見出し画像

これまでの「ジークアクス振り返り」総集編:のりかな突発250812

2025年8月10日、3時56分。
さて、始めましょうか。
最終章を。

参考→ https://www.youtube.com/watch?v=oJoBLIYZo54 
(BGM:主よ、人の望みの喜びよ♪)

これまでの「ジークアクス振り返り」


ジクワ映画版から最終話までの約半年、約15万5千字(新書1.5冊分!)の
感想記事の山を、表紙の解説に絞って要約した、
振り返り記事を何度かに分けて投稿していきます!


今、ジクワ・ロスに悩んでいる人は、すぐに次の推しアニメに飛びついて、
前の推しを忘れるのもいいかもしれない。
でも。

反省の無い人間は、動物と変わらない。

https://note.com/jolly_laelia296/n/n1969cc0668fb 
ティエリア「始まる…。」

「見て見ぬふりが出来ずに介入してしまう」のは、00のソレスタル
ビーイングも、思わず警察ザクを殴りに行ってしまうマチュも同じです。
「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」坊っちゃんも…。

スルースキルが低く、他人と衝突して揉め事をしょい込むのは、
「主人公」に必要なスキルといえます。

スルー出来ずに面倒ごとに介入した主人公には、悲惨な未来が待って
います。
「試練」ともいう。

試練にぶつかり、きれいごとを言っていられなくなるのも
主人公ならでは。

ぶつかると被害が出ます。
人と人がぶつかれば喧嘩に、国と国がぶつかれば戦争になり、死傷者が
出ます。
だから「スルーするのが一番♪」という考えも、それはそれで正しいと…。
(でも二人の衝突をキラキラさせているのは、…)

衝突のネガティブ面も、戦争を通じて描き、「それでも」出会いを肯定
できるか?
そう言うお話になると、この時点では予測していたようです。

https://note.com/jolly_laelia296/n/n6def0663ba0f 

ここで「悪(ヴィラン)」の定義を、「主人公(善)」と反転させて、
以下のように仮定しましょう。

不正に怒りを覚え、他人の不幸を放置できず泥沼にハマる人(善)

他人の不幸や不正を「参考」にして、「上手くやる」人(悪)

つまり悪を反面教師とするどころか、憧れたりお手本にしようとする人。

戦争を私怨の実現と、そのための出世の機会に利用してきたシャアは、
声無き弱者の代表である、アムロ君の反逆を受け、自滅していきます。
:
「仲間のために戦っている」のは、別にアムロ君だけじゃない。
ジオンの側だって同じです。

https://www.muddy-walkers.com/GDM/11.html 
11話。恋人の仇を撃つために、アムロに銃を向けるイセリナ嬢。

仲間の不幸を放置できない善人が、しかし同時に、(それゆえに)敵に対して
は容赦なく銃を撃ちます。
その矛盾と限界。
仲間想いの善人は、敵からすれば悪魔にしか見えません。

https://ameblo.jp/getter-jakiou/entry-10765458318.html  
↑ドズル・ザビ中将は顔は怖いけど、家族や部下想いのいい人です。

愛の範囲が狭いのが、旧人類の限界なのでしょう。
そしてそんな旧人類の悪弊を乗り越える存在として、物語の後半で描かれる
のが、新人類=ニュータイプです。
「仲間は大事にするけど敵は絶対に殺す」という旧人類の限界を超えた、
「戦争なぞせんで済む人類」がぽつぽつと現れ始める、という希望…

テレビ版ガンダムは、勧善懲悪の物語だと、僕は考えます。

コモリ少尉「本物のニュータイプなら、そんなことしないよ。」

「ニュータイプ至上主義」…「オールドタイプは排除しよう」と考える自称ニュータイプは、
ニュータイプではない愛の狭い人間(オールドタイプ)なのです。

マチュは警察ザクの悪を放置できず、思わず殴りに行きますが、その元凶で
あるシャリア、さらにその元凶であるシャア、も殴って改心させるはず。
…と予想していたのですが、外れてしまいました(笑)。

ガンダムの類型とは逆で、悪が勝利し、善が敗北します。

【冨樫義博】HUNTER×HUNTER モノクロ版 15 位置No70より。
ゲンスルーを地で行くシャリア中佐。

ジクワはいわば、勧悪懲善アニメだったようですね(笑)

