三題噺ショートショート_傷
落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。
企画もの、大の苦手なのである。
どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。
私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。
いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。
え?落語?三題噺?ヤスさん?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、別名、天の邪鬼志朗だろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?
なんのはなしですか。

わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?
ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。
さて。では、三題噺ショートショート「傷」まいりましょうか。

高校の時、全く勉強しなかった。宿題は出さないのが当たり前。だが赤点だけは、辛うじて回避する。
俺の学校は、曲がりなりに「進学校」で。
赤点なら部活動停止。単位を落としたら退部。そんなくだらない不文律があった。
高三に上がる三学期末が終わった日、担任の英語教師に呼び出された。
「お前、このままじゃ単位、落とすぞ」
追試を三回受けて、ひとり通らず。
究極の救済措置は、写経。教科書全部を書き写すことだった。
生まれて初めて必死で取り組み。何とか期限の朝までオールナイトでやり遂げ。職員室の担任の机の上にノートを叩きつけ、サンドイッチを咥えながらチャリンコを飛ばし。開かない踏切にも耐え、ようやく球場に着いてマウンドに立った。
キャッチャーのサインに首を縦に振り。振りかぶって第一球を投げ込んだ。
気付いたとき、ベッドで寝ていた。ピッチャーライナーを食らい、病院に担ぎ込まれたのだ。
今だにその傷が疼き、俺に語りかけてくる。
為さねば、成らぬ。

ヤスさんの三題噺企画の、そんなこんなを家内と語らおうとして後ろを振り向くと、家内が笑って言った。
まだ、あの三題噺続けてるの?じゃ、それにちなんで、マッサー(注1)三倍返しで、ね。ペペン、ぺンッ!
……。
マッサージをすると家内は、上機嫌になる。
家内が上機嫌だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。
俺にしちゃあ、三題噺も、けっこう書いたは書いたが。笑

