見出し画像

ミステリー長編『100人自主-裁けない国の物語-』プロローグ

あらすじ

全国各地で、奇妙な自首が相次ぐ。
未解決事件から軽微な犯罪まで、内容はばらばらだが、共通点があった。
自首者たちは皆、「自分が犯人だ」と静かに名乗り出るのだ。
当初、警察は個別の愉快犯として処理していた。
しかし数が増えるにつれ、供述の質やタイミングに違和感が生じる。

やがて複数の自首者の供述や、SNS上に出回り始めた募集文の存在が、
捜査本部の中で「無視できない要素」として共有されるようになる。

匿名の募集文。
未解決事件への自首。
報酬の存在。

だが、誰も強制されてはいない。
命令も、直接の接触もない。
捜査の末、警察は一人の人物に辿り着く。
過去に父を冤罪で失った政治家。
彼は「犯人」を作ろうとしたのではなく、冤罪が成立してしまう構造そのものを再現しようとしたのだった。

首謀者は確保されるが、法的に裁くことはできない。
殺していない。
指示していない。
違法と断定できる行為が存在しない。

一方で、皮肉な結末も待っていた。
自称犯人の一人が、あまりにも完璧な供述をしていたため、
後にそれが虚偽だったと訴えても退けられ、
事件とは無関係に“真犯人”として有罪が確定する。

誰も嘘を強要されていない。
それでも、真実は作られた。

これは犯人を探す物語ではない。
正義が、どのように作られ、どのように人を救い、どのように取り返しのつかない形で固定されるのか。

その過程を記録した物語である。


プロローグ

件名:あなたが引き受けられる「過去」はありますか

この募集は、特定の人物・団体・思想とは一切関係ありません。
法的責任・思想的主張・政治的意図はありません。

あなたにお願いしたいのは、
「すでに公表され、現在も捜査・記録として扱われている未解決事件」のうち、
ひとつについて、
自分が犯人であると名乗り、正式な手続きに従って警察に出頭することです。

対象となる事件は、あなた自身で選んでください。
年代・場所・内容は問いません。
ただし、出頭が受理され、刑事責任の有無について公式な判断が検討される段階まで進行し、捜査記録として一定期間扱われるものである必要があります。
実行犯であるかどうかは問いません。
詳細を語る義務もありません。
出頭の方法、供述内容、沈黙の有無は、すべてあなたの自由です。

ただし、以下の一点のみ守ってください。
「誰かに指示された」「依頼された」とは、いかなる場合でも口にしないこと。

これは思想運動でも、組織行為でもありません。
あなた個人の選択です。

■ 報酬について
出頭後、一定期間が経過し、
当該出頭が
刑事責任の有無について公式な判断が検討される対象として扱われ、
捜査記録として一定期間保持されたことが確認された場合に限り、
報酬として 一件につき一千万円 が支払われます。

報酬の支払いは、
記録確認後に行われる所定の処理を経て実施されます。
個別の接触、交渉、確認行為は一切行われません。

■ 重要事項
・本募集は一度しか行われません。
・再募集、問い合わせ、確認には応じません。
・名乗った内容は、後から取り消すことはできません。

■ 手続き・確認
以下の案内を必ず確認してください。

[ 申告手続きの詳細を確認する ]
[ 報酬処理の仕組みについて ]
[ 対象条件・注意事項を見る ]
[ 候補事件リストを参照する ]

あなたが何を名乗るかは自由です。
ただし、名乗ったあとは、戻れません。

それでも構わない方だけ、続けてください。


それは、指示ではなかった。

命令形は一つもなく、
義務も、責任も、強制も書かれていない。
あるのは、
条件と、
選択肢だけだった。

読み終えたあと、
多くの人は、
何も起こらなかったかのように画面を閉じる。

保存もしない。
誰かに見せることもない。
記憶にも残らない。

ただ、
「読んだ」という事実だけが残る。

文章は、
感情を要求しなかった。
同情も、怒りも、正義感も要らない。
問いかけているのは、
過去そのものだった。

——あなたが引き受けられる過去はありますか。

その問いに、
正解はない。
だが、
間違いも用意されていない。

引き受けない自由はある。
だが、
一度引き受けた場合、
途中でやめる選択肢は存在しない。

それは、
契約ですらなかった。
同意書も、
署名欄もない。

ただ、
成立するかどうかだけが、
静かに待たれている。

この時点では、
罪を示す具体的な言葉は、
まだ一つも使われていない。

罪も、
被害者も、
犯人も、
まだ世界には存在しない。

あるのは、
成立してしまう可能性だけだった。


続きは現在、talesで先行連載しています。


いいなと思ったら応援しよう!

静月 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。皆さまの応援が、静月の物語を生み出す力です。いただいたチップは、すべて次の作品作りに大切に使わせていただきます。