【AOE2DE】手持ち文明の戦術メモ(41)ビザンティン
東地中海文明シリーズ……? 久しぶりに「手持ち文明」と言えそうなビザンティンを扱います。初期13文明の1つで、アンチユニットなら何でも安価、そして建物が硬いので初心者向きとされる。4世紀のコンスタンティノープル建設から数えて1000年以上を生き延びた耐久力は伊達ではない、といったところ。とはいえ通常の射手や騎士を使っても能力は十分。多様な勝ち筋があり、かといって強すぎもしない、そんな位置付け。
文明特性と基本戦術
「守備・防御の文明」。安価な槍散兵で防御的に構えるのがセオリー。建物のHPが時代進化とともに上昇するので、城の矢の撃ち合いや遠投勝負では優位に立てる。騎士対策にはラクダや聖職者も使いやすい。「アンチのアンチ」である剣士系統に対してはカタフラクトが有用。しかし「これこそ主力」と自信をもって使えるユニットが無いので、後手に回りがちなことに注意。相手文明との相性を見極めて戦機を捉えたい。
ユニークユニットと天敵
ユニークユニットのカタフラクト(70F75G)は高価だが歩兵に強いタイプの騎乗ユニット。訓練時間は20秒でやや長め。EL化(1200F800G)でHP+40、攻撃力+3等かなり強化される。また、帝王ユニテクで歩兵への攻撃力アップに加えて範囲ダメージも与えるようになるため、並の矛では倒しづらくなる。
天敵は、射手系統の射程ユニットやラクダ、騎士系統や聖職者による転向。
帝王の時代に、港でドロモン船(175W150G)を作成可能。これはゴート、フン、ローマやアルメニアと共通の砲撃船ユニット。化学の研究不要で出せるので便利。
内政面
見張り、巡回が無償、自動
……特に初級のうちは、何もしなくても建物の視界が広がるのが有り難い。
帝王の時代への進化コスト-33%(670F536G)
……安価なユニットで凌いでおいて帝王進化で先行するのも有効な勝ち筋の一つ。
テクと出せないユニットのメモ
文明ボーナス
らくだ騎兵、散兵、槍兵系ユニットのコスト -25%
……これがメインのボーナス。序盤から、金が尽きたあとの末期戦まで長く有効。
暗黒/領主/城主/帝王の時代に建物のHP +10/20/30/40%
……通常文明の石工技術、建築学は各々+10%なので、領主まで無償で前倒し、さらに帝王までに倍の効果を得る。爆破工作兵少数では石壁を割りづらくなることに留意。
火炎船とドロモンの攻撃速度 +25%
……海マップや遊牧の海戦で重宝する。
チーム ボーナス: 聖職者による治癒量+100%
最近、プロの間でも傷ついたユニットを治療して温存することの重要性が再認識されている。このボーナスはスペインの宣教師や、アルメニアの戦闘神官にも有効とのこと。
ユニークテクノロジー
城主ユニテク: ギリシャ火薬(250F300G)
火炎ガレー船系統の射程+1、ドロモン船と砲台の爆発範囲が拡大
……海戦だけに関係するテクノロジーだったが、砲台の強化が追加された。
帝王ユニテク: 兵站学(800F600G)
カタフラクトが範囲ダメージを与えるようになり、歩兵に対する攻撃力+6。
……陸でカタフラクトを主力にするなら必須だが、なかなかそういう局面はない。ピンポイントで使うユニットだし、これがないと勝てないほど敵の歩兵が溜まっていたら敗勢。化学の研究と砲撃手を優先すべきだろう。
鉄工所テク
鉄工所テクは高温溶鉱炉(近接攻撃力の3段階目)が研究不可。
出せないユニット・使用不可テクノロジー
戦士小屋……近衛剣士・矛が(攻撃力を除き)ほぼフルアップ可能。かつ、槍兵系統のコスト-25%。
弓小屋……重石弓、重弓騎兵、砲撃手等の多様なユニットが出る。弓懸はあるがパルティア戦術研究不可。(精鋭)散兵のコスト-25%。
馬小屋……ハサー、近衛騎士、重装ラクダが出せるものの、血統がないためHP上限が低く、攻撃力も+2止まり。しかしラクダのコスト-25%は大きい。
兵器小屋……白ラム・大砲が出せるが、破城投石機とヘビスコへのアップグレード不可。また、攻囲技術なし。
聖職者……ほぼ全テクノロジーが研究可能で強力。薬草学のみ研究不可だが、チームボーナスの聖職者の治癒力2倍を活用したい。
学問所……文明ボーナスで自動的に建物が強化されるため、石工技術、建築学は研究不可。火砲学、攻囲技術研究不可。他に、土木技術(城)がないので相手のラム等の兵器を農民で殴るのは有効ではない。
内政テク……全テクノロジーが研究可能。
海軍……3船種ともフルアップ可能かつ、火炎ガレー船系統は文明ボーナスと城主ユニテクで強化される。サイフォンはあるが焼夷兵器なし。また、キャノンガリオン船系統がない代わりに化学不要でドロモン船が出る。全文明でもベスト5には入る強さ。詳細は割愛。
戦績・対策
