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【すごい博物館179】横浜市電保存館:横浜発展の歴史を鉄道目線で学べる!

鉄道好きにオススメ 


■横浜市電保存館とは

2026年5月に訪問

横浜駅から南に約5Kmの磯子地区に、明治・大正・昭和時代の70年間にわたって横浜市内で運行されていた、横浜市電の路面電車7両が保存されている展示施設があります。

横浜市電保存館は、かつて滝頭車両工場があった跡地を利用して、市電が廃止された翌年の昭和48年(1973年)に開館し、昭和58年(1983年)に市営住宅のビルが建てられた際に、その1階部分に入居し現在に至り、運営は一般財団法人横浜市交通局協力会が行っているのだそうです(隣は横浜市営バスの滝頭営業所でした)。

長細い形状の館内には、エントランスの奥に、7台の車両を保存している展示室や、歴史コーナー、ジオラマ室などが設けられていました。

なお、館内に提示されている二次元コードをスマートフォンで読み取ると、日本語の「音声ガイド」が開き、各展示物のポイントを1分程度で聞けるようになっていました(WIFIも整備されていました)。

■エントランス

入場すると正面に受付がありチケットを購入しましたが、このエントランス部分には、横浜市電の歴史をまとめた年表や電車のジオラマ、お土産が買える「市電グッズコーナー」などがありました。

神奈川県庁などがある都心部を、かつての市電と現在の地下鉄の車両が走り回る、小さなジオラマがありました(地下鉄が高架を走っているのが不思議な気もしますが)。

写真付きの年表からは、明治37年(1904年)に民間企業の横浜電気鉄道により、神奈川~大江橋間が開通したことや、大正10年(1921年)に横浜市電気局が買収して「横浜市電」が誕生したことなどが読み取れました(詳しい歴史は後述のコーナーでも紹介されていました)。

■車両展示コーナー

過去に使用されていて、修復・再現された市電車両7両が並べられ、その周辺には停留所標識や信号機などの周辺機器も展示されていました。

523号車(500型)

一番手前の場所で紹介されていたのは、昭和3年(1928年)に導入された比較的小型の車両(定員75人)で、天井がアーチ型になっていたり、車内の木製部分に手彫り模様があるのが特徴ということです。

車内は木製の雰囲気に満ちていて、車輪のある部分の床が少し盛り上がっているのが確認できました。

ドアの開閉は手動式でしたが、運転手さんや車掌さんが開閉をしてくれていたのでしょうか。

1007号車(1000型)

昭和3年(1928年)製造の120人乗りの車両は、前後2つの台車を持つ「ボギー車」として初めて採用されたモデルだということです。

車体の中央に扉があることから、「中部車掌」が配置されていた時代もあったのだそうです。

1104号車(1100型)

昭和11年(1936年)製造の75人乗りのこの車両は、当初は車内の一部に2人掛け対面席を3脚設けていたことから、「ロマンスカー」と呼ばれていたのだそうです(現在は小田急の登録商標になっていますね)。

1311号車(1300型)

太平洋戦争終結後の昭和22年(1947年)に、輸送力増強のために30両導入された120人乗りの車両は、軽量・高機能で、ツーマンでの運行が行われていたそうです。

中央出入口は、両開引戸の自動ドアになっていました。

1601号車(1600型)

昭和32年(1957年)に製造された、100人乗りの中型ボギー車両で、電気を受けるビューゲルが自動昇降式になり、車内照明も蛍光灯になるなどの進化が見られたということです。

この車両は運転席に座って、運転手さんの気分を味わったり、外側から記念撮影をできるようになっていました。

昭和45年(1970年)頃とみられる路線図が掲げられていましたが、関内の官庁街を中心に、横浜駅方面、本牧方面、磯子方面、保土ヶ谷方面が網の目のように結ばれ、便利な交通手段であったことが読み取れました。

1510号車(1500型)

昭和26年(1951年)に導入された100人乗りの車両は、防振ゴムが使われた台車や、電気と空気の併用ブレーキが導入されるなど、当時の最新技術が導入され、市電が廃止となった昭和47年(1972年)まで走っていたのだそうです。

車内には緑色のロングシートが設けられていて、窓際の柱には「降ります」ボタンが付けられていました。

つり銭受け取りの装置が導入されていたようですが、ワンマン運転手の負担を減らすよう、定額の小銭が自動で出る仕組みになってたのでしょうかね。

無蓋貨車

一番奥の場所で紹介されていた、屋根のない車両は、レールや砂利など保線工事の材料を運ぶ目的に使われていましたが、大正2年(1913年)から約10年間は、キリンビール山手工場から港までの商品輸送にも使われていたそうで、当時の木製1ダース箱も併せて展示されていました。

周辺の展示

車両の周辺には、電気を集めるトロリーポールやビューゲル、動力となるモーターやコンプレッサー類、線路を切り替える分岐器なども並べられていました。

横浜の街中を走る車両の写真が飾られ、ガラスケースには運行に使用していた書類や部品・工具類が展示されていました。

旧横浜駅の東口で、昭和3年(1928年)から約半世紀にわたり時を刻んでいた大時計も、この館に寄贈されていました(KOSEというロゴが入っていましたが、そのような時計会社があったのでしょうか)。

運転手の帽子をかぶって、記念撮影できるコーナーも設けられていました。

ハンドルを操作して運転体験できる、「市電シミュレーター」も設けられていて、子供たちに大人気となっているようでした。

さらに奥の区画には、「歴史展示コーナー」と「ハマジオラマ」が設けられていました。

■歴史展示コーナー

幕末の開港以来、横浜の街が工業都市・住宅都市として発展してきた経緯が、「都市交通のあゆみ」を軸にしたストーリーで、図や資料も交えながら丁寧に解説されていました。

東海道と横浜の開港

日本最初の鉄道が明治5年(1872年)に新橋~横浜間で開通したり、東海道本線も明治22年(1889年)に全通するなど、横浜の発展には周辺都市との人の流れを支えた「鉄道」が大きな役目を果たしていたようです。

