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細野晴臣提供曲の7インチコレクション②(16枚)




イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」(1981)

81年8月5日リリース

A面「ハイスクールララバイ」
作詞:松本隆/作編曲:細野晴臣
B面「欽ドン!良い子悪い子普通の子のテーマ」
作詞:竹島達修/作編曲:あかのたちお

ハイスクールララバイレーベル面にApr.’81とあるが、本当は8月発売ではなく、4月発売だったのか? だとすれば番組の人気上昇とともに企画されたわけではなく、番組開始と同時に(というか前に)このシングルが計画(ならびにイモ欽トリオの売り出し戦略)されていたことになる

前年(1980年)に国内で1番多くレコードを売ったアーティストはYMOであったが、この年(1981年)の3月に発売されたBGMで世間は肩透かしを食う、そして私達の望むテクノポップはこっちだ!と言わんばかりの反応で「ハイスクールララバイ」はミリオン(オリコン7週連続1位)を突破、世間がイメージするテクノポップの最大公約数、この曲がなければ後にテクノ歌謡という言葉も生まれなかったかもしれない、まさにキングオブテクノ歌謡、あまりに売れ過ぎたため、現在中古レコード店ではゴミ扱いだが、この曲が果たした功績は大きい

テレビで歌う時の衣装で撮影された別ジャケ

そして「ハイスクールララバイ」は売りつくされ消費され満足され、2枚目3枚目は大ヒットにはならず、さらにフツオは調子こいて欽ちゃんに嘘をついて脱退(しくじり先生参照

何故、松本隆+細野晴臣はっぴいえんど(or 風をあつめて)コンビだったのか、欽ちゃんYMOみたいなことをやりたいと思っていたのかどうか、自分はそうは思いません(簡単にみたいなこと、といってもYMOはインストのイメージだったろうし、それをどう音楽素人のイモ欽に変換するのかが漠然とし過ぎ、結果的に曲が完成してから3人ということもあってYMOたのきんをもじったイモ欽トリオの名が決まったと予想)

もしYMOみたいなこと、がコンセプトであれば発注的に細野晴臣が先で松本隆が後、ということになるが、細野晴臣が歌謡曲を手掛けていくことになるのは、まさに「ハイスクールララバイ」ヒット後の話であり、この時点ではあのYMOの人が歌謡曲を作ってくれるのか?くらいの存在だったと思うので、ヒットメーカー松本隆が先という方が自然な気がします、松本隆細野晴臣を歌謡界に(ついに)引っ張り込んだという流れではないでしょうか(これを機に松田聖子スターボー等々、そしてブーメランのように君に、胸キュン。に到達する)、松本隆+細野晴臣コンビははっぴいえんど以来、そして同じ頃、松本隆+大滝詠一コンビもロンバケで復活し、秋には松田聖子「風立ちぬも作られ(アルバム風立ちぬには鈴木茂も参加)、81年は松本隆を軸とするはっぴいえんど復活の年といってもいいでしょう

フジテレビの番組なのにキャニオンレコードではなく、フォーライフだったのが妙で欽ちゃんフォーライフの関係もみえないが(このヒットを機にテレ朝『欽どこわらべフォーライフからリリース)、当時のフォーライフの社長は吉田拓郎、拓郎の作詞を何曲か松本隆が手掛けていたので、その繋がりは関係あるかもしれません

欽ドン!フジテレビの番組なのにイモ欽トリオTBS「ザ・ベストテン日テレ「ザ・トップテンには問題なく出演していた(後のおニャン子クラブの場合はこれが問題となる)

「ハイスクールララバイ」の7インチはあまりまくっているので、復刻なんてことはないと思うが、もしやるならオリジナル盤よりカッティングを良くすること前提でA面「ハイスクールララバイ」B面は「ハイスクールララバイ(カラオケ)」(アルバムポテトボーイズNO.1CDのボーナストラック)或いは失恋レッスン (A・B・C)(アルバムポテトボーイズNO.1収録の松本隆+細野晴臣コンビの曲、欽ドン!で歌ったこともあり、細野サンは次のシングルにしたかったらしい)

