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数式小説『シュレーディンガーのΦ』➃黒川警部の捜査(仮題)

(初めに)特に黒川警部にスポットを当てるわけではないので、サブタイトルは未定です。全体の位置付けの中でサブタイトルを考えていきます。

(追記)黒川警部の雑談を少し加えました。小説は雑談、および何でもない描写が一番難しいかもしれない。数学をやっているせいか、直線的に書こうとしてしまう。勉強のために、普段は読まない小説を読んでみると、ある意味「無駄」な表現がその世界観を作っているような気もするが、どうなんでしょうか?

作品テーマ(300文字程度)

 東京帝都大学の藤沢教授が行方不明となった。
 藤沢研究室の修士課程1年の清水は、藤沢研究室の雪村講師から、藤沢の教え子であった量子力学の天才、三枚堂教授を紹介され、彼と会う約束をする。
 三枚堂から量子力学を学ぶにつれて、「観測して初めて事象は1つに決定し、観測しなければ事象は『重ね合わせの状態』である」という量子論の原理が、藤沢の足取りと交差し、清水は彷徨うことになる。
 一方、ゲーデルの不完全性定理を専門とする雪村のもとで、その学問を学ぶにつれて、清水はその「不完全性」へと迷い込む。
 三枚堂の「量子力学」と雪村の「不完全性定理」をテーマに、同じ事件が表層を変えてパラレルに進む理数系ミステリー。

前回までのあらすじ

 1月20日、神奈川にあるセミナーハウスで、東京帝都大学、藤沢研究室の雪村講師の研究発表会が行われる予定だったが、藤沢教授の行方不明により、発表会は中止になった。
 同じく藤沢研究室の修士課程1年の清水は、藤沢教授の控室に書かれた

$$
\begin{align*}
i\hbar\dfrac{\partial}{\partial t}\ket{\psi(t)}=\hat{H}\ket{\psi(t)} \\[8pt]
\hspace{35pt}{\small 1月27日}
\end{align*}
$$

という数式、および、泥に汚れた赤いレーサーバイク、見覚えのない富士山の写真、足音のような音声ファイルなど、いくつかの謎を抱えながらも、雪村先生から紹介されて、東京理工科大学の三枚堂教授に会いにいくことにした。
 そこで三枚堂教授から、自分が藤沢教授と会ったのは発表会当日ではなく、前日であったことを聞く。前日に藤沢教授と量子力学の勉強会を開き、発表会当日は藤沢教授と会ってはいないという。発表会が始まるまでの間、赤いバイクでツーリングに出かけていたという話だ。
 清水は、三枚堂教授からシュレーディンガー方程式について簡単に教えてもらい、その後、シュレーディンガー方程式のプラケット表示と量子論理のテキストを大学購買部で購入し、帰路につく。その途中、大学の駐車場に、赤いバイクが駐車されているのに気づいた。そのバイクは泥で汚れた写真のバイクと同じもので、三枚堂教授のものであると思われるが、泥がきれいに取り除かれ、まるで展示品のような光沢を放っていた。
 そのとき、大学四年の後輩である坂井から連絡が入った。
 藤沢教授の車が、セミナーハウスから離れた山道の崖で見つかったという知らせだった。

本文スタート

 坂井から連絡のあった次の日、僕は藤沢先生の車が見つかったとされる神奈川の山間部へ向かうことにした。
 事務の話によれば、藤沢先生は、東京帝都大学のセミナーハウスから離れた山道で、車ごと崖から十数メートル下に滑落したらしい。崖下には緩やかな川が流れており、藤沢先生の車は崖の途中で大木に引っかかる形で発見された。しかし、藤沢先生本人は見つかっていない。警察は川に落ちた可能性も含めて、周辺の捜索を続けているとのことだ。

 雪村先生の研究発表会の日、藤沢先生はそこに向かったのだろう。
 その山道に車で向かおうと、スマートフォンを開いて地図を確認した。国道を走り、セミナーハウスを通り過ぎた先にその山道の入り口はあるらしく、国道から左折して山の方へと続いている。さらに、その山道は山の奥で行き止まりになっているようだ。
 セミナーハウスを越えてさらに先だけど、今からだと昼過ぎにはそこに着くかな。
 僕はナビを頼りに現場へ向かうことにした。

