【みおとあおい】第八十六章:消費税―税金にプレミア価格が付いている―
【みおとあおい】第八十六章:税金にプレミア価格が付いている
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

――本則課税より高い「3割特例」――
夜だった。
みおは、机の上に頬杖をつきながら、国会動画を見ていた。
画面の中では、消費税についての質疑が続いている。
課税売上に係る税額から、課税仕入に係る税額を差し引く。
消費税の基本構造は、どれほど複雑な説明を重ねても、最後にはそこへ戻ってくる。
消費税=売上税額-仕入税額
動画の中でも、片山は、消費税が売上に係る税額から仕入れに係る税額を差し引く構造であることを説明していた。
一方、給与には消費税が課されないため、給与について仕入税額控除を行う必要もないと答えている。
みおは動画を止めた。
画面の中で、片山の表情も止まる。
みお:
「売上から、仕入れを引く……」
あおいは、隣の椅子から画面を見た。
あおい:
「正確には、売上税額から仕入税額を引く」
みお:
「じゃあ、財務省が出した免税事業者の平均値でも計算できるわよね?」
あおいは、静かにうなずいた。
財務省が置いた平均像
国会で財務省は、インボイス制度による増収額を試算するに当たり、登録した免税事業者の平均課税売上高を約540万円、付加価値率を28%として計算したと説明している。
その数字から質問者は、仕入れを引いた所得相当額がおよそ150万円、一事業者当たりの納税額がおよそ13万円になると指摘した。
説明を分かりやすくするため、単一税率10%の税込モデルへ丸める。
課税売上 550万円
課税仕入 400万円
差額 150万円これは、反対派が作った極端な困窮事例ではない。
財務省が増収額を計算するために置いた、平均的な免税事業者の姿を単純化したものだった。
みお:
「売上550万円……」
あおい:
「課税仕入は400万円」
みお:
「残るのは150万円」
550万円−400万円=150万円
月額にすれば、
150万円÷12=12万5000円
みおは、画面から目を離した。
みお:
「これ、益税で得している人に見える?」
あおい:
「少なくとも、数字からはそう見えないね」
本来の税額
まずは、特例を使わない本則課税で計算する。
課税売上550万円に含まれる売上税額は、
550万円×10/110=50万円
課税仕入400万円に含まれる仕入税額は、
400万円×10/110=36万3636円
したがって、納付税額は、
50万円−36万3636円=13万6364円
本則課税 13万6364円
みお:
「これが、本来の計算?」
あおい:
「課税仕入400万円を全額控除できる単純モデルならね」
みお:
「財務省が見込んでいた約13万円とも、だいたい一致する」
あおい:
「そうだね」
この盤面では、13万6364円が、付加価値税として計算された通常の税額だった。
裏第一封印――2割特例
インボイス登録によって免税事業者から課税事業者になった小規模事業者には、2割特例が設けられた。
納付税額を、売上税額の2割として計算できる。
50万円×20%=10万円
本則課税 13万6364円
2割特例 10万円差額は、
13万6364円−10万円=3万6364円
みお:
「2割特例は、本則課税より安い」
あおい:
「このモデルでは、約3万6000円軽くなる」
みお:
「ちゃんと負担軽減になっているわね」
裏第一封印。
売上税額の8割を控除し、納付額を2割に封じ込める術式。
少なくとも、この段階では、その名のとおりの負担軽減だった。
裏第二封印――3割特例
しかし、裏第一封印には期限があった。
その後、対象となる個人事業者について、2027年分と2028年分に適用できる3割特例が設けられた。
納付税額は、売上税額の3割となる。
50万円×30%=15万円
本則課税 13万6364円
3割特例 15万円
差額 1万3636円みおの指が止まった。
みお:
「……高い」
あおい:
「本則課税より高いね」
比率で見れば、
15万円÷13万6364円≒1.1
本則税額の約1.1倍。
みお:
「待って」
あおい:
「うん」
みお:
「2割特例の後継として作られた、激変緩和措置なのよね?」
あおい:
「そう説明されている」
みお:
「2割から3割になるから、納付額は1.5倍」
30%÷20%≒1.5
あおい:
「そうだね」
みお:
「しかも、財務省の平均モデルでは、本則課税より約10%高い」
あおい:
「計算は簡単になるけどね」
みおは両手で頭を抱えた。
みお:
「特例とは……? 脳がバグるわ!」
少し間を置いて、顔を上げる。
みお:
「税金にプレミア価格が付いてるじゃないの!」

