機織りを職とする服部氏「神服神社」秦氏の氏神は牛頭天王と明記【大阪北摂シリーズ/長岡京シリーズ】
機織りを職とする豪族・服部氏の祖神を祀るが、スサノオもいる。由緒を読むと「秦氏の氏神・牛頭天王」と明記している・・( ^ω^)おっ、
服部氏所縁の神社だが、神服氏説も!?同族なのかどうかなど分かりかねるが、確かに「神服」といえば伊勢神宮125社の最北地に鎮座する「神服織機殿神社・神麻續機殿神社」ですね。本当に良い神社で、雰囲気は似ている気がしてきた。
では高槻の神服神社に参拝ですが、昨日公開した「安岡寺(私のNOTE)」でも鎮座していました神社なのは偶然か関係があったのか?
変更履歴
2025/11/23:初版
▼HP▼アクセス
アクセス:大阪府高槻市宮之川原元町2−25
元日以外は境内に駐車できます。
▼祭神・本尊と脇時
樋速日命(ヒノハヤヒノミコト)
服部氏の祖
イザナギがイザナミを焼死させたカグツチの首を切り落とした際、血が岩に飛び散って生まれた三柱
鹿島神宮・春日大社の祭神・タケミカヅチの祖神でもある
麻羅宿禰(マラノスクネ)
ヒノハヤヒノミコト12世孫
5世紀中頃に服部連(はっとりれん)を名乗ったとされる
素盞嗚尊(スサノオノミコト)
さて伊勢神宮の神服神社の祭神は下図の通りで後者に近いのかな??

▼見どころ
→由緒
式内社
創建年代は不詳ですが、古い歴史を持つ神社
この地は、奈良時代に摂津国島上郡服部郷にあたり、服部連の本拠地であったとされている
「新撰姓氏録」より
倭の五王の一人・允恭天皇の時代に、機織りを職とする部族が住んでいたことから、服部と呼ばれていた
允恭天皇から、祭神・麻羅宿祢が機織部司に任命され国々の織部を総領した事から「連」姓を賜り、服部連と称するようになった
記紀(古事記・日本書紀)では允恭天皇の記述は無く、雄略天皇の時代に「秦酒公が諸国の秦の民を与えられ、庸調として絹を献上し、太秦の姓を賜った」となる
かつては「服部神社」と呼ばれ、「神服神社」と改称されたのでシンプルに服部氏が始まりとしよう
「かむはとりじんじゃ」とも読むが、現在は「しんぷくじんじゃ」と呼ばれている
明治維新以前、神仏習合の時代には安岡寺(私のNOTE)の社僧が執務していた
古くは当社から阿久刀神社(次の次の私のNOTE)に神輿の渡御があったと伝えられ、阿久刀神社の間には深い関係があったことが示唆されている
ということで、この機織り系の神社は常に対になっていたりする気がするな~。愛知に飛ぶと丹波から移動した「犬頭神社/服織神社/籰繰神社」の三社があり「犬頭神社で繭が生まれ、籰繰神社で糸にされ、服織神社で反物を織った」という神話が残っている。そして、菟足神社に行くと秦河勝の子がおり、確実に秦氏と点が腺になっているのは偶然か・・・。
さて、地理的に大阪府池田市にも機織りがおり、淀川で兵庫県川西市に遷り、今の京都にも遷っている気がするのだが、いずれも総称して秦氏なのかなとも。そして池田駅は阪急電車宝塚線で数駅のところに服部駅がある。大阪北摂にはスサノオや出雲色が強いのはたまたまか?
→境内へのアプローチ
1678年に建てられた鳥居があり、境内には御神木である山桃の木がある。






→拝殿・本殿
拝殿は寺ですね。本殿は2013年に改修されたようです。







→6.御祭神「服部連像」
本殿横には、祭神「服部連公」の石造がある。2017年の12月、服部連合自治会氏子の方々から寄進されたよう。


→稲荷神社:宇賀御魂神


→8.地蔵舎

→7.大明神舎:天児屋根命


▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
京都・滋賀の梅巡り!LAGO大津!梅と桜のコラボ名所!50年ぶり特別公開◆京都右京⑮滋賀湖西⑬大阪キタ⑥◆|やんまあ@旅行記
大阪の旅行記は次を参照
▼セットで行くところ:
04.大阪
大阪北摂シリーズ
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