『ビタミンB1、その名はチアミン』 −米糠と脚気が示すエネルギーの源−
序章
私が藤川徳美先生の提唱する「ATPブースト」という言葉に出会ったのは2017年のことでした。「ATPを増やす」というシンプルで力強い概念は、私にとってそれまで断片的だった栄養学の知識を一本の線で結び直してくれるものでした。
その中心にあったのが、ビタミンB1、別名チアミンです。
チアミンは糖質代謝を回す要であり、グルコースからATPという細胞のエネルギー通貨を生み出すために欠かすことができません。
私たちが日々食べているご飯やパンも、B1がなければ単なる「エネルギーの原石」にすぎず、燃焼できずに乳酸という“燃えカス”を残してしまいます。
逆に十分なB1があると、糖は効率よくエネルギーへと変換され、心も體も軽やかに動き出すのです。
この発見は私にとって衝撃でした。
「なぜ、これほど重要な栄養素が、現代の食生活や医療の中で軽んじられているのか?」
そう問いかけざるを得ませんでした。
やがて私は、オーソモレキュラー栄養療法を体系的に学ぶきっかけを得て、栄養が體と心に及ぼす影響を深く探求する道へと進んでいきました。
そして調べを進めるうちに、この小さな分子がかつて日本人の命運を大きく左右した歴史にたどり着きます。そう、白米偏重の食文化が生んだ「国民病・脚気」、そして米糠からB1を抽出し「オリザニン」と名付けた鈴木梅太郎博士の偉業です。
ビタミンB1、その名はチアミン。
その歩みを辿ることは、私たちのエネルギーと生命の根幹を見つめ直す旅にほかなりません。
二三、 玄米を食せ、二分付き米でも良い。
— 續池均(kintsuzuike)@MTR Method Lab®︎ (@kintsuzuike) July 12, 2021
第1章|白米と脚気の悲劇
日本人にとって白米は、ただの主食ではありません。
それは文化であり、豊かさの象徴でもありました。江戸時代、都市部に暮らす人々は「銀シャリ」を食べることが何よりの贅沢であり、庶民にとって憧れでした。しかし、この「白いご飯」こそが、数え切れない命を奪う引き金となったのです。
脚気(かっけ)。
今でこそ教科書でしか見かけない病名ですが、かつては「国民病」と呼ばれるほど日本中に蔓延していました。症状はしびれや倦怠感から始まり、やがて心臓の機能低下による浮腫、さらには突然死に至ることもある恐ろしい病です。江戸時代には「江戸わずらい」とも呼ばれ、都市部に集中して発症しました。
なぜ都市部で流行したのか?
答えはシンプルです。精米技術の普及により、江戸では「白米」が日常食となったからです。白米は見た目が美しく、味も良い。しかし精米によって失われる米糠の部分には、実は生命維持に欠かせない栄養素、ビタミンB1(チアミン)が豊富に含まれていました。つまり、白米偏重の食文化は、自らの手で命の鍵を削り落としていたのです。

明治時代に入ると、この悲劇はさらに拡大します。
近代化を急ぐ日本は軍隊を整備しましたが、兵士たちの間で脚気が大流行し、戦場における死因の上位を占めるほど深刻な問題となりました。日清戦争、日露戦争では、戦死者よりも脚気で亡くなった兵士の方が多かったとすら言われています。国の存亡を揺るがす病、それが脚気だったのです。
この時代、人々はまだ原因を理解していませんでした。
「感染症ではないか」「気候や風土のせいではないか」と様々な説が唱えられましたが、核心には至りません。白米が“栄養欠乏食”であることに気づくまでには、長い時間が必要でした。
脚気の正体は、ただの「贅沢病」ではありませんでした。
それは文明の進歩が生み出した「栄養の落とし穴」であり、食のあり方が命を左右するという厳然たる事実を突きつけるものでした。
第2章|米糠と梅太郎の発見
脚気の流行が頂点に達していた明治時代、日本の医学界でも原因究明に奔走する研究者が数多くいました。細菌説、風土説、感染説。しかしどれも決定的な証拠にはならず、脚気は長らく「謎の病」とされてきました。そんななか、一人の若き研究者が異なる視点からこの問題に挑んだのです。
その人物こそ、鈴木梅太郎博士でした。
東京帝国大学農科大学で研究を重ねていた梅太郎は、脚気の原因を「栄養」に求めました。彼が注目したのは、精米の際に捨てられていた米糠(こめぬか)です。米糠を動物に与えると健康状態が改善することを観察し、そこに未知の栄養素が存在するのではないかと考えました。
