ロンドンで出会った少年 第1話「仕事を辞めた日」
【あらすじ】
大学を卒業し中学校の英語教師になった時雨芽衣(しぐれ めい)は、残業続きの仕事に耐えきれなくなり1年で仕事を退職し、昔からの夢だったイギリス・ロンドンへ留学を決意する。
ロンドンの語学学校に通いながら1人で観光する日々を送っていた芽衣は、日本人の月葉コウ(つきば こう)と出会う。年下なのにどこか大人びたコウに芽衣はだんだん心を開いていく。
日本に帰る前に「ロンドンでやり残したこと、あるんですか?」と聞くコウに、芽衣はある提案をする――。
第1話 仕事を辞めた日
今日で、最後の出勤日を迎えた。
自分のデスクの中身を全て机の上に出し、4月以来見ていなかった研修の資料やテストの試作など重ねているうちにあっという間に書類の山になった。
全ての書類をシュレッダーにかけていると同時に当時の思い出が蘇る。
学級懇談会の資料、頑張って作ったけど当日来た親御さんは2人だけだったな。
「こんなに印刷したのにねー」
「逆に来ちゃってごめんなさいね。先生自分の仕事したいよねえ?」
学級懇談会は苦手で、何を話せばいいのか分からなくなる。当日もドキドキして授業どころではなかったが、来てくれた親御さんたちは明るくて憂鬱な気分を吹き飛ばすほどパワフルな人たちだった。
毎日仕事に明け暮れて疲れていた私にとって、2人は太陽のような存在に見えた。
合唱コンクールの楽譜、表紙はクラスの大人しい子が描いてくれたっけ。合唱コンクールの練習の日々を思い出しただけで、私は胸がいっぱいになる。
辛かった。
3つのパートを担任の私1人でまとめることはほぼ不可能だった。経験もない社会人1年目がそれぞれの練習場所で起こるトラブルに対応できるはずもなかった。けれど、ふざけて歌う男子の歌声が、私の心を笑いで癒してくれたりもした。
最終的にはクラスで銀賞を取れて、みんなで大喜びした。
「先生、ご褒美に焼肉おごってください!」
「分かった分かった、みんなが卒業したらね」
この時、先生らしいこと言っているなと自分で初めて思った。ちゃんと先生やれてる。41人分の焼肉なんて私がお金持ちにならない限り奢ることは不可能だが・・・彼らが約束を忘れていることを祈ろう。
シュレッダーは満杯になっていた。捨ててくださいと言わんばかりに赤いランプが点滅している。
「そういう時はね、ちょっと手で押し込むといいよ。あ、でも書類まだあるなら潔く捨てた方がいいね」
隣のデスクに座っている私より少し年上の晴原先生。この先生も4月から異動になる。私と同じ英語教員で趣味や考え方が似ていて特に慕っていた先生の1人。机は綺麗に片付いて、あとはもう帰るだけというところだ。
私の手元にはあと半分くらいシュレッダーするべき書類が残っている。半ば諦めシュレッダーの扉を開けて紙屑で満杯になった袋を取り出そうとしたが、私があまりに大量の紙をシュレッダーにかけたもんだからなかなか袋が箱から抜けない。
「どんだけシュレッダーかけたのよ」
笑いながら先生は箱を両手でおさえてくれた。私は勢いよく袋を引っ張り出し、ズボッという鈍い音とともに袋は抜けた。
「じゃあ、頑張ってね」
先生は箱をシュレッダーの中に戻すと、ジャケットと鞄を手に取り「お世話になりました!」と大きな声で職員室の前で挨拶をし颯爽と帰って行った。
異動が決まった先生は前もって机の整理を始めるらしい。いや、どこでもそうなのだが、私は相変わらず何でもギリギリになってしまう。定時ぴったりに上がる先生の背中を見て自分の性格を恨んだ。
シュレッダーの袋を替え、散らばった紙屑を箒で穿きながらようやく全ての書類をシュレッダーにかけたあと、自分のデスクに戻って一息ついた。いつの間にか周りの先生たちは退勤していた。時計を見ると、もう7時を指している。
今日は朝から出勤して、午前中はバスケットボール部の練習を見に行き、午後は教室の片付けや清掃をしていたからもうヘトヘトだ。そして、最後の最後まで、残業である。
「まだ帰らないんですか?」
振り向くと、私のデスクの後ろに設置されたプリンターで印刷をしている蒼波先生がいた。蒼波先生は私より一回り年上の先生で、よく残業するタイミングが一緒になっていた。だいたいこの時間になると「今日は早く帰れそうですか?」「いや、今日も無理ですね」と会話するのがルーティーンだった。
