【64回目noteマネー掲載】第百四章:消費税―取引を続けると赤字になる―
第百四章:消費税―取引を続けると赤字になる―
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。
国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

5割控除から始まる、免税事業者の市場排除
部屋の明かりを落とすと、机の上のモニターだけが白く浮かび上がった。
画面の中では、片山さつき財務大臣が答弁している。
インボイス制度の2割特例を、3割特例へ。
免税事業者からの仕入れに認めていた8割控除を、7割控除へ。
小規模事業者や商工団体からの要望を踏まえ、負担を「だんだんだんだんならしていく」。
制度を円滑に導入するための経過措置なのだという。
みおは、そこで動画を止めた。
みお:
「あおい。7割控除の、その先は?」
あおい:
「5割控除、3割控除、そして控除ゼロ。」
画面の横に、一本の時間軸が表示された。
2026年9月まで:8割控除
2026年10月から:7割控除
2028年10月から:5割控除
2030年10月から:3割控除
2031年10月から:控除ゼロ
みおは、最後の「ゼロ」を見つめた。
みお:
「“ならした”先には、何があるの?」
あおいは、静かに答えた。
あおい:
「免税事業者との取引を続けると、赤字になる市場だよ。」
誰かの仕入れは、誰かの売上
消費税の基本計算は、難しくない。
売上税額-仕入税額=納付税額
事業者は、自分の売上に対応する税額から、仕入れに対応する税額を差し引く。
その引き算が、仕入税額控除である。
ここで忘れてはいけないことがある。
誰かの仕入れは、必ず誰かの売上である。
Cの仕入れは、Bの売上。
Bの仕入れは、Aの売上。
だから仕入税額控除は、単なる事務上の割引ではない。
前段階の売上を、後段階の事業者の課税ベースから外し、取引のたびに課税が累積するのを防ぐ仕組みでもある。
みお:
「その引き算を、インボイスの有無で減らしたら?」
あおい:
「前段階の売上が、後段階の税額計算へ戻ってくる。」
A・B・Cの取引を置いてみる
すべて税込、標準税率10%の単純モデルを置く。
A:課税事業者。Bへ400万円で販売
B:免税事業者・インボイス未登録。Cへ550万円で販売
C:課税事業者。660万円を売り上げる
Cは本則課税を用い、ほかに仕入税額控除の対象となる支出はないものとする。
Bが新しく加えた金額は、
550万円-400万円=150万円
Cが新しく加えた金額は、
660万円-550万円=110万円
したがって、BとCが生み出した付加価値の合計は、
150万円+110万円=260万円
取引条件が変わらない限り、この260万円は増えない。
仕事の量が増えるわけでもない。
商品の品質が上がるわけでもない。
売上が増えるわけでもない。
ところが、控除割合が下がると、制度上の実効課税ベースだけが増えていく。
制度導入前――課税ベース110万円
Cの税込売上660万円に対応する売上税額は、
660万円×10/110=60万円
Bからの税込仕入れ550万円に対応する税額相当額は、
550万円×10/110=50万円
全額控除できる状態なら、Cの納付税額は、
60万円-50万円=10万円
この10万円を、税込ベースの税率10/110で逆算すると、実効課税ベースは110万円になる。
10万円÷(10/110)=110万円
それは、Cが自分で生み出した付加価値と一致する。
Cの付加価値:110万円
Cの実効課税ベース:110万円
この時点では、付加価値税としての引き算が働いている。
2割特例/8割控除――増えた110万円を、BかCが引き受けた
インボイス制度の導入初期には、二つの道があった。
Bが登録し、2割特例を使う場合
Bの売上税額相当は50万円。
2割特例による納付税額は、
50万円×20%=10万円
Bがインボイスを発行すれば、Cは50万円を全額控除できる。
Cの納付税額は10万円のままである。
したがって、BとCの納付税額の合計は、
B:10万円+C:10万円=20万円
実効合計課税ベースへ戻すと、
