スウェーデン日記2026
今回、スウェーデン・ストックホルムへの出張は、国際シミュレーション&ゲーミング学会(ISAGA2026)への参加・発表が目的です。私自身の発表もありますが、来年東京で開催する同学会(ISAGA2027)のプロモーションも大事な仕事となります。
そのスウェーデンから帰国してちょうど1週間が経ちました。現地でこまめに記録をとっておこうと思いつつも、仕事への集中や体調不良といった思わぬ出来事もありました。出発から帰国まで、結果的にちょうど1週間の滞在をまとめます。
羽田からフランクフルトへ
2026年6月20日(土)21:40 東京(羽田)発 → 翌6月21日(日)05:20 フランクフルト着
羽田空港第2ターミナルには17時半には到着、チェックインしてセキュリティと出国手続きまではスムーズ。時間的余裕に加え、ラウンジでゆっくり夕食をとりながら発表の準備、空いたスペースで無声音でスライドをみながら発表のリハーサなど。
出発が少し遅れるらしいという案内があった20時半ごろ、ISAGA2027の紹介パンフレットを忘れた!との連絡。私は機内持ち込み荷物の中に数枚のパンフレットを持っており、ラウンジのカラーコピー機を使わせもらって、A5両面カラーのパンフレットをA4サイズに拡大し、必要な部数を用意させていただきました。ANA様、この度はたいへんお世話になりました。
もう間もなく搭乗、という時に、最後の飲み物を手にした時、なんとISAGA2026に参加されるメンバーにばったり。経路は異なるものの、偶然の出会いに、私はすかさずISAGA2027のパンフレットをお渡しました。
すると、その方は、1998年に東京で開催された「ゲーミングの夕べ」でデューク先生が実施されたHEXゲームの時の写真、そしてミュンヘンで開催された2004年のISAGAサマースクールの時の写真、計3枚を手渡してくださいました。その写真には自分自身を勇気づけてくれるパワーがあるように思え、ジャケットの内ポケットに入れて、会期中、お守りのように持ち歩きました。
やがて搭乗となり、連日の睡眠不足もあり、座席に着いてすぐに眠りに落ちていました。印象に残った出来事としては、通路を挟んで右前に座っている方が、私が起きている間、ずっとビートルズのドキュメンタリーを見ておられたこと、さらにその前の方は、スターウォーズのエピソード5からエピソード6を見られていたことでした。
私は2025年10月にスターウォーズとビートルズのドキュメンタリーが観たくて、Disny+を契約し、何度も視聴していたので、遠巻きに眺めているだけで何だかワクワク感が伝わってきました。EP6の結末直前にフランクフルトに到着したのですが、観られていた方は何度もみておられる方なのだろうと思いました。
フランクフルトからストックホルムへ
フランクフルト空港では、EUの新しい出入域管理システムEESの登録手続きがありました。早朝到着の便だったのですが、割と多くの人がパスポートコントロールに並んでいました。渡航先と目的地を尋ねられ、ストックホルムで学術会議に参加すると伝え、和やかなやりとりがありました。
スターアライアンスのラウンジに入ると、まずPCをZOOMに接続させ、日本シミュレーション&ゲーミング学会(JASAG)の理事会に途中から出席。フランクフルトまでの便は出発の遅れもあったりして到着が遅れたこともありました。私は国際学術・ISAGA2027特別委員会の委員長として、委員会活動の進捗を報告。とっても周りに人もいる状況だったので、ISAGA2026へのトランジットであることを手短に伝えました。
会議が終わる頃には、FIFAワールドカップ、日本-チュニジア戦は終了していて4:0という結果でした。
ストックホルム便は、航空券を購入した後の2026年2月ごろには搭乗便の変更の連絡が来ていて、10時半ごろの出発、乗り継ぎ時間は4時間半ほど。
ストックホルム到着
ストックホルム・アーランダ空港への到着はお昼の12時半ごろ、預け荷物を受け取り、鉄道への案内に従ってアーランダ中央駅へ向かいます。途中、別ルートのストックホルム行き路線の券売機で切符を買おうとしてしまったこともありました。
13:44の地域快速列車に無事乗車して、15時前には会場の最寄駅でホテルも近接するフレミングスベリ(Flemingsberg)に到着。ホテルのチェックインは16時からということで、駅前の大型スーパーで買い物をしたりして過ごしました。
駅から出る時、トイレが目に入り、どうやら有料、しかもクジレットカード対応です。スウェーデンはキャッシュレス社会と聞いていて、ドイツでトイレに入るために50セントの硬貨を用意しておかなくていいのかと思っていましたが、さっそくそういう場面にそうぐしたので、10クローナ(約150円)払って利用して観ました。