「まだ仕事残ってるんで。でも今日は早く帰れそうです」
「もう7時だよ?早く帰りな」
「まだ、7時ですよ。いつもに比べたら早い方じゃないですか」
「だからそんな感覚になっちゃダメなんだって。定時から2時間経ってるでしょ?それが普通になっちゃダメ」
いつも蒼波先生の方が遅く残っているのに、いつも先生は私に「普通の会社」の感覚を教えてくれる。私が悩んだ時も相談に乗ってくれる人生の先輩だった。そういえば、蒼波先生も今回異動だ。
「先生はもう身の回り整理できました?」
「いやーそれどころじゃなくて。今週部活の発表会なんだよ」
そう言って蒼波先生は印刷していた発表会のプログラムを1枚とって、ちらっと私に見せた。合唱部の生徒から見に来てと誘われていたものだった。蒼波先生は1枚私にプログラムを渡すと、自分の席に戻って再び作業を始めた。
残業をしているといつも思う。「この残業は誰のためにしているのか?」と。
大学を卒業して社会に出て1年目。大学時代の友達で教師になった人はみんな副担からスタートしていた。私の配属された学校では1年目から担任を持たせることが当たり前らしく、何も分からないまま4月は入学式で先頭を歩いた。
担任業務、授業作り、生徒指導、顧問の仕事、校務分掌(私は経理担当だった)、生徒会活動、委員会活動。全てのことが初めてで周りの先輩たちに聞きながら走り抜けた1年間だったが、残業時間は月80時間を超えていた。
残業する理由は様々だろう。生徒のためであるとか、自分の仕事が遅れて他の人に迷惑をかけないためだとか。しかし、一番大切にしなければならない自分自身が疲弊していては本末転倒だと思う。
イライラしやすくなったり、生徒と楽しく関われなかったり、同僚に嫌な態度を取ってしまったり。結局はどうあがいても周りに迷惑をかけてしまうのだ。だったら最初から「できませんでした!すみません!」と潔く謝った方がいいのではないか。
そんなことを言っても、仕事量が減らない限りは何も変わらない。残業しなくとも仕事が溜まっていくだけだ。
社会人になる前は、休日は少し遠出したり趣味に没頭したりできるものだと思っていたが、実際は休日は部活があるしオフの日は疲れ切って1日家でゴロゴロしているなんてことが毎週の決まりだった。
だから、他の先生たちがスーパーマンに見えた。1年目の私より仕事量は倍のはずなのに、休日は部活がありながらも家族サービスをしたり家事をしたり。私は1週間のうちに1人の時間を必ず確保したいタイプだから、仕事しながら結婚なんて無理かもしれないと相手もいないのに思った。
今以上に仕事量が増えるなんて、耐えられない。精神的にも限界がきた。もっと自分を大切にしたい。そう思って退職を決意した。
机の上を綺麗に拭き、パソコンと充電器を机上に置いた。「退職者・異動者やることリスト」の紙を手にし一つひとつの項目を眺める。全部終えた。
最後にやることリストの紙をシュレッダーにかけ、自分の荷物を持って蒼波先生に「お先です。お疲れさまでした」と声をかけた。
蒼波先生は「お疲れ〜」と返してくれたが目線はすぐにパソコンの画面へと戻っていった。
職員室のドア横にある自分の名札を裏返した。もう来ないのだから裏返す必要もないのに、いつもの癖で手が勝手に動いていた。
先生たちの裏返された名札を見ると、まだ表向きの名札が1枚。蒼波先生のものだ。
ちらっと振り返ると、蒼波先生は眉間に皺を寄せてパソコンと向き合っていた。いつも残業のタイミングが重なった時は、2人でどうでもいい話をしながら仕事をしていた。それも今日で最後だった。
最終出勤日はあっさりしている。理由は、これが実は最後ではないからだ。4月の頭に離任式が行われる。そこでやっと最後と言えるだろう。関西育ちの私にとって4月に離任式をするなんて変わっていると思ってしまう。
2週間後の離任式で何を話そうか考えながら、学校最寄りのバス停に向かった。真っ暗闇の神社を横目に歩くのは最後だった。この神社にはリスも猫もいて私にとって癒しの場所だったが、夜になると鬱蒼と茂った木々が闇を包むように大きく揺れる。街灯は道の脇に1つ神々しく光を放っているが、神社の大きな木の影にはかなわなかった。
