中学レベルや英語脳などの言葉
中学レベルだけでOKとか、私の英語力は中学レベルで止まってます、みたいな言葉をつかう人はたくさんいますよね。ただ、その「中学レベル」のようなふわふわした言葉にちいさな違和感のようなものを感じることもありませんか。今回は、「中学レベル」やそれに類する言葉の違和感について、かんたんに触れてみます。
誰が言っているのか
これは僕の読みなのですが、「中学レベル」という言葉をとくに抵抗なく使ってしまうシーンというのは、「あまり深く考えないとき」であると思います。とくに大事な話をしていないとか、たんなる会話のネタとか、そのようなシーンで、「中学レベル」のようなワードによる説明が出てくるわけです。言い換えると、語学や学習の話を真剣にしているときに、「中学レベル」という言葉だけでことをまとめてしまうのは、変なのでは、ということになります。
このことは具体的なシーンをイメージしてみるとわかるはずです。「あの人の英語力は中学レベルだから」とか、「あの人は中学レベルの英語すら理解できない」みたいな言葉をつかうとき、その言葉を使う人のなかで深い思考が発生していることを認めることはできません。英語力というのは注意深く対象をよく観察してわかることのはずですから、中学レベルなどの安易な一言で無難にまとめることはできないはずです。
定義があいまい
「中学レベル」、「英語脳」、「ネイティブレベル」など、多くの人が多用する語句について総じて言えることなのですが、「その言葉の定義はなんですか」といざ質問された際に、とたんに何も言えなくなることが共通しています。
たとえば、「ネイティブレベル」とは何かと聞かれたとして、「ネイティブがつかう英語のレベルです」と返すことはできそうですが、「じゃあ、ネイティブがつかう英語とそうじゃない人たちの英語には何の違いがあるんですか」と問われた際にほとんどなにも言えなくなります。
要するに、「本人らも言葉の定義をよくわかっていなそう」なのに、その言葉を抵抗なく使ってしまう、という点が論点になります。それがたわいもないおしゃべりのネタになるのであれば特にケアしなくてもいいのですが、やはり、「まじめな話」で定義があいまいな言葉を多用するのは避けるべきです。
因果と相関
英語脳もそうです。外国語を学習したり使ったりすると、母語を使うときとは異なる脳の部位が活性化することは実験的に確かめられていますが、それを、「英語脳だ!」と断じてしまうのはさすがに早合点な気がしませんか。英語舌や英語耳、英語喉みたいなワーディングもあるそうですが、それらはいずれも、「定義もなんもない雰囲気ワード」であることが共通しています。
これは因果と相関の誤謬です。外国語をつかうとある特定の脳の部位が活性化するのは確かめられた事実でしょうが、それはたんなる、「Aという事象とBという事象が同時に認められることが多い、多かった」というだけであり、相関があるだけです。
気温が上がると冷たい清涼飲料水やアイスクリームが売れるようになりますが、冷たい清涼飲料水やアイスクリームを販売すると気温が上がる、とはいえません。相関関係と因果関係が別ものであり、両者をごちゃ混ぜにすると話がわけわからなくなるというのは、アイスクリームの例からわかります。

「第二言語習得論」もそうで、あれは、「外国語学習者はどのように言語を習得するのだろうか」という話を対象にした学問分野です。決して、「いかに効率よく効果的に外国語学習をするか」ではないのですが、世間の認識は後者が圧倒的です。
第二言語習得論も、たんにある現象と別の現象の相関を調べているだけなのですが、なぜか、「このようにすると外国語を効率的に習得できる」という、因果の話にすり替わっているんですよね。因果と相関は必ずしも重ならないというのは、この記事で繰り返し触れたいところです。
カッコイイ言葉
カッコイイ言葉はよく独り歩きします。カッコイイ言葉で大衆がメロメロになることは今も昔も多く、今なら、「最先端のAIで~」みたいなのがそれに該当するでしょう。
僕は哲学チックな話し方をnoteでよくするのですが、なぜそうするかというと、「読者と一緒に前提を確認しながら、理解のずれを最小限にとどめながら話を進めたい」という意図があるからです。これはネット特有の都合なのですが、いつどこで、誰が自分のコンテンツを見ているかを把握することは不可能であるため、「前提を整える」というていねいな作業がなかば必須になります。
このことは、カッコイイそれっぽいワードを可能な限り使用しない、と言い換えることもできます。普通の言葉で説明する、造語をつかうならその定義を説明する、言葉の定義にずれがある場合はそれを使わないなど、そのようなことを僕はケアしています。
さいごに
中学レベルや英語脳という言葉は、その言葉を使う人が思考停止しているがゆえに出てくる言葉です。
カッコイイ言葉で魅了したい、と考える、考えてしまうのは、何か話のずれを生み出す要因になりますし、やめたほうがいいはずです。「自分をよく見せたい」という心理が根源にないかは、確認する必要があります。
▼この記事を書いた人▼
そっちゃそ
フリーランス英日翻訳者。本業で培った知識や経験をもとに、発音指導、語学指導もやっています。
noteは、僕の思想や考えをひろく公開するために使用しています。僕の思想や考え方については、考察と思想哲学のマガジンにまとめているのでこちらをぜひご覧ください。詳しいプロフィールはこちらから。


主な著作:「自分の意見を言うことは『役に立つ』」、「外国語を学習すると決めたときに読む本」、「英語発音学習の第一歩」。既刊一覧はこちらから。
関連記事:
さいごに
「発音学習の底力」を体験してみませんか。英語力は、発音学習だけでも伸ばせます。学習に新しい風を入れたい方、ネットでこれ以上学習法をあさるのはしんどいと感じる方は、ぜひ以下のページをのぞいていってみてください:
語学学習を総合的にトータルサポートしてほしい、痒い所に手が届くサポートがほしいという方には、「そっちゃそ英語コーチング」がオススメです:
