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コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て⑦終わっていることに、なぜ気づかない?

僕は半年で書きあげた、吸血鬼&アトランティス小説(シェアワールド企画を、自分でシェアした一人メディアミックス)1500枚を、本にしたいと考えました。

 普通に考えたら「100%門前で払いのけられる」企画なのですが……T原先生の好意で、某出版社に持ちこまれたのでした!

このシリーズを最初から読む

● 編集者さんは、乗り気に見えました!

 1500枚の地雷原稿を担当することになった編集者さんは、T原先生と古くからの友人のようでした。
 今の僕の目から見れば明らかに地雷原稿なわけですが……面白がってくれて「四分冊くらいのシリーズもので、だせたらいいねえ」というようなことをいってくれました。

 20代後半だった僕は、それをすっかり真に受けてしまいました。

 編集者さんて、褒めてくれる人も結構いるんですよ。
 書き手のモチベーションをあげるのも仕事のうちですからね。
 やる気だしてくれるように、調子のいいこともいってくれます。
 そういう仕事です。

 作り手と人間関係をよくしてゆこうと思ったら、作品を褒めるのが一番近道ですからね。
 それをまるっと真に受けちゃったのは……まあ、経験の少ない若者の傲慢さというやつだったのでしょうねえ。

 自分を、うら若き娘さんだと想像して、声をかけてきた男から「君、カワウィネェ~」といわれて、その男とつき合えると思いこんじゃうくらい能天気です。
 いやいやいやいや、そんなの挨拶だろ。
 
 褒められ慣れてなくて、自己肯定感が低いときほど……ちょっとした褒め言葉にすがりたくなってしまうんですよねえ。

編集者さんにとって、実績のない書き手は、セフレでいうところの「20号くらいの立ち位置」なんじゃないかと思います。
(あくまで比喩的表現です。そのものずばりの意味ではありません!)

 そこから「本を出す」というレベルになると……編集者に「ウィークリー・ローテーションに入れること」を決意させねばなりません。

 質がいいことに加えて、気だてがよくて扱いやすそう、手間がかからなそうで頼みごとにも素直に応じてくれそう……という条件が揃って、ようやく「時間を割いて関わる価値あり」と判断される世界です。
(重ねていいますが、比喩的な表現ですからね。下品な例えで申し訳ありません)


● 持込から成りあがった人というのは、泥水を飲みつづけている。

 森村誠一先生がどこかで仰られていたのですが「依頼原稿ならば、70点の出来でも本になる。けれども、自分から持ちこんだ企画は、その編集者にとって100点を取らないと、本にはならない」だそうです。

 レジェンドもご苦労されているようですね。

 依頼原稿(この依頼というのも、契約書はないので、難しい判断なのですが。それは正式依頼ではなく、打診のようなものだったといわれても、書き手は反論できません)であっても、「プロットのOKもらって、半年集中して書きあげて、言われた通りに直しても」本にならないことがある世界です。

 長くやっている中堅クリエイターに話をうかがいますと……
「企画は、落ちて当たり前」
「企画が落ちた理由は……初期の頃なら考える意味はあるが、基本的には水物なので、落ちる理由を考えても意味がない」
「企画の成否に悩む意味は薄い。そこに脳のリソースを割く暇があったら、新企画を考えろ」
 というような話をされる方が多いです。

 そういうマインドで働いているフリーランスたちと、編集者さんたちも仕事をしています。
 つまり「企画は落ちて当たり前」は、業界共有マインドなわけです。

 編集者さんたちも企画を落とすことに躊躇はないし、放置オサラバすることに罪の意識はありません!
 悪いのは「企画の出来」ということ”だけ”なのです

 このあたりを僕が認識できてなかったのが「終わりの始まり」事件をおこすことになった一因ではあると思います。

● 編集者さんとの関係はよかったと思います

 T原先生に紹介してもらった編集者さんは熱量も感じられるし、話も面白いし、魅力的な人物でした。
 八ケ月くらいの交流だったと思うのですが、三回くらい飲みに連れていってもらいました。