「ここか」
 セミナーハウスへと続く左折道路を通りすぎ、きれいに舗装された国道を1時間ほど進むと、その山道の入り口があった。メイン通りの左手に、土と砂利がむき出しの道が上に続いている。この先に見つかった現場があるようだ。
 メイン道路は何度か通ったことがあったが、ここに山道があるとは知らなかった。長く続く大きな道路からトンネルを抜け、登りや下り、左右に曲がりながら続く道の途中にその山道はひっそりと佇んでいるため、気づきにくい道であることは間違いない。
 道幅は広くはないが狭すぎるわけでもない。特に立ち入り禁止の標識もなかったので、その山道を車で登っていくことにした。先日の大雨の影響で路面は少しぬかるんではいるが、運転に支障はない。周囲は背の高い木々で覆われているが、葉が落ちているので見渡しはよい。僕はゆっくりと、その道を登り始めた。

 登り続けると、水の音が次第に大きくなってきた。川の存在を確認しながら進むと、右側には崖が続いている。ガードレールはあるものの、所々にすき間があるので緊張感が高まる。この下に川が流れているようだ。
 左側は急な崖で、整備はされているものの、手のひらほどの岩が点々と落ちている。崖から斜めに生えた木々のトンネルを進むにつれて、周囲はしだいに薄暗くなってきた。このまま進んで大丈夫なのかと不安になってくる。
 20分ほど進んだところで急に視界が開けてきた。周囲の木々が切り倒され、明るい景色が広がっている。
 人がいる。
 黄色いヘルメットと反射ベストを着た人がこちらを見ている。向こうには太い丸太がきれいに積み重ねられている。伐採現場の警備員だろうか、何気なく通り過ぎようとしたら、その人は近づいてきた。僕は車の窓を開けると、その人は疑わしそうな顔をして僕に尋ねてきた。
「警察の方ですか?」
「いいえ」と答えると、この先は警察の捜査のために入れないと教えられた。事故現場はその先にあるらしい。
 自分は行方不明の藤沢先生の学生であることを伝えると、少し迷った表情を見せたが許してくれた。この先に進むと左側に駐車スペースがあると教えてくれた。