学会会場近辺を散策
フレミングスベレは、大学や病院、住宅街からなる街でした。今回は会場が徒歩圏内のアパートメントホテルに滞在、延長コードなどの備えもあって、すぐに部屋を仕事にできるオフィスとして設営しました。ひととおり整理が終わった17時過ぎ、会場の下見も兼ねて、ホテルのまわりを散策しました。
鉄道沿いの幹線道路とホテル前の鉄道を渡る陸橋とが交差する大きな交差点を越えないと大学まで行けません。最初、ホテル前の歩道を歩いて行くと、やがて歩道が途切れて、ホテル前まで戻り、通りを渡って通りの反対側の歩行者道路をいくと、幹線道路をくぐるトンネルがあったりして、自転車との区分けのされた歩道はしっかり整備されているのですが、直線距離は近くても、ちょっと大回りでした。
会場となるKTH大学を探すも、大学らしい建物がいくつもあり、「ここかな」という目星だけつけて、ホテル方向へ戻ります。今度は、目星をつけておいた夕食の場所へ向かいます。ホテルの前をとおり、さらに10数分歩いたところにある、イタリア・トルコ系の地元の人たちが集まるような飲食店で食事をしました。
英語は通じず、そこにいたお客さんが少し助けてくださって、持ち帰り用のメニューをもらうと、テーブルに着席し、スウェーデン語で書かれたメニューの写真をとって生成AIに取り込み、メニューの解説をしてもらいながら注文しました。概ねメニューの内容の直感どおりで、最適解のサポートになる一方で、旅の偶然性みたいなことを考えると、「これでいいのかなぁ」という気持ちにもなりました。量が多かったので、残すかなと思いましたが、全部食べてしまいました。結果的にこれがFlemingsbergでの唯一の外食となりました。

食事が終わってくつろいでいると、同じ参加者の方からの電話があり、対応しながらお店を出たのが午後8時ごろ。まだまだ明るい!21時前にはホテルに戻り、しばらくして眠りにつきました。

大会オープニング
6月22日(月)10:00に大会スタート。私は8時半には大会会場に来ていて、受付前に行くと、スタッフの方々暖かく迎えてくださいました。受付時間前でしたが、名前をチェックしてもらって名札を受け取り、来年の開催の準備もあるので、会場係の方にそれを伝えつつ、会場内の写真を撮ることから始まりました。
オープニングの会場には大きな教室に60人ほどが集まっていました。記録をとりつつ、来年の運営のことがつい気になってしまいます。オープニングの挨拶に続き、クラバース先生がオンラインで登場され、講演を拝聴しました。

大会1日目は15時25分に会場受付あたりに集合して、そこから歩いて駅まで移動し、一駅分鉄道に乗って隣のフッディンゲ(Huddinge)へ。フッディンゲ市公文書館(Huddinge kommunarkiv)のホールにて、ウェルカムパーティが開催されました。
立食形式でしたが、この時、かなり心身的に疲れが溜まっていて、挨拶に回らなければと思いながらも、徐々に引いていく人たちにあわせて17時過ぎには会場をあとに、一人でホテルに戻りました。パーティで軽食はいただいていたので、そのまま寝てしまいました。

体調崩す中での発表
6月23日、大会2日目。
朝、3時ごろに目を覚ますと、どうも喉の調子が若干よくありません。発表の練習をしようと思っていましたが、消耗すると行けないので、喉の薬を服用して再び眠りました。6時半ごろ再び目が覚めると熱っぽい。体温測ると38度を越えている。解熱効果のある風邪薬を飲んで再び横になります。
8時を過ぎ、発表もあるのでシャワーを浴びて着替え、会場へ向かいます。9時スタートのキーノートの講演も、興味深い内容でしたが、体力を温存すべく、休み休みな感じで話を聞きました。
10時半からのセッションの2番目、11時からの発表 "Speaking for the Absent"を何とか発表し、質問も2件ほどありましたが、ちょっと集中力に欠けてしまっていました。
発表セッションが終わって次は昼食、というタイミングでしたが、もしかしたら今日が最後?という方にお土産を渡せていないことに気づき、12時過ぎにホテルに戻ります。部屋に着くと、スーツのままベッドに横になり、そのまま眠ってしまいました。18時頃、目が覚めて、熱を測ってみると38.3度。辛い感じではないのですが、ここ1週間ほど、睡眠不足と過労が重なり、ともかく眠い。中途覚醒しないように、最近は控えていた睡眠剤、そして風邪薬を服用し、着替えて眠りにつきました。
届けてもらっていた感染症の検査キットでのテストの結果は、4種類の感染症はいずれのNegativeで、ほっとしました。