七割の境界
なぜ、この逆転が起きるのか。
3割特例では、実際の仕入税額に関係なく、売上税額の30%を納付する。
一方、本則課税では、売上税額から実際の仕入税額を差し引く。
二つの税額が一致するのは、
仕入税額=売上税額×70%
となる地点である。
税込金額を同じ税率で比較する単純モデルなら、
課税仕入率=70%
が境界線になる。
ところが、財務省モデルの課税仕入率は、
400万円÷550万円≒72.7%
七割を超えていた。
課税仕入率70%未満
→ 3割特例が本則課税より安くなり得る
課税仕入率70%
→ 両者は同額
課税仕入率70%超
→ 3割特例が本則課税より高くなり得るみお:
「財務省が作った平均モデルそのものが、七割の境界を越えてるじゃない!」
あおい:
「だから、3割特例が本則税額を突破する」
みお:
「裏第一封印では軽減だったのに……」
あおい:
「裏第二封印で、正常税額を越えた」
封印は、増税を止めていたのではない。
段階的に、増税の出力を解放していた。
表の世界と裏の世界
みおは、以前作った図を開いた。
売り手がインボイス登録をしなければ、買い手側では仕入税額控除が縮小される。
7割控除とは、裏返せば、
控除不能率=30%
である。
税込550万円の仕入れに含まれる税額相当額は50万円。
その3割は、
50万円×30%=15万円
一方、売り手が登録し、3割特例を使った場合も、
50万円×30%=15万円
売り手が登録する
→ 3割特例
→ 売り手Bが15万円
売り手が登録しない
→ 7割控除
→ 買い手Cの納付額が15万円増えるみおは、二つの式を何度も見比べた。
みお:
「表の世界と裏の世界がつながってるじゃん!」
あおい:
「どちらも、売上税額相当額の3割だ」
みお:
「Bが登録したら、Bから15万円」
あおい:
「登録しなければ、Cから15万円」
みお:
「同じ魔法陣を、表から踏むか裏から踏むかの違いじゃない!」
世界線が分岐しても、金額は同じ場所へ収束する。
負担者だけが切り替わる。
受取人は変わらない。
表裏第二封印
双生術式「三割徴収」
登録すれば、売り手から。
登録しなければ、買い手から。
どちらの世界でも、出口は運営につながっている。
税額は増量、事務だけ軽量化
本則課税を選ぶ場合、事業者は仕入れについて、
消費税が課税される取引か
適用税率は何%か
インボイスがあるか
経過措置を何割適用するか
帳簿や請求書が保存されているか
を確認しなければならない。
3割特例を使えば、その作業の多くを省略し、売上税額だけで納付額を計算できる。
ただし、財務省モデルでは年間1万3636円高くなる。
月額に直すと、
1万3636円÷12≒1136円
法律上、これは事務手数料ではない。
だが、事業者の財布から見れば、
複雑な本則課税を自分で処理する
→ 13万6364円
計算を簡略化する
→ 15万円という選択になる。
みお:
「月1136円余分に払えば、計算を簡単にしてもらえるの?」
あおい:
「このモデルでは、そう見えるね」
みお:
「その複雑な計算を作ったのは?」
あおい:
「運営だ」
みお:
「自分で迷宮を作って、出口の通行料まで取ってるじゃない!!」
なぜ、プレミア価格まで10%なのか
みおは、二つの税額を並べた。
本則課税 13万6364円
3割特例 15万円
差額 1万3636円みお:
「本則税額に対して、何%高いの?」
あおいは計算した。
1万3636円÷13万6364円=10%
みおは固まった。
みお:
「なんで、プレミア価格まで10%なのよ!」
そして、机を叩いた。
みお:
「消費税が乗ってるの!?」
もちろん、税法上、消費税額へもう一度消費税を課しているわけではない。
しかし、この財務省モデルでは、
3割特例=本則税額×110%
となる。
本来の消費税額に、数学上ちょうど10%のプレミアが上乗せされていた。
課税ベースへ戻しても10%
3割特例の15万円を、税込ベースの実効的な課税対象額へ戻す。
15万円÷10/110=165万円
一方、本則課税の基礎となる税込差額は、
550万円−400万円=150万円
したがって、
165万円−150万円=15万円
比率は、
165万円÷150万円=1.1
本則課税の税込差額 150万円
3割特例の実効的な差額 165万円
上乗せ部分 15万円
プレミア率 10%みお:
「税額だけじゃない……」
あおい:
「実効的な課税ベースも、150万円から165万円になる」
みお:
「付加価値にまで10%プレミアが付いてるじゃない!」
実効負担率は11%
本則課税の税込差額150万円を税抜額へ戻す。
150万円×100/110=136万3636円
本則課税なら、この税抜差額に対して10%。
136万3636円×10%=13万6364円
ところが、3割特例の納付額は15万円である。
15万円÷136万3636円=11%
この単純モデルに限って見れば、
法定税率 10%
税抜差額に対する負担 11%となる。
みお:
「法定税率は10%なのに、実効負担率は11%?」
あおい:
「このモデルではね」
みお:
「消費税に消費税相当額が発生してるじゃない!!」
あおい:
「法的には偶然だよ」
みお:
「偶然の完成度が高すぎるわ!!」
怪異024|簡便プレミア

