【みおとあおい】第八十八章:消費税―税収は最高、手取りは減少
第八十八章:消費税―税収は最高、手取りは減少
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

――同じ付加価値の財布を、国が先に取る――
画面の中で、片山さつきが政府へ問いかけていた。
二〇一二年三月十六日。
参議院予算委員会。
『お蕎麦屋さんは、今、税込み630円で出していますが、660円にできますかね?』
全国一律価格の大手チェーンなら、値上げできるかもしれない。
だが、町の小さな飲食店や理髪店に、同じことができるのか。
片山は、年間売上げ3000万円以下の中小零細事業者では、消費税を価格へ転嫁できていない割合が高いという調査に触れた。
そして、当時の滞納税額の半分に当たる3400億円が、消費税だと指摘した。
動画が止まった。
みおは、暗くなった画面を見つめていた。
みお:
「この人……全部、知ってるじゃない」
あおい:
「何を?」
みお:
「消費税が、別の財布に入った預り金じゃないことよ」
預り金なら、なぜ価格転嫁できないと滞納するのか
消費税は、一般にこう説明される。
消費者が負担する。
事業者が預かる。
そして、事業者が国へ納める。
この説明だけを聞けば、財布は二つあるように見える。
一つは、事業者自身の財布。
もう一つは、消費者から預かった消費税を保管する財布。
もし本当に財布が分かれているのなら、町のお蕎麦屋さんが630円を660円にできるかどうかは、納税資金と関係がないはずだった。
すでに預かっているお金を、そのまま国へ渡せばいい。
ところが、片山が語っていた現実は違う。
価格へ転嫁できない。
それでも、消費税の納付額は発生する。
納税資金を確保できなければ、滞納する。
みお:
「預かったお金を、そのまま渡すだけなら、価格転嫁の失敗が滞納につながるのはおかしいわ」
あおい:
「うん。価格転嫁できるかどうかで資金繰りが変わる時点で、消費税は独立した別財布じゃない」
価格へ転嫁できなかった事業者は、売上げ、粗利、預金、借入れなど、自分の事業資金から納税額を捻出する。
だから、資金が足りなくなる。
だから、滞納する。
消費税の滞納は、
「消費者から預かった税金を、事業者が使い込んだ」
と考えるよりも、
「一つの事業資金から、国の取り分を捻出できなかった」
と考えた方が、自然に説明できる。
財布は、最初から一つだった。
同じ付加価値の財布
あおいがノートを開いた。
標準税率10%。
売上げも仕入れも税込み。
非課税取引や複数税率などを省いた、単純なモデルで考える。
消費税の納付額は、次の形で表せる。
消費税納付額
=(課税売上-課税仕入)× 10/110
この、
課税売上-課税仕入
という差額は、課税仕入を支払ったあと、企業の中に残る大きな財布でもある。
その財布から、企業は支払う。
経営者の報酬。
労働者の給与と賞与。
会社負担の社会保険料。
仕入税額控除の対象にならない経費。
消費税。
そして最後に、法人へ利益が残る。
単純化すると、こうなる。
課税売上-課税仕入
= 消費税+人件費+控除されない経費+法人に残る利益
みおは、その式を見つめた。
みお:
「国と、法人と、働く人たちが、同じ財布を分けてる……」
あおい:
「そう。消費税だけが、消費者から預かった別のお金として存在するわけじゃない」
企業が生み出した付加価値を、
国。
経営者と労働者。
法人。
それぞれが分けている。
財布は、一つだった。
国は、法人と働く人へ分配し終わる前に取る
ここでいう「国が先に取る」とは、納付日の順番ではない。
法人に利益が残ったかどうかを待たず、税額計算上の国の取り分が決まる、という意味である。
法人税は、給与や経費を差し引いたあと、法人に残った課税所得を基礎に計算される。
課税所得がなければ、国税である法人税は原則として発生しない。
だが、消費税は違う。
企業が黒字か。
赤字か。
価格転嫁できたか。
納税資金が残っているか。
消費税の計算式は、それらを読まない。
読むのは、課税売上と、控除できる課税仕入である。
法人に利益が残らなくても、人件費や仕入税額控除されない経費が残っていれば、消費税の計算対象は残る。
つまり、
法人の取り分がなくなっても、国の取り分は発生する。
みお:
「法人が赤字なら、国は誰の取り分から取るの?」
