「人間ドール」あらすじ 第1話
あらすじ
ドールが大好きな美沙はドールハウスLの店長から「専属モデルになりませんか?」という誘いを受け専属モデルになる。しかしその後、店長の依頼でお金持ち相手の人間ドール(注射で数時間身体が動かせない状態)の仕事をする事になる。美沙は最初は不安を感じていたがいつの間にかやりがいを感じるようになる。そんなある日、客の加藤の家に連れて行かれ、強制的に他の人間ドールと一緒にデスゲームに参加させられる。
美沙は1位になりなんとか加藤の家から逃げるが、追っ手に捕まり危機一髪のところを客の中田に助けられ店長と加藤は逮捕される。美沙は平穏な生活に戻るが中田は本当に良い人なのかと不安を感じる。
第1話
大学に入学した3年前からドールを集めるのが私の趣味になった。
毎日ドールに話しかけている。
綺麗なドール、可愛いドール、気がついたら私の部屋にはドールが10体もいる。
ドールに季節に応じた服を着せてあげたい。ハロウィンにクリスマス、イベント時にはさらにお洒落にしてあげたい。
ドールハウスも綺麗に飾り付けをしたい。
それにはかなりお金が必要になる。大学が終わると、そのままバイトに入り、休日は1日中バイトに明け暮れている。
「美沙、たまにはバイトを休んで遊ぼうよ。ずっとバイトばかりしてたら、大学時代の楽しい思い出がなくなるよ。青春は今しかないんだから」
「うん、わかってるけど、バイト先、人が足りなくて、私が出ないと回らないの。バイトが落ち着いたら、また誘ってね」
大学の友達、奈菜子はよく遊びに誘ってくれるけど、ほとんど断っている。出来たら私も遊びたい。だけど、ドール達をもっと素敵にしてあげたいの。
「ただいま。みんないい子にしてた? 今日はアニとリサのドレスが届いたから着替えようね」
アニとリサを新しいドレスに着替えると、アニとリサが喜んでいる様に見える。
私がドールやドールの衣装などを購入しているのは、【ドールハウスL】だ。他にもドール専門店はいくつかあるけど、ドールハウスLが1番品質もアフターフォローも良い。
それに、ドールハウスLでドールを購入する様になって2年が過ぎた頃から、私が気に入りそうな限定商品があると、石川店長自ら私に連絡をしてくれる様になったのだ。
石川店長の勧めてくれる商品は、私の趣味にピタッとはまり、高額な商品にも関わらず毎回注文してしまう。
私が断れば他のお客に回してしまう事がわかっているので、余計に断れない。
そんな感じで今では、ドールの為に毎月6万円くらい使っている。両親からの仕送りは10万円。そして、アルバイト代は毎月8万円くらい。
アルバイト代はほとんどドール代に消えていく。マンションの賃貸料6万円を払うと、生活費はギリギリ。食事は閉店前のスーパーで半額の食材を買うのが日課だ。
『美沙様、本日、限定商品のパステルカラーのスプリングコートが入荷しました。お気に召しましたら、ご注文をお願い致します』
今月は新しい教科書や、定期券の更新などで、かなりお金を使ってしまった。
今月のドールの為に使えるお金6万円は既に使ってしまったので、買う事は出来ない。
わかっているのに、メールに添付されているスプリングコートを何回も確認してしまう。
このスプリングコート、アンナに似合いそう。
欲しい、だけどお金がない。
『いつも素敵な服の紹介をありがとうございます。スプリングコートもとても素敵です。
ただ今月は金欠な為、購入は見送りたいと思います』
『4月は色々お金が必要になりますね。このスプリングコートは是非とも美沙様にお渡しさせて頂きたいと思っております。
もしよろしければ今回に限り、私から美沙様にプレゼントさせて頂きますがいかがでしょうか?』
石川店長のメールを見て驚いた。スプリングコート1着で2万円するのにプレゼントしてもらえるの?
