でしょう!富野の本音はシャアだ!」
と考える、鶴巻監督は消去した。
アムロのいないガンダムが、なぜ「シンのガンダム」なのか。
僕には理解できませんね…。
アムロがいなければ、シャアは思いの丈をぶつける相手がいなく
なってしまう。善悪の「葛藤」が描けなくなってしまう。

(「理解できない」と上で書きましたがウソです(笑)。
小説版こそ「シン・ガンダム」だと考えていた時期が僕にもありました。)
:
しかし悪に同一視し、悪を活躍させたいという気持ちはとてもよくわかり
ます。
自暴自棄になったニャアンは、いずれ友情を偽ってマチュに近づき、
シュウジの恋敵を殺す目的を達する、悪女になっていたかもしれません。
しかしニャアンにとって、シュウジはマチュを殺すほど大事なのか?
マチュとの友情を、「友情なんて嘘っぱちさ!」とかき消そうとする声
こそ、オメガサイコミュがつくった偽の欲望だったのでは?
自分の一時の感情に騙されず、マチュとの友情に気づいたニャアンは
悪党道を引き返すことになります。
その道の先には、シャアやキシリア、さらにその先にシャリアという、
悪党道の先輩たちがいる。
マチュは悪党に憧れ、ニャアンは諦めと共に悪党道に踏み込みましたが、
結局すぐに引き返しました。
「君たちにはまだ早い」とばかりに。
そしてシャリアはその目的を達しますが、もはや彼がなぜ、何を達成した
のか、よくわかりません。
:
欲望と抑制、悪と良心という二つの「本音」について、後者を嘘っぱち
だとする風潮、偏見は、いつぐらいから広まったのでしょうか?
冨野ガンダムと鶴巻ガンダム、1979年と2025年との間の40年弱の間に、
その偏見は増幅されたように思えます。
オメガサイコミュは、他人の悪を暴露するスキャンダルの暗喩…?
:
良い子やお隣さん、大物政治家や人気者の不倫や汚職を暴露したいという、
週刊誌やワイドショーの出歯亀根性、SNSの本音主義、勧善懲悪の逆、
「人間なんて一皮むけばみんな悪人だ」という、勧悪懲善。
メディアはこぞって、人間の醜い面ばかりを暴露し、見せつけます。
そのうちに誰も、他人も自分自身も、信じられなくなってしまう…。

たくさんの本音がぶつかり合っているのが人の心なのでは?
ひろゆきやホリエモンだって「視聴者に期待された本音」を
選んで喋って投げ銭を得ているわけで、ある意味建前です。
酒ならぬキラキラに酔って出た暴言は無礼講でいいでしょう!
それを本心だと誤解して自己嫌悪に陥るのはおかしいですし、
それよりニャアンはキラキラ使用(飲酒運転)を今後は控えた方がいい。

↑5話のニャアンと一致する画像を見つけました(笑)。
:
にしても飲酒時の振る舞いこそが「自分の本心、正体」
だと考えるのはよく考えるとおかしい…?
だとすると、酒を飲んでタガが外れた富野監督が
書いたガンダムこそ「シン・ガンダム」になってしまうし…。
メディアも正気を失くした有名人の写真を盗撮して、
「これが○○の正体だ!シン・○○だ!」と騒いでいるけど…。
「こういう一面もある」という情報を「正体」とまで言うのは
フェイクニュースなのでは?という気もしますね(笑)。
暴露主義が横行すると、誰もかれもが他人を、自分自身をも見下しながら
生きていくことになります。
誰もが心に仮面をつけたシャアとなり、自分の頭だけで考えた狭い目的、
狭い理想の実現のために相手を出し抜こうとする。
そして、昔のアニメにあった善と悪の拮抗を子供っぽい絵空事と考え、
リブートの際に「もっとリアルに、大人っぽくしよう」と善をミュート
してしまう。
そうして悪人同士のリアリティショーが出来上がる。
:
ここまでで、富野監督と鶴巻監督、機動戦士ガンダムとジークアクスの
差異はかなり明確になってきたと思います。
さらに踏み込みたいところですが、もう9千字超えたので、そろそろ
一旦締めないといけません。
:
僕はマチュに、ジクワ世界におけるアムロやカミーユの役割を期待して
いました。
前回の記事で書いた通り、マチュはいずれシャリアを殴るだろうと。

ニャアンの悲劇がマチュにまで波及し、シャリアの介入もあって、
マチュのコミューンが崩壊します。
6話でシャリアの「暗躍」がかなり明確になりましたが、ジクワ世界では
悪党は、より強力な悪党によってしか裁かれません。
次の話では、「キシリアをあえて今回は暗殺しない」という、なんのための
ドゥー嬢やゲーツの犠牲だったんだ⁉と思ってしまう深謀遠慮ぶりを
発揮しました。
「それもすべてシャリアの計算通り」だとすれば、シャリアが人間離れ
しすぎてないか?と当時疑問に思ったものですが、むしろ「人間離れした
悪党」にしようという、意図があったのですね。

「ボク何のために死んだの?」

キシリアを「あえて」殺らなかったシャリアを、「殺れたかも委員会」と諷しましたが、
制作陣はシャリアを「新世界の神」にするつもりだったんですね♪
:
少し飛ばし過ぎたので、次回はまず、シロッコと、ジクワ版のシャリアの
共通点を整理しましょう。
シロッコとシャリア、全然違うじゃん!と思っている方もいるでしょうし、
そもそもZガンダム観てない!という方のためにシロッコの解説も
必要です。
そのうえで、彼らが目指した世界とは何だったのか、
そして、ガンダムとその二次創作であるジークアクス、富野監督と
鶴巻監督、1979年と2025年のロボットアニメの相違について、
結論を出したいところです。
今現在、2025年8月3日、3時33分…。

リハビリとしての初代ガンダムと、緩和ケアとしてのジークアクス、
というような結論になりそうです。
「振り向くなアムロ」と「もうどうなってもいいや」の違い。
あと、悪党同士の中で、シャアやキシリアやシイコが、シャリアに対して
小悪党だった理由についても触れる必要がありますね。
ダメだ、あと1回では終わりそうもない!(笑)
というわけで!ではまた次回♪
Thank you for reading!
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元記事リンク↓
ジークアクス5話感想:殺意の暴露:「本音を隠したい」という本心を尊重しよう:のりかな毎日エッセイ250512|のりかな
ジークアクス6話感想:スキかキライか:派閥を越えて、2色を越えて虹色に:のりかな毎日エッセイ250519|のりかな
ジークアクス7話感想②:殺れたかも委員会:キシリア暗殺先送り?策に溺れるシャリア:のりかな毎日エッセイ250529|のりかな
あと、ジークアクス本編はアベマで!
機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス) (アニメ) | 無料動画・見逃し配信を見るなら | ABEMA
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:
ではまた♪
