「Solaria 第七話|広がる波紋」
スプリングフェスティバルの翌日。
校門へ続く坂道。
朝の光が、やけにまぶしい。
ひなたは、少しだけ足取りが軽かった。
(昨日……)
思い出す。
ステージ。
拍手。
あの空気。
(ちゃんと、届いた)
その感覚が、まだ胸に残っている。
「……あの子たちだよね?」
すれ違いざま。
ひなたの足が、わずかに止まる。
「ほら、昨日のカーニバルの」
「スクールアイドル部ってやつ」
小さな声。
でも——確かに聞こえた。
ひなたは、何も言わず歩き出す。
でも。
口元が、少しだけ緩む。
教室。
「ねえ、昨日出てたよね?」
クラスメイトが声をかけてくる。
「見た見た!」
「なんかさ、思ってたより良かった」
「最後のとこ、ちょっと鳥肌立った」
(思ってたより、ってなんだよ……)
心の中でツッコミながらも。
嬉しい。
「でもさ」
別の声。
「まだちょっとバラバラじゃなかった?」
空気が、ほんの少しだけ変わる。
「歌も、なんか不安定だったし」
「他の部活と比べるとね」
正論。
だからこそ、刺さる。
ひなたは、少しだけ目を伏せる。
(……うん)
(それは、そう)
でも。
「でもさ」
別の誰かが言う。
「なんか、気になったんだよね」
「うまく言えないけど」
「また見たいって思った」
ひなたの心が、ふっと軽くなる。
放課後。
ダンス練習室。
「……なんか、言われた?」
しおりが聞く。
「言われた」
ひなたが笑う。
「良いのも、悪いのも」
「でしょうね」
しおりは淡々と答える。
「でも」
ひなたが続ける。
「“また見たい”って言われた」
少しの沈黙。
ゆいが、優しく微笑む。
「それって、すごいことだよ」
「うん」
ひなたが、強くうなずく。
「……当然よ」
あかりが、壁にもたれたまま言う。
「え?」
「中途半端に上手いより」
「よっぽど残る」
その言葉に、しおりが少しだけ反応する。
「……感情の方が強かった、ってことね」
「そういうこと」
あかりが、短く答える。
そのとき。
ドアが、少しだけ開く。
「……あの」
小さな声。
振り向く。
中等部の制服。
少し緊張した様子の、女の子。

「昨日の……見ました」
空気が止まる。
「すごく……よかったです」
まっすぐな言葉。
「え、あ、ありがとう!」
ひなたが慌てて答える。
「また……見に来てもいいですか?」
その一言。
さくらが、わずかに目を見開く。
「もちろん!」
ひなたが、笑顔で言う。
「……失礼しました!」
ぺこりと頭を下げて、去っていく。
ドアが閉まる。
沈黙。
「……来たね」
しおりが、小さく呟く。
「“外”が」
ゆいが、静かにうなずく。
さくらは、何も言わない。
でも。
胸の奥で、何かが揺れている。
(見てくれてる人がいる)
あのステージが。
無駄じゃなかったと。
夕方。
カフェテリア。
少しざわついている。
「あ、あの子たちじゃない?」
「昨日の」
「スクールアイドルの」
視線。
ひそひそ声。

ひなたが、小さく笑う。
「なんか、有名人みたいじゃん」
「調子に乗らないで」
しおりがすぐに返す。
でも。
その声は、少しだけ柔らかい。
あかりは、窓の外を見ている。
「……まだ足りない」
ぽつりと。
「うん」
ひなたが答える。
「でもさ」
少し間を置いて。
「足りないって思えるってことは」
「まだ行けるってことだよね」
あかりが、少しだけ目を細める。
「……そうかもね」
さくらが、そっと言う。
「……もっと、歌いたい」
全員が、彼女を見る。
その声は、小さい。
でも——
はっきりしていた。
ゆいが、微笑む。
しおりは、静かにうなずく。
あかりは、短く言う。
「じゃあ、やるしかないでしょ」
ひなたが、立ち上がる。
「次、もっとすごいの見せよ!」
夕焼けが、差し込む。
まだ、グループに名前はない。
でも。
確かに、広がっている。
波紋のように。
静かに。
でも、確実に。
カフェテリアを出て、廊下。
夕焼けの光が、窓から差し込んでいる。
「じゃあ、また明日ねー!」
ひなたが手を振る。
ゆいとしおり、さくらが先に階段を降りていく。
その後ろ姿を見送って——
「……ちょっといい?」
呼び止める声。
振り向く。
あかり。
少しだけ、言いにくそうな顔。
「なに?」
ひなたが首をかしげる。
少し間。
あかりが視線を逸らす。
「……あんたさ」
「英語、得意でしょ」
「え?」
「中等部のとき、高校卒業レベルの資格取ったって聞いた」
「あー……まあ、うん」
ひなたが少し照れたように笑う。
「それがどうしたの?」
あかりが、ため息をつく。
そして——
「……教えて」
「え?」
「英語」
短く。
でも、はっきりと。
「次の試験……ちょっとやばい」
ひなたが、思わず吹き出す。
「え、あかりが?」
「悪い?」
「いや、なんか意外で」
「スペイン語はできるの!」
少しムキになるように言う。
「でも英語は無理」
「へぇー」
ひなたが興味深そうに見る。

少しの沈黙。
あかりが、付け加える。
「……その代わり」
ひなたが、目を細める。
「ダンス、教えてあげる」
「個人的に」
一瞬、空気が止まる。
ひなたの目が、きらっと光る。
「マジで?」
「取引」
あかりが腕を組む。
「……悪くないでしょ」
ひなたが、ニヤッと笑う。
「いいじゃん、それ」
「乗った」
その一言。
あかりが、ほんの少しだけ笑う。
ほんの、わずかに。
「じゃあ、明日から」
「放課後ね」
「了解」
二人で歩き出す。
夕焼けの廊下。
少しだけ距離が縮まる。
まだ、ぶつかることもある。
でも——
確実に。
“繋がり始めている”
第七話 広がる波紋 (終)
▶ Solaria 第八話|
― 名前を持つということ ― へ続く
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