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レオン・ゴレツカ(Leon Goretzka)のプレースタイル・経歴を紹介!:FCバイエルン・ミュンヘン


レオン・クリストフ・ゴレツカ

Leon Christoph Goretzka
所属クラブ:FCバイエルン・ミュンヘン
生年月日:1995年 2月6日(30歳)
出身地:ボーフム, ドイツ
身長:189cm 利き足:右足
ポジション:アハター(8番, セントラル・ミッドフィルダー)




レオン・ゴレツカのプレースタイル

精密かつ強力なミドルシュート、189cmの強靭な肉体と無尽蔵なスタミナ、パスやドリブルで魅せる卓越した足元の技術力。そんな歴代のサッカードイツ代表MFを彷彿とさせる能力の持ち主がレオン・ゴレツカだ。彼が2024/25シーズンのリーグ戦で最も活躍したのは、第18節のVfLヴォルフスブルク戦。20分、ミドルシュートから先制点を挙げると、62分にはマイケル・オリーセの正確なフリーキックに頭で合わせ、2ゴール目を記録した。

ゴール前にスペースがあれば、飛び込んでヘディングから得点を狙い、相手のカウンターに対しては、スプリントと長い脚を活かしたスライディングでボールを刈り取る。まさにドイツの理想的な「8番」だ。今季は新鋭アレクサンダル・パヴロヴィッチの後塵を拝するも、同選手が負傷で長期離脱を強いられて以降はヨズア・キミッヒとの中盤コンビで躍動し、クラブの2シーズンぶりとなるリーグ優勝に大きく貢献した。


ユース時代のレオン・ゴレツカ

ゴレツカはノルトライン=ヴェストファーレン州アルンスベルク行政管区の郡独立市であるボーフムの出身。4歳のときに地元のヴェルナーSV 06 ボーフムでプレーを開始すると、6歳となった2001年、強豪VfLボーフムのユースへ加入。幼少期の憧れだったクラブのレジェンド、ダリウシュ・ヴォッシュDariusz Wosz)などの下で指導を受け、VfLボーフムで着実に成長したゴレツカは、そのあまりに抜きん出た才能から、クラブの大きな期待を集めるようになる。

2010/11シーズン、15歳のときに飛び級で参加したU-17ブンデスリーガ西部で、ゴレツカは23試合に出場して11ゴールを記録。翌2011/12シーズンに参加したU-19ブンデスリーガ西部でも、15試合11ゴールを記録した。2012年8月4日に行われた第1節SGディナモ・ドレスデン戦では、当時ドイツ2部に所属したVfLボーフムのトップチームでデビュー。同試合で背番号18を背負ったゴレツカは62分、アレクサンダー・イアシュヴィリのフリーキックにヘディングで合わせ、プロ初ゴールを記録した。ゴレツカがまだ17歳5ヶ月29日の若者だったときの出来事である。


FCシャルケ04でのレオン・ゴレツカ

プロデビュー1年目となった2012/13シーズン、ゴレツカはブンデスリーガ2部で32試合に先発で出場し、4ゴールを挙げた。18歳の若者とは思えない屈強な体付き、試合中に随所でみせるサッカーの才能は、ドイツ屈指の名門がゴレツカに触手を伸ばす理由としては十分すぎた。2013年、ゴレツカはボーフムの近郊ゲルゼンキルへンをホームタウンとする強豪クラブ、FCシャルケ04に加入する。

ブンデスリーガ1部に初挑戦する若者の1人にすぎなかったにも関わらず、ゴレツカは15試合の先発を含む24試合に出場し、4ゴールを記録。とくに第21節、敵地バイ・アレーナに乗り込んでのバイエル・レバークーゼン戦ではインターセプトから相手DFを躱し、見事なループシュートを決めた。翌2014/15シーズンは負傷に伴う長期の離脱もあって出場時間が限られるも、2015/16シーズンにはアンドレ・ブライテンライター監督率いるチームの主力に定着。レロイ・サネマックス・マイヤーとともに、ドイツ期待の若手選手として大きな期待を集めた。


レオン・ゴレツカの飛躍

2016/17シーズン、新たにシャルケの監督に就任したマルクス・ヴァインツィールのもとでゴレツカはトップ下の主力として起用された。推進力あるドリブルでの持ち上がりとフィジカルを活かした粘り強い守備能力を発揮したゴレツカは、30試合に出場して5ゴールを挙げるなど、不調な「ケーニヒスブラオ」を牽引。クラブでの活躍が認められ、2017年夏にはコンフェデレーションズカップに挑むドイツ代表のメンバーに選出される。