チーム戦での戦績は20勝13敗。主にアリーナの前衛でピックして、サンドバッグ役になっている。たぶん重石弓を主力にして、補助的にハサーかカタフラクトを出すのが正解。対ビザンティン入りチームについては47勝31敗。柔軟にユニットを切り替えられるのが強みとはいえ、血統と高温溶鉱炉がないので、チーム戦での後衛としては騎士・ラクダとも物足りない感じがする。後衛でも、いっそ早めに砲撃手や白ラム/大砲と矛みたいな編成に切り替えるのもありかもしれない。対ビザンティンの戦い方としては、とにかく主力の騎士や石弓といったユニットの数で負けないことを考える。アンチユニット同士で戦うのは資源的に不利。そして遅くとも帝王序盤までに、金が尽きないうちに決着をつけることを考えたい。1vs1では2勝1敗。対ビザンティンは1勝。いずれもだいぶ前の対戦なので割愛。
キャンペーンシナリオ等
架空のビザンツ貴族であるナウティコス家の人々を描いたバーリ(871-1071)の他、「勝者と敗者」DLCでアレクシオス1世コムネノスやコンスタンティノープルの陥落を扱ったシナリオ(ビザンティンとオスマン、両サイド)が追加された。また、ローマが文明として正式に実装される以前には、ゴートやフン、チュートンなど多くのシナリオで東ローマだけでなく、西ローマ及びその後継国家の役も割り振られていた。
参考動画
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歴史のうんちく
いわゆる東ローマ帝国
「ビザンティン」の名称は、4世紀にローマ帝国の大帝コンスタンティヌスが、紀元前7世紀からあった都市ビュザンティオンに建都(「遷都」ではない)したことに由来する。ビュザンティオンは黒海の出口、ヨーロッパ側に位置する半島で、帝都を築くのに十分な広さと、防衛に有利な地形を兼ね備えていた。歴代の皇帝が強化に努めた三重の防壁は、AOE2の種々のシナリオで出てくる通り、敵の襲撃を度々撃退するのに貢献。大帝とその後継者たちの戦略眼の確かさを実証したのだった。
さて、3~5世紀のローマ帝国は一人の皇帝で統治するには大きくなりすぎていたので、主に蛮族への対応のために東西で分担(そして分裂)と統合を繰り返した。ビュザンティオン(=ビザンティウム・コンスタンティノポリス)に本拠を持つ側は、後に「東ローマ帝国」と呼ばれるようになった。「帝国」と呼ぶのがはばかられるような規模に縮小したあとも、「ビザンツ帝国」または単に「ビザンティン」と呼ばれるようになってしばらく存続した。西ローマでは5世紀後半に最後の皇帝ロムルスが廃され「滅亡」したことから、東ローマ帝国が「唯一正統のローマ」となった。
3世紀に興隆したサーサーン朝ペルシアは東ローマと引き続き死闘を繰り広げていた。ゴート戦争で活躍した名将ベリサリウスも、キャリアの前半ではサーサーン朝との戦いで武功を挙げている。彼の主な戦功についてはゴートの記事の「ゴート戦争」部分を参照。時の皇帝ユスティニアヌス1世は北アフリカやイタリア半島を再復するだけでなく、ローマ法大全の編纂など学術面でも功績が大きく、東ローマ帝国の全盛期を築き上げた。しかしこれも6世紀がピークで、7世紀には疲弊した東ローマ帝国とサーサーン朝のはざまを埋めるようにイスラム帝国が台頭してくる。民族の象徴はユスティニアヌスにより532-37年に建立されたハギア・ソフィア(アヤ・ソフィアとも)だが、後述のオスマン帝国による征服後は四隅に尖塔が追加されてミナレットになっている。
ユニテクにもなっているギリシア火とは7~13世紀の東ローマで使用された焼夷兵器のこと。製法は極秘であったため失伝しているが、生石灰(CaO)に水を加えることで生じる高熱を利用して、樹脂を混ぜた石油(または硝石や硫黄など近世の火薬原料)に爆発的に点火するものであったと推測されている。そもそもがAOE2における「火炎ガレー船」こそ、このギリシア火のような火炎放射によって敵船を炎上させる存在。本来ならビザンティンのユニークユニットでもおかしくない存在なのであった。
キャンペーンシナリオ解説
バーリ(871-1071)はゴート戦争からほどなく失陥した南伊の再度の確保を試みた、ビザンツ帝国の報われざる努力がモチーフ。南イタリアのアドリア海側にある海港都市バーリは840年代にベルベル人によって支配されていた時期がある。西フランク王のシャルル2世、ルイ2世父子は866-871年にかけてこの「バーリ首長国」への遠征を行ったが、東フランクとの紛争が発生したため撤退。架空のビザンツ貴族、パノス・ナウティコスはこの遠征を支援していたが、結局は自ら戦ってバーリをムスリム(本シナリオではベルベルの陸軍と、サラセンの海軍)から解放することになる。これが1戦目。2戦目以降は11世紀に舞台が移る。南伊はすでにランゴバルド王国(ゲーム中ではゴート文明)の勢力下となって久しい。プーリア公爵のメルス(英語版wikipedia)が1009年にバーリを攻囲したのを撃退するのが2戦目のミッション。主人公ミカエル・ナウティコスは包囲下を脱出してカプア(青)またはポテンツァ(水色)まで逃れ、捲土重来を期することになる。