20万円÷(10/110)=220万円
Bが登録せず、Cが8割控除を使う場合
Cが控除できる額は、
50万円×80%=40万円
Cの納付税額は、
60万円-40万円=20万円
Bは免税のため納付ゼロ。
したがって、BとCの納付税額の合計は、やはり20万円。
実効合計課税ベース:220万円
2割特例と8割控除は、法的には別の制度である。
しかし、この単純モデルでは、どちらを選んでもBとCの合計税額は20万円になる。
違うのは、増えた負担を誰が引き受けるかである。
Bが登録する:Bが10万円、Cが10万円を納付
Bが登録しない:Bは0円、Cが20万円を納付
制度導入前、BとCの実効合計課税ベースは110万円だった。
それが、2割特例/8割控除によって220万円になる。
増えた課税ベースは、110万円。
登録したBが引き受けるか。
登録しなかったBの取引先であるCが引き受けるか。
どちらかが飲み込むことで、市場はなんとか取引を続けてきた。
みお:
「最初の段階では、増えた110万円をBかCが背負って耐えたのね。」
あおい:
「うん。実際の付加価値合計260万円に対して、実効課税ベースはまだ220万円。苦しいけれど、付加価値の合計は超えていなかった。」
3割特例/7割控除――課税ベースが、付加価値を追い越す
次の段階では、負担がさらに増える。
Bが登録し、3割特例を使う場合
Bの納付税額は、
50万円×30%=15万円
Cは全額控除できるため、納付税額は10万円。
B:15万円+C:10万円=25万円
実効合計課税ベースは、
25万円÷(10/110)=275万円
Bが未登録のまま、Cが7割控除を使う場合
Cが控除できる額は、
50万円×70%=35万円
Cの納付税額は、
60万円-35万円=25万円
Bは納付ゼロ。
実効合計課税ベース:275万円
ここでも、制度上の負担先は違うが、このモデルの合計は同じになる。
そして、2割特例/8割控除の220万円から、さらに55万円増える。
220万円→275万円
しかし、BとCが実際に生み出した付加価値は260万円しかない。
実際の付加価値合計:260万円
実効合計課税ベース:275万円
超過:15万円
ここで初めて、制度上の実効課税ベースが、実際の付加価値を追い越す。
みお:
「付加価値は260万円しかないのに、275万円を課税ベースにするの?」
あおい:
「うん。3割特例/7割控除が、付加価値税としての境界を越える転換点になる。」
みお:
「救済措置の段階で、もう付加価値以上に課税してるじゃないの!」
5割控除――C側の計算が完全に壊れ始める
Bが免税・未登録のまま、Cが取引を続けたとする。
5割控除でCが控除できる額は、
50万円×50%=25万円
Cの納付税額は、
60万円-25万円=35万円
C自身が生み出した付加価値は110万円しかない。
ところが、納付税額35万円を逆算した実効課税ベースは、
35万円÷(10/110)=385万円
内訳は、
Cの付加価値110万円
+控除できないBの売上部分275万円
=385万円
Cの付加価値110万円に対して、実効課税ベース385万円。
約3.5倍である。
みおは、思わず机をたたいた。
みお:
「ふざけんじゃないわよ! 払えるわけないじゃないの!」
あおい:
「だから5割控除は、Cにとっての崩壊点になる。」
本業利益21万円が、マイナス4万円になる
Cの税抜売上は600万円。
本業利益率を3.5%と仮定すると、全額控除時を基準とした本業利益は、
600万円×3.5%=21万円
ここでいう3.5%は、薄利の中小零細企業を想定した説明用の仮定である。
5割控除により、Cの納付税額は10万円から35万円へ増える。
追加負担は25万円。
本業利益21万円-追加負担25万円=-4万円
黒字だった取引が、赤字へ反転する。
商品の品質は変わっていない。
仕入価格も売価も変わっていない。
Cが生み出す付加価値も変わっていない。
免税事業者との取引を続けたという理由だけで、税計算が黒字を赤字へ変える。
みお:
「Bに問題があるわけじゃない。Cの商売にも問題はない。それでも、取引を続けるだけで赤字になるの?」
あおい:
「このモデルでは、そうなる。制度が取引の採算表を書き換えるからね。」