あおい:
「同じ財布に残っている、人件費や控除されない経費に相当する部分からだね」
みお:
「それ、働く人へ分配されるお金じゃない」
あおい:
「うん」
消費税は、企業と労働者への分配が終わったあと、余った利益だけから払う税ではない。
企業と労働者へ分配される前の付加価値から、国の取り分を計算する税である。
――数式を遡ったら、モーリス・ローレに着いた――
あおいが、ノートの真ん中に一本の式を書いた。
課税売上-課税仕入
みお:
「何、その式」
あおい:
「消費税を見るための式」
みおは、しばらく式を眺めていた。
みお:
「企業って、普通は仕入れた値段より高く売るわよね」
あおい:
「うん。そうしないと、給与も経費も払えないからね」
ならば、通常の企業では、
課税売上-課税仕入>0
になる。
少なくとも、国内で通常の営業を続けている企業なら、この差額はプラスになるのが基本である。
仕入れ値より高く売り、その差額から人件費やその他の支出を賄う。
それが事業だからだ。
みお:
「じゃあ、法人の利益は?」
あおいは、その下にもう一本、式を書いた。
利益
=(課税売上-課税仕入)-人件費-その他の支出
みおは、二つの式を見比べた。
課税売上と課税仕入れの差額がプラスでも、そこから支払う人件費などが差額を上回れば、法人の利益はマイナスになる。
利益<0
課税売上げ-課税仕入れ>0
この二つは、同時に成立する。
みおの指が止まった。
みお:
「あれ?」
あおい:
「どうしたの?」
みお:
「これ、赤字でも……消費税が発生しちゃう」
みおの証明
みおは、あおいからペンを奪った。
そして、なぜか教師のような口調になった。
みお:
「では、上記命題を証明します」
あおい:
「誰?」
本稿では、標準税率10%、税抜金額、国内で通常の課税取引を行う原則課税事業者という単純なモデルを考える。
このとき、消費税額はおおむね次の形になる。
消費税額
≒(課税売上-課税仕入)×10%
通常の企業では、
課税売上-課税仕入>0
である。
したがって、法人の利益がマイナスであっても、消費税額はプラスになる。
みおは、ノートの最後に大きく書いた。
赤字企業にも、消費税は課税される。
Q.E.D.(きゅーいーでぃー)――証明終了。
あおい:
「だから誰なの?」
みお:
「反論は式でお願いします」
赤字とは、仕入れ値より安く売ったという意味ではない
赤字企業と聞くと、売上げより仕入れの方が大きい企業を想像するかもしれない。
だが、通常の企業が赤字になる経路は、それだけではない。
仕入れ値より高く売った。
売上と仕入の間には、プラスの差額があった。
しかし、そこから給与、会社負担の社会保険料、支払利息などを支払った結果、法人に利益が残らなかった。
この形の赤字がある。
例えば、税抜金額で考える。
課税売上げが、1000万円。
課税仕入れが、600万円。
その差額は、400万円である。
ところが、人件費などの支出が450万円あれば、法人の利益は50万円の赤字になる。
それでも、課税売上と課税仕入の差額である400万円は消えない。
単純なモデルでは、この400万円を基礎に、約40万円の消費税額が計算される。
法人は赤字。
消費税額はプラス。
これは矛盾ではない。
赤字とは、付加価値が存在しなかったという意味ではないからである。
サンラク式の粗利
本稿では、
課税売上-課税仕入
という差額を、説明のために「サンラク式の粗利」と呼ぶ。
一般的な会計上の売上総利益と、完全に同じものではない。
消費税の計算構造を見るために、課税仕入を支払ったあとに残る差額を一つの財布として捉えた、本稿独自の呼び方である。
サンラク式で単純化すると、
課税売上-課税仕入
≒ 利益+人件費+その他
となる。
法人の利益は、この財布から人件費などを支払ったあとに残る。
だが、消費税は、人件費を支払ったあとの利益だけを見ているのではない。
人件費を含んだ、分配前の財布を見ている。
だから、法人の利益が消えても、消費税の課税ベースは消えない。
人件費を引けば、法人税になる
みおは、もう一度、最初の式を見た。
課税売上-課税仕入
みお:
「ここから、さらに人件費を引いたら?」
あおい:
「法人の利益に近づく」
みお:
「その利益に税率を掛けたら?」
あおい:
「法人税だね」