もちろん欲しい。アンナだってすごく喜ぶはず。
私の両親はお金には厳しかった。ただより怖いものはないと言っていたのを覚えている。
どうして店長は私にドール用のスプリングコートをプレゼントしてくれるのだろう? 下心がある?
だけど、店長は私の顔を知らない。顔も知らない女性に下心を抱くはずないよね?
『嬉しい申し出をありがとうございます。でも、無料で商品を頂く訳にはいきません。お心遣いありがとうございます』
残念に思いながらも、断りのメールを送ると、すぐに石川店長から
『プレゼントに気を使われる様なら、半日ほどドールハウスLでアルバイトをしてみませんか? 美沙様のセンスでドールの服にアドバイスを頂ければ幸いです』と返信がきた。
ドールの服にアドバイスするだけで、スプリングコートをプレゼントしてもらえる?
私はドールハウスLのドールが大好きで、ドールハウスLが販売している服を気に入っている。それに、こんな衣装があればいいなと思った事が何度もあるので、購入者代表としてアドバイスなら出来るはず。
『ありがとうございます。喜んでお手伝いさせて頂きます』
あまり深く考える事なく、店長に返信した。
たった2万円の為に人生が変わってしまうなんて、この時は考えもしなかった。
店長からアルバイトの打合せのメールを経て、アルバイトをする日が決まった。
店長はその後すぐにスプリングコートを発送してくれて、2日後にスプリングコートを受け取った。
「やっぱりこのスプリングコートはアンナに良く似合う」
アンナににスプリングコートを着せてポーズを取らせ写真を撮ると、ドールハウスLのHPのドール写真館に投稿する。
『このスプリングコート、私も欲しかったけど、すぐに売り切れちゃった』
『アンナ、スプリングコートが良く似合っているね』
とすぐにコメントがついた。
ドールハウスLでは限定品の衣装は10着程しか販売されない。
限定品を大勢が買うことでプレミア感がなくなる為だろう。
私も最初の2年間は、限定品が販売される時間にはパソコンの前に待機して、時間がくるとキーを連打していたが、すぐに品切れになり買えなかった。今ならわかる。実際にドールハウスLの HPで販売するのは10着より少なかったのだ。
何年もドールハウスLで購入していると、石川店長からお得意様認定されて、限定品をHPに公開する前に声をかけてもらえる。
ドールハウスLのお得意様は私の他に何人いるのかはわからないけど、毎回限定品を着たドールをいち早く写真館にアップしていた人が何人かいるので、その人達は間違いなくお得意様なのだろう。
私もその中の1人。
優越感を感じさせてくれる事で、さらにドールハウスLの商品を買う様になる。それが石川店長の罠なのに、そんな事を考えもせず、ただただ優遇される事が嬉しかった。
アルバイトの日、大学が終わるとすぐにドールハウスLに向かう。
電車を降り、スマホのマップを見ながら歩き出した。
駅から15分程歩いた通りにドールハウスLの3階建てのビルがあった。
お洒落な建物を想像していたけど、普通のビジネスホテルの様な外観で、少しガッカリする。
入り口のドアを開けると、ロビーになっていて、受付でアルバイトに来た事を伝えると、スタッフがすぐに店長を呼んでくれた。
スタッフはみんな黒のメイド服を着ていて、美しい人ばかりだ。
「美沙様。ドールハウスLへようこそ。さっそく店内を案内してさせて頂きます」
石川店長の写真はドールハウスLのHPに貼られているので、イケメンな事はわかっていたけど、実際に会ってみると写真の何倍も素敵だった。
黒のタキシードに身を包んだ石川店長に丁寧に挨拶をされると、まるで店長が執事で、私がお姫様になった様に感じられる。
「よろしくお願いします」
緊張しながら挨拶をする。
店長が「2階に行きましょう」とちょうど1階にきているエレベーターの
ドアを手で押さえて、先に私を入らせてくれた。
