お腹より、胸がいっぱいだった ~押し入れの午後を過ごした子~
保育園の記憶といえば、まず思い出すのは「居残り」だ。
幼少期は食が細く、また、人の多い場所ではそれだけで気が張ってしまう子どもだった。
今思えば、その頃からとても内向的で人からの刺激に敏感だったのだと思う。
その保育園は先生たちの躾けが厳しかったせいもあり、私にとっては
保育園=修行
だった。
そのせいか、家から持参するお弁当が、なかなか進まない。
まわりの子がとっくに「ごちそうさま」を言って園庭に飛び出していくころ、私はまだ半分も食べ終えていなかった。
何しろ園にいる間は、いつも緊張状態で食事をする気分ではないので、本当は途中でやめたかったのだが、食べられなくても残すことは許されなかった。
食べ終わるまで食事は続けさせられたのだった。

先生たちは、みんなのお昼寝の支度を始める。
布団を敷くための押し入れを開け、順番に運び出して敷いていく。
なかなか食べ終わることができない私は、その邪魔になる。
だから、私は布団の入っていた押し入れの中に入れられ、そこで続きを食べさせられていた。
戸は開いていた。閉じ込められていたわけではない。
ただ、教室の隅、布団のあった場所で、ひとりぽつぽつと箸を動かしていた。
今思えば、ちょっと不思議な光景だ。
この押入れ話は、実は私自身の記憶ではない。あとから母に聞いた。
母はその光景を偶然目撃し、先生に「なぜ押し入れに?」と聞いたそうだ。
返ってきた答えは「よしえちゃんが食べるのが遅いから」。
あたりまえのことのように言われたらしい。
食べられないほうに問題がある、と。
母は今でもその話をすると悔しがる。
何十年経っても、である。それだけシュールな光景だったのかもしれない。
私の記憶に残っているのは、押入れそのものより「食べ終わるまで、いつまでも居残りさせられていた」という記憶のほうだ。
毎日のことだったので、そのうち諦めのような気持ちが芽生えていた。
大人の言うことは正しいから、自分がいけないのだという気持ちが、当時の私の日常茶飯事だった。
だからお弁当は「ものすごく少なくしてほしい」と、いつもお願いしていた。
私の忍耐力は保育園で培われたようだ。
そんな私を徐々に変えたのは、案外テレビの中のアニメだった。
主人公たちが、ごはんを頬張りながら「おいしい!」と笑う。
音を立てて美味しそうにラーメンを食べる姿、大きなステーキを幸せそうに頬張る顔。
画面の中の食べる姿は、いつもきらきらしていた。
誰かに「食べなさい」と言われても動かなかった私の食欲は、物語の中の誰かが美味しそうに食べる姿を見るたびに、少しずつ動き出していった。
説教でも励ましでもなく、ただ「食べるって、楽しいことなんだ」という気配に触れていったのだと思う。

今そんな話をすると驚かれる。
全部食べられるようになったのはいつからだろう。
今は好き嫌いは全く無くて、何でもおいしく食べられる。
あの頃の自分が見たら、たぶん信じないと思う。
当時は「みんな同じことができて当たり前」という時代だった。
ペースの違いも、苦手なものがあることも、個性として扱われることはなかったように思う。要するに「配慮」という言葉は無かったのでは?
もちろん、それが当たり前だった時代だったから、悪意はなく、純粋な「しつけ」だった。
しかし、今の時代だったら完全にアウトだ。
押し入れの中でお弁当を食べていた小さな私に、今の私は何と言ってあげたらいいのだろう。
「よく頑張ったね。大丈夫、もうすぐ何でも食べられるようになるよ。」
この一言かなと思う。
あの頃の私は、お腹よりも胸がいっぱいだった。
でも今は、食べることが大好きになった。
人は少しずつ変われる。
そのことを、一番驚いているのは、きっとあの頃の私だ。
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