忘れもしない2021年9月12日、ドイツ滞在の帰国を前にして、家族全員がPCR検査で陰性である事の証明書を得られなければ、帰国の飛行機にも乗れず、そのことが帰国の何ヶ月も前から極めて強いストレスとなっていました。日本に帰国した方がコロナの検査で陽性となり、出発地まで強制送還されるというニュースも当時見聞きしていました。
日本のパスポートをもった日本人でありながら、日本に帰国できないかもしれない。幸い、当時、家族全員、PCR検査で陰性で、帰国はできました。が、メンタルは極めてよくない状況が何年も続きました。正直、2021年秋から2023年頃の記憶が今でもあまり思い出せません。コロナ禍の影響で、身の回りに生じていた極めて強い人々の間の葛藤、分断。端的にいえば、正義を盾にした排除の論理が、私の周りに生じていました。そうした事態の間に入って何とかしようとしながら、結局自分自身が病んでしまうことになってしまったのだと思いました。
感染症の検査キット利用は、そういうトラウマを思い出すことになり、ここでも検査すること自体がストレスでした。結果は、幸い、陰性でした。検査キットを提供してくださった方には本当に感謝しています。ここで一つ、乗り越えられたかな、ということを思いました。
今回の睡眠不足、過労、そして発熱という体調不良は、体調管理の反省もありますが、周りからの強い期待のもとで、ISAGA2027の組織委員長という役を2024年5月に引き受けてしまったこと。委員長を決めるオンライン会議に呼び出され、「同調への圧力がかかっている」と社会心理学の常識として助言してくれた会議メンバーがいたにもかかわらず、それでも引き受けてしまったのでした。その私自身のコミットメントに何とか答えようと、この2年ほど準備を進めてきました。思うように進まない状況に力不足を感じざるを得ませんでした。
それでも、今回の発表の最後のスライドには、ISAGA2027の大会コンセプトんいつながるメッセージを盛り込み、一人でも多くの方に東京大会に来てもらえるようにと願いながら発表を終えることができました。
Speaking for the Absent
↓
Listening to the Silenced
ISAGA2027 Tokyo
Reconstructing Pluralistic Societies through Sharing Diverse Realities
Thak you for your attention!
大会3日目:体調も回復へ
6月24日(木)大会3日目
大会3日目は、体もだいぶ慣れて来て、まだ本調子ではないものの、少しずつ学会を楽しめるような状況に回復してきました。東京大会の案内は、翌日の最終日に登壇して行うということがあったので、そこはまだ緊張感がありました。
午前中のセッション、最初はオープンスペースでのワークショップを傍から見学。ディスカッションには直接参加しませんでしたが、外側から観察しているだけで、システムの枠組みは何となく理解できました。細部まで理解していなくても、イメージで伝わってくることもあります。それがかえって、そのゲーミングに縛られずに、自分の中では新たなゲーミングを創造するようなヒントになるような場合もあります。
午前の2つめのセッションは、ゲーミングが取り入れられたものでした。一人に9枚の同じカードが配られます。他にどんなカードがあるのかは、その時点ではわからないのですが、時間内に交換して、9枚別々のカードを集めるというものでした。これは大いに参考になるシステムですし、最新バージョンの化学反応ゲームと共通しています。どこが相違点なのかを考えることで、ICHIBAを含めた化学反応ゲームを相対化することができ、早速新たな論文作成のメモをまとめます。