2階に着きエレベーターのドアが開く。
そこは私の大好きなドールの世界だった。
ヨーロッパ調の壁紙と高級感漂うインテリア。
壁にある美しい棚には、100体を超えるドール、衣装やハウス、家具が並べられている。
「なんて素敵」思わず口にしてしまった。
「ありがとうございます。我が社はドールを販売するだけではなく、お客様をドールの世界にお連れしたいと思っています」
「ありがとうございます。あの、写真を撮ってもよろしいですか?」
せっかくこんな沢山の素敵なドールが並んでいるのに、見るだけではもったいない。写真に撮れば家でも眺められると思い聞いてみる。
「本来は公開前の最新のドールや衣装は企業秘密の為、写真を撮る事は禁止しているのですが、他ならぬ美沙様たっての願いとあれば、許可させていただく他ないでしょう。ただし、写真館やSNSへの投稿は控えていただく様にお願い致します」
「わかりました。ありがとうございます」
アルバイトに来た事を忘れ、ドールの写真を撮りまくる。
「美沙様が本当にドールを愛しているのがよくわかります」
店長の言葉に、アルバイトに来た事を思い出して、「すみません。つい夢中になってしまいました」と頭を下げた。
「いえいえ。ドールたちも喜んでいると思います。では、アルバイトの件を話しますね。そこにお掛けください」
「はい」
店長に言われて、ドールの世界のイメージと同じ高級感漂う白いヨーロッパ調のソファに腰をかける。
「お客様の要望の中に、ドールとリンクコーデをしたい言うものがありました。美沙様はどう思いますか?」
「リンクコーデ? したいです! だけど、ドールの服と同じものを人間のサイズで作れば高額になりますよね。ドールの衣装さえ生活費を切り詰めて購入している私には……」
「美沙様もリンクコーデをしたいと思っているのですね。このドレスは3月に購入して頂いたものです。同じものを試験的にMサイズで作ってありますので、是非今から試着してみて頂けますか? そしてドレスに対する意見をお願いします。これが今回のアルバイトになります」
店長の言葉に驚いた。素敵なドレスを着て感想を言う事がアルバイトになるなんて。
「本当にそれだけで良いんですか? それなら喜んでさせて頂きます」
「もちろんそれだけです。伊藤さん、ドレスの試着を手伝ってあげてくれる?」
店長がスタッフの伊藤さんに声をかけると、伊藤さんは「はい。わかりました。美沙様、こちらにお願いします」と私を別の部屋に案内してくれた。
最初に化粧をしてもらい、髪を結ってもらった。そして、伊藤さんは私がアニの為に購入したドレスと同じドレスの人用の物を持って来てくれた。
このドレスは中世ヨーロッパの時代をイメージしたもので、ドレスの下には、スカートを美しい形に広げる為にパニエと呼ばれる下着をつける。
「美沙様、ウェストを締めますね」
伊藤さんがウェストをギュッと締め上げた。ウェストはとても細くなったけど少し苦しい。
ドレスを着せてもらった後、全身鏡を見てこれが本当に私? と驚いた。
ドールの様に美しい女性が鏡に映っている。
まるでドールの世界に入ったみたい。
「美沙様、店長の前に行きましょう」
伊藤さんに手を引かれて、部屋を出て店長の前まで歩いて行く。
「やはり思った通りだ。美沙様、素敵です」
店長が私をじっと見ている。
「こんなに綺麗になるなんて思っていませんでした。とても嬉しいです。ありがとうございます」
嬉し過ぎて早口になってしまったと思う。店長が少し笑いながら、
「満足して頂けて良かったです。どうぞソファにお座り下さい」
「はい」
ソファに腰掛ける時も、伊藤さんがドレスの裾を持ってくれた。お姫様の様に扱ってくれる事に気恥ずかしさを感じる。
その後、店長からドレスの着心地、デザインについて改善点はあるかなど、細かい質問をされ、一つずつ感じた事を答える。
店長は機嫌良さげで、私が答える度に微笑を浮かべながら頷いてくれた。
最後に店長が、私が着ているドレスと同じくドレスを着たドールを持ってきてくれて、一緒に撮影させて欲しいと頼まれた。
「HPに公開するのでしょうか?」
「美沙様の許可が頂けたらさせて頂きたいと考えています。ドール仕様のお化粧を施しましたので、写真が公開されても美沙様だと分かる事はありません。こんな美しい美沙様とドールを他のお客様にも見て頂きたいのです」
2万円もするスプリングコートをプレゼントしてもらったし、アルバイトといってもドレスを着て感想を言っただけ。
店長がいう様にこんなに美しくなった私は、たとえ友達が見ても私だとはわからないだろう。
何より断る勇気がない。
「わかりました。よろしくお願いします」
私が了解すると、店長がすぐにカメラマンを呼んで、私とドールを撮る様に指示を出した。
店長が写真を撮るのだと思っていたから驚いたけど、今更断るなんて出来ない。カメラマンに言われるままポーズを取る。ソファで座っている写真、ドールと戯れている写真、場所を移動して何枚も写真を撮られた。
今ならわかる。最初からHPに載せる写真が目的のアルバイトだったのだ。
だけど、ドールと一緒に写真を撮られる事はモデルになった様で嬉しかった。
「美沙様は本当に美しい」
側で見ている店長とカメラマンが何度も褒めてくれる。
今まで自分か綺麗だなんて思った事はなかった。
化粧を施した顔はとても美しく、私は化粧映えするのだと知った。 それにしても、モデルに誘うなら美人に声をかけるはず。見た事もない私に声をかけるリスクを考えなかったのだろうか?
それとも、ドールを好きな人はみんな美人だとでも思っているのだろうか?写真を撮られながら、1番疑問に感じた事だった。
「お疲れ様でした」
写真撮影が終わると、カメラマンがパソコンで全ての写真を見せてくれて、店長と一緒にHPで公開する写真を3枚選んだ。
店長に気に入った写真があれば渡すからと言ってもらえたので、お気に入りの写真10点のデータを頂いた。
「遅くまで悪かったね。これは写真を撮らせてもらったお礼だよ」
店長はそう言って、封筒を私の前に差し出した。
「こんな素敵な経験をさせて頂いて感謝しています。私の方がお金を払いたいくらいなので、受け取れません」
アルバイト代として2万円のドールのスプリングコートを受け取っているので、さすがにこれ以上頂くのは申し訳ないと思い断った。
「いやいや、受け取ってもらわないと私の立場がないです。もし良かったら、またこういうアルバイトをして貰えると助かるのですが、どうでしょう?」
お金を返す事は無理そうだ。こんなにお金を貰っているのに、断るなんて出来るはずがない。
「私でよろしければぜひ」
「ありがとうございます。美沙様は我が社のイメージにぴったりです。よろしければドールハウスLの専属モデル契約をさせて頂けませんか? もちろん、お給料もお支払いしますし、限定品のプレゼントなどの特典もつけさせて頂きます」
専属モデル契約?
いきなりそんな契約をして大丈夫だろうか?
店長はいい人だと思うし、ドールハウスLも信頼できるお店だけど……。
私が躊躇していると、
店長は「ではゆっくり考えてからお返事を頂けますか?」
と言い、返事を急がせる事はしなかった。
その後、少しだけ雑談をしてから、私服に着替えた。
「今日はありがとうございました」と挨拶をすると、店長やスタッフが一緒に外まで出て来て、丁寧にお礼を言ってくれた。
ドールハウスLを出て、通りを曲がった所で立ち止まり、ふうっと息を吐く。
ただのドール好きの大学生の私に、こんな素敵なチャンスが貰えるなんて信じられない。
専属モデルになれば、ドールたちにもっとたくさんの限定品を着せてあげる事が出来る。
それに、私もドールとリンクコーデを楽しむ事が出来る。
これは現実だよね? まさか夢なんじゃ?