3戦目はビザンティンのイタリア担当総督(カテパノ)であるバシレイオス・ボイオアンネスを操作して第2次カンナエの戦いでメルスとノルマン人の欄合軍を撃破するミッション(いずれも英語版wikipedia)。4戦目の主敵は神聖ローマ皇帝ハインリヒ2世の遠征軍と教皇領軍。中部イタリアの都市トローイアを巡っての戦いとなる。前回に撃破されたメルスは教皇ベネディクトゥス8世に助けを求めたため神聖ローマの介入を招いた。メルスの弟ダトゥスは要塞塔に籠もって抵抗を続けていたが、敗北して残酷な方法(英語版wikipedia)で処刑されたという。
余談だが、モンテ・カッシーノ修道院はこの戦いで廃墟となったというよりは9世紀までのサラセンの襲撃で既に荒廃していた。修道所の破壊で金1000も出せたかどうか……? このあとの時代に再建に努めたデジデリウス院長が、後の教皇ウィクトル3世である。
最終5戦目は再びナウティコス家のアンドレアスが主人公。ノルマン人のバーリ征服(1068-71)に対し、何度かしのいだ後に海路に活路を求めて脱出するミッション。とはいえ低難易度では敵を完全に撃破することも可能。登場する敵役がロベルト・イル・グイスカルドである。彼らの征服行についてはシチリアの記事も参照。ノルマン人の南伊征服により、ビザンツ帝国は西地中海の拠点をすべて失った。
アレクシオス1世コムネノスの中興
さて、上述の通り7~10世紀はムスリムの時代であり、正統カリフやウマイヤ朝によって中近東や北アフリカのビザンツ領も征服された。ノルマン人の征服行により南伊に残っていた拠点も失陥。また、東方ではマラズギルト(マンジケルト)の戦い(1071)でセルジューク朝軍に大敗を喫し、ビザンツ帝国は瓦解寸前であった。セルジューク朝の台頭についてはタタールの記事も参照。
アレクシオス1世コムネノス(在位1081-1118)はそんな時代にバルカン半島においてノルマン人を撃退し、アナトリアの拠点を再復するなどして中興を達成した。クーデターから始まる彼の戦いは「勝者と敗者」DLCの「コムネノス」でプレイ可能。こちらの記事も参照。
息子のヨハネス2世も大変有能で、東方ではキリキア・アルメニア王国を滅亡寸前に追い込むなどした。アルメニアの記事も参照。しかし女系からアンゲロス王朝に帝位が移ると、失政が重なってバルカン半島諸国が再び離叛。ラテン帝国の出現による滅亡を招いてしまう。
ラテン帝国騒動とパレオロゴス朝
ヨハネス2世の後継者マヌエル1世がヴェネツィア人に対する特権を剥奪していたことが遠因で、アンゲロス王朝での西欧諸国との軋轢もあり12世紀末の第4回十字軍の矛先はビザンツ帝国そのものに向いてしまう。ここでビザンティンは一度滅亡し、1204年にフランク人の皇帝のもとラテン帝国が成立。脱出できた皇族たちはニカイア帝国やトレビゾンド帝国、エピロス専制侯国等の亡命政権を形成してこれに対抗した。ラテン帝国そのものは建国当初からブルガリアに大敗を喫するなど振るわなかったが、1261年に完全に崩壊するまでは時間を要した。トレビゾンド帝国成立の経緯についてはジョージアの記事も参照。
ラテン帝国を滅ぼした東ローマ皇帝ミカエル8世パレオロゴスはアレクシオス1世の義兄弟に連なる家系の出とされる。コンスタンティノポリスの奪回に成功したとはいえ、パレオロゴス王朝内では一族による権力争いが絶えず、そのたびに国力は衰えていった。文化的には栄えたものの、末期は首都周辺のごく僅かな土地を領する、オスマン帝国の属国というのが実情であった。
オスマン、ティムール、そして滅亡
オスマン帝国の勃興についてはトルコの記事も参照。1299年にアナトリア西北部の君侯国で君主として即位したオスマン1世(在位-1326)はアナトリアで他の君侯国を征服して滅ぼしていったが、曾孫の代でティムール朝の征西(1399-1403)により滅亡寸前となった。タタールの記事も参照。この間にビザンツ帝国は一息つくことができたが、それは最後の平穏に過ぎなかった。15世紀に入ると、再起したオスマン帝国はボスフォラス海峡を渡ってバルカン半島諸国を先に征服し、ブルガリアやワラキアまでを影響下に置いていた(スラヴの記事も参照)。メフメト2世は1453年、大宰相ハリル・パシャらの反対を押し切ってコンスタンティノープルの攻略に踏み切りこれを完遂。1000年以上続いた東ローマの都もここに滅びたのだった。
