三題噺ショートショート_一撃
落語家もすなる三題噺といふものを、コジも、してみむとてするなり。
企画もの、大の苦手なのである。
どんな親しい人の企画ものでも、なかなか素直には乗れない。
私は、「ルール」とか「決まり事」とか「期限」とか「締め切り」とかという制限事項が世の中で一番嫌いなのだ。
いくつになろうが、聞かん坊の悪ガキ。それが、私、kojuroだからである。
え?落語?三題噺?ヤスさん?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、別名、天の邪鬼志朗だろ。「もし書けなかったとしても、それはそれでOK。でも、やってみなきゃ、もったいない!」なんてこと言われたら、逆に書きたくなるんじゃないの?
なんのはなしですか。

わかったよ、書くよ。書く書く。書けば良いんでしょ、リトル。それで、いいんだろ?
ブラックホールよりも重い重い重い腰を上げて、半ば自暴自棄に筆を執る。
さて。では、三題噺ショートショート「一撃」まいりましょうか。

還暦を超えたが、俺には忘れられないヤツがいる。
まさに王長島に魅せられた世代。ヤツは、名字は平凡だが名前が変わっていた。
いつか、「4番、ファースト、央」とアナウンスしてもらうんだと言っていた。
変わっているのは名だけではなくて。短足で走り方がマリオのようで、決して駿足じゃない。
だが左の一本足打法で。バットを振るときに、なんとも言えない声を発しつつ打つ。
「ギャオッ!」
だからあだ名は恐竜。
中学の最後の試合。頭に死球を受けて退場。誰もがもう野球は辞めるだろうと思うほどの重症だった。
央はそれでも野球を続け、高校でも、一度もベンチ入りさえ出来なかったが全然諦めなかった。
学力で早稲田に現役合格。四年間ベンチ外でも諦めず、耐えに耐えた。
秋のリーグ最終戦。完全な負け試合の最後の最後で代打で打席に立った。
大声と共に振り切った渾身の一打は場外に消えた。
俺は人目を憚らず、泣きながら独り言ちた。
央さぁ、まるでゾンビだよ。良い意味でのな。

ヤスさんの三題噺企画の、そんなこんなを家内と語らおうとして後ろを振り向くと、家内が笑って言った。
まだ、あの三題噺続けてるの?じゃ、それにちなんで、マッサー(注1)三倍返しで、ね。ペペン、ぺンッ!
……。
マッサージをすると家内は、上機嫌になる。
家内が上機嫌だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。
俺にしちゃあ、三題噺も、けっこう書いたは書いたが。笑