「ハイスクールララバイ」のヒットから数ヶ月後の82年1月3日、NHK-FMにてYMO WINTER LIVEの模様が放送され、番組をYMOイモ欽トリオが進行(長江健次は関西より電話出演)で最初で最後の?共演が実現



スーザン「恋せよおとめ」(1981)

81年9月21日リリース

A面「恋せよおとめ」
作詞作曲:細野晴臣/編曲:高橋ユキヒロ
B面「TRAINING」
作詞:ANN BILLSON/作編曲:高橋ユキヒロ

高橋ユキヒロプロデュース『恋せよおとめ』スーザンセカンドアルバムタイトルチューンシングルカット

スーザンのアルバムは2枚しかないが、シングルは国内外合わせると意外と多い(別途「スーザンの7インチコレクション」更新予定)、ダブり曲があるものの、とりあえず全部集める勢い、その前のスーザンノザキ(ナベプロ時代)とかは探さないですけど😃

ところでB面の作詞をしているビルネルソンの変名みたいなアンビルソンって何者ですかねー?



イモ欽トリオ「失恋レッスンABC」(1981)

81年12月5日リリースポテトボーイズNO.1の販促品?

A面「失恋レッスン (A・B・C)」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣、鈴木慶一
B面「ブルースカイラブ」
作詞:たけしまたつのり/作曲:FAY'S/編曲:鈴木慶一

プロモオンリー7インチ、ジャケからしてアルバムポテトボーイズNO.1のプロモーションで作られた盤だと思われるが、まさかあるとは思わなかった嬉しい1枚、存在を知ってからもなかなか見つからなかった1枚、当時から失恋レッスン (A・B・C)細野サン「ハイスクールララバイ」の次にシングルカットしたかった曲で、自分も好きだったが、かといって特にポテトボーイズNO.1レコードでもCDでも欲しくはない状況で、この盤はまさに願ったり叶ったりの1枚! 惜しむらくはB面が細野曲雨のライダーブルースであったなら...



イモ欽トリオ「ティアドロップ探偵団」(1982)

82年3月21日リリース、オリコン6位、B面「サーフサイドX」は未CD化

A面「ティアドロップ探偵団」
作詞:松本隆/作編曲:細野晴臣
B面「サーフサイドX」
作詞:松本隆/作編曲:井上大輔

近年長江健次主催イベントにおいてイモ欽トリオが集結し、唯一のアルバムポテトボーイズNO.1全曲再現LIVEが行われたが、アンコールでこのシングルの2曲も披露し、初代フツオのイモ欽トリオとしての全曲LIVEを結成36年目にしてやり遂げた

ということで、改めて考えてみればハイスクールララバイが160万枚という、おそらくスタッフ含め誰も予想出来なかった大ヒットになったものの、当時コンサートがなかったのが不思議(ザ・ぼんちでさえ武道館公演をしたのに)、やはり高視聴率番組欽ドン!の収録が最優先されたのと8週連続1位となったザ・ベストテンを始めとする歌番組出演等のスケジュールで手一杯だったのかと、それでも売れっ子なら週末にコンサートをブッキングされてもおかしくはないが、そもそもトリオが一つのグループとしてマネージメントされてなく、番組企画ユニットのビジネスが確立されてなかったのかもしれない、イモ欽トリオが先駆けでわらべに続き、以後他のバラエティ番組にもノウハウが受け継がれていったのだろう

このシングルの半年後にフツオ=長江健次は大学受験という理由で脱退するが、同時に地元大阪のレギュラー番組が決まっており、欽ちゃん的には学業専念ということで脱退を認めたつもりが、芸能活動を続けているので破門とし、絶縁状態が30年程続くことになる、フツオにしてみれば元々アイドルになりたかった訳でもなし、毎週欽ちゃんにシゴかれて「ナー!」と言い続けるのも辛く、大阪からのオファーに飛びついたのは想像に難くない

2曲目のティアドロップ探偵団も大ヒットしてたら、いよいよマネージメント体制も固められてフツオも逃げられない状況になる可能性もあったが、そこそこのヒットであった、ハイスクールララバイの二番煎じのようなテクノ歌謡ではなく路線を変えたことに対する良し悪しは結果論でしかない、単にティアドロップ探偵団が良くないというよりもハイスクールララバイが完璧過ぎたということだろう