計算構造を単純に比べる。
法人税
≒ 利益×税率
VAT
≒(利益+人件費+その他)×税率
法人税は、人件費などを支払ったあと、法人に残った所得へ課税する。
VATは、人件費などを控除する前の付加価値へ課税する。
みお:
「消費税と法人税の違いって、人件費を引く前に課税するか、引いたあとに課税するかじゃない」
あおい:
「法的な分類は違う。でも、課税ベースの構造を比べれば、そこが大きな違いだね」
もし、課税売上と課税仕入の差額から人件費などを控除したうえで税率を掛けるなら、課税ベースは法人所得へ近づく。
それでは、法人が赤字になったとき、課税ベースも消えてしまう。
VATは、給与を課税仕入として控除しない。
だから、法人の利益がゼロになっても、マイナスになっても、人件費部分が課税ベースに残る。
赤字企業への課税は、ここから生まれる。
利益と賃金へ分かれる前に取る
所得へ課税するなら、課税対象は大きく二つに分かれる。
法人に残る所得。
個人へ分配される所得。
法人が黒字なら、法人所得へ課税できる。
だが、法人が赤字なら、法人所得の課税ベースはなくなる。
それでも、企業が人を雇い、給与を支払っているなら、個人へ分配される所得は存在する。
問題は、それをどこで捕捉するかである。
労働者一人一人へ所得が分配されたあとに、個人所得として捕捉するのか。
それとも、利益と賃金へ分かれる前に、企業の付加価値として捕捉するのか。
VATが選んだのは、後者だった。
付加価値
≒ 法人の利益+人件費+その他
法人の利益がマイナスでも、人件費などが赤字額を上回れば、付加価値はプラスになる。
VATは、法人所得と個人所得へ分配される前の段階で、両方を含んだ大きな財布を課税ベースにする。
消費税は、課税売上から課税仕入を差し引き、国の取り分を先に計算する。
法人に利益が残ったかどうかは、計算しない。
労働者へ十分な給与を分配できたかどうかも、計算しない。
価格へ転嫁できたか。
納税資金が残っているか。
会社が黒字か、赤字か。
消費税の計算式は、それらを読まない。
国は、自分の取り分を先に確定する。
法人と労働者は、その残りを分ける。
残っていなければ、預金を取り崩す。
借りる。
滞納する。
納めなければ、滞納処分の対象になる。
それでも事業を維持できなければ、廃業する。
倒産する。
だが、法人が倒れるからといって、先に確定した国の取り分は、消えない。
まず、国が取る。
残りを、法人と労働者で分配する。
これが、消費税というVATの構造である。
みお:
「国が先に自分の取り分を確保して、残りを法人と労働者で分けろってことじゃない!」
あおい:
「うん」
みお:
「残ってなかったら?」
あおい:
「それでも、税額は消えない」
みお:
「じゃあ、借りるか、滞納するか、倒産するか」
あおい:
「そうなる」
みお:
「国の取り分だけは、先に確保される」
あおい:
「それがVATだよ」
なぜ、こんな式になっているのか
みお:
「でも、どうして人件費を引かないの?」
あおい:
「それを知るには、消費税の歴史を遡る必要がある」
数式は、赤字企業にも消費税が発生すると示した。
だが、なぜ、このような計算式になっているのか。
二人は、制度の歴史を遡った。
日本の消費税から、ヨーロッパ型VATへ。
ヨーロッパ型VATから、1954年のフランスへ。
そして、モーリス・ローレへ。
数式が先に出した答えを、歴史の中へ探しに行った。
モーリス・ローレと戦後フランス
近代的な控除方式のVATは、1954年、モーリス・ローレを中心としてフランスで導入された。
当時のフランスは、戦後復興の途上にあった。
当時のフランスには、現在のような給与所得税の源泉徴収制度がなかった。
企業が労働者の給与から所得税を天引きし、まとめて国へ納める仕組みである。
この仕組みがなければ、国は労働者一人一人の所得を追いかけなければならない。
誰が、どこで働き、いくら受け取ったのか。
個人へ分配された後の所得を把握し、申告させ、税金を徴収する。
それは容易ではない。
しかも、戦後の荒廃した経済では、法人にも赤字企業が多い。
法人が赤字なら、法人所得へ課税しても税金は取れない。
法人所得からも取れない。
個人所得も簡単には捕捉できない。
ならば、利益と賃金へ分かれた後を追いかける必要はない。
分かれる前に取ればいい。