手段を選ばないチート主人公(ヴィラン)がそのまま勝ち切る、というのが、
最近はむしろトレンドなのかもしれません。

https://note.com/jolly_laelia296/n/n0bb9e5629bfd 

シイコさんと聞いて、でも最初に思いついたのは、クスコ・アルでした。
:
偽名でC子と名乗り、名字を変えるために菅井氏と結婚した、年上の女性。
(でも小説版ガンダムを読んだのが昔すぎて…)
:
戦死したニュータイプの恋人とは、アムロ君のことだったんじゃないか?
:
ジクワ世界で幸運を手にし、贔屓されまくったシャアやシャリアがいる
一方で、割を食った他のキャラクターたち。
その最たるものがアムロ君…

https://renote.net/articles/16695 
「シャアがガンダムで活躍する世界⁉なら僕の出番はどうなるんだ?」
ジクワ版アムロはなぜ、最終回まで登場しなかったのか?
答え:4話ですでに登場していたから。↑
シイコの目の前で、赤いガンダムに堕とされた名も無きマヴが、
作者ララア(=鶴巻監督)に憎まれ活躍の場を奪われた、アムロ君だったのだ。

アムロを喪い、ジオンが勝利した世界では、彼女は英雄でなく殺人鬼、
戦犯になってしまいます。

…もちろんシイコは、ララアや鶴巻監督といった上位存在を知りません。
アムロが邪魔だから殺し、都合が悪くなるとシャアも消してしまう、
勝手な二次創作者。
そんな奴がいると知れば、シイコは許さないでしょう。
そんなララアの罪深さを知りながら、ララアを全肯定すると決めたのが
シュウジで、だから二人は殺し合うしかなかった。
ララアの罪の犠牲者代表であるシイコと、ララアの罪を認めながらも、
ララアを守り続け、手を汚す覚悟を決めた、シュウジの対決…。

「勝った!」

勝利を確信したシイコ。しかしその時…。

シュウジの赤いガンダムはなぜか消失。
次の瞬間、シイコのゲルググの背後にワープします。

(ララアによるプチ・ゼクノヴァ…?)

そのままビームサーベルで、ゲルググのコクピットを一閃するシュウジ。

ララアに憎まれない限り、シュウジやシャアは、実力で勝てない相手
(シイコやアムロ)に対しても、反則勝ちしてしまう。

ジークアクスの最終回は、シイコやアムロの理不尽な犠牲を贖えるもの
だったのでしょうか?

https://note.com/jolly_laelia296/n/n4a010d8da0b0 

今ここには、ジクワそのものに興味がある人々だけが残っている。

(ワールドカップの後のサッカースタジアムと同じですね♪)

「ニュータイプ」や「オールドタイプ」も、宇宙世紀になって新たに
作られた派閥でした。
派閥が新たな不和と、戦争を生む。
派閥の中では、例えばトランプ氏を非難する意見なら何でもありになる。
「お前それは言いすぎ…」という自浄作用が働かず、過激な意見ほど
「よく言った!」と歓迎されるから、ますます分断の溝が深くなります。
そしてネット上で、或いは物理空間でミサイルを打ち合うようになる。

スキ派とキライ派が対立し、競争しているだけでなく、それぞれの派閥内
でも忠誠心の競争が行われます。

読者にスキ度やキライ度をアピールし合う(ジクワの)感想記事。

https://ameblo.jp/hairi2012/entry-12393325653.html  
「SNS戦争が人々を、狂わせているんだわ!」
冨野監督がどんな気持ちでガンダムシリーズを作り続けてきたか、
今ではよくわかる。無駄な抵抗を続けていたんだ。
だからこういう悲痛なシーンを描けるんだろう。
そしてSNSではそれを、「シャクティが狂ったシーン」と笑いものにする。

「おかしいですよ!」byウッソ

タイトルやサムネを見ただけで、スキ派かキライ派か、どっち推しか
伝わってくるような記事を、僕は極力読まないようにしています。
 :
…スキ派にアピールするためにネガティブ面を知りながら歪めているか、
記事で触れてないか、つまり精度が低く、誠実でなく、情報量も少ない。
コスパタイパが低い記事と予想されます。

でも栄養の塊みたいな記事はランキングの奥深くに眠ってたりする。
玉石混交。
ミネルヴァの梟は夜明けに飛び立つ。
…いいものは目立たず、しかも遅れてやってくる。

https://note.com/jolly_laelia296/n/n180eaaa59475 
「我がジオンの国力は連邦の30分の1以下である!」
ギレン総帥も演説でそう言ってました!