山下久美子「赤道小町ドキッ」(1982)

82年4月1日リリース、カネボウ夏のキャンペーンソング、オリコン2位

A面「赤道小町ドキッ」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:大村憲司
B面「トラブル99」
作詞:菅原武彦/作曲:岡本一生/編曲:大村憲司

ナベプロ所属ながらアイドルではない、シンガーソングライターでもない、ロックシンガーだ!ということで2年間活動してきたが、ここらで大ヒット曲が欲しいということで、皆が狙っていた化粧品CMのタイアップを獲得、松本細野ハイスクールララバイコンビが手掛けることになったが、アーティスト的にテクノポップにされても困るといった意向でアレンジは大村憲司に、しかし実際のオケは細野サンが作って高橋幸宏がドラムを叩き、最後に大村憲司がギターをかぶせる工程だった模様

いつもと方向性が違うという判断で同月発売されたアルバムには収録せず、但しB面の曲は収録したということで、そっちはどんだけロックなんだ?と聴いてみれば、同じく大村憲司アレンジながらドラムはシンセでプログラミング(by松武秀樹)されたユルいテクノポップ調で、B面も細野曲といわれれば信じてしまいそうなテイストである、であれば赤道小町ドキッも収録して(当然曲順はA面の1曲目)おけよって話で当時のディレクターも収録してればアルバムがもっと売れたと回顧している

赤道小町ドキッは同じくカネボウの1年後の夏キャン君に、胸キュン。と共にコピーライターの佐々木克彦が考えたタイトルで両曲作詞の松本隆が考えたわけではない、そういう経緯から山下久美子が使っていた胸キュンというワードも流用されていた



真鍋ちえみ「ねらわれた少女」(1982)

82年5月1日リリース

A面「ねらわれた少女」
B面「蒼い柿」
作詞:阿久悠/作編曲:細野晴臣

オリコン91位、大傑作と思う反面、オリコン100位以内に入ったことがスゴイとも思ってしまう、しかしヒットメイカーの名ディレクター酒井政利阿久先生にとっては何もなかったことにするレベルであろう、だがおそらく契約でシングル3枚とアルバム1枚を出すことは決まっており、パンジー映画を作ることも決まっており、前進するしかない状況、そしてそれがまた新たな傑作を産む

ジャケの服装などから所謂王道アイドルフリフリ衣装みたいな発想から外れようという意志は伝わるが、なんとなくマジシャンのような何なのか、それが歌の内容とどう絡んでいるのか、皆目見当がつかない、「きみを誰かねらっている」って云ってる貴方の立場は?などと考えていくのも野暮に思えるが、今作も「プレイバックPart2」の「テープの逆回転みたいな曲を作って」と制作陣に指定したというような酒井政利の思いつきで「ミステリアスな、何かにねらわれている設定にしましょう」とかで阿久先生が書き上げ、細野晴臣フィルハーモニーレコーディング中そのままの勢いで作り上げたと想像するが、3者各々のベクトルは全く噛み合ってない、噛み合ってないがゆえの想像を超えたミラクル、唯一無二のアイドルポップが産まれてしまったという他ない、テレビ出演時における仮面をつけた男2人のマイムダンサーも謎過ぎ、スターボーの場合はコンセプトは明確で単にそれがスベってしまっただけだが、これに関してはそもそも何をねらっているのかがわからない、A面が謎過ぎてB面のことを考える余裕はまだない、サブスク未解禁



スターボー「ハートブレイク太陽族」(1982)

82年7月7日リリース、オリコン98位

A面「ハートブレイク太陽族」
B面「TOKYOベイブルース」
作詞:松本隆/作編曲:細野晴臣

七夕にハナタレたテクノ歌謡の代表曲、CHASERってなんですか?