企業が生み出した付加価値の段階で、国の取り分を計算する。
付加価値は、おおむね法人の利益と人件費からできている。
法人の利益がマイナスでも、人件費が存在すれば、付加価値は残る。
だからVATなら、赤字企業からも税を取ることができる。
労働者一人一人の所得を把握しなくても、労働者へ分配される所得部分を、企業の段階でまとめて捕捉できる。
赤字企業への課税は、VATの副作用ではなかった。
法人所得と労働所得へ分かれる前に、国が自分の取り分を確保する。
それがVATの設計だった。
みお:
「法人が赤字なら、法人税は取れない」
あおい:
「うん」
みお:
「源泉徴収もなければ、労働者一人一人の所得を把握するのも大変」
あおい:
「うん」
みお:
「だったら、利益と賃金に分ける前に取ればいい」
あおい:
「付加価値の段階でね」
みお:
「法人が赤字でも、人件費は残る」
あおい:
「だから、VATの課税ベースも残る」
みお:
「赤字企業にも課税できる……」
あおい:
「それが、この税の設計だよ」
みお:
「数式の偶然じゃなかったのね」
あおい:
「うん。VATの構造だよ」
赤字企業への課税は、計算式の隙間から偶然こぼれ落ちたものではなかった。
付加価値を課税ベースに選んだ時点で、式の中に組み込まれていた。
法人の約六割に、法人税の課税所得がない
これは、歴史の中だけの話ではない。
国税庁の令和六年度分会社標本調査では、調査対象となった299万9680法人のうち、180万7925法人が欠損法人だった。
割合は、60.3%である。
欠損法人とは、税務上の所得金額が負またはゼロとなった法人をいう。
会計上の赤字企業と完全に同じではない。
それでも、法人税の課税所得がない法人が多数派であることは分かる。
法人所得へ課税するだけなら、これらの法人から国税である法人税は原則として取れない。
だが、消費税は違う。
法人に利益が残らなくても、課税売上げと課税仕入れの差額がプラスなら、課税ベースは残る。
VATは、その付加価値へ課税する。
だから、赤字企業にも課税する。
赤字企業への課税は、特殊な例外ではない。
現在も動き続けている、VATの基本構造である。
では、何が削られるのか
みお:
「その他の経費を削ればいいんじゃないの?」
あおい:
「簡単に削れるものばかりじゃないよ」
企業には、すぐには減らせない支払いがある。
家賃。
保険料。
支払利息。
借入金の返済。
契約上の固定費。
設備の維持費。
各種の公租公課。
今月は消費税が苦しいから、半分にする。
そうはいかないものが多い。
売上げが増えない。
仕入価格も下がらない。
固定的な支払いも減らせない。
そのとき、最初に削られるのは法人の利益である。
利益がなくなる。
赤字になる。
それでも、消費税は止まらない。
次に調整弁となるのは、
経営者報酬。
賃上げ。
賞与。
採用。
雇用。
設備投資。
運転資金。
それでも足りなければ、
預金の取崩し。
借入れ。
そして、滞納へ進む。
みお:
「国が先に取り分を確定して、法人と働く人たちが残りを分けてるだけじゃない!」
あおい:
「価格へ十分に転嫁できない企業では、そう見える」

1997年、政府が認めたこと
1997年、消費税率は3%から5%へ引き上げられた。
それだけではない。
所得税などの特別減税が終了した。
社会保険料が引き上げられた。
医療費の自己負担も増えた。
これらを合わせて、約8.6兆円。
政府は、1997年度に、それだけ国民の負担が増えると試算していた。
そして、その後の景気について、政府自身が分析している。
増えた税金や社会保険料などが、国民の実質的な手取りを抑えた。
その結果、個人消費が停滞した。
みお:
「政府も、国民の手取りを減らしたって分かってたの?」
あおい:
「うん。公的負担の増加が実質可処分所得を抑え、個人消費を停滞させたと書いている」
みお:
「手取りを減らしたら、買い物も減る。当たり前じゃない」
あおい:
「政府も、その因果関係を認めている」
約8.6兆円の負担増が、すべて消費税だったわけではない。
だが、消費税率の引上げは、その負担増を構成する一つだった。
1997年。
政府は国民の負担を増やした。
国民の実質的な手取りは抑えられた。
そして、個人消費は停滞した。
これは、後から誰かが作った批判ではない。
当時の政府自身の分析である。