 うまいものたらふく食わせてもらえるし、会えば2~3時間は話しにつき合ってくれるし、すごく楽しい時間を過ごさせてもらってました。

 僕は「この作品でカムバックできる」「人生の本道を歩めるときがきた」と、期待に胸をふくらませていました。

 ところが、急に連絡がこなくなりました。

 ソワソワした、落ちつかない時間がつづきました。
 結果がわからない・身動きできない状態で待つというのは、メンタルはメチャクチャ病みます。
 でも、こちらから連絡していいものかどうか、わからない。
 催促すべきタイミングというのも、よくわからない。

 返事がないのは良い便り……っていうから、大丈夫なのかな?
 ヤブをつついて蛇をだす……とかいうし、余計なことをいわない方がいいのかなあ?

 下手なこといって機嫌をそこねて、話が壊れてしまったら元も子もないし。

 そんなことを来る日も来る日も考えていました。

 それで、半年ぶりくらいに意を決して、連絡すると……
「企画会議で通らなかったんだよねえ。そのうち連絡しようと思ってたけど、ごめん」
 というようなことを、いわれた記憶があります。
(25年以上前のことなので、詳細は曖昧)

 出版がつぶれたショックが、まず全身を満たしました。
 つづいて「ならば、そのことだけでも早く連絡してくれていたら」
「モヤモヤと懊悩するした日々を過ごすことはなかったのに」
 という怒りがこみあげてきました。

 僕は取り乱し「はぁっ?、ざっけんなよ。じゃあ、もう、よそもってゆくからいいよっ!」くらいのことをいった記憶があります。
(25年以上前のことなので、詳細は曖昧)

● 謝罪と反省

 本当に、お恥ずかしいです。
 当時、担当していただいた編集者さん、申し訳ありませんでした。
 あまりにも礼節や道理を欠いた行為であったと、反省しております。
 
 川村蘭世君は失礼であると同時に、いろんなことが見えてなさすぎですね。

 まず「蘭世君の小説を、企画会議にあげてくれた」ということを、感謝すべきでなんです。
 川村蘭世君は、その編集者さんに謝礼を支払っているわけでもないです。
 出版社に一円も売り上げを立ててないのに、出版社の金で酒を飲ませてもらい、話しにもつきあって貰っていました。

 出版社サイドからしてみれば「通らなかった企画」を持ちこんだ人間は「人的資源・接待費を搾取している」ともいえる存在です。

 僕が編集者という立場で、川村蘭世と向き合ったら、以下のようなことをいいたかったと思います。
「おいクソガキ、おまえなんもわかってねぇなっ! 実績ないヤツの、1500枚の原稿なんて通るわけねぇだろっ。オレだって、最初から無理とわかってたけど、ダチに頼まれたからつきあってやったんだ。企画会議で話すとき、周りの目は白かったぞ。通るわけのないアホな企画あげやがってと、編集部全員が思ってたぞ。貴重な会議の時間を、オマエのゴミ原稿のせいで、八分くらい消費したぞ。時間返せっ! 無能駄文書きがっ!」

 編集者さんは忙しいので、他の仕事に集中すると連絡が滞るなんてことは、キャリアのある作家さんでも経験しつづけます。

 ゴミ原稿をもちこみやがった新人相手には、つれない態度をとっても当たり前なんです。そういうヒエラルキーのある世界なんです。

 このとき、川村蘭世君がいうべきだった言葉は
「ご尽力していただいたのに、僕の原稿に力がなかったばかりに、すみません。今回の学びを元に、これからも精進しつづけて、いつか傑作書きますので、そのときチャンスが頂けたらと思います。ありがとうございました」
 だったと思います。

 当時の僕は、とにかく自分のことしか見えてませんでしたねえ。

● 閑話休題①:編集者さんから連絡こないときの対処など

 このnoteは、僕のような過ちを若い人に犯して欲しくないというモチベーションで書いている部分もあります
 なので「編集者さんの連絡遅い事情」と「そこ向きあうマインド・対処方法」と「再持込はうまくいくのか」について、僕の見知った範囲で答えておくことにします。