戦犯は誰なのか、日音なのか研音なのか、はたまたポリドールレコードなのか、松本隆&細野晴臣風をあつめて」コンビのせいにするのは早計というものだろう、逆に言えば作品としての評価は高く、それゆえに中古レコードは欲しがられているし、DJでもかけたくなる曲なのは間違いなく、どう転んでも面白くなっちまう

そもそもの発端として考えられる、イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」の特大ミリオンヒットに対する業界への衝撃は大きく、各社が寄ってたかってまたとない夢を見てしまったのは仕方がない、欽ドン!という人気番組無くして一からコンセプトを立ち上げるのは無理難題、しかしそこで編み出した「キャラ設定」という「設定」が後世のアイドルに与えた影響は計り知れない

人生100年時代、アイドル年齢不問時代、セイントフォーのように再結集するのは時間の問題と思われる(あくまで希望的観測)、サブスク未解禁




柏原よしえ「しあわせ音頭」(1982)

82年7月10日リリース

A面「しあわせ音頭」
作詞:藤田まさと/作曲:細野晴臣/編曲:清水信之
B面「恋人よ帰れ」
作詞作曲:佐々木勉/編曲:桜庭伸幸

柏原よしえの9枚目と10枚目の間にリリースされた企画シングル、要は正式なシングルとしてカウントしないということだが、オバQ音頭みたいに夏休みの盆踊りで話題になって密かにバカ売れしたら… みたいな期待がなければ特にリリースする意味もない、音頭といえば大滝詠一だろうが、ここは細野晴臣の起用となり、スターボーと同時期ということもあって作詞は松本隆と思いきや、昭和初期から活躍する大御所の藤田まさと、惜しくもこのシングルの発売から約1ヶ月後に亡くなられているので、最後の作品だったのかもしれない、藤田先生はこの最新テクノ音頭サウンドをどう思われたのか⁈

オリコン70位だったのだが、その前後のシングルがオリコン10位以内にランクインされていることから、ノープロモーションだったと予測出来、ファンの中のさらに出たら何でも買うファンがそのくらいだったのかと

解せないのはA面と全く関係ない歌謡曲なB面で、企画シングルであればB面曲をわざわざ制作する必要もなく、カラオケで良かったのに〜と(サブスク未解禁)



コスミックインベンション「プラトニック学園」(1982)

82年7月21日リリース

A面「プラトニック学園」
B面「コズミックサーフィン」
作詞:近田春夫/作曲編曲:細野晴臣

コスミックインベンションのシングル3枚をコンプリートすべく、探すものの、3枚目の「プラトニック学園」というか世にも珍しい「コズミックサーフィン」の歌入りカヴァー収録のシングルは希少/高値/人気だったこともあって数年を要したが、「ちょっとホントあとはウソ」との2枚セットで安く入手することが出来た、単体より他と2枚セットだとコレクターは見逃しがちというケースは他のレコードでもありました(ヤフオクの場合)、「ちょっとホントあとはウソ」は既に持っていたので、それを売って、よりこのシングルが安価になってラッキーでした

前シングルから1年ブランク後の背水の陣、近田春夫+細野晴臣で固めたがヒットせず、これがラストシングルになり、バンド活動も終了した模様



真鍋ちえみ「ナイトトレイン・美少女」(1982)

82年10月1日リリース、サードシングルはラストシングル

A面「ナイトトレイン・美少女」
作詞:阿久悠/作曲:細野晴臣/編曲:岡田徹
B面「ロマンチスト」
作詞:阿久悠/作曲:細野晴臣/編曲:清水信之

A面「ナイトトレイン美少女」パンジー(北原佐和子、真鍋ちえみ、三井比佐子)映画『夏の秘密(82年9月18日公開)の主題歌、但し映画ではパンジー3人で歌うヴァージョンで音盤化されていない(YouTubeより抜粋追加)、映画はDVD化されてないので基本レンタルにないが、VHS版がTSUTAYA新宿店にある(未見、その後残念ながら、TSUTAYA歌舞伎町DVDレンタル館は2020年11月15日に閉店)

「夏の夜に見た秘密は夏の夜に忘れましょう」いつもの松本隆X 細野晴臣の風街コンビではなく、真鍋プロジェクトでは阿久悠 X 細野晴臣という珍しい組み合わせだったが、残念ながらヒットはしなかった、これに限らず阿久先生の80年代はだいぶ苦戦され(岡本舞子本田理沙など)、作詞から小説の方へシフトしていくが、85年に大瀧詠一とのコンビで小林旭「熱き心にはヒットさせている

