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温故知新(138)金井東浦遺跡 黒井峯遺跡 榛名神社 元島名将軍塚古墳 モン・サン・ミシェル マラケシュ 稲童古墳群 国越古墳 箸墓古墳 備前車塚古墳 聖ミカエルの山 スカラ・ブレイ 天王山古墳群 日代宮 植月寺山古墳 クサール・ヌアイラ 美奈宜神社 ジェッダ 佐田京石 藻岩山 ポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイト

 6世紀の初め、群馬県高崎市にある榛名山が噴火し、大規模な火砕流が発生しました。2012年には、渋川市の金井東裏遺跡で、鉄製の甲を身につけたまま亡くなったとみられる人骨が出土しています1)。また、渋川市には「日本のポンペイ」と呼ばれる古墳時代後期(6世紀前半)の黒井峯遺跡があります。

 金井東裏遺跡と榛名神社(群馬県高崎市)を結ぶラインは、第10代崇神天皇の皇子の豊城入彦命の陵墓と推定される元島名将軍塚古墳(高崎市)とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差し、黒井峯遺跡と榛名神社を結ぶラインは、元島名将軍塚古墳とアトランティスの都市があったと推定されるマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。

図1 元島名将軍塚古墳、金井東裏遺跡、榛名神社を結ぶ三角形のライン、元島名将軍塚古墳とモン・サン・ミシェルを結ぶライン、マラケシュと元島名将軍塚古墳を結ぶライン、元島名将軍塚古墳と黒井峯遺跡、榛名神社を結ぶライン

 これらのラインから、金井東裏遺跡や黒井峯遺跡は、豊城入彦命と関係があると推定されます。金井東裏遺跡から見つかった人骨の頭骨から、この人物は渡来人の血を引いていると推定されています1)。また、金井東裏遺跡のすぐ側にある遺跡から馬や仔馬の骨が出土し、この地で馬の飼育が行われていたことが確実視されています1)。

 金井東裏遺跡の「甲を着た古墳人」の所持していた矛や鉄鏃には、鹿角(ろっかく)製の装具が残っていましたが、鹿角製の装具を伴う矛は、福岡県行橋市の稲童古墳群21号墳からも見つかっています。出土品から稲童古墳群21号墳の被葬者は、畿内政権と強い政治的つながりがあったと考えられています。

 金井東裏遺跡と稲童古墳群21号墳を結ぶラインは、倭迹迹日百襲姫命の墓と推定される箸墓古墳神武天皇社などとつながる聖ミカエルの山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、羽衣伝承の天女でもある豊宇賀能賣命を祀る奈具神社(京都府宮津市)があります(図2)。また、稲童古墳群21号墳と箸墓古墳を結ぶラインの近くには、香川県琴平町の金刀比羅宮 厳魂神社(奥社)があります(図2)。これらのラインから、金井東裏遺跡と稲童古墳群21号墳の被葬者は、倭迹迹日百襲姫命と関係があると推定されます。

図2 箸墓古墳、金井東裏遺跡、稲童古墳群21号墳を結ぶ三角形のラインと厳魂神社、箸墓古墳と聖ミカエルの山を結ぶラインと奈具神社

 第8代孝元天皇の陵墓と推定される備前車塚古墳と稲童古墳群21号墳を結ぶラインは、倭迹迹日百襲姫命を祀っていると推定される玉比咩神社(岡山県玉野市)とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、天神垣神社(鳥取県米子市)の近くを通ります(図3)。天神垣神社は、元は大社で、石馬大明神と称して祀っていた石馬があります。

図3 玉比咩神社、備前車塚古墳、稲童古墳群21号墳を結ぶ三角形のライン、玉比咩神社とスカラ・ブレイを結ぶラインと天神垣神社

 鹿角製の装具を伴う矛は、熊本県宇城市の6世紀後半と推定される国越古墳からも出土しています。黒井峯遺跡と国越古墳を結ぶラインは、箸墓古墳とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。箸墓古墳と黒井峯遺跡を結ぶラインの近くには、諏訪大社 前宮 本殿(長野県茅野市)があり、黒井峯遺跡と国越古墳を結ぶラインの近くには、瓊瓊杵尊の陵墓があると推定される天王山古墳群があります(図4)。

図4 箸墓古墳、黒井峯遺跡、国越古墳を結ぶ三角形のラインと諏訪大社 前宮 本殿、天王山古墳群、箸墓古墳とモン・サン・ミシェルを結ぶライン

 備前車塚古墳と国越古墳を結ぶラインは、玉比咩神社とマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図5)。備前車塚古墳と国越古墳を結ぶラインは、三ツ山(浅口市寄島町)の近くを通り、玉比咩神社とマラケシュを結ぶラインは、備中国総社宮(総社市)の近くを通ります(図5)。

図5 玉比咩神社、備前車塚古墳、国越古墳を結ぶ三角形のラインと三ツ山、玉比咩神社とマラケシュを結ぶラインと備中国総社宮

 これらのラインから、稲童古墳群21号墳や国越古墳の被葬者は、孝元天皇や倭迹迹日百襲姫命と関係があると推定されます。

 第12代景行天皇の陵墓と推定される植月寺山古墳(岡山県勝田郡勝央町)と国越古墳を結ぶラインは、第12代景行天皇の日代宮があったと推定される天満神社(大分県津久見市四浦深良津)とアトランティスの都市があったと推定されるクサール・ヌアイラを結ぶラインとほぼ直角に交差し、稲童古墳群21号墳と植月寺山古墳を結ぶラインは、天満神社(四浦深良津)と聖ミカエルの山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図6)。これらのラインは、植月寺山古墳が景行天皇の陵墓で、天満神社(四浦深良津)に日代宮があったと推定されることと整合し、国越古墳や稲童古墳群21号墳の被葬者は、景行天皇と血縁関係があると推定されます。

図6 天満神社(津久見市四浦深良津)、植月寺山古墳、国越古墳を結ぶ三角形のライン、天満神社(四浦深良津)とクサール・ヌアイラを結ぶライン、聖ミカエルの山と天満神社(四浦深良津)、稲童古墳群21号墳、植月寺山古墳を結ぶライン

 稲童古墳群21号墳と国越古墳を結ぶラインは、とジェッダを結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、神功皇后ゆかりの美奈宜神社(福岡県朝倉市林田)の近くを通ります(図7)。これらのラインは、国越古墳や稲童古墳群21号墳の被葬者が、景行天皇と血縁関係があると推定されることと整合します。

図7 天満神社(津久見市四浦深良津)、稲童古墳群21号墳、国越古墳を結ぶ三角形のライン、天満神社(四浦深良津)とジェッダを結ぶラインと美奈宜神社(朝倉市林田)

 天満神社(四浦深良津)と稲童古墳群21号墳を結ぶラインは、国越古墳とアメリカ ルイジアナ州にあるポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトを結ぶラインほぼ直角に交差し、交点付近に佐田京石(大分県宇佐市)があり、後者のラインの近くに藻岩山(札幌市)があります(図8、9)。

図8 国越古墳、天満神社(四浦深良津)、稲童古墳群21号墳を結ぶ三角形のライン、国越古墳とポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトを結ぶラインと佐田京石
図9 図8のラインと藻岩山

 国越古墳の北3.9kmの熊本県宇土市に、ポヴァティ・ポイント・ワールド・ヘリテイジ・サイトや藻岩山とつながる轟貝塚があることから、国越古墳の被葬者は、轟貝塚の縄文人と血縁関係があると推定されます。

文献
1)NHKスペシャル取材班 2025 「新・古代史」 NHK出版