控除ゼロ――付加価値110万円に、消費税60万円
控除ゼロ――インボイス完全体。
Cは、Bからの仕入れに対応する50万円を一円も控除できない。
Cの納付税額:60万円-0円=60万円
実効課税ベースは、
60万円÷(10/110)=660万円
その内訳は、
Cの付加価値110万円
+Bの売上550万円
=660万円
Bの売上550万円には、Bが新しく加えた150万円だけでなく、Aから仕入れた400万円まで含まれている。
つまり、A段階ですでに課税対象となった売上まで、Cの実効課税ベースへ再出現する。
Cの付加価値110万円に対して、納付税額60万円。
Cの実効課税ベースは、付加価値の6倍に膨張する。
全額控除時と比べた追加負担は50万円。
本業利益21万円-追加負担50万円=-29万円
みお:
「付加価値110万円しか稼いでないのに、消費税60万円なんて払えるわけないでしょ!」
あおい:
「だからCは、Bとの取引条件を変えるしかなくなる。」
みお:
「税率10%って言いながら、他人の売上まで抱き合わせてるじゃないの!」
あおい:
「仕入税額控除が切断されたことで、付加価値税が累積型売上税へ変形しているんだ。」
控除縮小で起きること
Bが未登録のまま取引を続けた場合のCの変化を並べる。
全額控除
Cの納付税額:10万円
実効課税ベース:110万円
利益に残る額:21万円
8割控除
Cの納付税額:20万円
実効課税ベース:220万円
利益に残る額:11万円
7割控除
Cの納付税額:25万円
実効課税ベース:275万円
利益に残る額:6万円
5割控除
Cの納付税額:35万円
実効課税ベース:385万円
利益に残る額:-4万円
3割控除
Cの納付税額:45万円
実効課税ベース:495万円
利益に残る額:-14万円
控除ゼロ
Cの納付税額:60万円
実効課税ベース:660万円
利益に残る額:-29万円
8割控除では、利益の半分近くが消える。
7割控除では、利益率が1%まで落ちる。
5割控除で赤字へ転落する。
そして控除ゼロでは、元の利益21万円をすべて失った上で、29万円の赤字になる。
取引継続が、経営上の自傷行為へ変わっていく。

企業が冷酷だから、取引を切るのではない
Cに残された選択肢は多くない。
Bに値下げを求める
Bにインボイス登録を求める
インボイスを発行できる事業者へ発注を替える
仕入れや業務を内製化する
赤字を引き受けて取引を続ける
長年の付き合いがあっても、赤字を永久に引き受けることはできない。
経営者が冷酷だから、免税事業者を排除するのではない。
免税事業者との取引を赤字化する税計算が、排除を合理的な経営判断に変える。
みお:
「取引先がBを嫌っているわけじゃないのね。」
あおい:
「品質も技術も信頼も変わっていない。変わったのは、税額計算だけだよ。」
みお:
「法律が直接追い出すんじゃない。取引先に追い出させるのね。」
あおい:
「取引排除を、企業の合理的な防衛行動へ変換する仕組みなんだ。」
取引排除は、免税事業者にとっての市場排除である。
課税事業者になるか、市場から退場するか
B側から見れば、選択肢はさらに苛酷である。
インボイスへ登録する
→課税事業者になり、自分の生活原資から納税する
インボイスへ登録しない
→取引先の負担が増え、発注先から外される
登録すれば、生活が削られる。
登録しなければ、売上が削られる。
そして5割控除以降は、買手にも「付き合い続ける余裕」がなくなっていく。
みお:
「5割控除以降は、サプライチェーンに免税事業者を組み込んだビジネスモデルが崩壊する。」
あおい:
「そう。だからB2Bの免税事業者は、課税事業者になるか、市場から退場するかの二択を選ばされる。」
みお:
「それが、インボイスの本当の姿……。」

「救済」の向こう側
みおは、冒頭の動画へ戻った。
画面の中では、3割特例と7割控除が、小規模事業者への配慮として説明されている。
3割特例は、一定の登録済み個人事業者について、売上税額の3割を納める措置である。
7割控除は、免税・未登録事業者から仕入れた買手が、税額相当額の7割を控除できる措置である。
名前は似ているが、別の制度である。
一方では、登録した者の納付負担を増やす。