 これから記す文章は、知人の作家さんたちに聞いた話などが核となっています。
 あくまで、僕調べのものであり「集合知の一翼にくわえてもらえれば」という思いで書いているので、まんま真に受けないでください。
現在の界隈の事情と、ズレている可能性もあります。

 また、人間関係のことですので「個人の経験の差」が大きく、生存者バイアスの影響も出やすいです。

 また「売れている人と売れてない人」では、かなり意見に差がある内容です。売れている人は、経験してない可能性が高いです。

 なので、プロの書き手さんに確認とりたいならば、うだつあがらなそう系に聞いた方が……実のある話がもらえるかもしれません。
 その点はご留意の上、お読みください。

 では、これが編集者さんの対応らしいっ!(耳年増が集めた話編)

・ 問題ないときの返事は早いらしいです。
・ そこそこ売れている、みんなが知っている大先生でも、一ヶ月音沙汰ないとかはざらだそうです。
・ 幻冬社の編集者さんは、めっちゃ連絡早いらしいです。
・ もし、担当編集者さんが乗り気だったにもかかわらず、三ヶ月音沙汰なしとかの場合は「その原稿に、周囲の編集部員や編集長などが、問題を感じている」可能性が高いそうです。
  で、それを書き手へどう伝えるべきか……変更案が浮かばなかったりで、放置している可能性が考えられるそうです。

 三ヶ月くらいの期間ならば「この前、お渡しした原稿なんですけど……●●という部分を、いじった方がよくなると思うんですけど」みたいに伝えると、コミュニケーションが復活することもあるようです。

・ 半年連絡こなかったら、完全に終わっている。
 その書き手は「弊社にとって、価値が発生することはしばらくなかろう」と編集サイドは判断していると、受けとった方がいいようです。

 なので、半年音沙汰なしの原稿を、よそに持ちこんでも「二重持込だっ!」みたいに怒りを買うことはないそうです。

 とはいえ、よそに持ちこむ場合は「知り合いの出版関係者さんが興味示してくれたので、意見をもらってみることにしました」の一報くらい入れておくのは吉でしょう。

 ※ ここで、はっきりと「よその編集部に持ちこみます」といいきっちゃうと、露骨な決別宣言になってしまうので、お茶は濁しておいた方がいい。

 意味的には同じことではあるんですけど「申し訳ないと思いつつ、苦渋の決断なんです」感をだしておいた方が、印象はいい。

 トラブルに発展したときに「この人も、苦しい環境下で、誠意ある態度を取ろうとしていた」という姿勢を、記録に残しておいた方がいいようです。

● 閑話休題②:再持込は、どうなのか?

『ハリー・ポッター』とか『永遠のゼロ』とか『マルドゥク・スクランブル』は、十社以上で断られたけど、後にヒットしました。
 そういう実例は聞きますよね。

 でも、これは、本法に本当に本当にレアケースのようです。
 海外の事情はよくわかりませんが、日本において十社以上持込リトライできる書き手って、超少数派だと思います。

 また、一度、ある編集部でケチがついた企画を持ちこまれることをいやがる編集者さんは、多いようです。
 特に、クリエイター自認が強いタイプの編集者さんは「自分が見つけた素材を使って、自分が気持ちいいと感じる、自分の遺伝子が混じっている作品以外、認めようとしない」系が、少なくないそうです。
(妻の連れ子を愛せるか問題に、近い)

 なので、ボツ原稿エグザイルになるよりも、新しい企画で勝負するくらいの気概を持っていたほうがいいそうです。
 その方が、気持ちが切り替わって、メンタル安定すると思います。

● 閑話休題③:恋愛関係が近いのかも?

