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【AOE2DE】文明メモ(42)オスマン帝国/トルコ

もはや数えるのも野暮な弓騎兵文明シリーズ。オスマン帝国(トルコ)は初期AOK13文明の一つで、「火薬文明」を名乗ってはいるものの、斥候/自動アップの騎兵からラクダや弓騎兵につなげるのも有力。とはいえアリーナなど閉鎖的マップでの即帝王や、城からイェニチェリを出す戦術が有名過ぎる感じはある。
*AOE2では最近になって「オスマン帝国」と表記されるようになりましたが、本記事内では一貫して「トルコ」と表記します(記事末尾も参照)。


文明特性と基本戦術

「火薬文明」。実戦で大砲を攻城戦に初めて投入した国らしく、化学研究をスキップして帝王進化・即大砲が強力。とはいえオープンマップではそこに辿り着くまでは大変なので、基本は斥候から弓騎兵メタにつなげるのが有力。あるいはそのまま騎兵&ラクダに進んでも良い。城主の時代以降に長槍や精鋭散兵へのアップグレードができないため、アンチ馬/象としてはラクダ・聖職者頼みになる。対・石弓としては投石機や騎士/弓騎兵によるヒットアンドアウェイが選択肢だが、数が溜まった重石弓に対抗する手段はない。内政地に深く侵入して木こりや金鉱を押さえ、元を断つ他ないかもしれない。

ユニークユニットと天敵

ユニークユニットのイェニチェリ(60F55G)は命中精度が低目の砲撃手。訓練時間は16.8秒で砲撃手(27.2秒)の2/3弱(*チームボーナスによる短縮後の数値)。通常文明の砲撃手は34秒なので弓小屋2個分の数が出てくる。基礎攻撃力は17で砲撃手と変わらないが、EL化(850F750G)でHP+5、攻撃力+5、射程+1、近接防御+1等、かなり強化され命中率も向上。AOKリリース時には城主の時代に出る唯一の火薬ユニットだった。天敵は、精鋭散兵やコンドティエーレ、他に近衛騎士のような素の防御力とHPが高いユニット。

内政面

金を掘る人の作業速度+25%
……各種ビルドオーダーはこれ込みで組み立てられている。

テクと出せないユニットのメモ

文明ボーナス

騎兵・ハサーへのアップグレード無料、射程防御+1
……後衛で斥候スタートすると案外強力に働くボーナス。
化学が無償・自動
……即帝王進化から大砲・砲撃手を出すビルドオーダーが成立する。
火薬ユニットのHP+25%
……砲撃手、イェニチェリ、大砲などが該当

チーム ボーナス: 火薬ユニットの生産速度+25%
……所要時間が2割短縮される。特に大砲のような時間のかかるユニットでは大きい。

ユニークテクノロジー

城主ユニテク: スィパーヒー(350F150G)
弓騎兵系統のHP+20。
……弓騎兵を主力に据えるなら、血統の次にこれも研究しておくと有効。
帝王ユニテク: 砲術(600F650G)
砲台、大砲、キャノンガリオン船系統の射程+2。

鉄工所テク

鉄工所テクは3兵種3段階ともアップグレード可能。

出せないユニット・使用不可テクノロジー

戦士小屋……近衛剣士は出るがギャンベゾンなし。長槍以降へのアップグレード不可(これはグルジャラとトルコだけ)。
弓小屋……重石弓・精鋭散兵へのアップグレード不可。精鋭散兵が出ない唯一の文明で、味方にベトナムがいても不可。重弓騎兵はフルアップかつ城主ユニテクでHPが上乗せされる。砲撃手は生産速度ボーナスあり。
馬小屋……近衛騎士が出ないが、自動アップのハサーと重騎士、重装ラクダがフルアップ可能。また、ハサーは文明ボーナスで射程防御+1。
兵器小屋……改良投石機が出ない。遠投以外では森を焼けないただ2つの文明の1つ(もう1つはフン)。白ラムとへビスコは出るし、大砲は化学研究不要で出せて生産も速い。また、攻囲技術研究不可だが、大砲のみ帝王ユニテクで射程+2。
聖職者……薬草学、啓蒙(信仰の回復速度)、活版印刷(射程)の研究不可。城主までは特に不自由を感じず使える。
学問所……攻囲技術のみ研究不可。
内政テク……石の掘削と輪作が研究不可。
海軍……高速火炎船を除き全ての艦種・アップグレードを使用可能。詳細は割愛。