「2軍」と揶揄された若手主体のチームの中心となり、準決勝メキシコ代表戦で2ゴールを挙げるなど活躍したゴレツカは、優勝に貢献した。ゴレツカとの契約が2018年限りで切れる状態だったシャルケは、ゴレツカに対して1000万ユーロを超えるとされる給与での新契約を提示。しかしゴレツカは、このオファーを拒否した。当時のシャルケの会長クリメンス・トゥーニースClemens Tönnies)に批判されながらも、シーズン途中の冬にFCバイエルン・ミュンヘンへの移籍が決定。ドメニコ・テデスコ監督率いるチームで活躍したのち、5シーズン在籍したチームを退団した。

ゴレツカのバイエルン加入には、ボーフムのレジェンドであり、バイエルン史上最高のユースコーチであるヘアマン・ゲルラントも関わっていた。以下はゲルラントがスカイのインタビューで語った内容だ。「私が彼をFCバイエルンに推薦したのは、彼がまだ16歳だったときのことです。当時、彼はボーフムのBユースチームに所属し、ヴェストファーレンカップ決勝でシャルケと対戦していました。私は彼のことをそれほど長く知っています」


FCバイエルンでのレオン・ゴレツカ

2018年にバイエルンへ加入したゴレツカは、退団したチリ代表MFアルトゥーロ・ビダルに取って代わる形で、バイエルンの中盤に質と運動量をもたらす存在となった。ニコ・コヴァチ監督率いるチームで、30試合に出場し、8ゴールを挙げたゴレツカは、2019/20シーズンの序盤、一時的にポジションを失う。しかしバイエルンの監督がハンジ・フリックに交代して迎えた第11節のボルシア・ドルトムント戦で先発に復帰すると、誕生日が僅か2日違いのキミッヒとの中盤コンビで躍動。

好循環を迎えたチームで中心的存在となったゴレツカは、コロナ禍での筋力トレーニングなども奏功し、ブンデスリーガDFBポカールUEFAチャンピオンズリーグ優勝の3冠達成に貢献した。ミドルシュートやヘディングでの得点、ボールの持ち上がりや展開力を武器にするゴレツカは翌2020/21シーズンもフリック監督率いるチームで活躍し、セビージャFCとのスーパーカップの得点を含め、32試合で8ゴール7アシストを記録した。


レオン・ゴレツカに訪れた低迷

監督がユリアン・ナーゲルスマンに移行した2021/22シーズンRBライプツィヒの中盤で活躍したマルセル・ザビッツァーが加入するも、12月に負傷で長期離脱するまでは完全な主力を務めた。翌2022/23シーズンも、ライアン・グラ―フェンベルフが加入したなかで、チームの中盤における主力がゴレツカであることに変わりなかった。しかしトーマス・トゥヘル監督のもとで迎えた2023/24シーズン、ゴレツカの立場は急変する。

トゥヘル監督はキミッヒをより攻撃的に起用するためと称し、クラブにデクラン・ライスか、ジョアン・パリーニャの獲得を進言。実際に移籍とはならず、選手が不足した状態で臨んだシーズンで、バイエルンの中盤は崩壊した。前線からのプレスを軟化し、安定した守備ブロックの形成を目指すトゥヘル監督のサッカーとバイエルンの陣容は相性が非常に悪く、試合のコントロールを失ってしまう。

リーグ12連覇をかけたバイエルンは、無敗優勝を遂げたレバークーゼンとVfBシュトゥットガルトの後塵を拝し、3位でシーズンを終えた。何よりゴレツカ最大の失望は、母国開催のユーロ2024に出場するドイツ代表メンバーに選ばれなかったことだろう。チームの和と明確な序列分けを重視したナーゲルスマン監督は、実力がありながら今季不調のゴレツカの招集を見送ったのだ。


輝きを取り戻した「8番」

2024/25シーズン、パヴロヴィッチが主力級の活躍をみせ、ジョアン・パリーニャがクラブに加入したことで、ゴレツカの地位は急落した。第10節のFCザンクトパウリ戦までリーグ戦での先発出場がなかったうえ、それまでの9試合でも5試合で出場機会がなかったのだ。しかし先発に復帰して以降、ヴァンサン・コンパニ監督はゴレツカを重用した。とくに第11節のFCアウクスブルク戦では、攻守にわたって活躍した上、ハリー・ケインへのアシストも記録した。

第18節のVfLヴォルフスブルク戦で鮮烈な2ゴールを挙げるなど復活したゴレツカは、その後もチームの主力の1人として活躍し、シーズンを通じて40試合で5ゴール2アシストを記録。活躍が認められたことで、イタリア代表とのUEFAネーションズリーグ準々決勝でドイツ代表に復帰し、2試合ともに先発して勝利に貢献した。コンパニ率いるバイエルンで、輝きを取り戻したゴレツカ。退団に関する様々な憶測が流れているが、ゴレツカが2025年夏にどのような判断をするのか注目したい。


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