1910年、梅太郎はついに米糠からその成分を抽出することに成功します。彼はこれを「オリザニン(Oryzanin)」と命名しました。このオリザニンこそ、後に「ビタミンB1=チアミン」と呼ばれることになる物質です。つまり世界初の“ビタミン”の発見は、日本人の手によって成し遂げられたのです。
エネルギー代謝のメインプレイヤーがビタミンB1『チアミン』
— 續池均(kintsuzuike)@MTR Method Lab®︎ (@kintsuzuike) January 28, 2021
しかし、世界で初めてこのビタミンを発見したのは日本人の鈴木梅太郎氏。1911年、"米糠"の成分から『オリザニン』を発見。脚気の原因がこのビタミン欠乏と突き止めた。
先週から妻が始めた糠漬け。
その糠の成分標本に今日出会ったよ😎 pic.twitter.com/u0YJuwS5w9
しかし、当時の世界はまだ「ビタミン」という概念すら確立していませんでした。
「目に見えない栄養素が病気を防ぐ」という発想は、同時代の研究者にとっても受け入れがたいものでした。そのため梅太郎の発見はすぐには脚光を浴びず、脚気の治療や予防に直結するまでにはさらに年月を要しました。
それでも、この発見は栄養学の歴史に大きな転換点をもたらしました。白米から削ぎ落とされた米糠に、生命維持の鍵が隠されていた。贅沢の象徴とされた「銀シャリ」は、実は人々の命を蝕む“欠けた食べ物”だったのです。
梅太郎の功績は、日本人が「食と命の関係」を改めて見直すきっかけとなりました。そして「ビタミン」という概念が確立していく過程で、彼の研究は世界的にも再評価されていきます。
小さな分子、チアミン。
それは米糠の中でひっそりと輝いていた「生命の火種」であり、文明がもたらした脚気の悲劇を克服するための答えでもあったのです。
第3章|チアミンとエネルギー代謝
■ 糖からエネルギーを生み出す仕組み
私たちが日々食べる主食、ご飯やパン、麺類は、消化されてブドウ糖(グルコース)となり、血液にのって細胞へ運ばれます。しかし、ブドウ糖はそのままでは使えません。解糖系・TCA回路・電子伝達系という代謝の階段を通してはじめて、ATPという「エネルギー通貨」に姿を変えます。
■ チアミンは“回路の入り口”の鍵
解糖系でブドウ糖がピルビン酸に分解された後、それをTCA回路に送り込むためには「ピルビン酸デヒドロゲナーゼ」という酵素が必要です。この酵素を動かす補酵素こそ、ビタミンB1=チアミン。つまりチアミンは、糖を「燃やして」エネルギーに変えるためのスイッチなのです。

■ 不足するとどうなるか?
もしチアミンが不足すれば、ピルビン酸はTCA回路に入れず、乳酸へと変換されて體に蓄積します。
その結果、
疲れやすい
集中できない
手足が重い
心臓が弱る
といった不調が現れます。これはかつて脚気として恐れられた症状と本質的に同じです。
■ ATPという“生命の通貨”
一方で、十分なチアミンがあれば、ピルビン酸は効率よくTCA回路へ進み、ATPが大量に産生されます。
ATP(アデノシン三リン酸)は、
筋肉の収縮
神経伝達
心臓の拍動
脳の働き
といった、生命活動すべてを動かすための共通通貨です。
■ 脳と心にも効くビタミン
さらにチアミンは、神経伝達物質アセチルコリンの合成にも関与しています。集中力や記憶力、思考の冴え、心と脳のパフォーマンスも、この小さな分子に依存しているのです。
脚気は単なる栄養欠乏症ではなく、エネルギーシステムそのものが止まる病でした。チアミンは今なお、「エネルギーの源」として現代人の健康を支える不可欠な存在なのです。
第4章|現代人とチアミン不足
― 糖質社会の落とし穴
■ 脚気は“過去の病”ではない
「脚気は昔の病気」と考える人は多いかもしれません。
しかし、現代人の生活を見渡すと、白米やパン、麺類、甘い飲料やお菓子など、糖質を過剰に摂取する環境にあふれています。チアミンが十分にあれば糖はエネルギーに変わりますが、不足すればかつてと同じように「エネルギー不足」と「乳酸蓄積」が起こり、疲労や不調を生み出します。
■ 精製食品と“隠れ脚気”
現代の加工食品は、白米や精製小麦粉、精製砂糖のように栄養が削がれたものが中心です。特に精製穀物では、米糠や胚芽に含まれるビタミンB1が取り除かれてしまいます。その結果、カロリーは高いのに、栄養は乏しい、いわば「エンプティカロリー食品」が氾濫しているのです。これが慢性的なチアミン不足、いわば“隠れ脚気”を引き起こします。
■ 糖質過多とエネルギー破綻
糖質を多く摂れば摂るほど、それを代謝するためにチアミンが必要になります。しかし現代人の食生活ではB1の供給が不足しているため、代謝のバランスが崩れ、
疲労感が抜けない