昼食会場へは少し遅れて到着、この日はツナクリームのような台にサーモンやエビ、バジルが盛られたケーキのような感じ、食べやすくて結構ボリューム、満足感がありました。

午後の最初は論文発表セッションに参加しました。ワークショップも魅力的なのですが、内容的な関心、そして討論に参加するだけの体力的な回復が十分でないということもありました。
午後セッションのブレイクタイム、日本人の参加者の方とお話する機会があり、スウェーデンのどこが良かったか、という話になりました。参加者の中には、ストックホルム市内に宿泊されていて、毎日フレミングスベレの会場まで通われている方もいらっしゃいます。私はスウェーデンに来てから大学と住宅街だけの街にいるので、羨ましく思っていました。その中で、「ウプサラの街がとてもよかった」という話を伺いました。
ウプサラといえば、この春にゼミを卒業したTSさんが1年間、留学していたウプサラ大学のある街です。ストックホルム・アーランダ空港からみて、ウプサラはストックホルム中心地からみて反対側ですが、空港へのアクセスは20分です。他方、現在滞在しているフレミングスベレから空港へのアクセスは1時間。金曜日の午前の便での帰国ですが、明日の最終日が終わったあと、空港の前泊としてウプサラに移動して宿泊するのもアリなのではないか、と思いつきました。
TSさんにLINEしてみると、すぐに返事が届きました。
・ストックホルムとはまた違う、スモールでローカルな良さがある
・私の大切な場所であるウプサラに行かれるなら、もうとっても嬉しいこと
・ウプサラはStudent townで、大学公認の学生連合が10個ほどある
・それぞれ街中に建物を持っていて、ユニフォームもあったり、街中でその様子も感じられる
もう、これは行くしかないなと思い始めました。

ISAGA2027東京大会への誘い
今回のISAGA2026では、もちろん個人発表も大事な活動ではあったのですが、私が組織委員長を務めるISAGA2027東京大会の案内をメンバーミーティングの際に行うことも、大きな役目としてありました。
上述のように、大会2日目に体調を崩してしまい、その日の夕方のメンバーミーティングと夕食会(会場の屋外でバーベキュー、手づくりの懇親会だったそうです)には出られず、4日目にも設定されていたメンバーミーティングで、2027年8月23日から27日まで開催するISAGA2027について、大会テーマや、会場となる東京・豊洲の芝浦工業大学豊洲キャンパスを紹介しました。
一人でも多くの方に、ISAGA2027東京大会に来てもらえるようにと願いをこめてプレゼンテーションさせていただきました。終了後は、病み上がりもあってか、自分の席から立ちあがろうとした時に、体の力が抜けてしまって身体が崩れ落ちてしまうという経験をしました。
それでも、近くにいたWilly Krizさんが、「力になるから」といったことの声をかけてくださるなど、周りの方々に支えていただける、そういった期待に何とか応えるべく、頑張っていこうという気持ちになりました。
学会のクロージング
ISAGA大会は今回で9回目の参加ですが、過去の大会では終了時のセレモニーで名残惜しさを感じる演出、とりわけ「木を植える」というイベントがあります。しかし、今回は、大会全体もシンプルな構成でしたし、15時前にはさらっと終わった感じでした。
最後に、今大会の委員長と一緒に写真をとってもらうなど、次期大会への引き継ぎのあいさつは、個人的に行なった次第です。

大会終了、ウプサラへ

スウェーデン、ストックホルムでのISAGA2026を終え、最後の夜をウプサラで過ごしています。カフェでかれこれ3時間以上、大聖堂を眺めつつ、黄色のユニフォームの方々が行き来する姿も視界に入ってきます。
FIFAワールドカップ日本代表チームは、歴代の監督が目指したことを受け継ぎながら今があるという投稿を複数見かけました。組織というのは、そういうことなのだろうと思います。
ウプサラは今年の春に卒業したゼミ生が一年間留学していたところです。ISAGAに参加されている方からもいい街だという話。調べれば、ISAGA2026の開催地Flemingsbergよりも空港に近い!
今回は大学と住宅地だけの街のアパートメントホテルで5日間過ごし、ストックホルムの中心市街地、観光地のようなところには縁がありませんでした。
ウプサラに行ってみようかな、とその卒業生にLINEしたら、「大切な場所であるウプサラに行かれるなら嬉しい」という返事をもらえて、私も嬉しくなって昨夜のちょうど今頃、空港アクセスの前泊兼ねてホテルを予約しました。
ウプサラ滞在は12時間ほどとなりますが、本当に素晴らしい街だと思いました。古き良き欧州、夏のヨーロッパの良さを旅の最後に満喫できました。
いろいろな思いがあります。
数えればISAGA2027東京大会まで、あと424日。ISAGA 2026に参加された皆さまから励ましの言葉をかけていただき、次回大会のプレゼンを私が行っているところの写真を何人もの方から送ってもらいました。
私からお願いしたいのは、一人でも多くの方々にISAGA2027東京大会で発表して頂きたいということです。良い大会になるように努力して参ります。どうか皆さま、よろしくお願いいたします。
6月24日午後11時、ウプサラ大聖堂を眺めながら
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!