最大級の喜びと不安で、私は挙動不審な様子に見えたらしい。
側を通っている人たちが私を見ている事に気づいて、慌てて駅まで走る。
マンションに帰ってドールを見ると、ドールハウスLで着たドレスを思い出す。
うちのドールをドールハウスLに連れて行って一緒に撮影してもらう事も出来るかもしれない。
めっちゃ嬉しい。
今まで自分が可愛いとか綺麗だとか思った事がなかったし、人から言われても社交辞令だと思っていた。
そんな私が大好きなドールハウスLの専属モデルに誘われたなんて。
次にアルバイトに行く時に、専属モデルの話を詳しく聞いてこよう。
就活をしなくてはと思いつつ、就きたい職種も決まらず何もしてこなかった。もしかして、専属モデルを引き受ければ就職しなくても良いの?
そんなはずないよね。
それでも興奮が止まらない。ドールたちに今日の事を報告していると、店長から丁寧なお礼のメールが届いた。
やっぱり夢じゃない。
ドールハウスLのドールの交流掲示板に目を通す。
自分のドール自慢や、限定品がすぐに品切れになる事の愚痴、店長への要望などが書かれている。
私、ドールハウスLの専属モデルに誘われたんだよ。ドールとリンクコーデの撮影をしたんだよ、と優越感に浸った。
店長にお礼のメールを送ると、次のアルバイトの予定を聞かれたので、スーパーのアルバイトのない日を伝えた。
アルバイト代として、好きなドールの衣装を1着貰えるとの事だった。
お金より好きなドールの衣装をもらえる方がずっと嬉しい。カレンダーにアルバイトの予定を記入する。
ドールハウスでの2回目のアルバイトの日、前回より緊張は幾分和らいだものの、ドレスを着せてもらう時はやはりドキドキした。
私の1番お気に入りのドール、アニと一緒に撮影をする事を許可してもらったので、アニと同じ黄色のドレスを着て撮影をしてもらう。
毎日話しかけているアニと一緒なので、前回より笑顔が自然に出たと思う。アニと同じポーズを取ることも楽しくて仕方がなかった。
「今日はそれほど緊張していませんでしたね。前回より自然な感じで素敵な写真が撮れています」
「ありがとうございます」
店長に褒められて、頬が赤くなるのを感じた。
「昨日、専属モデルの佐藤さんの撮影だったんですよ。ご覧になりますか?」
店長がテーブルに置いてあるアルバムを開きながら言った。モデルに誘っているのは私だけじゃなかった。よく考えたら当たり前の事なのに、モデルに誘われて舞い上がっていた分、頭を叩かれた様な気がした。
「はい。見せて頂きたいです」
嫉妬の様な感情を押し殺し、笑顔を作り答える。
店長が佐藤さんとドールが映っているアルバムを見せてくれた。佐藤さんは背が高くスラッとしていて、小顔。
私の様にドレスと化粧で誤魔化してドールになったのではなく、元々がモデルにスカウトされるくらいの美人さんなのがわかる。
「スタイルが良くて綺麗な方ですね」
「佐藤さんは身長が175センチあるからね。ただ、佐藤さんは高身長がコンプレックスだと言っていたよ。佐藤さんは可愛らしいドールがお気に入りだからね」
高身長がコンプレックスになる? 確かに可愛らしいドールは長身のイメージはないけど、私から見たら羨ましい。
「美沙様、私がどうして美沙様をアルバイトに誘ったのかわかりますか?」
店長が微笑みながら聞いてきた。
「わかりません」
最初に声をかけてもらった時から、ずっと気になっていた事だった。
見た事もない女性をモデルのアルバイトに誘うなんて、リスクが高すぎる。
「美沙様が投稿しているドールの写真に、ドールへの愛の強さを感じたからです。
ここまでドールを愛して、細やかな気遣いをされる人は素敵な方に違いないと思いました。そして私の勘は当たりました」
「私はドールにお金をかけているので、自分の為にはほとんど使っていません。今日の服もブランドではありませんし、化粧品もプチプラです。それなのに?」
「化粧品や服はこちらで用意する事が出来ます。人はドールに自分の理想を重ねます。美沙様のドールの化粧やコーデネートを見れば、大体美沙様がどんな方かわかります」