集中力が続かない
気分が不安定になる
動悸やしびれが出る
といった“現代型脚気”とも言える症状が増えているのです。
■ アルコール・薬剤が奪うチアミン
さらにアルコールはチアミンの吸収を阻害し、利尿作用で排泄を促進します。また、一部の薬剤(利尿薬や抗糖尿病薬など)もチアミンを消耗させることが知られています。飲酒習慣のある人や、薬を常用している人ほど、B1不足に陥りやすいのです。
■ 現代人へのメッセージ
かつて日本人を苦しめた脚気は、もう歴史の教科書の中だけの話ではありません。糖質社会に生きる私たちもまた、知らず知らずのうちに「エネルギーの火種」を失いつつあります。現代人にとってチアミンは、過去の病を防ぐ栄養素であると同時に、今を生き抜くためのエネルギー戦略の核心なのです。
第5章|チアミンとオーソモレキュラー栄養療法
■ ATPブーストという視点
私が2017年に出会った藤川徳美先生の「ATPブースト」という概念は、栄養学の学びを根底から変えるきっかけとなりました。
「エネルギー代謝を高める」という単純明快なキーワードが、あらゆる症状の背後に潜む“根本原因”を見抜く視点を与えてくれたのです。
そしてその中心に位置づけられていたのが、ビタミンB1=チアミンでした。
糖質代謝を動かす補酵素であり、ATP産生を支える「入り口の鍵」。
この小さな栄養素が不足するだけで、どれほど多くの人々が「エネルギーの欠乏」に苦しんでいるかを知ったとき、私は衝撃を受けました。
■ 分子整合栄養医学との出会い
オーソモレキュラー栄養療法(分子整合栄養医学)は、栄養素を“最適量”で投与することで、體の機能を本来の姿に戻すことを目指すアプローチです。
これは単なる「不足を補う」栄養学ではなく、エネルギー代謝そのものを再構築する戦略と言えます。
実際、十分量のチアミンを摂取すると、
疲れが取れやすくなる
頭の回転が速くなる
心臓や神経が安定する
集中力や持久力が向上する
といった変化が現れることが報告されています。
つまりチアミンは、症状を抑える「薬」ではなく、體の回路を回すスイッチなのです。
■ 現代人に必要な“最適量”
日本の栄養所要量で定められているB1の摂取基準は、あくまで「欠乏症を防ぐ最低限」にすぎません。糖質過多・ストレス・飲酒・薬剤使用が当たり前になった現代社会では、それでは追いつかないのです。オーソモレキュラーの視点では、體が本当に必要としている量(最適量)を摂取することが、健康とパフォーマンスの回復につながると考えます。
■ チアミンが開く未来
脚気を克服する歴史から始まり、ATPブーストという現代的な概念へ。
ビタミンB1=チアミンは、過去と現在をつなぐ栄養素であり、未来を生き抜くエネルギー戦略の中核です。
米糠に潜んでいた「生命の火種」は、100年以上の時を経てもなお、私たちの體を動かす源であり続けています。そしてオーソモレキュラー栄養療法は、その火種を最大限に燃やし、再び“生きる力”を取り戻す方法を教えてくれるのです。
終章|チアミンが教えてくれること
白米が贅沢とされた時代、人々は米糠に隠された「生命の鍵」を失い、脚気という国民病に苦しみました。
その謎を解き明かしたのは、一粒の米をじっと見つめ、米糠からチアミンを抽出した鈴木梅太郎博士。
世界初のビタミン発見は、日本から始まったのです。
その後100年を経た現代。
私たちはもう脚気に怯えることはありませんが、糖質中心の食生活、精製食品、アルコールや薬剤の常用、そして慢性的なストレス。
環境を見渡せば、かつてと同じ「隠れたチアミン不足」の罠に陥っていることに気づかされます。
チアミンは、単なる「昔の欠乏症を防ぐビタミン」ではありません。
それは糖質をエネルギーに変える“代謝のスイッチ”であり、ATPという生命の通貨を生み出す根源です。
心臓を動かし、神経を伝え、脳を働かせる。
私たちの生きる力そのものを握っているのです。
そして私は2017年に「ATPブースト」という考え方に出会い、この小さな栄養素の力を再発見しました。
オーソモレキュラー栄養療法が教えてくれるのは、ただ不足を補うのではなく、體が本来持つエネルギーを最大限に引き出すという視点です。
脚気が教えてくれた歴史、米糠が秘めていた真実、そして現代人に必要なエネルギー戦略。
それらを一つに結ぶキーワードが「ビタミンB1=チアミン」でした。
私たちが忘れてはならないのは、
「小さな分子が、大きな生命を支えている」という事実です。
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