一人の兵士や、一機のモビルスーツの活躍で、戦争に勝利できるほど、
甘いものではないと、ウッディ大尉も言っていましたし。

連邦がジオンに勝利したのは、アムロ君一人のおかげでも、シャアが
無能だったせいでもなく、戦争終盤でジムを千機以上量産できた、
圧倒的な国力差の賜物
です。
この初代ガンダムの冷徹なリアリズムを、「小国ジオンが勝利できた」
という歴史改変は、ぶち壊してしまいます。

シャア一人の働きで、ジオンが戦争に勝利できたというお話は荒唐無稽
すぎる。だから、「シャア一人の働き」にならないように、もっと強い
バックを付けよう。
それが、二次創作の世界を改変できるのごとき力を持った、ララアの
登場理由ではないか?…

そもそもシャアにとって、ジオン公国は父の仇です。

ゼクノヴァによりえぐり取られた質量の分、軽くなった
ソロモン要塞はグラナダ市への落下コースを外れます。
連邦とシャアの目論見は失敗に終わり、
ララア(と監督)の目論見通り、ジオンは大勝コースに乗ります。

シャアというキャラが、自分の思い通りに動いてくれなかったので、
作家ララアは消しゴムマジックで消してしまうのです。怖い…。

一方僕が予想していたのは、別の形でこの、荒唐無稽さを中和する
展開です。

「でも結局、宇宙歴0085年の連邦の反攻作戦により、ジオンは敗北する」
というお話になると予想していました。

この頃の僕は、連邦は宇宙要塞を失い地球に引き籠った、くらいに考えていました。
実際にはジオンはほぼ全勝していたらしく、本編が進むにつれ、
連邦は支配地域も失い、海までマッドアングラー隊に支配されていると判明。
これでは再起は不可能ですね(´;ω;`)

アムロ兼カミーユ的な役回りで、マチュを主人公として、初代ガンダムの
リブート的な長編作品をやると期待したので、ジクワも初代ガンダムと
同じく、勧善懲悪アニメになる、と予想したわけです。

初代ガンダムの一話も、ジオンがまだ優位だった9月18日の戦闘から
始まるわけで、「ジオンが連邦に勝っていた時期」から始まるという
意味では、ジクワの冒頭と大差ないと言えます。
そしてここから、ジオンが劣勢になっていくのであれば初代とほとんど
同じですが、ジオンがほぼ勝ち確の状態から完全勝利に向かっていく
わけだから、真逆になるわけです。
僕の予想と実際のジクワの差異というのは、初代ガンダムとジクワの
差異、と言い換えてもよいでしょう。
その差は、勧悪懲善、お話の尺の違い、そして人間関係の描き方の
に表れていると、僕は考えています。
:
「戦後の地球を支配するのは、女だと思っている。」↓

https://note.com/jolly_laelia296/n/n46c96201db82 
この台詞を最終回で実現したのが、ジクワ版のシャリア・ブル中佐でしたね♪

ジークアクスの本編の舞台は、宇宙歴0085年であることを考えると、
ジークアクスは初代だけでなく、Zガンダムの二次創作でもある…

ジクワにはシロッコは登場しません。

なぜわざわざ、シロッコが登場しないことを、監督はパンフで強調した
のか?
「それは、ジークアクスの影の主役が、シロッコだからだ!」

https://www.youtube.com/watch?v=j2pE7F1Noo8 
「ジクワ制作陣と、読者の方々には、突然の無礼を許していただきたい。」

鶴巻監督は、ジオン、シャアに加え、シロッコというヴィランにも惹かれて
いるのではないか?
ただ、アムロの死を伏せがちに表現したように、シロッコ本人を直接活躍
させるとアンチが炎上するので、同じ「木星帰りの男」をシロッコ化して
勝者にする。

でも冨野監督は、自己批判の刃を悪党自身にも向けるので、
悪党「こそ」正しいのだ、という単純な一元論にはしない、バランス感覚と
倫理観があると思います。
機動戦士ガンダムの小説版はしかし、…

「隕石を落として旧人類どもを滅ぼしたい」というのは、鬱屈したオタク
自身の本音であって、「富野監督もそう言っていた!」と自分の欲望を
権威付けしたいから、冨野オタはテレビ版でなく、小説版ガンダムこそ
聖典と仰ぐのでは…?