分類: 本則税額超過型怪異
発生条件: 課税仕入率が七割を超える事業者による3割特例の選択
表向きの姿: 激変緩和措置
真の性質: 簡便計算と引換えに発生する税額プレミア
主な発生地点: 仕入れや材料費の多い小規模事業者
基盤怪異: 裏第二封印、七割の境界、事務迷宮
特殊能力: 税額相当プレミア
危険度: ★★★★★★★★★★★★
真名
特例は、税額を必ず軽くするものではない。
計算を軽くする代わりに、税額を重くすることがある。
3割特例によって軽くなるのは、必ずしも税負担ではない。
軽くなるのは、計算である。
そして財務省の平均モデルでは、その計算を軽くする代わりに、本則課税より高い税額が生活原資から差し引かれる。
税額は増量。
事務だけ軽量化。
それでも名称は、負担軽減措置だった。
誰の生活から取るのか
みおは、もう一度、150万円という数字を見た。
550万円−400万円=150万円
国会では、この数字を所得に相当する額として、一事業者当たり約13万円の負担が重すぎないかと問われた。
3割特例なら、納付額は15万円。
15万円÷150万円=10%
150万円の原資のうち、一割が消費税として消える。
しかも150万円は、家賃も、食費も、国民年金も、健康保険も払い終えた後の余剰資金ではない。
月額にすれば、
150万円÷12=12万5000円
3割特例を引けば、
150万円−15万円=135万円
135万円÷12=11万2500円
そこから生活が始まる。
みお:
「プレミア価格って、余裕のある人が払うものじゃないの?」
あおい:
「この人には、ほとんど余裕がない」
みお:
「家賃も食費も払う前なのに?」
あおい:
「そうだね」
みお:
「生活費を削って、税金のプレミア価格を払うの?」
あおいは答えなかった。
数字が、もう答えていた。

問われたのは、制度の目的ではなかった
国会では、この平均的な事業者から約13万円を徴収することについて、
余りにも過酷な増税ではないか。
生きていけないではないか。
と問われた。
しかし、財務大臣の回答は、インボイス制度は複数税率の下で適正な課税を確保するための制度であり、理解してほしい、というものだった。
負担が重すぎるのかという問いに対して、制度の目的が繰り返された。
みお:
「過酷じゃないかって聞かれたのよね?」
あおい:
「そうだね」
みお:
「生活できるのかって聞かれたのよね?」
あおい:
「答えは、適正な課税を確保する制度だ、だった」
みお:
「生活の話をしてるのに、制度の目的を答えてるじゃない」
あおい:
「数字そのものは否定されなかった」
みおは、停止した動画を見た。
財務省は、知らなかったのではない。
平均課税売上高を計算していた。
付加価値率を計算していた。
一事業者当たりの税収を計算していた。
そして、その数字を増収見込みへ組み込んでいた。
知らずに踏んだのではない。
踏めば、いくら取れるかを計算していた。
ピッ
みおは椅子から立ち上がった。
カーテンを少し開き、窓の外を見る。
夜の街には、小さな明かりが並んでいた。
角の飲食店。
一人で営業している美容室。
古い看板を掲げた工務店。
荷物を積んだ軽自動車。
自宅の一室で仕事をしている、名前の見えない誰か。
明日の仕入れと、今月の家賃と、今日の食費を、同じ財布から出している人たち。
みお:
「益税で得している人たちには、見えないわ」
あおい:
「財務省の平均モデルではね」
みお:
「生活を成立させるだけで、精いっぱいの人たちに見える」
少し離れたコンビニから、レジの電子音が聞こえた。
ピッ。
商品が一つ、会計を通る。
誰かの買物が、誰かの売上になる。
売上に税額が発生する。
仕入れに控除の判定が入る。
表の封印が解ける。
裏の封印が解ける。
計算を簡単にすれば、本則より高い税額が出る。
その差額は、余剰資金から消えるのではない。
家賃から。
食費から。
明日の仕入れから。
誰かが生きるために残していた、わずかな原資から消えていく。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削る音だった。

「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
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※この連載は、家庭菜園から国土再生までを、【土を育てる】という一つの視点でつなげて考える物語です。雑草、落ち葉、水、有機物、放棄地、林業、地方――。身近な庭の話を入口に、土が人と地域を支える仕組みを、実際に使える形で書いています。