 この「原稿がボツだったのに、なぜ連絡してくれない」問題なのですが……これは「恋愛の終わり」と同じようなものだと認識したらいいようです。

「もう終わっている」にもかかわらず「とりつくしまを与えてしまう」と、余計にこじれてこじれて、お互いに憎しみ合う結果になる。
「察してくれ、僕たちは終わってるんだ」との願いをこめて、連絡しないそうです。

 これは、最大公約数的編集者さんたち(優秀な職業人たち)が、長年研鑽してきた中で導きだされた「書き手の原稿を採用しないことを伝える」最有力手段のようです。

 書き手側は「縁がなかったんだな」と、さっと身を引き、編集者さんのお心を煩わせないようにするのが……数年後の立ち位置を考えたときに、一番クレバーな立ち回りということのようです。

 この前までうまくいっていたのに、いつの間にか終わっていた。
 ある日突然、ダメになる。自分的には前触れはなかったのに……
 こういう失恋経験って、誰しも二回や三回はあると思います。
「連絡がこない」というのは、その前触れなんです。

 恋愛において、泣きすがったり相手を責めても、事態が好転することってないですよね。
 元カノと、いい友人関係を築けている人って、さっぱりしていて引きずらなそうな人が多いというか……向こうが離別を望んでいるのを察知して、さらさらさらっとリリースしてますよね。

 察知&リリース……そうやって、相手に負担をかけずに徳分をつんでいれば、いつかいいことがあるかもしれません。
 
 で、出版はギャンブル性の強い業界ですので、運って重要なようです。

 なので、いざというときのために、運・貯金はしておいた方がいいです。
 どう対応すべきか迷ったときは「徳分つめそうな方を選ぶ」あたりでいいのかもしれません。

「ものづくりする人として、生きてゆく」つもりなら、目先のことに一喜一憂するより、その行動は十年後の自分の幸運につながっているか――それで、判断するのがいいんだと思います。

 ときに、なにもいわず潔く諦めるのが、未来の幸運を呼びこむのかもしれません。

● 以上のようなことを理解できていれば、という後悔はあります

 51歳の僕は見聞をもとに、もっともらしく語っちゃってます。
 けれども、20代後半の幼稚なゴミクズ川村蘭世は、そんな知識はかけらもありませんでした。
 
 そして、立ち回りも下手で、他者の立場を慮るという感覚自体を持っておらず、人間としてイタすぎる奴でした。

 次の項の文章は、まるごとカットしたいというか……やっぱり、あとでカットするかもしれませんけど……とりあえず、当時の失敗を懺悔するために残します。

 堕ちつづけながらも、自分にベットするしかない人間にとっては、自分を見つめなおすきっかけになるかもしれません。

 こんなに愚劣で、みっともない奴がいたのか――と、反面教師にしてもらえれば幸いです。

● 周囲に当たり散らす日々の中で、もう一つの企画も落ちる!

 僕の1500枚の地雷原稿は「落ちるべくして落ちた企画」であると、今ならば理解できるのですが……
 当時の僕は「神様からイジワルされている。自分だけが不幸」みたいなスーパー闇落ちモードに突入してました。

 この時期の僕は、自分史上”もっとも腐っていて、めちゃくちゃイヤなヤツ”だったと思います。

 黒歴史を書くことで、浄化できるのではと考えていたのではありますが、恥ずかしいだけでなく、未だ生々しい痛みもありますね。

 ちなみに、この頃に僕は、別の出版社に300枚くらいのファンタジー小説も、持ちこんでるんです。
 イラストの賞に応募した中で、僕の絵をなくされてまして……そのトラブルの過程(最終的に和解)で、なんとなく編集部を紹介してもらってたんです。

 1500枚原稿を持ちこんでた頃に派遣切りにあって無職になっていたんですけど……僕は「本になるみたいだし、金は近いうちに入ってくるから、今は働かなくてもいいや」と仕事してなかったんで、ヒマだったんですよねえ。

 それで、ちゃちゃっとライトファンタジーを一本書いて、持ちこんでたんです。

 この300枚は、当時の流行を意識して書いていたので「さすがに、こっちはうまくいくだろう」と、手堅い企画だと思っていたのです。

 しかし……そちらも、ダメだったんですよねえ。

 悪い流れのときは、本当に何やってもうまくいかないというか……
 仲の良かった友達とかも、話があわなくなってきてたし……
 このときの彼女にも、この持込ダメ騒動の中で、フラれていますね。
 踏んだり蹴ったりです。