戦績・対策

チーム戦では1勝4敗と振るわない。アリーナ前衛の即帝王では後衛との連携が重要で、野良チームでは成立させづらいのかもしれない。勝った一戦でも農民が一度全滅してるからな……

味方のトルコ即帝王に合わせるのも上手く出来ていないようだ。また、特にオープンマップでは重石弓への対抗策が乏しいのは否めない。対・トルコ入りチームは63勝66敗でやや負け越し。トルコを使うならVCありの気心の知れた相手と……というのが良さそう? 1vs1では対トルコで2勝2敗。

キャンペーンシナリオ等

単発キャンペーンシナリオで「バフェウス(1302)」が存在。また、「勝者と敗者」DLCでコンスタンティノープル攻囲戦を扱った「メフメト2世(原題 Fetih=フェーティフ)」が追加された。他に、「レパント(1571)」など様々なシナリオで敵役として登場する。

参考動画

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歴史のうんちく

トルコ? オスマン帝国?

AOE2内では長らく「トルコ」表記で来たが、学術的に「オスマン・トルコ帝国」というのは正しくないのだそう。確かに君主の出自はトルコ系であったが、支配階層・国民ともは多宗教・多民族が共存していたことから、単純にトルコ人の国家とは規定しがたいため。そのためこの項では基本的に「オスマン帝国」表記を採ります。

遊牧生活を守りながらムスリムとなったテュルク系遊牧部族のことを、ペルシア語でトゥルクマーンと呼んだのが後の「トルコ」の語源

【AOE2DE】文明メモ(40)タタール

単に「トルコ」と表記すると、セルジューク・トルコ(AOE2ではタタール)など他民族も含まれてしまうのが頭の痛いところ。オスマン帝国初代に位置づけられるオットマン(オスマン1世)は、テュルク系遊牧民のオグズ24部族のひとつのカユ部族の長の家系であるとされる。イランのホラーサーンに居住していたが、祖父の代(13世紀なかば)にモンゴルの征西を避けてアナトリアに移住。当初はルーム・セルジューク朝に仕えて東ローマ帝国系勢力と戦っていたが、オスマン1世の代に独立して周辺を征服し大帝国を築いた。

キャンペーンシナリオ概説

バフェウス(1302)はオスマン1世の征服行がモチーフ。ゲルミヤン、カンダール、カレイシといった君侯国のうち一つを選んで同盟し、他を滅ぼした後にビザンティンの城3つのうち2つを破壊するミッション。歴史的背景等についてはこちらの記事も参照。バフェオスの戦い - ナムウィキ

第2代オルハンは海を渡ってヨーロッパ側に拠点を築くことに成功。第3代ムラト1世はバルカン半島に勢力を広げ、カイロのアッバース朝カリフからスルタンを名乗ることを承認された。彼はまた、常備歩兵軍イェニチェリを創設した。もちろん当初はゲーム内のような銃手ではなかっただろう。キリスト教徒の戦争捕虜からなる奴隷軍として始まったが、後には領内のキリスト教徒の子弟から優秀な青少年を徴集し、改宗させてエリート兵士を養成する仕組みとなった。

第4代君主のバヤズィト1世もこれを活用してバルカン半島の制覇を続行。1396年のニコポリスの戦いにおいて十字軍をも撃破したが、1402年のアンカラの戦いティムールに敗れ捕虜となってしまった。子・孫の代になってようやく再起がなり、曾孫にあたる第7代スルタンのメフメト2世がついに東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルを攻略してこれを滅ぼした。「勝者と敗者」DLCの「メフメト2世(1453)」は、この攻略戦をモチーフにしたシナリオ。難しいことを考える必要はなく、陸海から大軍を投入してコンスタンティノス11世を打倒すればクリア。ビザンティン側で防衛するミッションもある。詳しくはこちらの記事も参照。

民族の象徴は東ローマ皇帝ユスティニアヌスにより532-37年に建立されたハギア・ソフィア(アヤ・ソフィアとも)だが、オスマン帝国により征服後に四隅に尖塔(ミナレット)が追加されて尊厳破壊モスクになった姿である。

オスマン朝におけるユニテク名のスィパーヒー(主に重装備の騎兵を指した)は「兵士、軍人」を意味するペルシア語に由来するというが、インドのセポイ(小銃を主装備とする歩兵)とは、大本の語源が同じというだけであまり関係はない。

世界帝国へ

16世紀に入るとアナトリアから東地中海全体へと版図が広がっていく。第9代スルタンのセリム1世はペルシアの新興サファヴィー朝を1514年のチャルディラーンの戦いで撃破し、1517年にはエジプトのマムルーク朝を滅ぼす(カイロ・アッバース朝もここで実質的に滅亡)。このあたりの経緯については下記の記事も参照。
【AOE2DE】文明別戦術(17)ペルシア
【AOE2DE】文明別戦術(18)サラセン
1529年には第一次ウィーン包囲を行うなどしてヨーロッパ諸国を震駭させた。また、シリアやメソポタミア、アラビア半島へも盛んに遠征が行われた結果、過去の東ローマ帝国をも上回る大帝国が東地中海~中近東に出現することになった。1571年のレパントの海戦は西欧世界が優位に立ち始める契機の一つではあったが、即座に地中海の制海権が失われたわけではなく、その後もオスマン帝国は大国として存続し続けた。AOE2的にはだいたいここまで。

その後の中近世オスマン帝国

16世紀後半に至って、新興の大陸国であるロシア・ツァーリ国、後のロシア帝国との長い戦いが始まる。いわゆる露土戦争では、境界に位置するグルジア、アルメニア等諸民族の独立意識が常に問題となった。こちらの記事も参照。
【AOE2DE】文明別戦術メモ(9)ジョージア
【AOE2DE】文明別メモ(24)アルメニア
また、バルカン半島のルーマニアやハンガリー、ブルガリアといった地域の帰属はヨーロッパ諸国との間で常に問題であり続けた。
【AOE2DE】文明メモ(35)マジャール
【AOE2DE】文明メモ(36)ブルガリア
【AOE2DE】文明メモ(39)スラヴ
そして、東西交通の要衝を一国で広範に制覇したことは交易による莫大な富をもたらしたが、程なくして始まった西欧諸国によるアフリカ航路の開拓や新大陸への進出と、それに伴う貴金属の流入は国力の衰亡につながった。大航海時代の主役たちについては下記参照。
【AOE2DE】手持ち文明の戦術メモ(1)ポルトガル
【AOE2DE】文明別メモ(28)スペイン

1683年に強行された第二次ウィーン包囲は欧州諸国の援軍に対する敗北で終わり、ロシアやオーストリアに対し次第に劣勢になっていく。18世紀末にはクリミア半島がロシア領となる。軍政改革、特にイェニチェリの廃止は度々試みられたが、頓挫しがちであった。19世紀にはそれでも上からの改革という形で近代化が進められ、一時は憲法が発布されたが、露土戦争での敗北により憲政を停止。19世紀末に始まった青年トルコ人運動により、1908年の青年トルコ革命が起こり憲政が復活するなど政情は不安定であった。第一次世界大戦同盟国側で参戦したのが運の尽きで、有名な三枚舌外交の成果もあって中東の支配はガタガタに。1918年に降伏し国土の大半は連合国に支配されることとなった。大戦中の英雄ムスタファ・ケマルパシャらは1920年にトルコ大国民議会を組織。1922年に帝政の廃止を決議し、廃帝メフメト6世はマルタへ亡命。1923年にトルコ共和国が成立して現在に至る。

トルコ共和国略史

第二次世界大戦では末期まで中立であったが1945年2月に連合国の圧力によりドイツ・日本に宣戦布告。戦後はソ連に対する反共の防波堤として、1952年には早々にNATOに加盟。1960年、1980年にそれぞれクーデターが起きている。2回目のクーデター後、1982年に制定された現憲法では世俗主義が標榜されているものの、イスラムへの回帰を望む国民の声も根強い。隣国アルメニアとは国境紛争の他、オスマン帝国時代のアルメニア人虐殺問題などで軋轢を抱えている。また、東部のシリア・イラクとの国境付近ではクルド人問題も抱えている。パレスチナ・イスラエル問題しかり、大帝国の崩壊した後というのは、蓄積した様々な矛盾が解消されないまま禍根を残しがちなのであろう。

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