世帯人数を調整しても、手取りは戻っていない
一世帯当たりの可処分所得だけを見ると、世帯構成の変化に影響される。
四人家族も一世帯。
夫婦二人も一世帯。
単身者も一世帯。
単身世帯が増えれば、それだけで一世帯当たりの所得は下がって見える。
そこで使われるのが、
等価可処分所得
である。
等価可処分所得
= 世帯の可処分所得 ÷ 世帯人数の平方根
世帯人数と、共同生活による規模の利益を調整し、一人当たりの生活水準へ近づけた指標である。
平均等価可処分所得は、
1997年に、
339万円。
最新の年次データである2023年には、
304万1000円。
名目額で、34万9000円。
約10%減少している。
みお:
「単身世帯が増えたから、低く見えるんじゃないの?」
あおい:
「その影響を小さくするために、世帯人数で調整した数字だよ」
みお:
「世帯人数を調整しても、戻ってないの?」
あおい:
「うん。二十六年が経過しても、1997年を約35万円下回っている」
物価をそろえると、差はさらに広がる
ただし、この304万1000円は名目額である。
世帯人数は調整されている。
だが、物価は調整されていない。
金額が同じでも、物価が上がれば、買えるものは少なくなる。
総務省の消費者物価指数で見ると、2020年を100とした総合指数は、
1997年が97.7。
2023年が105.6。
2023年の304万1000円を、1997年の物価水準へ換算すると、
約281万4000円
になる。
1997年の339万円と比べると、
約57万6000円。
購買力で、約17%の減少である。
みお:
「名目額では、約35万円減った」
あおい:
「うん」
みお:
「物価までそろえると、約58万円減った?」
あおい:
「1997年の物価で買える量に直すと、そうなる」
みお:
「手取りが減ったうえに、お金の価値まで下がったのね」
あおい:
「名目の手取りも戻っていない。実質的な購買力は、さらに低下している」
二十六年が経過しても、手取りは戻っていない。
物価を調整すると、その距離はさらに広がっていた。
税収は最高、購買力は戻らない
2025年度の国の一般会計税収は、決算額の概数で、
84兆2226億円。
六年連続で過去最高を更新した。
このうち、消費税収は、
26兆278億円。
所得税や法人税も大きく増えている。
過去最高の税収を、消費税だけで説明することはできない。
それでも、消費税は一般会計で最大の税目となった。
国の税収は、過去最高。
一方で、国民一人当たりの手取りに近い平均等価可処分所得は、名目額でも1997年の水準へ戻っていない。
物価を調整した購買力では、約17%減少している。
みお:
「国の取り分は、過去最高」
あおい:
「うん」
みお:
「でも、国民が実際に買える量は、1997年より減っている」
あおい:
「そういうことだね」
税収は名目額で集計される。
物価や名目所得、企業利益が増えれば、税収も増えやすい。
だが、国民の生活水準を決めるのは、手元に残った金額だけではない。
そのお金で、何をどれだけ買えるかである。
税収は2025年度。
平均等価可処分所得は、現在確認できる最新年次の2023年。
同じ年の数字ではない。
また、この二つの数字を並べただけで、消費税が所得低下のすべてを引き起こしたと証明できるわけでもない。
雇用構造。
景気。
産業構造。
社会保険料。
為替。
輸入物価。
国民の所得と購買力には、多くの要因が影響する。
消費税は、単独犯ではない。
だが、無関係でもない。
価格へ転嫁できなければ、企業の利益や賃金原資を削る。
価格へ転嫁できれば、商品価格を通じて、手取りの購買力を削る。
転嫁できなければ、働く人へ分配される前の財布を削る。
転嫁できれば、分配された後の財布で買える量を削る。
どちらに転んでも、負担は消えない。
市場のどこかに残る。
国の税収は、過去最高になった。
国民の名目の手取りは、1997年の水準へ戻っていない。
実質的な購買力は、それよりもさらに低下していた。
価格転嫁できても、できなくても
価格転嫁は、消費税の負担を消す仕組みではない。
負担を、別の場所へ移す仕組みである。
価格へ十分に転嫁できなかった場合。
企業は、売上の中から消費税を納める。
国の取り分が確定すれば、法人と労働者が分けられる残りのパイは小さくなる。