映画に使われてるか不明だが、B面「ロマンチスト」も名曲、AB面阿久悠 X 細野晴臣だが、アレンジはA面岡田徹、B面清水信之という曲調に合わせたアレンジの割り振りが功を奏してます、サブスク未解禁



山田邦子「哲学しよう」(1982)

82年12月5日リリース、同時発売のアルバム『贅沢者』からのシングルカット

A面「哲学しよう」
作詞:山田邦子/作編曲:細野晴臣
B面「哲学しよう (Viens Philosopher)」
作詞:山田邦子、訳詞まきさなほ/作編曲:細野晴臣

A面はイントロを縮めたシングルヴァージョン、B面はシングルのみのフランス語ヴァージョンCD FILE 山田邦子というシングル集で両面ともCD化されたが、セカンドアルバム『贅沢者』が未CD化なため、長らく「哲学しよう」のアルバムヴァージョン、そして矢野顕子坂本龍一が関わっている曲がCDで聴けなかったのだが、2009年のゴールデン☆ベストにて『贅沢者』が全曲収録された(残るはサブスク解禁であるが、いつになることやら)

1年前のシングル「邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)」が既にラップ調であり、改めてお笑いギョーカイにも影響を与えたスネークマンショーの「ごきげんいかが123」を作った細野晴臣とは当然のようにラップを作る流れとなったのでしょう、「ヘーイ・ボーヤ〜」のフレーズがMarvin Gayeを彷彿とさせ、細野サン自身もチョッパーを弾(はじ)いたファンキーな仕上がりでラップ歌謡/テクノ歌謡の代表曲に仕上がった、当時ひょうきん族で歌ったりしたのだろうが、残念ながら記憶にない

哲学の本場といえばフランスだからB面はフランス語になったのかもしれないが、細野ファンとしては是非インストで聴いてみたかったということ



イモ欽トリオ「ティーンエイジイーグルス」(1983)

83年1月1日リリース

A面「ティーンエイジイーグルス」
B面「エレクトリックスーパーマン」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:白井良明

82年10月よりフツオ長江健次から後藤正に交代、しかしこのシングルをリリース後の83年5月に後藤正は引退、よって2代目フツオのイモ欽トリオは全2曲、そしてイモ欽トリオとしてもラストシングルとなった、イモ欽トリオ全3枚のシングルのA面は全て松本隆/細野晴臣風をあつめてコンビであったが、ヒットした2枚のB面は細野曲ではなく、売れなかったラストシングルだけAB面細野晴臣作曲、しかしながらアレンジは細野晴臣自身ではなく白井良明が担当、「ティーンエイジイーグルス」のスコアがYMO BOOKに載っているが、そこにも「アレンジは白井くん」とメモがある

ハイスクールララバイ以外のシングルはアルバム未収録でCD化が遅れたが「ティーンエイジイーグルス」イエローマジック歌謡曲「エレクトリックスーパーマン」続・ムーンライダーズのイイ仕事 フォーライフ編というコンピに各々収録された




川上さんと長島さん「きたかチョーさん まってたドン」(1983)

83年3月リリース、「君に、胸キュン。」の裏でこんなのもありました

A面「きたかチョーさん まってたドン」
B面「正しいプロ野球訓辞小唄」
作詞:高平哲郎/作編曲:細野晴臣

笑っていいともが始まって半年が経とうというところ、このモノマネの2人が出るコーナーから歌も作られてしまった

番組のコーナーで歌われただけだったので、当時そんなに何回も聴く機会がなく、曲を覚えられなかったのが正直なところ、その後イエローマジック歌謡曲というコンピに入って、やっとちゃんと聴けた思い、そしてB面は未CD化ゆえにコレを手に入れるまで知らなかったが、小唄とか放送作家がこの手のレコードにありがちな世界観を作り過ぎて残念な出来、もっとフリースタイルで細野サウンド全開だったら良かったのにと

ちなみにV9を達成した川上が監督を辞めたのが54歳、今考えてみると若い、今は還暦過ぎた監督などザラにいる、そして「きたかチョーさん まってたドン」の時期はNHKで解説や少年野球教室などをやっていて63歳くらい、それでもう長老という雰囲気だった




藤村美樹「夢恋人」(1983)

