ラ・コリーナに行くだけのはずだった。なぜか808段を下ることになった旅ランの日
琵琶湖の風は、驚くほど気持ちよかった。
……808段を下るまでは。
足を震わせながら辿り着いた「ラ・コリーナ近江八幡」で食べたバームクーヘンは、たぶん人生で一番うまかったと思う。
車を走らせること約4時間。
以前からずっと行ってみたかった滋賀県・近江八幡へ、旅ランをしにやって来た。
今回の目的地は、SNSで見て以来ずっと気になっていた「ラ・コリーナ近江八幡」。
でも、せっかくならただ観光するだけじゃもったいない。
「旅先を、自分の足で把握したい。」
そう思って地図を見ていると、琵琶湖のほとりにある“ある場所”が目に留まった。
西国三十三所・第三十一番札所「長命寺」。
そして、その文字の横に書かれていた説明。
“808段の石段”
……これは、行くしかない。
静かな湖畔、歴史ある寺院、足が笑うほどの石段。
そして最後に待っていた、最高のご褒美。
そんな近江八幡13km旅ランの記録です。
琵琶湖ブルーに背中を押されて
スタート地点は「休暇村近江八幡」。
朝の空気はまだ柔らかく、湖から吹く風が気持ちいい。
走り出してすぐ、視界いっぱいに琵琶湖が広がった。
正直、想像していた以上だった。
湖というより、“海”に近い。
対岸はぼんやりとかすみ、どこまでが湖でどこからが空なのか、一瞬わからなくなる。
ただ青だけが、静かに広がっていた。

波の音。
風が木々を揺らす音。
そして、自分の足音。
朝の湖岸には、それしかない。
観光地なのに、人の気配がほとんどない時間。
この瞬間に出会えるから、旅ランはやめられない。
キロ7分半ほどのゆったりしたペースで、湖沿いを北へ進む。
途中、「シャーレ水ヶ浜」の前で思わず立ち止まった。
湖畔にぽつんと置かれたベンチ。
その向こうに広がる琵琶湖。
派手さはない。
でも、静かに心を持っていかれる景色だった。
紫陽花が少しずつ色づき始め、初夏の気配が漂っている。
「この景色を見るためだけでも、来た価値があったな」

そんなことを思いながら、しばらく湖を眺めていた。
長命寺、808段の洗礼
今回のルート最大の目的地。
長命寺。
山の中腹に建つ、歴史ある寺院だ。
アクセス方法は二つ。
ひとつは車道。
もうひとつは、有名な808段の石段。
今回は、登りを車道、下りを石段にすることにした。
……この判断が、あとで効いてくる。
つづら折りの坂道を、ゆっくりと登っていく。
気温は高くないのに、じわじわ汗が出る。
木々の隙間から、ときどき琵琶湖が見える。
標高が上がるたびに、湖が少しずつ遠くなっていく。
境内へ入ると、空気が変わった。

ひんやりしている。
深い森に囲まれた空間は、外の世界とは別の時間が流れているようだった。
重厚な山門。
黒ずんだ木材。
静かに佇む本堂。
何百年という時間が積み重なった建築には、“迫力”ではなく、“重み”がある。
しばらく座って風を感じていると、汗がゆっくり引いていった。
そして問題は、ここからだった。
下り。
808段の石段。
一段目を降りた瞬間に思う。
「あ、これ結構ヤバいやつだ。」

段差が不規則。
苔で少し滑る。
しかも、すでに10km近く走った脚。
膝と太ももに、じわじわダメージが蓄積していく。
集中を切ったら危ない。
そんな緊張感が続く。
降りても降りても、終わらない。
「まだあるのか……」
何度そう思ったかわからない。
でも、不思議と嫌ではなかった。
しんどいのに、妙に記憶に残る。
旅先でしか味わえない疲労感というか、“ちゃんと来た”と思える感覚があった。
ようやく麓に着いた時には、正直かなりホッとした。
そして同時に、達成感もあった。
緑の絶景、「ラ・コリーナ近江八幡」へ
ヘトヘトになった足を引きずりながら、最後の目的地へ向かう。
「ラ・コリーナ近江八幡」。
ずっと来たかった場所だ。
駐車場から歩き始めて、すぐ目を奪われた。
一面、緑。

屋根が全部、芝生に覆われている。
まるで建物が地面からそのまま生えてきたみたいだった。
人工物なのに、自然の中に溶け込んでいる。
建築なのに、景色の一部になっている。
この不思議な感覚に、一気に引き込まれた。
設計は藤森照信氏。
自然素材を使った独特な建築で知られる建築家だ。
近くで見ると、木の質感や細部の造形が本当に面白い。
整いすぎていない。
でも、それが温かい。
奥へ進むと、卵のような形をした建物も現れる。

木のシングルがびっしり並んだ外壁。
池に映る姿。
どこを切り取っても絵になる。
観光地なのに、“静けさ”がある場所だった。
歩いているだけで、気持ちが落ち着いていく。
たぶん、自然と建築の距離感が心地いいのだと思う。
最後に待っていた、最高のご褒美
そして、ようやく。
お待ちかねのバームクーヘン。
頑張った体への、最高のご褒美だ。
芝生の見える場所で、一口食べる。
……うまい。
本当にうまい。
しっとりした生地。
優しい甘さ。
疲れた体に、ゆっくり染み込んでいく。
「これを食べるために走ったのかもしれない」
少し本気でそう思った。
走ることで見える景色がある。
登ることで感じる歴史がある。
そして、その先に“ご褒美”があるから、また次の場所へ行きたくなる。
旅ランは、観光だけでは味わえない。
疲労も、風も、匂いも、全部記憶に残る。
心地よい疲れと、お土産のバームクーヘンを車に積み込む。
帰り道の車内には、まだ少し琵琶湖の風が残っている気がした。

また、走りに来ようと思う。
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