まず、利益が削られる。
それでも足りなければ、
賃上げ。
賞与。
採用。
雇用。
設備投資。
運転資金。
法人と労働者へ分配されるはずだった原資が、順番に調整される。
一方、価格へ転嫁できた場合。
消費税は、商品価格を通じて家計へ入る。
生活費が上がる。
同じ手取りで買える商品が減る。
名目賃金が変わらなくても、実質的な購買力は低下する。
つまり、消費税は、賃金の前後から働く人へ接続する。
転嫁できなければ、
給与として支払われる前の賃金原資を削る。
転嫁できれば、
給与として受け取った後の購買力を削る。
みお:
「転嫁できなければ、給料になる前のお金が削られる」
あおい:
「うん」
みお:
「転嫁できれば、給料をもらった後に、買える量が削られる」
あおい:
「そう。経路が違うだけだね」
みお:
「どっちにしても、働く人へ来てるじゃない!」
価格転嫁の成否によって、負担の現れ方は変わる。
企業の利益に現れることもある。
賃金や雇用に現れることもある。
商品価格に現れることもある。
企業間の力関係や競争、雇用、価格を通じて、負担は市場の中へ分散していく。
だが、負担そのものが消えるわけではない。
国が付加価値から切り取った分は、法人、労働者、消費者のどこかが引き受ける。
みお:
「それなのに、国の取り分が増えても、働く人には関係ないって言うの?」
あおい:
「給与の支払いという取引には課税していない、というのが財務省の説明だね」
みお:
「取引の名前を聞いてるんじゃないわ。誰の取り分から出ているのかを聞いてるのよ」
あおい:
「同じ付加価値のパイから出ている以上、無関係にはならない」
みお:
「しかも1997年には、政府自身が実質可処分所得を抑制したって認めてる」
あおい:
「うん。公的負担の増加が、手取りを抑え、個人消費を停滞させたと分析している」
国が先に、自分の取り分を確保する。
残ったパイを、法人と労働者が分ける。
価格転嫁できなければ、分配される前のパイが削られる。
価格転嫁できれば、分配された後のお金で買える量が削られる。
どちらに転んでも、働く人と無関係ではいられない。
消費税は、単に商品価格へ乗る税ではない。
法人と労働者への分配に入り込み、最後には国民の生活へ接続する税だった。

片山は知っていた
画面の中で、片山は問いかけていた。
『お蕎麦屋さんは、今、税込み630円で出していますが、660円にできますかね?』
中小零細事業者は、価格へ転嫁できない。
消費税の滞納が多い。
片山は、少なくともこの時点で知っていた。
価格へ転嫁できなければ、消費税は企業の資金を削る。
企業の資金が削られれば、利益だけではなく、雇用や賃金にも接続する。
みお:
「問題は、消費者から預かったお金を納めるかどうかじゃなかった」
あおい:
「うん」
みお:
「同じ財布から、誰がいくら取るかだったのよ」
動画が終わった。
暗くなった画面に、みおの白い顔が映った。
街
みおは外へ出た。
夕暮れの街。
小さな飲食店。
理髪店。
スーパー。
コンビニ。
工務店の軽トラック。
荷物を運ぶ配送員。
値札を見つめる店主。
商品を一つだけ棚へ戻す客。
誰も、付加価値税の数式を考えてはいなかった。
ただ働き、売り、買い、生活していた。
スーパーのレジに、老夫婦が並んでいた。
かごの中には、牛乳、豆腐、パン。
店員がバーコードを読み取る。
ピッ。
みお:
「誰が負担したの?」
あおい:
「分からない」
店が利益を削ったのか。
賃上げを諦めたのか。
取引先へ値下げを求めたのか。
客が生活費を削ったのか。
制度は確認しない。
別のレジから、また音がした。
ピッ。
みお:
「でも、国の取り分だけは?」
あおい:
「計算される」
店を出た人たちが、それぞれの家へ帰っていく。
国の税収は、過去最高になった。
国民の手取りは、一九九七年のピークから大きく減少した。
みおは、夕暮れの街を見た。
もう一度、レジの音が響いた。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削る音だった。

「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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