 負の連鎖というか、悪いことって重なりがちというか……足元がおぼつかなくなると、手にしていたものがポロポロこぼれ落ちてしまうんだと思います。

● 流れが悪いときこそ、自分を見つめなおすとき

 このとき起こった一連の事態は、同根なんだと思います。
 僕の考えの至らなさというか、相手の立場や状況に対する想像力が欠けていたことが大きい。

「腕一本で、のし上がってやるぜ」みたいな生き方していると、その勢いだけで押しとおれちゃったりするんですよ、若いときは。
 周囲も、自分のことも騙せたりするんです。

 けれども、ヘイト自体はたまりつづけているわけなので、弱ったタイミングで、みんなが本音をむけてくるんですよねえ。

 あるいは、ガンガンいけてる姿が魅力的に感じていてくれた人にとっては、落ち目の姿を見ると、そのギャップで一気に冷めて、離れてゆくのかもしれません。

 また、激しいダメージを負うと、見晴らしのいいまっすぐな道でも、普通に歩けなくなるくらい視野が歪むんですよ。
 そういう状態で、他者と関わっても、自然な交流などできない。

 新しいことを始めても地盤がぐらついているので、うまくいくはずがない。
『なれの果て』シリーズを書く中で、僕は何度も噛みしめているのが……冷静に判断できる状態になるまで休もう、ということです。

若いうちは、なかなかできないんですよねえ。
疲弊しきっているのに、エネルギーは余っていたりしますからねえ。

僕はあがきつづけてしまうのです。

● この負けを取り戻さなくてはならないという、衝動だけで生きていました。


 このまま自分が負けているということを、認めることはできない。
 僕の作品が世に出ていないのは、僕を理解できないのは、周囲の奴らがおかしいんだ。
 それを、絶対に証明してやる。
 思い知らせてやる。
 そういう怒りだけがありました。

 落ち目の人にありがちな、認知の歪みというか……視野狭窄&他罰精神フルスロットルで進んでいたのです。

 本当は、自分が非才なボンクラであることに気づいていたからこそ、それを認めることができなかった。
 それを認めることは、今までやってきた時間や、犠牲にしてきたものが、生きてきたことがすべて無駄になってしまう。
 そうなることが怖かった。
 なにも持っていない自分と向きあう勇気が、なかった。

 だから、壊れた車で、アクセルを踏みつづけるしかなかったのです。
 
 そして、これだけはしたくなかった手段を取ることにしたのです。
 集英社コバルト文庫に詫びを入れました。
 そして、原稿を渡しました。

 また、この頃にやっていた自分のサイトのブログに「つまんねえ奴に紹介してもらったクソ編集者のせいで、時間を無駄にしちまったよ。あーあ、人を見る目がなかったばかりに、大損こいたぜ」と、T原先生を愚弄するようなことも書いています。

 ※ 25年前のことなので、原文ままではないです。これ書いているうちに、気持ち悪くなってきたので、これ以上、記憶を掘り起こすのはやめます。

 で、この後、僕は、因果応報とか自業自得といった、言葉の意味を理解することになるのです。
 そして、底まで堕ちたと思っていたところよりも、さらに、底があったことを知り……ネットでも叩かれる炎上騒ぎになるのでした。

 そんな四面楚歌の中で、一人だけ味方してくれたのが……

 次回は、第一部完になります!

コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て⑧ ここまでか……さよなら東京。夢果つるとき
 
ご期待ください。

過去に一冊だけだした本のアマゾンリンクも残しておきます(^^;

 ここからすべてが始まりました。。

他「なれの果て」のシリーズはこちらから

全八話(第一部完になります)

 

2025年に、大藪春彦新人賞 & 映像化奨励賞のW受賞しました。

 徳間書店さんつくってくれたPVを見ると、主人公(視点人物)である男性のことは全然触れられてないので、コバルトで僕が書いたものとは違う印象を持たれる方もいるかもしれませんが……作風は、大きくは変わってないと思います。コバルト文庫の『吸血鬼の綺想曲』を好きな方ならば、きっと楽しめると思います♪

 
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