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232.【小説】家名と血-百年の呪縛-①

あらすじ:

家名は、ブランドか、枷か──

明治期、旧士族・神崎原家は“企業”として再起を遂げた。以降、血縁による承継と資本の集中は企業体の拡大を支えたが、同時に「名」による支配が組織の硬直を招いていく。

四代目には妾腹の娘が、五代目には非嫡出の国際育ちの男が選ばれることで、企業は血と構造の再定義に踏み出す。

やがて、創業家の名を企業から外すという決断が下された──

それは裏切りか、継承か。

実体験をもとに描かれる、家族経営から脱却し、理念と構造で企業を未来へ継ぐプロセス。

企業存続と承継の本質を問い直す、異色のビジネス小説。


序章 ― 死の床にて ―

耳の奥で、かすかに時計の音がしている。
もう目を開けなくても、それが応接間の柱時計の音だとわかる。律儀に、あれだけは今も時を刻み続けている。

──神崎原(かんざきばら)家に生まれて、七十余年。

今日、あるいは今夜、この命が尽きるだろう。

瞼の裏に、天井の木目がぼんやりと浮かぶ。

この天井も、父が張らせたものだ。

明治の終わり、家業が拡大した年。

「神崎原の名を背負う屋敷に、恥じぬ細工を」と棟梁に命じたと、父はずいぶん誇らしげに語っていた。

父は、強い男だった。
だが同時に、何かを呪い続けていた。
「神崎原」の三文字が、企業そのものの信用であり、資本だった時代。

あの父は、それを誰より理解していたからこそ、家を守ることに手段を選ばなかったのだろう。

それが、呪いのように彼を蝕んでいた。

──この家が負ったもの、そして私が背負ったものは、たぶん、あの父から始まっている。

椅子を引く音がした。視線を動かさずとも、わかる。

あの子だ。

四代目(娘)──今は、神崎原家の当主となった女。

必要なことだけを言い、その他は沈黙で返す癖は、若い頃と変わらない。

だが、「継ぐ」と決めたときだけは、一度も目を逸らさなかった。あの子は、名を守るためではなく、会社を潰さぬために「継ぐ」と言った。

私の知る誰より、経営者だった。

隣室には、もうひとつの気配がある。

十代の少年──いや、もう青年と呼ぶべきかもしれない。

あれも、いずれは継ぐ者。

私が育てたわけではない。

私の意思でも、私の手でもない。

だが──三代目、“あの男”の息子。

そして、初代から脈々と続く血もまた、この子にも確かに流れている。

それが、この神崎原の家が受け入れる、唯一の条件だった。

死んだ者たちの顔が、次々と浮かぶ。

写真の中の父。

戦地で還らなかった兄たち。

先に逝った、三代目(息子)──

そして、私の背後にずっと付きまとっていた、「神崎原の名」というもの。

私は思う。

この家は、誰のために築かれたのか。誰の血が、誰の名を殺したのか。

だから、語らねばならぬ。

この百年、何が遺され、何が消え、何が呪縛となったのかを。

創作秘話:


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