もう一方では、登録しない者と取引する買手の負担を増やす。
二つの経過措置が、両側から免税事業者を挟み込む。
みお:
「これ、負担をならしているんじゃないわ。」
あおい:
「市場が一気に壊れないよう、制度完成までの速度を調整しているとも読める。」
みお:
「救済の予定表じゃない。」
免税事業者がサプライチェーンから消えるまでの予定表である。
ピッ
夕暮れの街を、みおは歩いていた。
小さな工務店。
一人親方の作業場。
家族で営む印刷所。
古い機械の音が響く町工場。
会社へ弁当を届ける食堂。
祝い花を準備する花屋。
そこから届く商品や仕事が、別の会社の売上を支えている。
誰かの仕入れは、誰かの売上。
その連鎖が、人の生活を支えている。
品質は変わっていない。
働く人も変わっていない。
生み出す付加価値も変わっていない。
それでも、会社の経理画面では別の判定が始まっていた。
インボイス番号あり。
インボイス番号なし。
控除できる。
控除できない。
黒字になる。
赤字になる。
購買担当者が、登録事業者の見積書を選ぶ。
長年付き合ってきた小さな事業者には、取引停止通知すら届かない。
次の注文が、来なくなる。
近くの店で、会計を終えた客がカードをかざした。
ピッ。
みおは、その音に振り返った。
それは、消費者から預かった税が、きれいに国へ流れていく音ではない。
昨日まで小さな店へ向かっていた注文が、別の店へ移る音かもしれない。
長く続いた取引の鎖が、静かに切れる音かもしれない。
誰かが市場から、音もなく消えていく音かもしれない。
ピッ。
その音は今日も、誰かの事業を削る音だった。

この章の計算条件と用語について
金額はすべて税込、標準税率10%として単純化した。
Cは本則課税を用いる課税事業者とした。簡易課税では、個々の仕入先のインボイス登録状況によって納付税額を直接計算しないため、本章の計算はそのまま当てはまらない。
「実効課税ベース」は、納付税額を10/110で逆算した説明用の概念であり、法律上の正式な課税標準の名称ではない。
2割特例と8割控除、3割特例と7割控除は、それぞれ別の制度である。本章では、二つの選択経路が単純モデル上で同じ合計税額になることを比較した。
3割特例は、令和9年・令和10年の一定の課税期間について、対象となる個人事業者に設けられた措置である。
5割控除以降の計算は、Bが免税・未登録のまま、Cが同じ価格で取引を継続した場合を示す。
利益率3.5%は、薄利の中小零細企業を想定した説明用の仮定であり、全国一律の平均値ではない。
「利益に残る額」は会計上の正式名称ではない。売上や通常経費を一定とし、全額控除時から増えた消費税負担を本業利益21万円から差し引いた採算モデルである。
Aの400万円は、A自身の付加価値400万円という意味ではなく、A段階で課税対象となった売上である。Aの実際の納付税額は、A自身の仕入税額控除によって異なる。
参考資料
「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
これは、事業者だけの問題ではない
3割特例の先で、すべての事業者が増税になるわけではない。
しかし、第4種・第5種・第6種の簡易課税へ移る事業者や、本則課税で仕入控除率が70%を下回る事業者は、3割特例よりも税負担が増える。
財務省モデルなら、その負担はこう動く。
10万円。
15万円。
そして、業種によっては、
20万円。25万円。30万円。
価格転嫁できれば、取引先や消費者の負担が増える。
価格転嫁できなければ、事業者の所得、貯蓄、設備投資、そして生活費が削られる。
どちらに転んでも、新しく生まれた付加価値ではない。
付加価値は増えない。
税負担だけが増える。
その負担に耐えられなくなった事業者は、やがて市場から消えていく。
消えるのは、帳簿の上の「免税事業者」ではない。
街の店である。
地域の職人である。
荷物を運ぶ人である。
企業の仕事を裏側で支える、ライター、デザイナー、エンジニア、カメラマン、清掃員、外注スタッフである。
市場から供給者が消えれば、商品も、サービスも、技術も、雇用も、消費者の選択肢も失われる。
これは、誰が消費税を納めるかというだけの話ではない。