「驚きました。どうして店長が私に声をかけてくれたのか気になっていました。ドールを大切にしてきて良かったです」
「今、ドールハウスLには7人の専属モデルがいます。美沙様にも是非専属モデルになって頂きたいと思っています」
「お誘いありがとうございます。今日、お話を聞かせて頂いてから決めようと思っていました」
佐藤さんの写真を見て、私も専属モデルになりたいという思いが強くなっていた。
「ありがとうございます。では今から、専属モデルについてお話をさせて頂きます」
店長はテーブルの上にある沢山の資料を一つずつ開いて、説明を始めた。
「ーー、ドールだけではなく、専属モデルも人間ドールとして、来月完成予定のドールビルの宣伝なども担当して頂く予定です」
店長はそう言うと、ドールビルの資料を私の前で広げた。
まるで中世のお城の様な建物、室内も全て西洋風だ。
この部屋だって、西洋風だけど、さらに上をいっている。
「素敵ですね。私なんかが務まるでしょうか?」
不安を感じる。今なら引き返せるかもしれない。
「美沙様だからこそお誘いしたのです。今は派遣社員での契約ですが、大学を卒業したら正社員になって頂きたいと思っています」
「正社員ですか! 私まだ就職が決まってなくて、是非よろしくお願いします」
いくら専属モデルとはいっても、契約社員だといつ切られるかわからない。それに人気がなくなれば、専属モデルを続ける事は難しいだろうと思っていた。
本当に正社員として雇ってもらえるの?
こんなチャンス2度とない。
これ以上返事を長引かせて、専属モデルの話が消えたら困る。店長に専属モデルになり、来年の4月以降は正社員として働きたい事を伝えると店長は笑顔になり、契約に関する書類をテーブルの上に並べた。私は店長の説明を受けながら、書類に署名捺印をしていく。書類が何枚もあったので、全て終わるまで数十分かかった。
「美沙様、お疲れ様でした」
店長に労われほっと一息をつく。これで私はドールハウスLの専属モデルになったのだ。
「ありがとうございました。これからよろしくお願いします」
店長に頭を下げると、「美沙さん、よろしくね」と笑顔を向けてくれた。
店長は私の事を、美沙様ではなく美沙さんと呼んだ。
私をお客さまとしてではなく、一緒に働く仲間として認めてもらった様で嬉しい。
この日、家に帰った後もずっとハイテンションだった。就職の心配をしなくて良くなったのが何より嬉しい。アルバイトも辞めて、大学在学中は専属モデル一本でやっていこう。
ドールの服もプレゼントして貰えるから、今までの様に、ドールの為に自分の時間を犠牲にしてアルバイトに精を出さなくても済む。
友達とも遊びに行こう。この時が、人生の中で1番幸せを感じていたと思う。努力せずにラッキーだけで人生の頂点まできたら、後は落ちるしかない。そんな当たり前の事に私は気づかなかった。
月に数回ある専属モデルの仕事で、今までしていたアルバイトの数倍の給料を貰えた。給料と店長からのプレゼントで、ドールの服をイベントや季節毎に変えることも余裕で出来る。そんな生活を続ける事、数ヶ月。
私の大学の友達全員の就職が決まり、みんなは10月1日の内定式に出席していた。私のモデルという就職に対して心配する声もあり、何度か教授に呼ばれた事があったけど、最終的に私の意思を尊重してもらえた。
「美沙は卒業しても、そのままモデルの仕事を続けるんでしょ? 好きな事が仕事になるなんて良いなぁ」
と奈菜子が言う。
今日は内定式を終えた友人3人と居酒屋に来ている。
ドールが趣味だという事はそれまで誰にも言っていなかった。だけど、みんなに「美沙は就職決まった?」と聞かれる事が増えて、友人3人にだけはドールハウスLで専属モデルとして働いている事を伝えていた。
「一応正社員にしてくれるって言われたけど、モデルなんて仕事、ずっと出来るとは思えないし、私は奈菜子たちの方が羨ましいよ」
「まあ安定はしているからね」
東証一部上場企業に就職した奈菜子が言った。
「確かに安定はしてるけど、モデルの仕事の方が夢があるよね。そのうちテレビにも出たりして」
玲奈が私の腕を指でツンツンと突く。
「そういう話もあるみたいだけど、もう少し先になるかな」