「隕石落としを阻止しなければならない」というのも監督の本音でしょう。
その拮抗こそガンダムの魅力だと、僕は思うのですが…。

https://www.youtube.com/watch?v=W2SrTTITD-E  
総帥となったシャアの周りは、彼の崇拝者や、
権威を利用しようとする輩しかいないエコーチェンバー状態…。
ファンに期待される役割、総帥という仮面を身につけざるを得ないシャア。
「地球に住む人たちは、自分たちのことしか考えていない!」
シャアの本音は、自分を全否定するアムロにぶつけられます。
アムロがいてこそ、シャアはシャアになれるのだと僕は思います。

5話はマチュとニャアンの内心、二人のシュウジに対する張り合い、
競争心が暴露された回でした。
でも二人の友情が「建前」つまり嘘で、シュウジを巡る敵がい心が「本音
つまり真実、なのでしょうか?

「シュウジを巡る、マチュに対する嫉妬」と、「友情のためにそれを抑え
なきゃ」という感情は、拮抗する本音どうし…

なのにオメガサイコミュは、鶴巻監督は、前者を本音認定し、増幅し、
抑制を嘘、建前と認定してミュートしてしまう。
結果、ニャアンは殺人狂となり、…

…「どうせ自分は悪党なんだ」と抑制のタガが外れ、自暴自棄になって
いきます。

ミゲル青年はニャアンのありえた未来の姿ですね。
彼の裏切りを見ても、既に自己嫌悪と
人間不信に陥ったニャアンは驚きもしません。

ジクワ世界では、誰もが心に仮面をつけ、シャア化し、他人を、自分をも
偽るようになる。
繰り返すようですが、ジクワ世界にはアムロはいないのです。

ジクワ世界では悪党は、より強力な悪党によってしか裁かれません。

欲望と抑制、悪と良心という二つの「本音」について、後者を嘘っぱち
だとする風潮、偏見…

冨野ガンダムと鶴巻ガンダム、1979年と2025年との間の40年弱の間に、
その偏見は増幅されたように思えます。

「償えない罪は無い。希望は残っているよ、どんな時にもね。」
(というわけで、これまでのエヴァンゲリヲン風に
これまでの振り返り記事の文章を切り貼りしてみました♪
論旨が飛躍していると感じる部分は元記事↓を確認して
もらえば、おかしなことは言ってないと
分かってもらえると思います☆)

ジークアクスを振り返る①第一話感想:のりかな突発250701|のりかな
ジークアクスを振り返る②三話までの感想:勧悪懲善:のりかな突発250703|のりかな
ジークアクスを振り返る③シイコ・スガイ(クスコ・アル)総括:のりかな突発250709|のりかな
ジークアクスを振り返る④番外編:感想批評総括:白黒でなく虹色に:のりかな突発250712|のりかな
ジークアクスを振り返る⑤映画編:ジオンは連邦に勝てるのか?:のりかな突発250719|のりかな
ジークアクスを振り返る⑥悪の勝利:シャリア・ブル(シロッコ)総括:のりかな突発250802|のりかな
だが民衆は聞きわけが良すぎる!noteのフォント変更と、津波騒動について思うこと:のりかな突発250807|のりかな

【次回予告】
テレビに毒された青少年へのリハビリ(=ハラスメント)だった初代ガンダム。
ファーストが創ったガノタたちは、しかし冨野氏の期待に応えられたのか?
「アニメ新世紀宣言」の成れ果て…ネオンジェネシス。
40年が経ち、間もなく半世紀が経とうとしているガンダムサーガ。
もはや子供達ではなく、ガノタおじに向けられた最新作ジークアクスは、
厳しさを失い、終末医療、痛み止めの緩和ケアと化したのか⁉
ガンダム史上屈指のチルいアニメが「諦められたガノタたち」を
襲うとき、ジークアクスは瞬間、バズった!だから何?
いったい何だったのかあの祭りは⁉
次回、新世紀エヴァンゲリオン!
「Air(空気)」!
さあてこの次も、サービスサービスぅ♪



というわけで!ではまた次回♪
Thank you for reading!

いいなと思ったら応援しよう!