日本の市場から、誰を消すのかという話である。
みおは、街を見た。
暖簾の向こうで、店主が会計端末を操作していた。
税込630円の蕎麦を、660円にできないまま。
やがて、小さな電子音が鳴った。
ピッ。
みお:
「救済が終わったら、さらに増税されるの?」
あおい:
「本人の労働で付加価値を生み出している事業者ほど、その可能性がある。」
みお:
「それ、救済じゃないわ。」
「増税を、少しずつ見せているだけじゃないの!」
3割特例は、終着点ではない。
その先には、通常の課税へ移行するための次の段階が待っている。
この事実を、まだ多くの小規模事業者は知らない。
もし、あなたの周りにインボイス登録した個人事業主や、小さな会社を営む人がいるなら、この記事を届けてほしい。
賛成か反対かを決める前に、まず、自分の税負担がこれからどう変わるのかを知ってほしい。
タイマーは、すでに動いている。
ピッ。
その音は今日も、誰かの生活を削り、誰かの事業を市場から消していく音だった。
【人気記事】
<消費税―サプライチェーン崩壊>
※【63回目noteマネー掲載】第百三章:消費税―サプライチェーン崩壊―は、こちらを参照
<消費税―静かな市場排除>
※【62回目noteマネー掲載】第百二章:消費税―静かな市場排除―は、こちらを参照
<消費税―悪魔の二択>
※【61回目noteマネー掲載】第百一章:消費税―悪魔の二択―は、こちらを参照
<消費税―彼女は全てを知っていた>
※【60回目noteマネー掲載】第百章:消費税―彼女は全てを知っていた―は、こちらを参照
<消費税―そして、運営だけが救済された―>
※【59回目noteマネー掲載】第九十九章:消費税―そして、運営だけが救済された―は、こちらを参照
<消費税―救済措置という公式チート>
※【58回目noteマネー掲載】第九十八章:消費税―救済措置という公式チートは、こちらを参照
<消費税―二つの痛み、ひとつの税収>
※【57回目noteマネー掲載】第九十七章:消費税―二つの痛み、ひとつの税収は、こちらを参照
<消費税―市場圧力の正体>
※【56回目noteマネー掲載】第九十六章:消費税―市場圧力の正体は、こちらを参照
<消費税―増税タイマ>
※【55回目noteマネー掲載】第九十五章:消費税―増税タイマーは、こちらを参照
<消費税―インボイス―鏡面増税>
※【54回目noteマネー掲載】第九十四章:消費税―インボイス―鏡面増税は、こちらを参照
<消費税―二度鳴るレジ>
※【53回目noteマネー掲載】第九十三章:消費税―二度鳴るレジは、こちらを参照
<消費税―大統一理論>
※【52回目noteマネー掲載】第九十二章:消費税―大統一理論は、こちらを参照
<付加価値の先取り―二人のカタヤマ>
※【みおとあおい】第九十一章:消費税―付加価値の先取り―二人のカタヤマは、こちらを参照
<益税のいない計算式―ただの増税だった>
※【みおとあおい】第90章:消費税―益税のいない計算式―ただの増税だったは、こちらを参照
<消費税―第二の封印―消費税の自己否定>
※【51回目noteマネー掲載】第89章:消費税―第二の封印―消費税の自己否定―は、こちらを参照
《人気マガジン》
【みおとあおい】消費税怪異譚
※消費税とは何か。 レシート、預り金、価格転嫁、輸出還付金、インボイス――。 国会答弁や制度構造をもとに、みおとあおいが消費税の怪異を観測し、その真名を解き明かしていくシリーズです。
【日本が貧しくなった本当の理由】
※日本が貧しくなったのは、努力不足ではない。家計の手取りと消費を削り、企業の売上・投資を細らせてきた制度の積み重ねがある。消費税、社会保険料、緊縮財政、PB黒字化、インボイス。それらを一つの経済構造として読み解くマガジンです。
【土を育てる。】
※この連載は、家庭菜園から国土再生までを、【土を育てる】という一つの視点でつなげて考える物語です。雑草、落ち葉、水、有機物、放棄地、林業、地方――。身近な庭の話を入口に、土が人と地域を支える仕組みを、実際に使える形で書いています。
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