「マジ? 美沙、モデルとしてテレビに出るの? サインもらっておいた方が良いかな。有名になったら、なかなか会えないかもしれないよね」
莉子が驚いた顔をして、奈菜子と玲奈に言うと、2人も頷いた。
「私はモデルっていっても、普通のモデルじゃなくて、ドール専門のモデルだから、一般向けの雑誌に載る事はないし、バラエティ番組とかで話す事もないよ。ドールが好きな人向けの雑誌や番組に出るだけだから、有名になる事はないよ」
趣味がドール集めという人はそんなにいない。ドールはリカちゃん人形などの子供用の人形とは違って価格も高い。
「そっかぁ。でも美沙が出ているなら雑誌も買うし、テレビも見て応援するから」
3人が口々に言ってくれた。
応援してくれるのは嬉しい。友達に話して良かったと思う。
「ねぇ、美沙のモデルの写真を見せて欲しいんだけど」
「私も! 美沙がモデルになったって聞いてからずっと気になっていたの。見たい!」
奈菜子と玲奈が興味津々の顔で私を見ている。きっとそう言われると思っていたから、バッグの中には私がモデルをしているパンフレットを入れていた。
「良いけど恥ずかしい。私、他のモデルさんの様に綺麗じゃないし、どうして私がモデルになれたのかわからなくて」
最初に3人にドールハウスLの専属モデルをしている事を話した時、3人の驚いた顔を今でも覚えている。美沙がモデル? 美沙って特に綺麗じゃなく、平凡な顔だよね?
3人の表情で、考えている事はすぐに分かった。
私自身がそう思っているのだから、3人の驚きは当たり前だと思う。ドキドキしながら、バッグの中からパンフレットを取り出して3人に見せた。
「えっ、これが美沙?」
「人形みたい」
「めっちゃ綺麗!」
3人が羨望の眼差しを私に向ける。
「メイクさんやカメラマンさんがすごいからだよ。この写真を見て、私だってわからないでしょ?」
私が自虐気味に言うと、莉子と奈菜子が「そんな事ないよ」「美沙は美人だもん」とフォローしてくれたけど、玲奈は「美沙には見えないね。でも、こんなに綺麗にしてもらえて羨ましい」と言った。
「うん。メイクさんには本当に感謝してる。私の特徴のない顔をドール仕様にしてくれるんだから。モデルの仕事は長期で出来るとは思えないけど、需要がある限り頑張るよ」
私が本音を言うと、3人は「応援するね」と言ってくれた。
その後ゲーセンでプリクラを撮った後、カフェに移動してたくさんおしゃべりをしてから別れた。
奈菜子たちと会ってから、今までは漠然としか考えていなかった将来を考える事が増えた。専属モデルとして一体何年働く事が出来るのだろう?
いくら化粧で誤魔化しても、やっぱり若い子の肌の方がキメが細かくてハリがある。
お肌の曲がり角と言われる25才を過ぎたら、私は用済みになってしまうのかな。その時、奈菜子たちはバリバリ働いているに違いない。一流企業で働いていれば、毎年給料も上がっていって、福利厚生もしっかりしている。
きっと、私はモデルを辞めた後、奈菜子たちの事が羨ましくて仕方がなくなるのだろう。
そんな暗い未来を考えつつも、美しいドールになった自分を見ると、やはり嬉しくてドールハウスLの専属モデルになって良かったと思う。
第2話https://note.com/miaimichiyo/n/na502f3c89da9
第3話https://note.com/miaimichiyo/n/n7cd88e44c08d
第4話https://note.com/miaimichiyo/n/n5115a37dfacd
第5話https://note.com/miaimichiyo/n/n05b93cbd322b
第6話https://note.com/miaimichiyo/n/n37735e57a709
第7話https://note.com/miaimichiyo/n/n2b9712194bcc
第8話https://note.com/miaimichiyo/n/nc67fe094977b
第9話https://note.com/miaimichiyo/n/nbc32d3a6e49d
