かくして、僕は今日も昭和映画館に足を向ける。
今より、ずっと混沌としていた時と街で、
僕は映画の森の中を彷徨い、何かを探し続けていた。
何を、って?
それが分かっていたら、あんなに映画に夢中になれるわけない。
けれど、求めているものが、そこにあって、いつか見つかる気がした。
だから僕は今日も、ポケットの中の期待と不安が溶け合った感情を握りしめて、昭和映画館に足を運ぶ。
第1回 「青幻記〜遠い日の母は美しく〜」
第2回「さらば友よ」
Column #1 かくも主観的なハードボイルド考察
Column #2 またも主観的「さらば友よ」タイトル比較論
第3回「モナリザ」
Column #3 私的モンティ・パイソンとイギリス・ギャグ論
第4回「未来世紀ブラジル」
Column#4 無能な夢想家の私的ベストな映画論
第5回「アメリカン・グラフィティ」
Column #5 コッポラ監督に何を期待するのか私的論 Part1
第6回「太平洋の地獄」
第6回「太平洋の地獄」Pat2
「殺しの分け前/ポイント・ブランク」を観たのは、繁華街の裏手、きっとどこの街にもある風紀も衛生も人も、あまりよろしくない一画にある映画館だった。
この映画の公開は1967年。だからリアルタイムでは観ていない。いっぱしに映画を観るようになり、数少ない情報を頼りにこの映画が自分の好きな匂いを持っていることから、風紀や衛生には目を瞑り、というかさほどそういう場所が嫌いではなかったので、観に行くことを決めた。
映画館からほんの少し歩いたところに市内を流れる川があり、親父の話によると、時々、死体が上がったそうだ。
まだ戦後の残っていた時代、博打で負けたとか反社会的な人たちの抗争とかで簀巻にされた、というのが定説だったが、もうひとつ、都市伝説的な噂も流れていた。それは川に近いところにあった病院が検体をこっそり流していたのではないか、という話。なにしろ、その病院は一応、国立なのだが建物がまるで怪奇映画に出てきてもおかしくないほど暗くて怪しい外観なのだ。
周囲の環境がそんなだから、映画館だって三流だ。
館内に入れば、便所と消毒液の混じった匂い、換気が不十分だから煙草臭く、椅子だって狭くて座り心地が悪い。洋画3本立て、そのうち1本は必ず洋ピンが入っているというコンテンツ。まだポルノ、なんて言葉がない時代、洋物ピンク映画、それを略して洋ピン、と言っていた。
だから、まばらな館内なのにイビキをかくやつとか、平気でタバコをすうやつがいて、フィルムは時々、止まった。
この映画は、そんな場末の映画観がとても似合った。
正義も、勧善懲悪も、奥底に潜む人間的なテーマも、ない。友情はおろか、愛なんて、いや、愛はゴミ箱をひっくり返せば欠片ぐらいはあったかもしれない。
主人公はやたら面長で唇が分厚い、けっして色男というわけではなく、しかも無口。けれど、その容貌だからこそ容赦ない凄みを出せる。
裏切り、復讐、金。
それを切り取った場面だけで追いかける。時間軸は緩く、暴力にためらいはなく、派手な銃撃戦はないのに、ベッドに向かって、あるいは電話機に向けて放つ44マグナムのシーンは脳裏に焼き付くほど迫力がある。
とても純度の高い、ハードボイルド映画だ。
…いや、「殺しの分け前/ポイント・ブランク」の話ではない。
『太平洋の地獄』の話だ。ともかく、この作品を監督したのがジョン・ブアマン、主演したのがリー・マーヴィン。このコンビに三船敏郎が加わった。
登場人物はこの2人だけ。
エキストラさえ、一切出てこない。
なにしろ太平洋戦争の真っ只中、日本の海軍大尉と米軍将校が無人島に漂流した、という設定なのだから。
リー・マーヴィンは英語しか、三船敏郎は日本語しか喋らない。だからお互いの名前すら、紹介がない。というより、必要がなかった。
それで70mm。
この映画の公開も1967年。同年に公開された『007は二度死ぬ』はまさに紋切り型の荒唐無稽な日本が舞台だった。
安心していただきたい。
この映画で、三船敏郎が演ずる日本はアメリカ人が考える日本ではない。丁髷も真っ赤な提灯も忍者も(当たり前だ。2人にか出演しないのだから)出てこない。
三船敏郎は汚れた、朽ち果てた制服と真っ黒な髭、リー・マーヴィンもたいして変わらない格好。薄汚れていて武器は棍棒だけ。その原始的ともいえる2人が、無人島で太平洋戦争を繰り広げる。
いや、祖国を賭けた戦争のはずが、食い物と水を争う戦いになる。それが、残酷ではないのに、壮絶なのだ。
途中、その虚しさに2人が気がつき、共同作業で島からの脱出を図るが…。
と、この先は興味を削いでしまうので割愛。
それにしても、こんなシンプルな設定なのにスリリングで時にユーモラスで、見終わった後に爽快感やカタルシスではなく考えさせられてしまうのは、ブアマン監督とリー・マーヴィン、三船敏郎の迫真であろうとする意識が同調したからこそ、ミックスアップとなって佳作に仕上がったのだろう。
アメリカ製作なのに物語の均衡は日米水平に保たれていることも、日本人の私としては公平性があって好ましく、だから三船敏郎だけでなくリー・マーヴィンにも三船敏郎と同じくらい感情移入ができた。
それもまた、三船敏郎が頑固なまでにブアマン監督と衝突したからだ、とパンフレットに書かれていた。
もちろん、これもリアルタイムで観たわけではないし、リバイバルでもない。手元にあるパンフレットは公開当時のものだったから、「殺しの分け前/ポイント・ブランク」と同じように二番館、または三番館で観たのだろう。
この映画を見終わった後、三船敏郎はもちろんのこと、リー・マーヴィンにも強く惹かれ、いろいろな作品を観た。
なかでも気に入っているのは『特攻大作戦』と『北国の帝王』と、『プロフェッショナル』だ。
…またこれらを書くと長くなっちゃうんだけれど…。
それにしてもリー・マーヴィンにこれほど惹かれる理由、演技とかストーリーだけでない気がしていたのだが、それがしばらく分からなかった…。
Part3に続く