83年2月1日リリース

A面「夢恋人」
B面「春 mon amour」
作詞:松本隆/作編曲:細野晴臣

A面のテクノリズム+ギターサウンドのアレンジがこの後に手掛ける禁区の雛型になったような、B面「春 mon amour」の歌詞にも「夢恋人」という言葉が出てくるので、先にこちらを作ってボツになり、作り直してキャッチーなA面が出来上がったと勘ぐってしまいます、或いは最初から2パターン作って代理店/スポンサーの反応で決まったのか、やはりB面の方が細野色濃厚

ちなみに同年発売されたアルバム夢恋人の1曲目、同じく松本+細野コンビの名曲仏蘭西映画の原型はHOSONO BOX 1969-2000という4枚組CDに収録された「DRESSED UP」(76年の未発表セッショントラック)だと思います、さらに仏蘭西映画のアレンジを聴いてると同時期に制作してお蔵入りした小池玉緒スライのカヴァーラニンアウェイも思い出します

キャンディーズのミキちゃんこと藤村美樹の復活劇はシングル1枚アルバム1枚できっぱり終了




松原みき「パラダイスビーチ」(1983)

83年4月25日リリース、日立マクセルビデオカセットキャンペーンソング

A面「Paradise Beach(ソフィーのテーマ)」
作詞:松本隆/作編曲:細野晴臣
B面「気まぐれコラージュ」
作詞:竜真知子/作編曲:Dr. STRUT

昨今のシティポップブームですっかり時の人となってしまったが、残念ながら「Paradise Beach(ソフィーのテーマ)」は現在求められてない方の松原みきの曲である、山下久美子「赤道小町ドキッ」同様に普段やってる音楽とはちと違うが、ここらでヒットを出すべく松本細野コンビにオファーといった按配で、化粧品ならともかく(時期的には胸キュン大ヒット中)ビデオカセットのCMなので地味というか、ググったデータによると83年のビデオ普及率は11.8%で想像以上に低くく、ヒットもせず

もともと真夜中のドアもオリコン28位でヒットしたとは言い難く、当時テレビでよく見る歌手という感じでもなく、辛うじて名前は知ってる程度で、この曲のこともだいぶ後で知ったのだが、正直ホチョノ歌謡としても真っ先に買いたくなる感じではない

シングルの2ヶ月後に初のベスト盤Paradise Beachをリリース、完全にヒットを見越しての流れであったのだが… ということで「Paradise Beach(ソフィーのテーマ)」はベスト盤のみでオリジナルアルバム未収録、B面は以前のアルバムにも参加していたLAのフュージョンバンドDr. STRUTが手掛けた曲で、松原みき通常運転といえるシティポップながらアルバム未収録(2017年Platinum Bestにて初CD化)、AB面共サブスク未解禁




森進一「紐育物語」(1983)

83年4月21日リリース

A面「紐育物語 New York Story」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣、坂本龍一
B面「ルームキー」
作詞:松本隆/作編曲:細野晴臣

82年の冬のリヴィエラのヒットから数ヶ月後、その勢いで作られたアルバムが紐育物語 (New York Story)、その先行シングルに松本隆大滝詠一から細野晴臣に曲を託す、いわば80年代のはっぴいえんどシリーズ、松田聖子「風立ちぬ」から天国のキッスのパターンと同様(元はと言えば、はっぴいえんど春よ来いから風をあつめての流れ、大滝が先陣を切って細野に繋ぐ的な)

兎に角、紐育と書いてニューヨーク、マンハッタンなんであるが、一方通行でTシャツ袖まくり、都会的というよりテキサスの田舎臭が漂う(アメリカンなイメージ=Tシャツとジーパンみたいな)

残念ながら連続ヒットにはならなかったが(一層の事、ジャケの様に缶ビールのCMとか使われれば良かったと思うが)、B面も松本細野コンビで攻めるイエローマジック歌謡曲(例によってこちらの方が細野色濃厚)、A面のアレンジが細野坂本の共同アレンジなのは、坂本龍一がストリングスアレンジを担当したため、細野晴臣はアレンジを自分でやる場合にもオーケストレーションだけ他人に任せる場合がある、風の谷のナウシカ」(萩田光雄ピンクのモーツァルト」(松任谷正隆等々

両面リンドラム歌謡」(勝手に命名)





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