 10分ほど車を走らせると、パトカーが数台止まっていた。しかしその先は規制線が張られ、数人の警察官が立っている。やはり、それ以上先には進めないようだ。僕は空いているスペースに車を止めて、周りを確認して車を降りた。そして、警察官の視線を感じながらも規制線の方へと近づいていった。
「君は?」
 誰かが声をかけてきた。
「君はどなた?」
「あっ、僕は藤沢研究室の清水といいます」
「藤沢教授のゼミ生?」
「はい、修士課程に在籍しています」
 その人は少しだけ背中を丸め、色あせたトレンチコートを羽織っている。人懐っこそうな目をこちらに向けて、ほんの少し笑みを浮かべている。
「神奈川県警の黒川です」と手帳を見せた。黒川警部、神奈川県警の刑事のようだ。
「なんで君はここに?」
「ここで先生の車が見つかったと聞きまして……」
「ああ、そう」とうなずき、じっと僕の目を見た。
「いや、僕はただ見に来ただけで、特に何も……」
「いやいや分かっている」と黒川警部は横に手を振った。「藤沢先生の元で勉強していたんだ、偉いですね。勉強は難しいですか?」
「はい。でも先生は丁寧に指導してくれるので、とても分かりやすいです」
「そうですか。ところで、ゼミ生ということは、失踪当日は研究発表会でセミナーハウスに?」
 失踪当日に研究発表会があったことを知っているようだ。
「はい、朝7時前に先生とセミナーハウスで会って、その後どこかに出かけて行ったようです。発表会の始まる午前10時までには戻ると僕に伝えたんですが」
「どこに行くのかは伝えなかったの?」
「はい」
 黒川警部は手帳にメモを取り始めた。
「前日に先生と会った?」
 手帳に落としていた視線をこちらに向けて、前日のことを尋ねてきた。
「いや、僕は前日に先生と会っていません。前日は量子力学の勉強会で、東京理工科大学の三枚堂教授とお会いしていたようです」と、昨日三枚堂教授本人から聞いた話を伝えた。
 黒川警部は、まるで僕が重要参考人であるかのように、こちらに視線を向けている。そして手帳に目を落とし、口元を引き締めて2、3度うなずいた。
「藤沢先生の専門をお聞きしてもよろしいですか?」
「はい。先生は数理論理学が専門で、最近は量子論理の研究をされていたようです。その研究のため、量子力学の専門ではなかった先生は、専門である三枚堂教授と勉強会を開いたようです」
「三枚堂教授から量子力学について教えてもらおうと、それで前日に?」
「そのようです」
「ところで、三枚堂教授と君との関係は?」
 黒川警部は片眉を下げてこちらを見ている。まるで僕が犯人であるかのような視線と口調に気圧される。
「雪村先生から彼のことを教えてもらいました」
「昔から彼を知っていたわけではなく?」
「はい。昨日初めてお会いして、そこで前日に藤沢先生と勉強会をしていたと聞きました」
「雪村先生も前日に?」
「いっ、いや何も言ってなかったので、雪村先生は当日に来たと思います」
 雪村先生のことを聞いてくるとは思わなかった。黒川警部はうなずきながら、再び手帳に目を落とした。メモを取らず、確認するように手帳をめくっている。
 少し沈黙が続く。
「藤沢教授はキャンプに興味あった?」
 突然つかぬことを質問してきた。藤沢先生がキャンプに興味があるとは聞いたことがない。ただ、調理器具などが車に積んであるのは見た記憶はある。はっきりとはしないが、僕はそのことを正直に伝えた。他にも何か情報を得ようとしていたので、当日に撮った写真を黒川警部のスマートフォンに転送した。すると黒川警部は一枚の写真に顔を近づけた。
「この赤いバイクだけど、この泥は?」
 僕にスマホの画面を向けた。僕も気になった赤いバイクの泥だ。昨日、三枚堂教授本人から、発表会の始まる前に赤いバイクでツーリングに出かけ、その際に泥がついたと直接聞いたことを素直に話した。大学の駐車場にもそのバイクがあったので、確信は持てないが、この赤いバイクは三枚堂教授のものかもしれないと伝えると、黒川警部は納得している様子だった。他の質問にも正直に答えていった。
「捜査のため、連絡先をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
 僕は連絡先を教えると、黒川警部はぼさぼさの頭をかきながら「ありがとう」と向こうに歩いていった。
 帰り際、振り返って「もう一つ」と人差し指を立てた。
「ところで、量子力学って何?」
「いや、僕もあまり知らなくて、ミクロな粒子を支配する学問のようです」
 先ほどまでの険しい表情とは打って変わり、穏やかで優しい表情になっていた。
 分かっているのかどうか、なるほどと2、3度うなずき、ありがとうと頭の上に手をかざして、規制線の中へと入っていった。

 これより先には入れないし、崖下に下りて藤沢先生を探せるわけもない。ここにいても仕方がないと、僕は帰ることにした。時計を見ると午後1時前。ここに着いてから30分ほど経っていた。
 帰る途中、先ほどの警備員がこちらを見ていた。
「そうだ」
 この雨でぬかるんだ道路、黒川警部も気にしていた赤いバイクの泥。
 僕は車を止め、警備員に当日の様子を伺ってみた。
「すみません、3日前の1月20日のことですが、その日の午前に、赤いバイクがここを通るのを見かけませんでしたか」
 警備員は何だろうという顔をしたが、すぐに答えてくれた。
「ここにずっといたわけではないので確かなことは言えないけど、自分は見なかったね。知らないうちに通りすぎた可能性もあるけど、分からないなあ」
「ありがとうございます」
「そうそう、刑事が同じことを聞いてたよ。たしか黒、黒….…」
「黒川警部ですか」
「そうそう黒川警部」
 黒川警部が捜査をしていたようだ。
 三枚堂教授は赤いバイクでこの山道を通ったのだろうか?
 そのバイクの泥は、先生の行方不明と何か関係があるのだろうか?
 何も手掛かりがつかめないまま、僕は帰路についた。

数式解説編

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