身体で覚える相互行為の研修~「介護相互行為論」No5
5.身体で覚える研修(例)
「間身体性」の思想は、座学の講義(頭での理解)だけではなかなか介護現場へと落とし込めません。介護職員自身が「自分の身体がどう感じ、相手の身体にどう響くか」を体験的に自覚する(身体知化する)研修プログラムが不可欠です。
哲学的な概念(間身体性・身体図式)を実感に変え、現場の実践に直結させるための体験型研修プログラムの具体例を紹介したいと思います。
(1)研修プログラム全体構成案
テーマ: 『身体で対話する介護 〜身体現象学的手法〜』

(2)各ワークの具体策とロールプレイ手順
【ワーク1】「掴む」vs「包む」の触覚体験
身体に対する「不快な侵入」と「安心な受容」の触覚的違いを、受けて側・行う側の双方で体験します。
手 順
2人ペアを作る(一方は目を閉じる=視覚を遮断し、被介護者役になる)。
パターンA(掴む介助): 介護者役は、相手の手首や腕を指先で強く「掴んで」持ち上げ、移動させる。
パターンB(包む介助): 介護者役は、手のひら全体の広い面積で下から「包み込み」、包帯を巻くように柔らかく圧をかけて触れ、持ち上げる。
振り返りの問い(フィードバック)
目を閉じているとき、どちらの触れ方で腕の筋肉に力(防御的な緊張)が入りましたか?
「包まれた」とき、自分の身体は相手の手をどう感じましたか?
現象学的解説:強く「指先で摘む・掴む」行為は、相手の身体図式にとって「捕縛・侵入」と認識され、前反省的な過緊張(拒否)を生みます。手のひら全体で包むことで、初めて「触れている/触れられている」という可逆的な安心(間身体性)が成立します。
【ワーク2】「上からの視線」vs「正中の眼差し」ロールプレイ
ユマニチュードの根幹である「見る(Regard)」の質的違いを可視化・体感します。
手 順
被介護者役は椅子に深く腰掛け、少し下を向く(認知症者の姿勢を模倣)。
パターンA(作業的視線): 介護者役は立って見下ろしながら、「〇〇さん、ご飯ですよ」「お風呂行きますよ」と斜め上・横から声をかける。
パターンB(ユマニチュード的視線): 介護者役は相手の目の高さ(またはそれ以下)までしゃがみ込み、相手の視線が入る正面(正中)に入り込んで目を合わせ、笑顔で「〇〇さん」と名前を呼ぶ。
振り返りの問い(フィードバック)
見下ろされたとき、威圧感や空間的な疎外感をどう感じましたか?
視線が正面で「カチッと合った(捕捉された)」瞬間、自分の胸や身体にどんな変化(安心・開口)がありましたか?
現象学的解説:ただ視野に入れるだけの「見る」と、互いの眼差しが交差する「見つめ合い」は全く異なります。視線が合うことで言葉の意味以前に「私はあなたを存在として認知している」という空間の共有(共存在)が成立します。
【ワーク3】「重心移動のアンサンブル(調和)」立ち上がり介助
力づくの引き上げ(抱え上げ)と、相手の運動図式を引き出す立ち上がり介助を比較します。
手 順
被介護者役は脱力して椅子に座る。
パターンA(抱え上げ): 介護者役は相手の脇の下に手を入れ、腕力で真上に引き上げる。
パターンB(重心の誘発): 介護者役は相手の背中に手を添え、あごを少し引かせて頭部を前方へ傾け(お辞儀の姿勢)、足の裏に体重が乗るタイミングに合わせて、共に斜め前上方へ立ち上がる。
振り返りの問い(フィードバック)
パターンAのとき、足の裏に体重を感じましたか?自発的に足を動かせましたか?
パターンBのとき、どの瞬間に「あ、立つんだな」と身体が自発的に動き出しましたか?
現象学的解説:持ち上げる介護は、相手をただの「重荷(物)」として扱ってしまいます。人間の立ち上がり運動の物理的軌道(頭部前傾→足底荷重→臀部離床)に介護者の身体を適合させるとき、二つの身体は一つの「立ち上がりという運動」を協働生成します。
(3)研修を成功させるためのファシリテーションの工夫
①「良い/悪い」の裁断ではなく「どう感じたか」の言語化
「パターンAはダメな介護です」と指導するのではなく、「パターンAのとき、被介護者役の足裏の感覚はどうでしたか?」と、スタッフ自身の身体感覚(知覚)を言語化させることに集中します。
ⅰ「アイマスク」や「ノイズキャンセリングヘッドホン」の活用
視覚や聴覚を制限(あるいは認知症の感覚過敏・認知変容を疑似体験)した状態でワークを行うと、いかに「肌の触れ方」や「気配(間身体性)」が決定的な情報源になっているかが痛感できます。
ⅱ「3ステップの合言葉」で現場に持ち帰らせる
研修のまとめとして、明日から現場で使える以下のような身体の行動指針をシンプルに提示します。
① 触れる前に「正面から目を合わせる」(空間の共有)
② 掴まずに「手のひらで包む」(安心の触覚)
③ 力で引かず「相手の重心の動きに乗る」(運動の協働)
以上のような「自身の身体の応答」を起点とした研修を行うことで、スタッフはマニュアルの丸暗記ではなく、自分の身体を通して「なぜ丁寧な関わりが必要なのか」を腑に落ちた形で理解できるようになります。