少し早歩きをしながらバス停に到着すると道路に車はほとんど通っていなかった。夜の11時に退勤することもあったが、人通りの少ない夜道を歩いても危険な目にあったり変な人に遭遇することはなかった。治安が良いのか、人が少ないだけなのか。
バスを待っている間、スマホを鞄から取り出しLINEを確認する。留学エージェントからメッセージが来ていた。
「パスポートの提出をお願いします」
14時にメッセージが来ていたのに気づかなかった。というか見る暇もなかった。
退職してから何をするか考えていた時に頭によぎったのが「留学」だった。
英語の教師でありながら実は一度も海外に行ったことが無かった。大学2年生の時にカナダへ留学する予定だったが、コロナで中止になってしまった。コロナ禍で2年間大学にはほぼ通えず、やっと大学に行けると思ったらもう大学4年生だった。
浦島太郎が箱を開けて一気に年を取ったと同じように、大学に足を踏み入れた途端4年生にあっという間に変えられた感覚だった。あれだけ留学のためにスコアを上げよう、授業に出ようと言われていたのに4年生になってからは「就活」しか言われなくなった。
どんなことをしたいのか分からないまま、流れに身を任せて教員になった。大学を卒業したら就職だという世間のルールに何の疑いもなく従い、留学などという願望はいつしか消えてしまっていた。
だから、ふと自由の身になった時に自分が何をしたいかを考えた。次も就職した方がいいのかもしれないとも思った。無職期間が生まれないよう退職したらすぐに転職するというのが世間の常識だった。しかし、就職をするとまた海外に行く機会を失ってしまうだろう。
そんな狭間で悩んでいたところ、親に相談すると「飛んだらええねん」とウジウジしてんと早く決めなさいと言わんばかりの表情で言われた。その一言で私は留学を決意することができた。最初は仕事を辞めることに反対だった両親が、まさか留学に背中を押してくれると思わなかった。
それからは留学エージェント探しが始まり、1か月半以内に留学したいという私の無理を受け入れてくれた今のエージェントに決まった。やりとりが全てLINEで完結するスタイルも、気を遣わなくていいから楽だった。
留学先はロンドンに決めた。「ハリー・ポッター」が小学生の頃から大好きでいつかロンドンに住みたいという夢を持っていたからだ。4月の離任式が終わった4日後にロンドンへ出発する予定だ。
帰り道のバスの中で、写真フォルダの中にあったパスポートの写真をエージェントに送信した。大学時代にパスポートを作ったが一度も使うことなく更新することになった新しいパスポートだ。
ロンドンのことを考えると自然と口角があがった。スマホでアプリを開きロンドンの美味しい物やおすすめスポットの投稿を見るのが、帰り道の楽しみだった。
ロンドンに行ったらやりたいことが山ほどある。ハリー・ポッターのロケ地をまわって、フィッシュアンドチップスを食べて、海外の友達とお出かけしたり舞台を見に行ったり。ついに長年の夢がかなうと思うと生きていて良かったと思える。
夜のバスは進みが速い。朝は30分かかる道も夜だと15分で着く。私はスマホをポケットにしまい、バスを降りて電車へと乗り換えた。
【第2話】https://note.com/rosy_clover151/n/n360b198ec2eb
【第3話】
https://note.com/rosy_clover151/n/nd1e510cf3301
【第4話】https://note.com/rosy_clover151/n/nc6851c977265
【第5話】https://note.com/rosy_clover151/n/n57d00b8c7dba
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【第9話】
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【第10話】
https://note.com/rosy_clover151/n/nc7332af7083e