路面電車の登場

一方、街中の交通手段といえば人力車や馬車が使われていましたが、明治末期の37年(1904年)、私鉄の「横浜電気鉄道」により神奈川~大江橋間が開通し、道路に敷いたレールを電車が走るようになったのだそうです。

初期の車両はこのような形状で、運転席は室外に設けられていたそうです。

横浜市電の成立とその発展

大正10年(1921年)に横浜市による買収で「横浜市電」が誕生し、関東大震災で約1か月の全線運休になるほどの大被害を受けたものの、復興事業を通じて路線網を拡大していった経緯が紹介されていました。

大正13年(1924)の運転手の免許証は、なんと木札でできていたようですが、ぶら下げていつでも提示できるようにしていたのでしょうか。

大正~昭和時代の「市電乗換券」は、別の系統の電車に乗り換えるときに使われていたそうで、制限時間内であれば追加料金は不要だったそうです。

昭和初期になると、東横電車(現:東急東横線)や神中鉄道(現:相鉄線)が開通し、横浜市電との連絡で利便性が高まった一方、民営バスのサービスも始まり、路線間の競合も生まれたということです。

昭和9年(1934年)には「女子車掌」による業務も始まったそうですが、今見ても大変お洒落なモダンな服装ですね。

太平洋戦争末期の昭和20年(1945年)5月29日に大規模な空襲があり、横浜の市街地は焦土と化し、市電の車両も約4分の1が消失してしまったのだそうで、焼け焦げて放置された車両の写真も紹介されていました。

最盛期を迎えた市電とその限界

戦後の復興により、昭和30年代に横浜市電の規模は最大に達しましたが、自動車増加による混雑などにより、次第にその役割を果たせなくなっていく状況が説明されていました。

昭和30年代に、横浜市電の利用者は一日当たり約30万人もいたそうで、横浜市内の各地を悠々と走る市電の写真が目を引いていました。

昭和34年(1959年)には、横浜駅西口から三ッ沢方面を巡回する「トロリーバス(無軌条電車)」が開通しますが、路面電車よりも建設経費が少ないメリットがあり導入されたのだそうです。

市電車両1000形の1/20模型の周りに、毎年6月2日に開催されている「みなと祭」の記念乗車券が紹介されていました。

路面電車から地下鉄へ、都市交通の転換

昭和41年(1966年)から次第に路線の撤去が始まり、昭和47年(1972年)に横浜市電は68年の歴史に幕を閉じ、その役割を市営地下鉄とバスに譲ったということです。

昭和47年(1972年)に開通した横浜市営地下鉄は、その路線の周辺に大きな市街地が開発され、JR・私鉄との連絡も進み、現在も多くの市民たちの足を支えていることがパネルから読み取れました。

シアター

横浜市電から地下鉄までの貴重な映像11コンテンツを視聴できるシアターも整備されていて、周辺にはSLや電気機関車の模型などが飾られていました(動画はYouTubeにも公開されているようです)。

■ハマジオラマ

横浜の街を凝縮したようなジオラマの中を、横浜市電の他に、新幹線や私鉄電車などが走り回っていて、1日に7回「運転ショー」も開催されていて、鉄道やバスに関するスライドを見ながら解説を聞くことができました。

ジオラマ内の電車は、こちらの運転台からコントロールすることもできるようでした(120秒で300円)。

ジオラマの周辺には、横浜市電の歴史にまつわるエピソードがイラストで表現されていて、運転ショーを待っている時間に、様々なトリビアを楽しむことができました。

■多目的コーナー

館の一番奥には汎用のスペースがあり、市電のシミュレーターやNゲージの運転体験(1回100円)を楽しむことができるようになっていました。

訪問時には、「横浜市電の終点・今昔」と題した写真展が行われていて、昭和時代の全盛期に終点になっていた駅の風景と現在の姿を比較しながら、風景の変化を楽しめるようになっていました(横浜市電の写真・資料を集めている市民グループ「しでんの学校」が企画していました)。

■まとめ

以前、横浜市内に住んでいたことがありましたが、かつてこの港町に市電が走っていたことは知らず大変驚くとともに、細かく整備された路線網が文明開化後の横浜の成長や戦後の復興に大きく貢献していたことに深く納得することができた展示内容でした。

シミュレーターや模型など、子供さんが遊べるコンテンツも充実しているので、親子でのお出かけにもおすすめできる保存館だと思いました。

<良かった点・いまひとつだった点>

〇昭和時代製造の車両が美しく再現され車内も楽しめた
〇歴史コーナーの構成が明確で横浜の街の歴史も学べた
〇市民グループとの連携で質の高い企画展が実現されていた
△各車両の見どころ解説をもう少し増やしてほしかった

■インフォメーション

詳細はホームページで確認を

開館日・時間
 金~火曜日(水・木曜日は休館、祝日は開館)
 10:00 - 16:00(入館は15:30まで)
料金
 大人(高校生以上):300円
 3歳から中学生:100円
アクセス
 横浜市営バスの市電保存館前停留場 徒歩約0分
 横浜市営バスまたは京急バスの滝頭停留場 徒歩約3分
 ※無料駐車場16台分あり
住所
 235-0012 横浜市磯子区滝頭3-1-53

以上です、ご覧いただきありがとうございました。

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